<虎に翼・新潟編 >15週~19週までの解説/考察/感想まとめ【※ネタバレあり】

続・朝ドライフ

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2024年4月1日より放送スタートしたNHK連続テレビ小説「虎に翼」。

日本史上で初めて法曹の世界に飛び込んだ女性をモデルにオリジナルストーリーで描く本作。困難な時代に生まれながらも仲間たちと切磋琢磨し、日本初の女性弁護士となる“とらこ”こと猪爪寅子を伊藤沙莉が演じる。

CINEMAS+ではライター・木俣冬による連載「続・朝ドライフ」で毎回感想を記しているが、本記事では、寅子が新潟地方裁判所へ異動することになる第15週~19週までの記事を集約。1記事で感想を読むことができる。

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もくじ

第71回のレビュー

昭和26年、寅子(伊藤沙莉)はアメリカの裁判所視察に参加し、見聞を広め帰国しました。第15週「女房は山の神百石の位?」(演出:伊集院悠)はすごいショートカットではじまりました。アメリカに学びに行ける感動や喜び、子供と長く離れることになる葛藤は、前作「ブギウギ」で描かれたから割愛でしょうか。

寅子はすっかりアメリカナイズされて、華やかな服装で帰ってきます。本人はノリノリだけど、周囲はそのノリについてこられず、浮いている感じが伊藤沙莉さんの演技のうまさでおもしろく見ることができます。コントふうに落とし込むのがうまい人であります。

家に帰っても「女優さんみたいでしょう」と気取って笑われます。

家では家族たちが「おかえりなさい」の横断幕を手作りして待ちかねていました。
寅子は、花江(森田望智)には美容クリームと料理の本、子供たちにはお菓子と英語の本。誰もが英語をそんなに読めないのにやや戸惑い気味。

帰国してますます忙しい寅子に、昔なじみの記者・竹中(高橋努)が密着取材を申し込んできました。
寅子の家庭生活や、後輩の証言など、取材します。

家のことは家族で分担を?と竹中に聞かれた寅子は「みんなで支えあっています」と答え、花江が微妙な顔をします。
寅子はふだんしていない料理(ロールキャベツ)を作りますが、竹中にふだんやっていないことがバレバレ。花江が咄嗟にフォローします。
花江は、直言(岡部たかし)がやっていた寅子の記事のスクラップを代わりに続けていて、竹中に見せます。この記事のなかには竹中のものもあったことでしょう。「あ、おれの記事だ」とか言ってほしかった。
花江は、はる(石田ゆり子)の着物も着ているようで、猪爪家を守り伝えようとしているようです。

それにしても、なぜ、寅子は嘘をついてまで自分をよく見せたいのか。寅子は生意気ではあるが正義の人ではなかったのでしょうか。自分をよく見せるようなことをする人ではなかったのでは。しかも、取材のあと、後片付けはあからさまに花江がやるはめになるという状況描写までありました。

寅子がここまで来ることができたのは家族の協力あってこそで、それが積もりに積もって爆発し、寅子が反省する週なのでしょう。あれほど、人を雨だれ扱いするなと主張してきたのに、なぜか家族が黙って寅子に尽くしていることには気付けていないのです。

さらにいえば、日本の法曹界、どこもかしこも人手不足ということで、寅子が活躍しているのは人材不足であること、GHQの要請で女性を登用しないといけないことが、重なった偶然なのではないかとさえ思います。たぶん、そうで、そのラッキーに気づかず自分の実力と思い込んでいる、じつに滑稽な人物として描かれているのが不思議ですが、完璧すぎるとつまらないし、こうやってたまに主人公が欠点によってぎゃふん(死語)となり視聴者のガス抜きをするという趣向でありましょう。

人手不足とはいえ、寅子にあこがれて法曹界を目指す女性たちも増えていて、竹もとで彼女たちの取材も行われました。メガネの女性ふたり(吉永〈川久保晴〉、玉木〈平体まひろ〉)が寅子を讃えます。余談ですが、このふたりのほうがどちらかというとモデルの三淵嘉子さんのように見えました。
後輩たちに、寅子は「私たちの時代はね……」と言い、微妙な顔をされます。年上が年下にいやがられる、典型的な自分たちの時代の話をしていて、すでに出涸らしの道に足を踏み入れているようでもあります。
ここで、反省して、残りの3か月、申し分のないすばらしい人物としてがんばってほしい。

今日の疑問。家庭裁判所の事務所はなぜずっと屋上の掘っ建て小屋で、寒いままなのか。猪爪家の厨房も気づけば風通しよすぎではないか。これでははるが倒れても無理はない気がする。花江も気をつけてー。


※この記事は「虎に翼」の各話を1つにまとめたものです。

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–{第72回のレビュー}–

第72回のレビュー

アメリカ帰り、口紅が真っ赤になった寅子(伊藤沙莉)最高裁長官(矢島健一)多岐川(滝藤賢一)と共にラジオ出演します。

多岐川が家庭裁判所の父、寅子が母と称されます。「彼女と夫婦になった覚えはありませんが」と多岐川はやんわり否定します。

なんでも「父」「母」と例えるのもどうかと思います。こんなふうに型にはまった感覚で、家庭裁判所と女性の関わりを説くラジオ番組。
家庭裁判所は女性本来の特性を遺憾なく生かせる職場というような長官の考えに、久しぶりに出た「はて」。

寅子は、男性、女性は関係ない。個人の資質の問題であり、男女を平等に同じ機会が与えられるべきだと自信満々に語ります。長官は「さすが佐田さん、すばらしい」とその場では言いますが、公のラジオという場で長官を諌めるような発言が、長官の気に触るのも当然で……。
このとき、竹中(高橋努)も密着取材を続けていますが、斜めに見ている感じです。
猪爪家では、花江(森田望智)もラジオを聞いていますが、途中で消して、スンっとした顔で食事をします。何か思うところがありそうです(すごく昔のCM「柴漬け食べたい」を思い出してしまった)。

職場では、寅子は長官にたてをついたと囁かれています。
そして、突然、多岐川が血相を変えて、寅子を長官のもとに引っ張っていきます。
寅子は判事補から判事に昇格、でも東京から遠く離れた新潟へ異動が決まったというのです。多岐川はそれをラジオの発言がきっかけではないかと訴えます。

長官は知らん顔。決めたのは桂場(松山ケンイチ)でした。
寅子は寝耳に水で、憤慨する余裕もありません。多岐川だけがキレまくっています。

寅子は判事になれるので、まんざらでもないのかも。ただ、やっぱり新潟は遠い。
さっそく、帰宅して、直明(三山凌輝)と花江に相談します。

花江は最初、家族全員で引っ越しするのかと勘違いしますが、寅子は優未(竹澤咲子)だけ連れて行くと言います。
すると花江は、優未は自分が面倒を見るから、寅子だけ単身赴任すればいいと冷たく返します。花江はこれまで黙って溜めてきたことをついに爆発させました。優未は、寅子に見せていない顔があるのだと。

寅子と花江の食卓をはさんだ対峙のシーンは、まるで夫(寅子)と妻(花江)のように見えます。
家のために懸命に働いてきた寅子、家庭を顧みないほど仕事をしてほしいと求めた覚えはないと主張する花江。

優未は花江には本音を見せ、寅子にはいい子のふりをしていたと知らされる寅子。いい子のふりをしていることに気づけてないのはともかく、新潟に異動になるにあたりなんの葛藤もなく優未を連れていくと考える寅子はまったく不思議な人です。直明のように、仕事で忙しいから優未がひとりになってしまうとまず気になるのが当然の発想でしょう。

いままで家事は花江にまかせっきりで助かってきたなかで、急に子供とふたりきりの生活ができるかな(寅子はこれまで実家を出たことがない)、どうしようと心配になって、どうしたら可能になるかいろいろ頭のなかで考えると思うのですが、そこはドラマ。寅子は単純に母子ふたりで引っ越すと覚悟して、花江と直明に無理だと心配させるのです。

前回のレビューで書きましたが、アメリカに出張に行った時点で、優未のことを、「ブギウギ」のスズ子のように、ひとり残していけないと考えて然るべきで、そこを新潟編の展開のために省いているため、寅子の思考回路が独特に見えるのです。悩むところはあえてのカットなのかもしれませんが。

仕事だと相手の気持ちを考えて、と言える寅子ですが、自分のこととなるとそれが抜け落ちてしまいます。
しかも、その相手の気持ちを考える、ということがどうやら表面的なものもなっているようです。

寅子は、福田瞳(美山加恋)福田慶太(中村無何有)との離婚裁判を担当していますが、最初は有名な寅子を喜んだ瞳も、寅子の対応を不満に思います。
瞳は不貞行為を働いたため夫に離婚を切り出されていますが、不貞した気持ちをわかってほしいと寅子に訴えます。女性同士だからわかってもらえると期待されているのです。でも寅子は、不貞行為に性別は関係ないと冷静で、理屈ぽく諭し、瞳にがっかりされてしまいます。

瞳の言い分も理解しづらいですが、感情的な御婦人に、男女平等と言ってもピンとこないに違いありません。寅子は男女平等を理想に掲げていますが、世間では、依然として女性とはこういうものという枠組みを信じて生きている女性もいて。そういう人は女性は女性の味方だと思い込んでいるのです。

平等とは何か。平等の考え方も人それぞれのようで……。

ところで、調停委員の根本(清水伸)長峰(福田温子)。わりとよく出ているので、このかたたちももっと個人の物語があるといいのになあと思います。

※この記事は「虎に翼」の各話を1つにまとめたものです。

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–{第73回のレビュー}–

第73回のレビュー

これまで黙っていた感情を爆発させた花江(森田望智)に、呆然となる寅子(伊藤沙莉)
その晩、庭にひとりで佇んでいると、直明(三山凌輝)が現れます。
「私の何が悪かったのかしら」と問うと、
「些細な『ん?』みたいなズレ」があって、「気付いたときにはとんでもないおかしなことになっていた」と明かします。「些細な『ん?』みたいなズレ」は寅子における「はて?」でしょう。

そして語ったのは、優未(竹澤咲子)のこと。
あのテストの84点は31点を偽装していたという衝撃の事実が明かされます。

34点を84点に修正していた説がSNSであがって賑わっていましたが、31点だったとは。
寅子はもしかして、ずるに気づいていて、わざと素っ気なく100点を目指せと言ったのかもと筆者は想像していたのですが、寅子はまったく気づいていなかったのです。褒めないし、偽装にも気づかない。つまり優未に関心がないということです。

その晩、優未は花江親子といっしょに寝ています。これもなあ……。

翌朝、寅子は気まずいからか早く起きて出勤しようとすると、花江も起きていました。なんとなくお互い気まずいまま、家裁へ――。

その日は、例の、妻が不倫した福田夫婦の調停でしたが、妻・瞳(美山加恋)が来なかったため、地方裁判所案件になってしまいました。

別日、竹もとでお茶をして、家にお団子のお土産を買って帰ろうとします。なにか買って帰らずにはいられないところはよかったけれど、いままで買って帰ったことはなかったのだろうか。優未を竹もとに連れてきたことはなかったのだろうか。

そこに、この間、取材で話をした司法修習生の吉永(川久保晴)玉木(平体まひろ)がおしるこを食べに来て、本音をしゃべっているのを寅子は聞いてしまいます。
取材のときはあんなに寅子を持ち上げていたけれど、内心は、家裁に行ったら出世できないと思っていました。がーん。
聞かれているとは知らず、「短絡的」「ただほえればいいものじゃない」とばっさり。がーん。
竹もとが寅子の行きつけ、かつ、友人の梅子(平岩紙)がいる店だと知らなかったようで、迂闊な吉永さんと玉木さん。
梅子がそっと引き戸を締め、寅子に忠告。梅子は取材のとき、吉永たちが内心、寅子のことをよく思っていないことに気づいていました。でも梅子はこれしか術はなかったのか…。寅子が先に出たらバレちゃうから先に出られなくなってしまった感じです。

とぼとぼと家裁に戻ると、瞳が訪ねてきていて、調停の日は体調が悪く、いま住んでいるところには電話もないから連絡できなかったと、そして、裁判しなくてはいけなくなったと愚痴ります(瞳さん、月経で体調が悪かったのかもと想像)。こういうのって、当日、誰かが連絡しないものなのでしょうか。

寅子はあくまでも冷静に、「私は女性の味方ではありません」「困っている人に手を差し伸べたい」と言うと、瞳は逆上し「私は困ってる。困ってるの!」「そうやって恵まれた場所からえらそうに」と隠し持っていた刃物で斬りつけてきて……。

主人公が襲われるのは「あさが来た」(15年度後期)以来でしょうか。事業がうまくいっているあさ(波留)を恨んだ人物(ラサール石井)が刺すのです(第119回)。あさはほんとうに刺されて入院しますが、寅子は未遂で済みました。「あさが来た」もちょうど、娘との関係が悪くなっているときで、寅子と状況が重なります。弱り目に祟り目というやつです。

ショックで帰宅すると、みんなが楽しそうにカルタをしていて(道男〈和田庵〉までいる)、寅子は優未が生まれたばかりのころ、優三(仲野太賀)と三人で過ごした時間を思い出して泣いてしまいます(このときの劇伴が、優三がいたときよくかかっていた英語の歌のインストゥルメンタル)。
カルタの「塵も積もれば山となる」が、ひとつひとつの不満が山となったように思わせます。

それにしても刃物を突き出されたらこわい。「純情きらり」のヒロインの子供時代を演じていた美山加恋さんは迫力の演技です。舞台「ハリー・ポッターと呪いの子」で嘆きのマートルを演じていたときも全身全霊の熱演で目が離せなかったです。

※この記事は「虎に翼」の各話を1つにまとめたものです。

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–{第74回のレビュー}–

第74回のレビュー

斬りつけられてショックなまま帰宅すると、家族がカルタをやっていました。家族制度と母について描いた寺山修司の「身毒丸」だったら、主人公・身毒丸の家族が「家族合わせ」のカード遊びをしていて、なぜか母札がありませんという悪夢のような話になるのですが、猪爪家は素朴なカルタ遊びです。

家族のなかに、なぜか他人の道男(和田庵)がいて、ずけずけと、はる(石田ゆり子)がいたときといまの寅子は変わってしまったと指摘します。以前はもっとふつうのおばさんだったというのです。いまは、威張ったおばさんになってしまったことを、他人の道男だから言えるのです。

寅子は思いきって家族会議を開き、家族のみんなに思っていることを語ってもらうことにします。
これまで、ドラマで、感謝と謝罪の言葉がなかったことがここで一気に解決します。
いつもものわかりのいい役回りだった直明(三山凌輝)まで、実は寅子に対していろいろ不満を抱えていたこと、そして、実は、寅子が新潟に家族を連れていってひとりになるのは寂しいと本音を漏らしました。戦争中のトラウマが残っているようです。

「かなしい」「さみしい」「やだ」と子供みたいな口調になるのは、はるが亡くなったときの寅子が「やだ!」と子供に戻ったかのようなときと同じで、ひとは極限状態になると子供に戻るのが「虎に翼」のデフォルトのようです。
また、「おりこうさんでいるように呪いをかけてしまってごめんなさいね」と近年流行の「呪い」という言葉を使用して、現代的な感覚に。

そして、こうやって、みなの要望を聞いていると、みんな寅子に経済的にも精神的にも頼っていて、これは寅子も重たいものを背負わされている気がします。

概ね、寅子が仕事にかまけて家族を顧みなくなっていたことが問題で、寅子は反省します。そして、優未(竹澤咲子)にどうしたいか、聞きます。花江(森田望智)は優未にそんな決断をさせるのは酷だと反対しますが、子供も大人も平等に、意思を聞くのです。

どうしたいか聞くといいながら「一緒についてきてください」と頼んでいるのが気になりますが、優未は間髪いれず、寅子といっしょに新潟に行くことを了承します。このときの返事の素早さが、いつものいい子のふりしているときと変わらないような……。

家族の本音を語り合い、反省したあとは、仕事の問題を解決。
なぜ、新潟に異動になるのか、寅子が増長するのを抑えるためかと桂場(松山ケンイチ)に問えば、そうではなく、いまのままだと、優秀で、みんなに好かれてしまっていることが問題で、昔の弱者ではなく、まわりを動かす力があるが、このままではいずれ崩れるので、地方で地盤を築くように言うのです。
多岐川(滝藤賢一)は「とびきりの愛じゃないか」と大喜び。

いや、これ、言い方を変えただけで、天狗になった寅子を味方のいない地域で鍛え直すということでしょう。
要は、ネガティブな考え方と言い方をするか、ポジティブな考え方と言い方をするかの違い。
これも、令和のハラスメント問題による「リスペクト」を念頭に入れたセリフと展開ではないかと思います。

寅子の言動がどんなにおかしくても、リスペクトして、受け入れていかないといけないから、桂場は考えに考えたうえ、このようにして、寅子を落胆させないようにせいいっぱい気を使っているのです。
たぶん、現代の会社等は、若い世代にこんなふうにすごく気を使っているのではないかと思います。
いや、寅子はもう十分大人なので、本来、後輩に気を使う側のはずなのですが、おばさんと言われながら、立ち位置が若者扱いなのが謎です。

正直、釈然としないのですが、こんなとき「あさイチ」の受けが参考になります。本編の感想ではなく、これからどうなるか予想をして、前向きに対処しているのです。とりわけ大吉さん。最近、エンド5秒の写真を気にかけていて、今朝も写真のペンネームに注目、ドラマをちゃんと見ているが、最後の写真に全部持ってかれるときがあると語っていました。他局の「IPPONグランプリ」で「写真で一言」をやっているから、写真を見て冴えた発想が浮かぶかつねに考えているのかも。

発想や言い方を変える、何事もこれが大事です。

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–{第75回のレビュー}–

第75回のレビュー

寅子(伊藤沙莉)が新潟に転勤をきっかけに生まれ変わろうとしています。
地方にいって生まれ変わるという考えは、大河ドラマ「光る君へ」のまひろ(吉高由里子)も越前に行くときそんなようなことを言っていました。越後と越前、奇しくもどちらも日本海側です。

いつの間にか偉そうになってしまったことを反省した寅子は、彼女を密着取材していた竹中(高橋努)に、子供たちの正直な寅子への評価を綴った文章を渡します。

この間、家族会議で出たような感想で、約束を守らない、忘れっぽい、理想を押し付けてくる、仕事の自慢ばかり、朝からお酒くさい、とか書いてあります。

竹中は「あんたの家族がうさんくさいのはわかってた」と言いつつ、なんだか戸惑ったふう。
寅子は、自分のだめなところをはっきりさせたうえで、新潟で土台を積み重ねると宣言し、「信頼とか経験とか絆とか」そういうのを得たときに記事を書いたらおもしろいものになるだろうと言います。

「信頼とか経験とか絆とか」も、大概うさんくさくないかと視ながら思っていたら、竹中が「あー」と大声を出して、思考を断ち切られました。
そして、「早目に頼むぜ、こっちのお迎えがくるまえにさ」と笑う竹中。
つまり、取材は、寅子の新潟行きに伴って中断ということでしょうか。ん? 子どもたちの正直な評価を記事に付け加えてほしいというお願いだったのではないのか。それとも、今回の記事のほかに、またゆくゆく生まれ変わったときの記事も書くという話になったのか。

いずれにしても、竹中には、いつか寅子が人間的に立派になってすごい仕事を成し遂げたときに、老記者としていい記事を書くことを期待します。

寅子が東京から新潟に行くに当たり、みんなとお別れします。

家庭裁判所の壮行会は、多岐川(滝藤賢一)の自宅で行われ、会の前に香淑こと香子(ハ・ヨンス)とゆっくり語ります。香子は日本人になったので過去の自分を知ってる者とは会いたくても会わないと固い決意をしています。

壮行会も、香子は外出していることになっていて、同級生の小橋(名村辰)稲垣(松川尚瑠輝)は香子があの香淑だと気づかないまま、噂の香子に会えないことを残念がります。

寅子とだけは、たまたまだけど再会し、寅子とだけは会って本音を話す。ここは寅子の物語の主人公らしさです。
1952年といえば朝鮮戦争中で、日本は軍需景気で潤っていたとか。香子はどう思って生きているのでしょうか。

そして、よね(土居志央梨)轟(戸塚純貴)梅子(平岩紙)とも、いったんお別れ。

寅子はよねに、試験をもう1度受けてみないかと助言します。よねは戦後のごたごたで弁護士の試験を諦めていたようです。相変わらず反抗的なよねに、「弁護士になったよねさんにしか救えない人がたくさんいる」と寅子。この彼女の言葉がよねに響いたような気もします。よねに一歩踏み出してほしい。

来週から新潟編! 新潟で母子ふたりになった優未(竹澤咲子)がスンッとしてしまっていて心配です。寅子の料理、おいしいのかな。花江(森田望智)の料理が恋しくないかな。寅子もはる(石田ゆり子)の甘口の味を継いでいるのでしょうか。

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–{第76回のレビュー}–

第76回のレビュー

第16週「女やもめに花が咲く?」(演出:梛川善郎)で、昭和27年(1952年)、寅子(伊藤沙莉)は新潟の三條の支部長として赴任しました。

きっと大変なことが待っていると覚悟して向かったところ、妙に明るく好意的に迎えられ、拍子抜け。
庶務課長の深田(遠山俊也)杉田太郎(高橋克実)次郎(田口浩正)兄弟弁護士をはじめ、みんな人が良さそうです。「田舎では持ちつもたれつ」とにこにこ親しげ。

寅子は新潟で新たな土台づくりを目標にしています(桂場は「地盤」と言っていましたが寅子は「土台」と言っています。土台のほうがわかりやすいですね)。仕事も家庭も土台を1から積み直すのです。

仕事場では穏やかに。家では優未(竹澤咲子)と母子の関係を作り直します。これまで家事をあまりやってこなかった寅子ですが家事もやります。帰宅して早々に、勉強しなさいと言いそうになり、ぐっと留め「遊んでなさい」と言い換えます。溝を埋めようと必死の寅子。でもふたりっきりの食卓はなんだか気まずい。

朝は家の前でラジオ体操もします。「その頑張りかたは大丈夫かい」という語りの尾野真千子さんの心配がおもしろかったです。

職場では、予想されたいびりなどはまったくないものの、仕事の量は多く、夜中に令状をもらいにこられたり(ふすまのすきまからそっと優未が見ている)、前任者の残していった仕事も山積み。
弁護士は、杉田兄弟しかいないため、配置を入れ替えながら続けざまに法廷に立っていて、寅子は面食らいます。
芸達者な高橋克実さんと田口浩正さんがじつにユーモラスに演じています。
「サワラらな」の言い方とか。
にこにこと親切ぽいけれど、寅子がいなくなると太郎は舌打ちしたりして、油断なりません。

仕事を残して急いで帰宅する寅子に、みんなじょじょに不満がたまっていくのではないかと心配になります。寅子にせいいっぱい気を使っているのに、仕事を残して誰よりも先に定時に帰ってしまうというのは不満がたまるのでは。現代だと偉い人が先に帰ることで部下も帰りやすいということがあるようですが、ここではそういう感じではなさそうです。

家に帰ると優未がまめまめしく料理しています。優未に気を利かせてしまっている。これでいいのか、寅子。
仕事も家庭も土台づくりをと頑張るにあたり、強気で突き進むのではなく下手に出ながらやんわりとやってるところにも努力を感じますが、腫れ物に触るように気を使うあまり、早くも仕事にも家庭にもどちらも中途半端になっているようで、これから先が心配です。

慣れない新潟生活に、なつかしい顔が。
航一(岡田将生)も新潟に赴任していました。
「この街のかたはみなさんとても親切で」と言う寅子に、微妙な顔をする航一。なにか思うところがありそうです。
航一、最初は変わり者でしたが、寅子は共同作業を通じてじょじょに彼の扱いに慣れていたようだったのが、ちょっと離れるとまた元通り? 休みはなにを?と聞くと「休みの日は休んでいますね」と、こういう斜に構えた返し方する人います。
寅子は「相変わらずいろいろと読めない」と心で思いますが、でももう悪い人ではないのがわかっているから、そんなに気になりません。彼が、孤立無援の寅子の支えになってくれるといいのですが。

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–{第77回のレビュー}–

第77回のレビュー

新潟に赴任した寅子(伊藤沙莉)航一(岡田将生)と再会します。
そこへ杉田兄弟(高橋克実、田口浩正)が現れ、媚を売りますが、航一はそっけなく帰ってしまう。見送った太郎(高橋)はまたちっと舌打ち。ふだんはものすごくにっこにこなのに、この表裏の顔がこわい。先が思いやられます。この土地の人が「親切……」とへんな反応をした航一の心情がわかるときが、いずれくるかもしれません。

帰宅すると、花江(森田望智)から手紙が。家事も仕事も完璧にこなすと考える寅子に「あなたなにもわかってない」と書いてあり、読むのをやめようとすると、イマジナリー花江が出てきて「トラちゃんにしかできないことがあるはず。それを見つけてちょうだい」と語ります(手紙にそう書いてあったのでしょう)。

寅子にしかできないこととはなんでしょうか。

お仕事のほうは、土地の境界に関する民事訴訟。
担当する書記官・高瀬(望月歩)は若いが覇気がなく、寅子は心配して声をかけますが、避けられてしまいます。おにぎりを食べながら本を読んでいるときに声をかけるタイミングは適切なのか、気になりました。

寅子が家に戻ると、美味しそうなメバルの煮付けとたけのこの酢味噌和えが。翌日、太郎が、魚屋と八百屋が好意でやってくれたことだと言います。その日はお刺身が届きました。ツケだとのことですが、支払いが莫大になるのでは。ただもこわいが、支払いもこわい。
「頼れるものには頼ったほうがいい」と太郎は意味深に言います。

次第に、見知らぬ土地、独特の空気が、ただの純朴で親切なものだけではないことがわかっていきます。

一向に解決しない境界の問題で、寅子は現地調査をすることを提案し、問題の山の中に入ります。
そこで太郎が、申立人・森口(俵木藤汰)はこの土地の名士なのでよきにはからって欲しいと頼みます。そのほうが赴任中、楽になると、「持ちつ持たれついきましょう」とあくまで下手に出た言い方ですが、寅子が「法に則った判断をします」と生真面目に答えると、ちょっと表情が固くなって、「その土地の風土、人間に寄り添う気持ちも忘れないで」と噛んで含めるように言うのです。このときの、太郎の表情は、にこにこにやにやしていなくて真顔で、ぞくりとなりました。高橋克実の名演技。

太郎はなにか腹にいちもつありそうですが、子どもの前で親がピリピリしないほうがいいという助言は間違っていない気がします。

そのとき、川べりで森口と高瀬がなぜか揉めはじめ、寅子が仲裁に入りますが、ふとした拍子に川に落ちてしまいました。
朝ドラあるある、 水に落ちる (朝ドラ辞典ご参照ください)。ヒロインが川や水に落ちる場面は朝ドラでよくあるのですが、今回、水中からの寅子視点などもあって、なぜかリアルでした。そして、呆然となる寅子。水に落ちた寅子は、ミレーのオフィーリアの絵のようだとSNSで話題になりました。

山から戻ると、森口が高瀬を訴えると言っていると告げる太郎。いったい高瀬は何に激昂し森口に掴みかかっていたのでしょうか。
「私は法に則った判断をするまでだ」と決め顔をしたあと、寅子によろしく頼む的なことをささやきます。こわい。
寅子はあくまで法を大事にするのか、それとも郷に入っては郷に従え、この場の空気に流されるのか、さてどうなる?

高瀬は、山に登ったときも体力がなく、戦争にも行っていないことを男たちから咎められていました。勉強好きで、心身が繊細な、戦中戦後に求められた男らしさから外れたタイプなのでしょう。彼のこれからも気になります。

※この記事は「虎に翼」の各話を1つにまとめたものです。

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–{第78回のレビュー}–

第78回のレビュー

おとなしそうだった高瀬(望月歩)がキレました。寅子(伊藤沙莉)に「よそもんのくせにこっち側のふりをしなくて(いい)」「波風立てず立つ鳥あとを濁さずでお願いしたい」と本音を吐露します。ひどいことを言う前に、懸命になさろうとしていることや優しい人なのはわかる、と前置きするのが丁寧です。

キレながら相手を思いやり、でも、言いたいことを大声でぶちまける、望月歩さんの名演技でした。そういえば、「エール」では銀行員役でした。堅実な職業が似合う俳優です。

つまり、この職場では、空気を読んで、スンッと物事を流していくしかないのに、読まない寅子に苛立っているのでしょう。

帰宅すると、優未(竹澤咲子)がまた点数を偽装しようと練習していることを発見。よくよく聞けば、テストになるとお腹が痛くなって実力を発揮できなかったと言うのです。優三(仲野太賀)のクセが優未に遺伝していたことを知って寅子はつい微笑んでしまいます。
父と同じと聞いた優未も嬉しくなって、「もっと駄目なところ教えて」とねだります。花江(森田望智)たちは、いい人、優しい人としか言ってなかったとか。

寅子とはここまで、一度もお父さんの話をしてないのか!とびっくりしますが、新潟から親子関係の積み直しなので、いまからなら間に合う! 点数偽装の件も、寅子が叱らなかったため優未が心を開きました。

ところが、ここで寅子は何も言えなくなってしまいます。
花江のいう「トラちゃんにしかしてあげられないこと」だとわかりながら、言葉の出てこない寅子。優三とのいろんなすてきな思い出は浮かんでくるのに、「なぜだろう胸が詰まって話せない」(ナレーション尾野真千子)
布団に潜って泣いてしまう寅子。

寅子の気持ちを知らない優未は翌朝、また心を閉ざしてしまったようですが、寅子が仕事いきたくない〜とジタバタしていたら、その様子を見られてまた気まずい。

寅子のジタバタ具合はアニメキャラみたいな動きでした。伊藤沙莉さんはこういうのが可能な逸材です。朝ドラヒロインにはあまりいません。

出勤すると高瀬は休んでいました。
航一(岡田将生)が今日も来ていて「ゆうべ泣きましたか」と尋ねます。
どきり、となったところに、杉田次郎(田口浩正)が賄賂的なお弁当を持ってきます。
航一は裁判官とはそういう仕事であると、受け取りません。
受け取っちゃだめなんですよ、寅子。単なる親切ではないのですから。寅子もそこはわかっていて、お代を払って、自分が持ち帰ると言います。食べ物は無駄にしてはいけませんから。
お弁当を置いて帰るかと思いきや席に座って、おしゃべりする気満々な次郎。え?となる寅子。田口浩正さんと伊藤沙莉さんのコンビネーションがみごとです。

と、そこで次郎が高瀬の話をします。山中でキレたわけは、どうやら亡くなった兄と比較されてブチ切れたようでした。

「思い出にできるほどお兄さんの死を受け入れられていなかったのでしょう」と淡々と慮る航一。
これは、期せずして、夕べの寅子の状態を説明したかのようではないでしょうか。
そして、高瀬にとりつくしまがないようだったのが、寅子との接点ができたということです。
扱いづらい若者や手をこまねいている娘との関係に解決策が見つかるのか、明日も楽しみです。

優未の精神的に弱いところは父似。偽装してごまかすちゃっかりしたところは母似でしょうか。「私がやります」とか「はい」とか時々寅子への口調がやけに丁寧になる(話し方が一貫してない)ところも、優未が母にどういうふうに接していいか迷いの表れのようにも思えます。

※この記事は「虎に翼」の各話を1つにまとめたものです。

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–{第79回のレビュー}–

第79回のレビュー

「死を知るのと受け入れるのとは違う。事実に蓋をしなければ生きていけない人もいます」
などとニヒルな顔で語る航一(岡田将生)が探偵のように見えます。田舎の密度の濃い人間関係から起こる陰惨な事件を解決する探偵のような風情。

そして、寅子(伊藤沙莉)は「だから語りたくないし語られたくない」と同調。ここでもう高瀬(望月歩)のことではなく自分の優三(仲野太賀)への気持ちにシフトしてしまっています。昨日の今日で優三のことで泣いていたのですから無理もないですが。

次郎(田口浩正)は皆戦争で誰かしら大事な人を亡くしているから、乗り越えていかないとと、割り切ったことを言いますが、さらに航一は「そう言われるとわかっているから、彼は乗り越えたふりをするしかなかったんでしょうね」とまた探偵が犯人がわかったあと、エンディングで言うような台詞を語ります。

東京の人は洒落たことを言うと、次郎は席を立ちます。話が合わないし、粘ってもいいこともないと諦めたのでしょう。

そもそも、航一は仕事で書類の確認に来ていたのですから。ふたりきりになって寅子に書類の確認を促しますが、寅子は「自分の話をされているようでした」と自分の話をはじめます。娘に優三の話をできないこと、娘との間に大きな溝ができてしまったという複雑な話をします。仕事を終わってからにしないのが寅子流。世の中には、仕事をまず済ませてと思う人もいますが、そうはならない、ままならないこともあるのです。

航一は自分は溝を自ら作るほうだけれど、寅子はとんでもなく諦めが悪いですね、と褒めます。
表現が独特ですが、すっかり航一は寅子の理解者です。優三と似た感じです。唯我独尊ながらそれなりに傷ついて迷う寅子の理解者であるのです。

その日の帰り、寅子はばったり高瀬に出会います。お弁当は持って帰った様子がないけれど、作業しながら食べたのだろうか、と気になります。お金を払って優未(竹澤咲子)に持って帰ってもよかったのではないか。と余計なことを考えながら、寅子と高瀬の会話を見ます。
寅子は、謝ったり褒めたり、期待をかけたり、若い高瀬の心をほぐしていきます。

「すべて一気に解決することはできない。でもひとつひとつやっていくしかない」(ナレーション・尾野真千子)

物事がたくさん重なってどれも手がつかずどうしようもないときはありますが、ひとつひとつ、できることからとりかかっていくしかないということは確かにあります。寅子がんばって。

翌朝、高瀬は出勤していて、ふたりで境界問題に当たります。江戸時代の古文書が見つかって、それが役に立つかと思ったら(このとき買い物かごをもったまま資料室に行く寅子が気になってしまったけどサザエさん的な感じ?)、調停で、太郎(高橋克実)が別の資料を出してきて、手打ちになってしまいます。寅子と高瀬が行動しているのを、じっと見ている太郎と次郎がじつにあやしかった(昭和の未解決事件のようでした)。

太郎が仕組んだ茶番な解決はさておき、ここで注目は、原さんの弁護人らしき太田さんを演じていた新川將人さんです。ずっとハンカチで顔の汗をふいていて、この部屋の蒸し暑さが伝わってきます。

物理的な不快な暑さのみならず、この調停の、この町の人間関係の、ねっとりじっとりしたいやな空気すら感じさせます。出番が少ないのに、この場面を見事に作りあげています。さすが長年、富良野塾を経て蜷川幸雄さんの芝居に出ていたかたで(村上春樹の小説の舞台化「海辺のカフカ」ではジョニー・ウォーカーを演じました)、蜷川さんはこういう場面における脇役の芝居にとても細かったので、蜷川さん亡きあともしっかりこれまでやって来たことをやり続けているのだと感じました。名もなき人たちを描くというのはこういうことです。ただ配置すればいいのではありません。

ちなみに森口さんを演じた俵木藤汰さんとさんを演じた星野亘さんは新潟出身の俳優さんです。地元枠。

話を戻して、太郎です。「つまり森口さんも原さんも先人たちの誤りに翻弄された被害者なのです」と、境界問題をうまくまとめたうえ、高瀬が訴えられないようにもうまく話をつけます。ここでは「持ちつ持たれつ」と口癖のように繰り返します。でも寅子がそれはそれ、これはこれで、高瀬が森口さんにしたことはきちんと罰されないといけないと言うのです。そして、高瀬もまんざらではない顔をします。

このエピソードでなぜかたびたび民族音楽のようなものが劇伴になっています。これは「トリック」を思わせます。太郎の言う、狭い地域ならではの独特な風習や問題解決の仕方をミステリーに仕立てた秀作が「トリック」でした。つまり金田一耕助ものを21世紀にアップデートした作品です。新潟編の入口は、戦後の横溝ミステリーとトリックの流れで作っているようです。

寅子の家庭問題、戦死した人をなかなか忘れられない問題、職場の人間関係、若者とのコミュニケーション問題、調停案件、地域差のある倫理問題等々をぎっしり詰め込んで、ワンエピソードにしていてすごい腕力だなと思います。まさに「すべて一気に解決できない。でもひとつひとつやっていくしかない」です。

※この記事は「虎に翼」の各話を1つにまとめたものです。

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–{第80回のレビュー}–

第80回のレビュー

高瀬(望月歩)の暴行事件を杉田太郎(高橋克実)が穏便に済まそうとしましたが、寅子(伊藤沙莉)は本庁に報告して注意処分にすることにしました。
周囲はわざわざそんなことしなくても、と言いますが、高瀬は寅子がそうした考えをきちんと言葉で聞きたいと言い、寅子は話しはじめます。

この仕事をしている以上、どんなに相手がひどくても手を出してはいけない。仕返しをすることはひどい相手と同じ次元に落ちることだ、という考えは、過去に寅子が暴力や暴言に出て反省したことから学んだものでしょう。

また、穏便に済ませて、心にできたかさぶたを悪気なくはがしていく人たちに、借りをつくってほしくない。「自分の意思で物事を受け流すのと受け流さざるを得ないのとは違うから」というのは、寅子の一貫した信条です。他者によってものごとを受け流すことを徹底して拒みます。穂高(小林薫)との確執もそれでした。

怒りたいときに怒ることができるように、やりたいことがやれるように、処分したと寅子は語ったあと、さ、この話はもうおしまい、と明るく終えます。

でもそのあと、どーっと疲れています。がんばって、強く出ていたんですね。高瀬が納得してくれてよかった。

その晩、高瀬が令状をもらいに来て、キャラメルを優未(竹澤咲子)にと手渡します。キャラメルは亡くなった兄との思い出のお菓子でした。
兄に譲られた進学の道によってなれた書記官を、兄のことでキレてあやうく失いかけた。人っていけないと思いながらついついそういうことをしてしまうもので。それを寅子によって助けられたのです。

起きてしまった優未は、「おいしいものひとりで食べてもつまらない」からとキャラメルをいま食べたいとねだります。優三(仲野太賀)とおいしいものをふたりでこっそり食べた記憶が蘇り、寅子は、優三の思い出をやっと優未に話すことができました。

優三はすぐ人に謝るが、時間が経ってから、本音をこぼす、不器用で優しい人で、優未はそこが似たのかもしれないという寅子。なるほど。それで寅子もすぐに謝るようになり(自分の意思で物事を受け流している?)、「虎に翼」の登場人物は時間が経ってから、本音をこぼすのでしょう。ドラマのなかに優三イズムが流れているようです。

寅子は、お腹をくだしたとき寅子の変顔を思い出すように、と伝授します。いきなり変顔をされても優未はすんなり受け入れられないようですが、少し距離は縮まったようです。

ふたりは並んで歯を磨きます。夜中に甘いものを食べたから歯は磨き直さないといけません。

寅子は1ヶ月分の献立を考え、買い物計画を立て、合理的に家事を行うようにして、近隣に借りを作らないようにします。これで杉田兄弟も手出しできません。
そして、寅子は、本部に時々手伝いに行くことになり、航一(岡田将生)が紹介してくれた喫茶店に昼食を食べに行きます。
そこにいたのは、涼子さま(桜井ユキ)で――。

あまりの偶然にびっくりしますが、それよりも、航一がまわりくどい言い方で、喫茶店を紹介し、寅子は「誘ってくださるの」と積極的であったことが気になります。

優三さんのことを思い出すと胸が痛み、娘になかなか話せないのは、航一の言う、まだ死を受け入れられないのではなく、むしろ、だんだん優三さんのことを忘れて、ほかに心ときめく人が現れたからなのでは? という気さえしてきます。

これは決して薄情なのではなく、人間の心は理性では抑制できないものだということでしょうか。仕事――法律では理性を優先していても、私生活ではなかなか難しい。さてどうなる?

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–{第81回のレビュー}–

第81回のレビュー

第17週「女の情に蛇が済む?」(演出:相澤一樹)はなつかしい人、新しい人、盛りだくさん。新潟編がますますにぎやかです。

航一(岡田将生)寅子(伊藤沙莉)を連れてきたカフェ(Tea room)は「Lighthouse」(灯台)という名前で(かもめの声も聞こえます、海沿いなのでしょう)、寅子はふとカフェー燈台を思い浮かべたようです。そして、そのオーナーは涼子様(桜井ユキ)でした。
14年ぶりの再会です。

手紙に返事を出してなかったと涼子が語る台詞があり、これは珍しい。朝ドラでは、なぜ手紙のやりとりをしていないのかというツッコミが入りがちなのですが、今回はそうではなく、寅子は涼子に手紙を出していたことが明言されました。
その一方で、航一は、ふたりの関係を知っていたのか、偶然だったのかは語られません。説明したりしなかったり、うまくバランスをとっています。

涼子はお家を守るためにお嫁に行ったのですが、憲法14条で貴族制度が廃止されて、どうなったのか、寅子は気にしていたのかもしれません。
涼子はいろいろ苦労しながら、空襲で足を怪我した玉(羽瀬川なぎ)とふたり、新潟でお店を開いていたのです。華やかな衣裳を着ていた涼子様が、シンプルな仕事着を着ているのが切ない。でも真っ白でパリッと清潔感があってお似合いでした。
玉は、英語を学び続けて、いまは学生に英語を教えています。でも、何か表情に影が……。

ライトハウスというと、星野源さんと若林正恭さんのNetflixの番組「LIGHT HOUSE」と星野さんの歌「灯台」を思い出します。いつの世も、暗闇に灯りが欲しいものであります。

玉が教えている学生のなかに、あの境界線問題の名士・森口(俵木藤汰)の娘・美佐江(片岡凜)がいました。じつに丁寧な上品なお嬢様で、森口の印象とはずいぶん違います。

もうひとり懐かしい人が。
寅子が本庁にも出向くことになって忙しいことに心配した花江(森田望智)が新潟在住の稲(田中真弓)に手伝いを頼みました。強力な助っ人です。

考えてみれば、昔は、女中を雇うことが多く、専業主婦っていまよりも恵まれていたのではないかと。女中という、女性がやれる仕事もあったということですよね。
女性が男性と並んで社会進出するようになったから、女性=家事ではないという印象ができたものの、家事の得意な人だっています。最近、また、家事手伝いブームになっているので、いい傾向なのではないでしょうか。

拙著「みんなの朝ドラ」では、朝ドラに描かれた妾や女中に関して、実際、当時、どんなふうだったか、資料をもとに記しています。当時、社会的地位の低かった女性のできる仕事ではあったのです。

稲にも助けてもらえて、寅子と優未(竹澤咲子)の生活も順調にいきそうかと思いますが、優未が心を開いてきたかと思ったら、ずいぶんと口調が荒っぽくなりました。これが彼女の本当で、ずっといい子を演じていたと思うと、ちょっとこわい。
寅子にはほうっておかれていたとはいえ、花江や従兄たちには可愛がられていたのに。だからこそ、捻くれた姫みたいになってしまったのでしょうか。これからさきが思いやられます。
稲に「優未さんとってもおりこうさんでしたね」と言われて、寅子はうれしそうだったのに、そのあと急変。これはもうホラーですよ。

あと、新たな登場人物といえば本庁の刑事部判事室に勤務する入倉始(岡部ひろき)が、また若手の風変わりな人物。鏡で髪型ばかり気にして、マイペース。子供を「ガキ」と呼びます。高瀬(望月歩)に次いで、扱いが難しそうです。岡部ひろきさんは寅子の父役だった岡部たかしさんの息子さんで、ちょっと面影があります。他人の役なのに、お父さん似の人が出てくるのって、なんかへんな気もしますが、情報を知らなかったら、そんなことも思わず見られると思います。

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–{第82回のレビュー}–

第82回のレビュー

ある日、寅子(伊藤沙莉)杉田弁護士兄弟(高橋克実、田口浩正)の主催する麻雀大会に参加しようと考えます。杉田兄弟は、女性は麻雀なんかしないほうがいいという態度ですが、寅子はこういうときこそ「はて?」と対抗します。

そんなとき、偶然、航一(岡田将生)が麻雀好きであることがわかります。
麻雀をやることで親睦を深めるというやり方が大人の世界にはあります。麻雀自体はおもしろい頭脳ゲームだと思いますが、麻雀社交とそこに入らない人との差は気になるところです。

寅子も寅子で、麻雀でもやって、新潟の職場に馴染もうとしているようです。
友達がいなくても平気とうそぶいていた優未(竹澤咲子)も寅子に助言され、学校帰り、お友達といっしょに帰ってみます。でも、一緒に帰ろうと誘われ「うん」とふたりの学友の間に入ったのはいいものの、無言でうつむいて歩き出す三人の
妙な気まずさ。ここは意図した演出なのでしょうか。

寅子の場合、旧友・涼子様(桜井ユキ)と再会したので、心強いことでしょう。
寅子が本庁で担当している初の刑事事件についても涼子様の前で話します(守秘義務ないのでしたっけ?)
それは、19歳の少年・元木(山時聡真)にかばんをひったくられ、20歳の青年・水上(林裕太)が暴行を起こした事件で、水上は、この年齢差は何か、と問いかけます。未成年と成年で罪の重さが変わってしまう。19歳の少年は、若いけれどふてぶてしいのです。

法律は法律で大事ですが、法ではカバーしきれないこともあるわけで。法律大好き寅子でしたが、人それぞれに寄り添おうと思うと悩ましいこともあるようです。

寅子の悩みを聞いた涼子様は、英語教室に来ている少年少女は裕福で育ちがいいけれど、ときどき、昔の自分のような孤独やいらだち、誰も自分を理解しないという顔をにじませることがあると言います。
貧困が理由ではない犯罪も増えてきた、という涼子。いまもちゃんと社会をよく見て、自分なりに考えているようです。
でもなぜ、法律の世界で働かないのか。いろいろ事情があるようで……。

日曜日に特別メニューがあると聞いて、寅子はまたライトハウスを訪ねます。優未を連れていこうとしますが、稲(田中真弓)と一緒がいいとつれない。親子の溝はちょっと埋まったようでなかなか埋まりません。

ライトハウスに行くと、おまんじゅうが振る舞われました。
あの日、毒饅頭をみんなで作ったことがきっかけらしいです。三つ子の魂百までとでも言うのでしょうか。

毒饅頭事件が思い出された流れで、森口美佐江(片岡凜)の質問に寅子が答えるとき、あの頃(学生時代)の回想がされます。

法について考えるとき、最初は事件を家族に置き換えて「自分ごと」にして考えたが、父が事件に巻き込まれたときにそれをやめたと寅子は言います。
最初、楽しい、家族劇場で法を説明していたけれど、すぐそのコーナーはなくなってしまったのはそういう理由だったのですね。

ところで、玉(羽瀬川なぎ)が空襲で足を怪我して車椅子生活をしていて、いまだに調子が良くないようです。玉とふたりきりになった寅子は、玉の苦しい胸の内を聞きます。
あの青春時代、みんな同じと思ったはずだったのに……。
世の中には、たくさんの溝があるようです。

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–{第83回のレビュー}–

第83回のレビュー

夏のミステリーのはじまりみたいでした。
前半は、玉(羽瀬川なぎ)による、彼女と涼子(桜井ユキ)が戦中戦後、どのような苦労をしていたか、身の上話。後半、19歳と20歳の少年の犯罪の件が少し進み、そこに森口美佐江(片岡凜)が絡んでいたらしいと匂わせました。それがなかなか心理サスペンスな色合いで――。

玉は寅子(伊藤沙莉)に明かします。戦後の憲法改正によって貴族制度が廃止され、涼子は家に縛られずに済むようになったにもかかわらず、玉の面倒を見て生きることを選択しました。家を守るために結婚した夫とはそれがもとで離婚をしたようです(子供もできなかったようです)。玉は涼子を解放するために、新潟の身体障害者の更生指導所に入りたいと寅子に力添えを相談します。

寅子のようなえらい人に頼まないと当事者自らアクセスできないようなハードルの高い施設じゃ意味ないと思うけれど、とかく行政のやることってそんなふうにかゆいところにまったく手が届かないものであることは現代も変わりません。

学生時代の大事な友人たちの問題に、お人好しの寅子は真剣に悩みます。その頃、森口(俵木藤太)が娘が世話になっていると菓子折りを持ってきます。高瀬(望月歩)と鉢合わせして、お互い表情が変わったのは、このふたりはまだ遺恨があるようです。
美佐江は寅子がすっかり気に入ったらしく、思わせぶりに「先生は私の特別です」と、手作りらしき赤いミサンガ(腕飾り)を寅子の手首に結びます。

それが、少年犯罪の真相と関係することになろうとは――。

元木(山時聡真)水上(林裕太)の事件では、突如、6人くらい、ほかの少年たちが自首してきました。全員、関わりの薄い者たちがなぜ……というのは昔、『踊る大捜査線』の映画版でネット時代ならではの犯罪の形を描いていたことをを思い出しました。さすがにこの時代、ネットはないのですが、新たな時代の犯罪の形が生まれはじめたということを描きたい意図は同じであろうと思います。

戦後数年の日本で、貧困以外で、つながりも一見希薄そうな少年たちがなぜ共謀しているのか――という、これまでの朝ドラにはない題材で、制作陣の意欲を感じます。

仲間たちは、皆、裕福な家の子で成績優秀であったが、共通しているのは「気持ちをすっきりさせたい」ということ。元木は、理由を語らなかったが、寅子がミサンガをしているのを見て、急に「あの子をすっきりさせたくて」と言い始めます。彼もまた、同じものを腕に巻いていました。調べたら、自首した子はみな、同じものを見に付けていたことがわかります。

「あの子」とは美佐江なのか。そして、美佐江は何を抱えているのか――。
一見、聡明ないい子のようですが、底深い、闇を抱えているようです。

寅子が事件の関係者と同じ腕飾りをしている展開はとてもひやっとしました。元木は寅子が自分と同じ腕飾りをしているのを見て、この裁判官、自分たち側の人だと思ったのではないかと思うのですが、偶然であり、寅子にはなんの意図もないにもかかわらず、なんとも困った事態でしょう。
こういう展開はどうでしょう、と法律監修のかたに相談し、検討してもらっているのだと思うと興味深い。たぶん、菓子折りを受け取っていいかとか、他者からもらったものを法廷で身に着けていいかとかも監修のうえ、描かれているのだと思います。

そして、涼子が、最近の青少年は貧困以外で犯罪を起こしていると言っていたことが事件とつながっていたのも、涼子の先見の明を感じます。もしかして、英語の授業で何かを感じていたのかも?

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–{第84回のレビュー}–

第84回のレビュー

友情がテーマになっていました。

いつものように買い物カゴを提げた寅子(伊藤沙莉)はたまたま帰り、優未(竹澤咲子)が学友たちと話しているところを目撃します。朝ドラ名物立ち聞きは家のなかが多いですが、今回は野外。寅子は草むらに隠れて娘を見守ります。

学友たちは、先日、優未を誘って一緒に帰った子たちですが、先生から頼まれたからやっていただけで、優未が全然話をしないものだから、不満を感じていたようです。友達になってあげたと恩着せがましく言う子たちに、優未はさばさばと、「お互い無理をしても誰も幸せじゃないし、そこから友達になるのは難しいと思う」と返します。

先生から頼まれたから、とか、〜〜してあげた、とか言ってしまう子供の残酷さ。でも優未は落ち着いたもので、その子たちにちゃんと「ありがとう」と礼儀を尽くします。しゃべりたくない人には無理して愛想を振りまかない。でもありがとうは言っとく。親に顧みられないでくるとこんなふうに達観した子になってしまうのでしょうか。

一部始終を見ていた寅子は、気を使って少し遅めに帰宅します。先に帰宅し、いつもどおりに振る舞う優未に、寅子は変顔をしてみせます。と、優未も変顔をしていました。ということは、優未も寅子を元気づけたいと思ったのでしょうか。
同じことを考えていたふたり。ようやく、少しだけ溝が埋まったような。寅子は溝を超えて優未に近づき、ぎゅっと抱きしめることができました。

そして日曜日、寅子は優未にまたお留守番してもらって、ライトハウスに向かいます。
開店前、寅子はいきなり、玉(羽瀬川なぎ)に、更生指導所は、新潟には空きがなく、神奈川にならあると切り出し、玉も涼子(桜井ユキ)の気持ちをもざわつかせます。ふたりの問題には寅子は介入できないから、「答えを出すことを手放す」と言いつつ、ふたりが本音をぶつけるきっかけは作るのです。

「ふたりの問題はふたりに任せる」
優未と学友の場面も黙って見守った寅子は、玉と涼子が本音を語り合う様子も黙って見守ることに。判事の寅子にはふさわしい役割です。

なかなか斬新な場面でありました。ふたりの人物の真剣会話を、ヒロインが傍聴する。いっさい、何も感情も思考もさしはさむことなく。

玉は、自分が怪我して動けなくなったから、涼子が離婚までして面倒を見てくれていることに罪悪感を抱いています。でも、涼子にとっては玉は大事な存在でした。むしろ、涼子こそ、自分の孤独を癒やすために玉をそばに置いていたのです。

夫とは子供もできず、本当の意味では夫婦になれなかった(これは意味深でした)。亡くなった母・寿子(筒井真理子)が子供がいないと、孤独な余生になるから、子供をつくれと言ったことを聞いて、子供の代わりを玉に求めたのです。ただ、それは、子供に自分の世話を頼むということではなく、自分の孤独を埋めてくれる相手は玉しか思いつかなったのでしょう。

夫は解放したのに、玉のことを解放しなかった涼子の思いは、ライトハウスの入口が車椅子の玉には不便な階段状になっていることからもわかるような気がします。
バリアフリーにしないことで、玉をライトハウスに自分といっしょに閉じ込めたのではないでしょうか。寿子が大きな歴史ある屋敷でひとりさみしく長い時間を過ごしていたように、建物に牢獄のようなイメージが浮かびます。寿子の果てない孤独には井伏鱒二の「山椒魚」の世界観も少し。

でも玉は涼子といるのが不幸ではなく、閉じ込められている意識はありません。涼子の幸せを思うと自分がいないほうがいいと思っただけ。つまり、相思相愛であったわけです。お互い相手に悪いのではないかと気にしながら、本音を聞けないでいたところを、寅子のある種、空気を読まない介入が功を奏しました。

「せめてふたりが対等であってほしい」と寅子はそれだけ口をはさみ、玉と涼子は英語で親友の誓いを交わします。

先日、「あさイチ」で、見知らぬ他者に呼びかけるとき、どう呼ぶのがいいかという話題になっていました。見知らぬ人に「おばさん」「お姉さん」とか声をかけてしまうことが気になるという話でした。それが、英語だと誰にでも「you」と対等です。

英語だったら、見知らぬ人に声をかけるとき、Can I help you? とyouで話かければいいのだと、「あさイチ」を見て思ったことを今朝の「虎に翼」を見て思いだしました。

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–{第85回のレビュー}–

第85回のレビュー

今日のテーマは「拠り所」。

玉(羽瀬川なぎ)と涼子(桜井ユキ)はbosom friend(「赤毛のアン」で有名な心の友)になりました。あとで、呼び方も「お嬢様」から「涼子ちゃん」に変わります。

話を聞いた稲(田中真弓)は「正直、そのお友達が潰れてしまわないか心配です」と正直に言い、寅子(伊藤沙莉)は稲に、ライトハウスを手伝ってもらえないかと持ちかけます。
理由は、拠り所をたくさん作るため。
拠り所がひとつになると、関係が対等から特別になって歪になって、失ったときなかなか立ち直れないから。

つまり、寅子は、玉と涼子のたったふたりっきりの関係も歪だと感じだということなのかなと思います。単なる感動に終わらせないところにひやりとなりました。

この歪な関わりという発想は、おそらく、美佐江(片岡凜)のミサンガのような腕飾りの件から感じたのでしょう。なんだかピンボールのようにいろいろな要素がぶつかりあい弾けあい思いがけないほうへと転がっていきます。

稲のことも、お手伝いにくるのは単なる隣人の好意ではなく、さみしい老人の心の穴を埋めることになりかねないことを寅子は憂慮したのでしょう。涼子から聞いた寿子(筒井真理子)の話が響いたのかもしれません。ひじょうに現代の高齢社会を思わせます。

ここで「依存」という言葉を使用しないのはなぜなのか。「依存」と言ってしまうと、語感がきついと配慮したのでしょうか。

ここ最近では晴れやかな顔でハヤシライスを頬張る寅子に、航一(岡田将生)は杉田兄弟主催の麻雀大会に誘います。このとき、「麻雀」と「なるほど」と「にっこり」が航一の拠り所だと寅子は感じます。「なるほど」が拠り所という考え方がユニークであります。

航一は「なるほど」と言ったりにっこりしたりして、その場を凌いでいるということでしょう。優未(竹澤咲子)は友達がいないけれど、歌も料理もお絵かきも好きで、ひとりのときは、どうやら歌やお絵かきして、時間を潰しているようです。例の「モンパパ」を披露しました。

拠り所をたくさん作らないといけないと思ったからか、寅子は、麻雀大会に、優未を連れていきます。初めて会った航一とはすぐに打ち解けたように見える優未に寅子は少し嫉妬して、ふたりの間に割り込んでいきます。ただ、優未はいい子ぶるのはうまい人なので、ほんとうに打ち解けているかは不明かと。

ライトハウスには連れていかないけれど、麻雀大会の場である料亭的なところには連れていく謎の展開で、そこで優未は大人たちの複雑な事情を目の当たりにします。本当だったら当時はタバコをみんな吸っていて、その紫煙と大人たちの複雑な心情がまざりあって、濃密な空間が形成されていたことでしょう。いまは喫煙シーンは好まれないのでカットされて、子供がいても安心な空間に見えます。

ですが事態は急変。別の意味で不穏に。
優未を見た途端、号泣する太郎(高橋克実)。長岡の空襲で、娘と孫を亡くした過去がありました。優未に孫の面影を見たようです。そして航一は「ごめんなさい」と太郎を抱きしめます。

次郎(田口浩正)は航一の言った「死を受け入れられていない」という言葉を覚えていて、太郎の涙はそれだろうと言います。そのときの次郎の、やるせない笑いも、航一に「なるほど」や「にっこり」のようなものでしょう。この田口浩正さんの演技は見せ場です。

太郎は妻も亡くして、仕事に没頭していたと言います。彼にとっては仕事だけが拠り所になってしまっていたのでしょう。

太郎が泣いて麻雀大会は中止、寅子と航一と優未はお刺身を食べます。「ときが流れるのを待つしかないのでしょうか」と寅子。寅子が航一の心に踏み込もうとすると、間髪入れず「秘密です」とはぐらかされてしまいました。そのあと、お会計に立ったときの航一の堪える横顔には何が……。

「拠り所」をテーマにした15分の短い間に、戦争が終わって、一見落ち着いたかに見えても何年も経ってもなお消えない傷があるという難しい問題もぎゅぎゅっと詰め込みます。パッキング上手。寅子も優三(仲野太賀)を亡くしていますし、太郎の思いもわかるでしょう。

ちなみに、すばらしいと評判の高い長岡の花火は、空襲で亡くなった人を想って開催されているそうですよ。

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–{第86回のレビュー}–

第86回のレビュー

麻雀大会の行われた料亭で食事をしながら、航一(岡田将生)に「戦時中に何か?」と質問した寅子(伊藤沙莉)
でも、航一は答えず、席を立ってしまいます。

寅子「少し無神経だったかしら?」
優未「少し?」
寅子「ごめんなさい」

寅子の困ったところを優未(竹澤咲子)が冷静にツッコむ役割になるとバランスがとれそうです。いいコンビになってほしいものです。

本来、ツッコミのために語り(尾野真千子)も存在しているはずですが、いろいろな角度からツッコんでいかないと、寅子の場合、規格外なのだと思われます。

そこへ消防車のサイレンの音が聞こえてきて、近隣で火事が発生。
この火事、どうやら事件性のあるもので、翌朝、警官が逮捕状に判をもらいに来ました。
容疑者は朝鮮人。火災の火元であるスマートボール場の経営者である朝鮮人の金顕洙(許秀哲)が火事の直前、保険金を掛けていたことと、火元に火の気がふだんないことなどから、疑いがかかりました。本人は否認しています。
85回のレビューで、いろんな出来事が玉突き状態のことをピンボールに例えて書いたら、スマートボール場が出てきました。たぶん、世の中、NHKの番組「ピタゴラスイッチ」でおなじみの、ピタゴラ装置(ルーブ・ゴールドバーグ・マシン)のようだということを描きたいのでしょう(そんなドラマ、他局で以前、ありましたよね)。

朝鮮人に差別的発言をした警官に寅子は注意をします。
が、寅子が席を外すと「あれはこわい」「から回っているな」と寅子の悪口を言います。

その頃、新潟では朝鮮人や中国人との衝突が起こっていました。

他者に対する偏見は異国人に対してとは限りません。
深田(遠山俊也)が寅子が杉田太郎(高橋克実)を泣かせたという噂をさっそく聞きつけ、大喜び。いつもはへつらっていますが、影ではバカにしています。
小野(堺小春)のことは愛想がないとか、婚約破棄されているとか噂話をします。
高瀬(望月歩)は「あんげなやつに何を注意してもむだですよ」と警官のことを「あんげなやつ」呼ばわり。以前、寅子も杉田兄弟や森口のことを「あんな人達」と高瀬に言っていました。
判事補・入倉(岡部ひろき)も「事件ばかり起こして困ったやつらですよ」と朝鮮人のことを言い、寅子はとがめます。

登場人物たちは皆、他者を「あんな」呼ばわりをします。なぜわざわざいやな響きの言葉を遣うのでしょう。「虎に翼」は主人公をはじめとして、登場人物を清廉潔白で正義にはしないように慎重に描いているように感じます。誰もが、自分のことをさておいて、誰かを偏見の目で見てしまうどうしようもないところがあるように。
寅子も、本人のいないところで噂話をすることを好みませんが、その一方で、他人の心の内側にずけずけ踏み込んでいきます。

入倉が「いいやつらもいればどうしようもないやつらも多い」と言うことと近いような。ひとりの人間のなかにいい面もあればどうしようもない面も多いというような。知らんけど。

放火事件の初公判の日、小野の姿もありました。彼女は、職場で事件の話をしているとき、何か思うところがあったようでした。
金顕洙の弟・広洙(成田瑛基)が興奮して、この国の人は誰も信じられないとわめき出すと、小野は朝鮮語で止めます。

第18週のサブタイトルは「七人の子は生すとも女に心許すな?」です。たとえ7人もの子供をつくった妻でも心は許せないという意味です。心許せない女は今週、いるのか、いるとしたら誰なのか。

寅子は、美佐江(片岡凜)とすれ違います。もらった腕飾りが事件に関与していた人物も同じものを持っていたという、ぞっとする体験を味わっていますし、それを外して机のうえに置いておいたら美佐江は引きちぎって壊してしまったこともこわかった。だから、再会したときの寅子はひじょうに緊張した表情をしていました。でも、できるだけ平静に対応しようと努力しているのも伝わってきました。
美佐江が事件に関わっていたのかいないのかははっきりしていません。

※この記事は「虎に翼」の各話を1つにまとめたものです。

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–{第87回のレビュー}–

第87回のレビュー

放火事件の初公判の日、小野(堺小春)が朝鮮語で割って入った件で、次郎(田口浩正)寅子(伊藤沙莉)に、小野は傍聴に来ないほうがいいと進言します。

小野は休暇をとって裁判を傍聴に来ていました。彼女はかつて朝鮮人と恋をして家族に反対され婚約破棄していたのです。にもかかわらず朝鮮人の公判に顔を出すということは、まだ朝鮮人とのつきあいがあると家族が心配すると次郎は心配するのです。

当人がいないとき、勝手に話題を出すことを寅子はよしとしませんから、次郎をたしなめます。噂とは勝手に広がって、思いがけない形に変わってしまうもので、寅子も太郎(高橋克実)を泣かせたことになっていますから、やっぱり噂は要注意です。

寅子と次郎の話を聞いていた高瀬(望月歩)は次郎のことをすごく怒って、「あんげなやつ」とまた悪く言います。「本気でよかれと思ってるこのクソジジイのおせっかいが」とは、寅子の穂高(小林薫)への感情に似ている気がします。いつの時代も若者は、年寄りがよかれと思ってのおせっかいで、やりたいことを抑制することに対して激しい怒りを覚えるもののようです。
寅子はいまや大人になったようで、高瀬をなだめます。
高瀬は小野をとても気にしているような気がします。

第87回は「噂」のこわさが描かれます。

放火事件について寅子と航一(岡田将生)入倉(岡部ひろき)が合議していると、入倉が弟があやしいと憶測します。
「何事も火のないところに煙は立たずですよ」と、朝鮮人を疑ってかかる入倉に、航一は、「その煙は誰が立てたのか見極める」という視点もあることを提示。放火と火を重ねて、巧い言葉のチョイスです。

航一は、大正時代、関東大震災のとき、朝鮮人が虐殺された事件を例に出します。朝鮮人にあらぬ疑いがかかってのことでした。昭和生まれの入倉はその出来事をよく知りません。寅子も。ここで、世代の違いが描かれます。「ゆとりですがなにか」(日本テレビ)で、ゆとり世代を演じた岡田将生さんが自分より若い世代の歴史観の薄さに向き合っていることをここでは楽しみたい。航一っていつ生まれなのでしょう。

ちなみに、関東大震災での朝鮮人のことは、昨年公開された映画「福田村事件」に詳しく、またNHK のドラマで劇場版も作られた「風よあらしよ」や大河ドラマ「いだてん」でも触れられています。

昼食にライトハウスに行くと、ドアに落書きがされていて涼子(桜井ユキ)が消していました。
月に1、2回、何年も続いている、謎のいやがらせでした。

新潟に来たばかりで地元の人と話し合いを重ねていたとき、一部の人からひいきされていると疑われ、あることないこと噂されたことがあったらしく……。それは玉(羽瀬川なぎ)の件でした。足の不自由な人が地域にいることを問題視されたようで、玉は気遣いながらやって来ました。彼女が涼子から離れようとした理由はここにもあるのかもしれません。

普通なら、この問題からはじまって、玉の葛藤を経て、涼子と玉の関係性がより強固になるという話の流れを作るのがセオリーかなと想像しますが、「虎に翼」は涼子と玉の結びつきを描いてから、実はこんな問題でも悩んでいました、となっています。

劇中、優未(竹澤咲子)のクラスにすぐ怒鳴って嫌われ者のクラスメイトがいて、その子と「普通に接したらいい」と寅子が言ったことで「普通」とは何かという問題提起のようなものもありました。普通の流れとは何か。普通なんて関係ない気がしてきます。

この回、おもしろかったのは、優未が学校で山登りに行く話から、寅子は山登りにいい思い出がないと思い出すところです。花岡(岩田剛典)が崖から落ちた場面、寅子が川に落ちた場面と連続して映ると、ふたりとも仰向けに落ちています。かつて寅子は理想に燃えて、花岡を蹴散らそうとして、いまや、よかれと思ってやったことで高瀬に川に突き落とされてしまう。自分にとって絶対が他者にとって正しいとは限らない。寅子はじょじょに学んでいっているのだと思います。

容易に何もかもうまくはいかない。寅子は涼子の話を聞いて、新しい憲法によってすべての人が平等になったと思ったけれど、異国の人や身体の不自由な人には平等ではない現実に苛立ちます。すべての人に公平なんて無理だと航一は言いますが……。

難しい案件の合間に、優未との溝も埋めるべく努力する寅子の様子も描かれます。たくさん書きたいこと、書かないといけない課題があって、それがぎゅっと詰め込まれてやや整理されてないようにも感じますし、障害者と異国人差別を短時間で一気に書くのは力技な気もします。ですが、実際の世界では、ひとつひとつの課題が順番に問われ解決していくわけではなく、日々解決されない問題が平行しているということを誠実に描きたいのかもしれません。

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–{第88回のレビュー}–

第88回のレビュー

どうしても被告人側・差別を受けている側に心を寄せてしまう、と寅子(伊藤沙莉)が悩んでいると、だから合議制があるのではないかと、航一(岡田将生)は冷静です。

入倉(岡部ひろき)のような考え方も否定すべきではないし、寅子の考えも。様々な考え方や感情を出し合って、中から最適解を選択する、それには時間や辛抱や知性が大切でしょう。
罪について考えることは、人間の知性の可能性を拓く場なのだと感じます。

問題の放火事件に、ひとつの証拠が提示されました。容疑者・金顕洙(許秀哲)が弟宛に書いた手紙です。そこには「中を完全に燃やしてしまった」とありました。この言葉によって容疑を認めていることになりそうですが、寅子はなぜわざわざ手紙にそんなことを書くのか気になり、また言葉も不自然だと感じます。入倉は日本人には読めない朝鮮語だから油断して本音を書いたのではないかと推測します。

顕洙が手紙を書いている寅子の脳内イメージシーンでは、朝鮮語がセンスよくレイアウトされていました。演出は橋本万葉さんです。

「中を完全に燃やしてしまった」の部分に寅子はひっかかるものの、朝鮮語が読解できないので、小野(堺小春)に聞いてみますが、やはり「燃やす」という意味でした。

もやもやしながら帰宅すると、優未(竹澤咲子)も疲れて眠っていて、食事の支度どころではありません。
寅子が夕飯はお菓子で済ませようと提案します。「だめ?」と聞く寅子に優未は「だめじゃないよ」とむしろ楽しそう。これは以前のいい子のふりではなさそうです。
おそらくですが、寅子が堅苦しかった頃よりも、こういうズレたことをするほうが気楽なのではないでしょうか。それもふたりで手を抜く共犯関係は、こっそりふたりで美味しいものを食べることと同じような喜びがありそうです。

もらいものの洋菓子の数々にお漬物、というなんだか奇妙な取り合わせですが、ふたりの会話は弾みます。山登りで怪我した子を、クラスの嫌われ者の子が背負い、優未が荷物をもって下山したという話を聞いて、寅子が嫌われ者の子はじつは「優しいのね」のだと感じると、「困っている人を助けるのは普通のことでしょう」と優未はあっさり。

こういうときの「普通」はありです。なんでも「普通」でくくって、その枠から外れたものを叩くことは問題ですが、「困っている人を助けるのは普通」という認識はなんの問題もありません。

ふたりの食が進み、溝が埋まりつつあるような、なかなかいい母娘の場面でありました。

そして日曜日、寅子の家を訪ねてきたのはーー

香淑(ハ・ヨンス)でした。
寅子の頼みで、香淑が夫・汐見(平埜生成)と共に東京からはるばる新潟までやって来ました。

香淑が朝鮮語の手紙を読むと、「燃やして」という部分が「気を揉ませて」であることがわかります。「テウダ」という単語は「燃やす」ではありますが、頭に「中」という意味の単語がつくと「気を揉ませて」という慣用句になるというのです。
確かに、公判で手紙を読まれたとき、顕洙がはっとした顔をしていました。
なのになぜ誤訳を訂正しないのか。香淑は、日本で味方がいなくて抵抗するとさらに悪いことが起きそうで諦めてしまったのではないかと、自分の気持ちに少しだけ重ねて推測します。

これで裁判が一歩前進しそう。そのとき、もうひとりの訪問者がーー。

言葉の違いから生じた誤解を寅子が解読していくスリリングなエピソードに、大切な友人・香淑が助けに現れるというわくわくもあり、社会問題を考える機会にもなる見ごたえのある回でした。

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–{第89回のレビュー}–

第89回のレビュー

「私が気を揉ませてしまったせいで心配をかけた」
(金顕洙)

朝鮮語の翻訳間違いで「燃やした」ではなくて「気を揉ませた」であることが
香淑(ハ・ヨンス)によって判明しました。

気を揉ませてしまったせいで心配をかけたという文章が、頭痛が痛い的な印象もあり、これが「普通」かどうかは議論の必要を感じます(「私のしたことのせいで気を揉ませてしまった」では誤訳の展開が成立しなくなるのでしょうけれど)が、ともあれ、燃やすではなかったことがわかったのは一歩前進です。

それを寅子の家の外でたまたま聞いた小野(堺小春)が思い詰めたように訪ねてきて、朝鮮人である香淑と日本人の汐見(平埜生成)がどうやって結婚できたのか訊ねます。彼女は、朝鮮人との結婚を家族に反対され、普通の日常を壊すことをおそれ婚約解消したことを悔やんでいました。

香淑は香子と名を偽って、寅子以外には自分が日本にいることも明かさず隠れるように暮らしているはずですが、小野に知られてしまったことに動揺しているようには見えません。それはさておき、香淑が名前を変えてでも結婚を思いきったのは「好きになった相手が日本人だった。それだけ」の理由です。

苦労を買ってでも一緒にいたい相手だったということなのでしょう。その強い覚悟が小野には伝わったでしょうか。

香淑の覚悟は、新潟まで来たにもかかわらず、涼子(桜井ユキ)玉(羽瀬川なぎ)にも会わずに帰ってしまったらしいことでもわかります。それだけ何かを捨てる覚悟が小野の恋にはあったかーー。

寅子は香淑にふたりがいる話はしたのかしないのか。いや、「虎に翼」はあとから続きが書かれることがあるので、いまはなんとも判断はできません。もしかして、あとから、寅子が香淑に涼子の話をしたこと、ライトハウスに立ち寄ったことなどが描かれる可能性もあります。

翻訳の誤りがわかったことをきっかけに、なんやかんやあり金顕洙(許秀哲)は無罪になりました。

月日が経過し、はじめて雪が積もった頃、控訴の申し立てもなく、無罪確定。
一件落着ですが、入倉(岡部ひろき)が何かにおびえているような顔をしていたため寅子は、溝を埋めようとライトハウスに誘い、おせっかいにも話を聞きます。そこには杉田兄弟(高橋克実、田口浩正)も来ていました。

入倉は、歴史を知らない自分は偏見もなく、朝鮮人に対して普通にふるまっているつもりだが、向こうから敵対視してくるものだから態度が硬化してしまうのだと語ります。それを聞いた寅子は

「いやな行動されて気分が悪くなるのは当たり前。でも入倉さんは踏みとどまれてるじゃない」
(寅子)

そう入倉を肯定します。
この回、重要なのは、この「踏みとどまる」ではないかと感じます。

即物的な、短絡的な言動を控え、最適解を考え続けることしか道はない。

寅子は、優未(竹澤咲子)が山に行く話から、自身がかつてかっとなって他者に怪我を負わせた(花岡を崖から落とした)ことを思い出していました。寅子は、若い頃、踏みとどまることができなかった。でも、様々な体験を経て、いまは「踏みとどまる」ことの重要性を学びはじめています。

汐見は、異国の人との結婚にまだ解決策は見つかっていないが、いつかそれが見つかるまで、「自分に正直に」生きていくしかないと語っています。
関係性をぶち壊すことなく、踏みとどまり、なおかつ、信じた道を粛々と進む。人間が皆、それができたら、きっと平和が訪れる、そんな気がします。

大好きな憲法第14条に書かれた平等について「あきらめずに向き合うしかない」のかと悩む寅子の話を聞いた太郎は、平等について考えられるのは、学があるか余裕のある者ばかりだとやや冷ややかに言います。

そんなことは考えていられない人もたくさんいる。ましてや、戦争で、それまで当たり前にあったものが何もかもなくなって塗り替えられたと思っている人だっている。それは空襲で娘や孫を失った自身のことでもあるようです。

ここでまた興味深いのは、杉田兄弟の立ち位置です。彼らは、地元の名士をはじめとして土地の人たちとあらゆる手を使ってうまくやっていこうとしているわけですが、今回、朝鮮人の弁護を引き受けていることです。兄弟はたぶん、平等という考えに基づいてやっているわけではないでしょう。もしかして、手紙の誤訳をそのままスルーしそうになったのは地元とつながっているからかもしれません。

寅子の指摘によって、翻訳をし直したものを証拠として提出し、無罪を勝ちとった杉田弁護士たち。彼らは真実とか正義とかを基準にしていないように感じます。ただ、いまを生きるために仕事をしているに過ぎないのでしょう。じつのところ、そっちのほうが平等という言葉にふさわしいかもしれないなんてことも思ったりするのです。そう思わせるのは、高橋克実さんと田口浩正さんの芝居が滋味深いからかなとも思います。いかに、平等、公平、真実、正義というような言葉はあやふやなものか。

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–{第90回のレビュー}–

第90回のレビュー

ことあるごとに「ごめんなさい」という航一(岡田将生)。その真意が明かされました。

雪の降る日、なぜか大繁盛のライトハウス。カウンターには杉田兄弟(高橋克実、田口浩正)がいて。席が空くまで、離れて座って待つ寅子(伊藤沙莉)と航一と入倉(岡部ひろき)
いつしか客はほかにいなくなり、ひっそりします。

航一は、戦前、「総力戦研究所」に所属していました。そこで模擬内閣をつくって、日米戦の机上演習を行った結果、日本の敗戦が導きだされましたが、報告を聞いた政府が戦争をやめることはありませんでした。

優秀な人々が集まって考えたことなので、実際、その演習どおりに日本は負けました。予想ができていたのに戦争を阻止できなかった責任を感じて、航一は「ごめんなさい」と謝ってしまうのです。

ひとりで何ができたかはたかが知れているとはいえ、戦争で、大事な人を亡くした人が大勢いる、その責任が微塵もないとはどうしてもいえないと航一は苦しみます。

「その罪を僕は誰からも裁かれずに生きている」

航一は自分を責め、自分を信じていないけれど、法律は信じられる。その法律を使って、子供を育てるために裁判官の仕事をしていると吐露します。
法律が唯一信じられるとはいえ、誰からも裁かれない苦しみを背負いながら、人を裁いているとは、もうそれだけで十分、自分を罰しているような気もします。罪悪感ハンパないと想います。
きっと日々すごく絶望しながら生きているのでしょう。彼の長い前髪はその苦悩の表れかもしれません。戦時中の回想では、髪を横分けにして聡明な表情をしていました。いまやすっかり表情が曇っています。

いろんなことが曖昧でうつろいやすいけれど、法律は信じられるという考え方は寅子が、憲法が大好きなのと似ています。だから、ふたりは惹き合うのかもしれません。

航一のモデルである三淵乾太郎さんは総力戦研究所に所属していました。でも、本人の口からはこの経歴にはいっさい触れていないそうです(ドラマの取材担当の清永聡さんの「三淵嘉子と家庭裁判所」より)。だからエモーショナルな部分はドラマの創作になります。

杉田兄弟も、涼子(桜井ユキ)も寅子も、航一が自分を責めることはないと考えますが、航一は耐えがたく、店を出ていきます。

外は雪。港から汽笛(霧笛?)のうなり声が聞こえてきます。その音は戦時のサイレンのようにも聞こえるような気がしました。

追いかけて店を出た寅子に「こいつ急にべらべらしゃべるなって思いました?」と、視聴者の気持ちに寄り添うような台詞を言う航一。

寅子が「あなたが抱えているものは私達誰しもに何かしら責任のあることだから。だから バカのひとつ覚えですが寄り添って一緒にもがきたい。少しでも楽になるなら……」
と語りかけると、航一は雪のなかにしゃがみこんでしまいます。

寅子も一緒にしゃがみ背中をさすります。
しばらくすると、上空に光が差してきます。これは、寅子と航一の心情を表すものでしょうか。
この場面、雪がひじょうに効果を成していました。

寅子の「バカのひとつ覚えですが寄り添って一緒にもがきたい」という台詞もまた、「寄り添う」という言葉が形骸化していないかという視聴者の気持ちに寄り添った台詞にも感じます。

ここは「寄り添う」という言葉しか浮かばないが、「寄り添う」が消費されすぎてありがたみがすり減っている現状もあります。「寄り添う」の本質を考えたいという問題提起にもなっています。「問題提起」も使いすぎるとありがたみがなくなるから要注意です。

さて。おごると食事に誘われて来て、杉田兄弟と共に店内に残された入倉は何を思っているか気になりました。若い世代の彼のお気持ちを知りたい。でも彼も関東大震災は知らないけれど、戦争は経験しているはずです。

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「虎に翼」をU-NEXTで視聴する
–{第91回のレビュー}–

第91回のレビュー

戦前に作られた総力戦研究所にいた航一(岡田将生)が、その過去を引きずっていたことを明かしました。

ライトハウスの前でしばししゃがんで咽び泣いていた航一に、寅子(伊藤沙莉)が寄り添います。

落ち着いた航一は気持ちを切り替え、今度の休みに家に行ってもいいかと切り出します。麻雀を教えてくれるというのです。しばし寄り添ってくれたお礼でしょうか。

店内に戻ると今度は入倉(岡部ひろき)が泣きだしました。「俺ってほんとに人を見る目がない」と。
航一のことは「つまらなくて退屈な人とばかり」
寅子のことは「小うるさいクソ婆」
でも、寅子は怒らず、私も「差別主義者のクソ小僧」と思っていたと、お互い、他者を表面的にしか見ていなかったことを反省し、もっと偏見をなくして内面を知っていくようにしようと提案するのです。

戦争体験の重さを引きずらず、サクッとカラッと切り替えて先に進む人たち。といって、悩みがなくなったわけではなくて、抱え続けるけれど、生きていかなくてはいけないのです。だから気持ちの切り替えが大事なのだと思います。

そして、日曜、航一がお菓子をお土産にやって来ます。稲(田中真弓)はライトハウスの常連さんとでかける約束をしたそうで、彼女もまた新しい拠り所が増えたようです。
ということで、優未(竹澤咲子)も家にいることになります。
3人はまずそれぞれの家族の写真を見せ合います。それが礼儀という感じです。やましいことはありませんという感じ。
優未が優三(仲野太賀)の写真を、航一は亡き妻と子ども2人の写真を。
航一の上の子は大学生だそうです。岡田将生さん、大学生のお父さんには見えないですがそれこそ人は見かけによらないということです。

と、そこへ杉田兄弟(高橋克己、田口浩正)がニヤニヤしながらやってきます。年をとっても男女が2人っきりだと狭い世界、どんな噂になるかわからないと心配してのこと(単なる冷やかしでしょう)、一緒に麻雀をはじめます。まあ、4人集まって実践できて何よりではないでしょうか。

寅子は表情に感情が出ると注意されます。もしかして麻雀を通して、感情を表情に出さない訓練ができるようになってそれが裁判に生かされるのではないでしょうか。
土台を作るために来た新潟、寅子は、他者を偏見の目で見ないようにすること、表情を顔に出さないことなどを着々と身につけているようです。

帰りに航一はまた来ますと言います。なぜそんなに積極的?

優未は、航一が寅子のことが好きなのかなと言いだします。寅子は気を使って、優未が嫌なことはしないと言いますが、私のせいにはしないでと返されます。その口ぶりが
花江(森田望智)はる(石田ゆり子)のように寅子は感じます。
寅子は確かに、自我が強いようで、他者のために動いているふうだったり、自分の感情に気づいてないふうだったりします。航一に対しても、グイグイ積極的にはたからは見えますが、当人は思わせぶりな言動をしているだけで、意思表示をはっきりはしていません。毎回、航一が積極的に誘っているのです。

優未は花江やはるに育てられているから、寅子よりも花江たちの考え方に似ているのでしょう。寅子に頼ったり甘えたりするよりも寅子に客観的に批評する目線を向けるのです。

ついでに言えば、残念ながら優三のことは記憶にないでしょうから、寅子に好きな男性ができても、優三がいるのに、とは思わないのではないかという気がします。

休日明け、早速、深田(遠山俊也)が寅子にニヤニヤして、高瀬(望月歩)小野(堺小春)もいい感じであると伝えます。「も」というのが意味深。
そこへまた杉田兄弟が割って入って来て、美佐江(片岡凛)が関わっているらしき由々しき事件を伝えて、風のように去っていきます。
くれぐれも噂を広げないようにと釘を刺していきますが、この街の人たちの口は信用できません。

第19週のサブタイトルは「悪女の賢者ぶり?」(演出:梛川善郎)で、悪女とは美佐江のことでしょうか。

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–{第92回のレビュー}–

第92回のレビュー

第92回は広島平和記念式典の放送のため、15分前倒しで放送されました。

街の名士の娘・美佐江(片岡凜)が犯罪に関わっているらしいという話がありました。同じ疑いによって捕まった女性たちは赤い腕飾りをしていたことがわかります。

寅子(伊藤沙莉)は心配になり、ライトハウスに行きます。受験が近いので勉強会によく来ているそうです。

外で窃盗事件で怪我をした元木(山時聡真)が美佐江を心配して待っていて、彼もまた赤い腕飾りをしていることに寅子は気づきます。

美佐江がやって来ると、元木は消えます。たぶん、寅子たちに気づいたからと思うのですが、もうちょっと彼の表情を撮ってあげてほしかった。カメラの端からさっと消えてしまい、誰もいなかったように美佐江は平然とライトハウスに入ります。

別の日、美佐江が寅子の職場に訪ねてきます。彼女にかかった嫌疑は誤解で、お友達のしたことに巻き込まれてしまったようなことを言いますが、寅子は元木の腕飾りの謎も含め、本当のことを話してほしいと引き止めます。

「ほんとうは全部話したくて来たんじゃない?」と寅子が真剣に語りかけると美佐江は話し始めました。家庭環境にも人間的魅力にも恵まれているものの、法律の本に書かれた悪の定義がわからないのだと。

どうして悪い人からものを盗んじゃいけないのか

どうして自分の身体を好きに使ってはいけないのか

どうして人を殺しちゃいけないのか

美佐江は寅子に淡々と問います。
対する寅子は、いつもの八の字眉の困り顔ですが、目は涙で潤んでいます。
目の前に、悪を悪と思わない存在がいることの衝撃や困惑にどう対処していいかわからないのでしょう。
美佐江ーー恐るべき子供。純粋に悪を悪と思っていないのです。このとき、美佐江の背後には白い光が当たっていて、逆光で顔は暗くなっていて、光と影のコントラストが彼女は光なのか影なのかわからなく見えます。こういう哲学的演出はさすがの梛川演出。

寅子「答えが欲しくてやっているってこと?」
美佐江「やっている? 何をですか?」

この会話は、寅子が思わず誘導尋問してしまったのを美佐江は賢く乗ってこずごまかす感じがスリリングです。ミステリーの探偵と犯人のような雰囲気が漂います。

すぐに答えを出すことはできないから一緒に考えていかないかと寅子は誘います。そのとき、優未(竹澤咲子)が無邪気にやってきて、寅子は思わず、すばやくぎゅっと娘を抱きしめます。計り知れな恐怖から彼女を守るように。

そのとき美佐江の表情が変わります。

その後、森口(俵木藤汰)がすごい剣幕でやってきて、美佐江が寅子に犯罪者扱いされたと怒ります。たぶん、寅子が優未を美佐江に近づけないようにしたことに心がすこし動いたのだと想像します。あの顔が印象的でしたので。

危うく訴えられるところは、太郎(高橋克実)がなんとかしてくれます。魚心あれば水心ありのいささか狙った感がありますが、太郎は街の調整役になっているんですね。

昭和28年1月、美佐江の審判は行わないことになりました。これもまた太郎の暗躍でしょうか。そのときの寅子の背後の窓の外が風で揺れていて、寅子の釈然としないやりきれない気持ちが伝わってきます。

ランチにライトハウスに行くと、美佐江がいて、隣で教わっている男子学生も赤い腕飾りをつけていました。
寅子の背後で薄くにやりとする美佐江。こわっ。

悪を悪と思わないということは自制を期待できないわけで、そんな彼女がなぜか誰にも咎められず許されて市井に解き放たれている。なんておそろしいのでしょうか。

美佐江の言動には、ドストエフスキーの「罪と罰」を思い出します。優秀だが貧しい学生ラスコリニコフが、老婆を殺し、その行為の正当性を主張します。選ばれし者は他者を殺してもゆるされると考えるラスコリニコフの場合、貧しさという理由がありますが、美佐江は恵まれていて、なに不自由ないにもかかわらず他者を損なうことに罪悪感を持てないでいる。まったくおそろしい存在です。
寅子は、美佐江の件は担当ではないのですが、おせっかいなので放っておけない。この大変な問題にどう対処するのでしょうか。

広島平和記念式典の日、戦争という大量の殺人について考えるこの日に提示された問いは胸に強く刺さります。

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–{第93回のレビュー}–

第93回のレビュー

佐江(片岡凜)のことでもやもやしている寅子(伊藤沙莉)を気遣ってか、
日曜日、優未(竹澤咲子)は稲(田中真弓)とふたり、映画に出かけます。

こういうときのお母さんといてもつまらない、というのも本音でありましょう。聡明な気遣いと、子供らしい本音を併せ持っているのだと感じます。
たぶん、ふたりっきりでいたら、完璧主義の寅子が出てきて、優未のことをへんに気遣っておかしなことになって、かえって疲れそう。

優未の気遣いのおかげで、何するでなく、ぼーっとして、気づけば居眠りしてしまった寅子のもとへ、航一(岡田将生)が訪ねてきました。読まなければいけない書類がたまっていると言い、寅子の家でマイペースに読み始めます。

航一は航一で、寅子に寄り添おうと思ったのでしょう。自分にしてもらったように、ただ横にいようと。書類は彼らしい不器用な言い訳であることを寅子は気づいています。

優未は、航一が来ることも予想していたのでしょうか。

その沈黙が不思議と寅子の心を軽くしていきました
(ナレーション)

心をゆるした者同士、黙って互いが別々のことをしていても、そこにいるという存在感だけで安心することがあります。

いつのまにか、寅子と航一にはそれが生まれているようです。もはや夫婦っぽい。優三(仲野太賀)につくったお守りをふと手にとり、彼を思い出しながら、航一に癒やされていく自分の心を寅子は抑制できないようです。母と娘ではこうはならないのですね。うーん、難しい。

「お茶新しいのに替えますね」という台詞を深読みすると、寅子は拠り所を「新しいのに替えた」のかと思ってしまいます。
そのお茶は熱すぎて、航一はすっと飲めません(単なる猫舌かもしれませんが)。

「僕も無意識に弱っているあなたにつけこもうとしていたのかもしれません すみません」
(航一)

航一もこれまでだまっていた総力戦研究所の話を皆にしたからすっきりしたわけではなく、いまだになにか抱えていて、もっと寅子に癒やされたいと思っているようで……。
でも、今日のところは、お互い理性で踏みとどまります。

帰っていく航一を見送る寅子にナレーション(尾野真千子)がかかります。

胸が苦しくて息が詰まる。こみあげてくる感情はなんなのか その答えから必死に目をそらすことしかできない寅子がいました
(ナレーション)

雪の道、お向かいさんの大根、湯気をたてるやかん、引き戸の音、等々、向田邦子ドラマふうの昭和の生活描写によって情緒が高まりますが、ちょっと待って。寅子は美佐江のつきつけた問題、なぜ人を殺してはいけないのかという究極の難問に悩んでいたのではなかったのでしょうか。それがいつのまにか恋愛感情にすり変わっていませんか。

人間とはそういうものだということなのでしょうけれど……。吊り橋効果にしたってあまりにヘヴィ過ぎないでしょうか。この感情に追いつける視聴者はかなり選ばれし者という気がします。

凡人の筆者なりに考えてみますと、人間とは理性だけでは抑えきれないことがある。頭でわかっていても身体がなぜか頭と違う方向に向かってしまう。倫理対本能という最大の難問を新潟三条という閉ざされた街を舞台に描こうとしているのかなと思います。ドラマ制作総力戦研究所で研究したら難しそうだと予想がつきそうななかなか無謀な挑戦です。

「ようやく長い冬に終わりが見えてきたようです」と昭和28年3月、美佐江が東大に合格したことを森口(俵木藤汰)が大喜びでお礼に来たり(このひとの態度の起伏も激し過ぎてついていけないですがこれもまた理屈ではないのです)、高瀬(望月歩)小野(堺小春)が「友情結婚」することがわかったり。

世間体を気にして、結婚という体裁に収まろうと冷めた様子の高瀬と小野に、寅子は自分と優三を重ねて、慎重になったほうがいいと助言します。

ん? 寅子も最初はそうだったけれど、好きになって子供を作ったのではなかったのでしょうか。ここで、疑問を呈したら、優三との日々を否定することになりはしませんか。

高瀬はもともと妙に冷めたところがあったので、こういう結婚のスタイルを選択しそうな気もしますが、だったら小野のことが気になっている素振りを見せていたのはなんだったのか。生物的本能はあるけど、感情はさばけているということでしょうか。

小野はあれほど朝鮮人との恋に真剣だったので、急にさばさば友情結婚してしまう感情の動きが早すぎる気がしますが、朝鮮人との恋もいっとき燃え上がっただけだったのかもしれず、香淑(ハ・ヨンス)汐見(平埜生成)との真剣な関わりとの差が描かれたのかもしれません。あるいは、恋を忘れるために結婚してしまえ、という荒療治か。

向田邦子世界から「ゆとりですがなにか」的な世界までが15分の間に詰め込まれたところへ、花江(森田望智)が訪ねてきて、きゃっきゃと喜ぶ寅子と花江。
ここのところ、イマジナリー花江だったので、ホンモノかと触ってみる寅子。
花江の生き生きした実存が救いになりました。森田さんのキャラづくりの巧さが光ります。彼女くらい飛躍してあっけらかんとしていると、理屈を取っ払えるのです。

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–{第94回のレビュー}–

第94回のレビュー

花江(森田望智)がへそくりを使って新潟にやって来ました。
その晩は稲(田中真弓)も一緒に楽しい食卓を囲みました。

稲は大事な花江に久しぶりに会って、すっかりごきげんで、お酒が進み、興が乗って歌まで歌います。それも踊りつきで。なんかやたらとお酒を飲んでいるなあと見ていて気になったのですが、酔いが回って無礼講になってしまった感じを出そうとしていたのでしょう。
そのあと、すっかり酔いつぶれて、優未(竹澤咲子)と寝てしまうのも、あれくらいガブガブ飲んだから無理もないと思います。
田中真弓さんの歌、明るくてすてきでした。

優未が服を着たまま稲といっしょに寝てしまい、寅子と花江は久しぶりにふたりきりでおしゃべり。花江が来たのは、優未に手紙をもらったから。
寅子に気になる人ができたものの、優未のことを気にして思いきれずにいるというようなことを心配しているのです。

花江に言われても、寅子がまだはっきりできずにいると、優未が起きてきて、優三(仲野太賀)のお守りの中を開けます。この間、航一(岡田将生)が来たときに、ちょうど、寅子が航一に説明しながら見せていた、寅年の寅子特製の思い出のお守りです。

お守りのなかに手紙が入っていることに優未は気づいていました。寅子には思いがけないサプライズです。手紙には、優三がもし死んで、再婚を考えた場合の注意事項が記されていました。

優三はほんとうにいつも寅子思いで、寅子のやりたいようにやれるように考えてくれて優しく導いてくれていました。亡くなってもなお、寅子の迷いを払拭してくれます。

すべて忘れてその人のもとに飛んでいってほしい
(優三)

米津玄師の主題歌の歌詞にある「飛んでいく力」「きままに飛べ」の「飛翔」への希求が恋に回収されたことにびっくりしたのと、最後の手紙に、妻の再婚への後押しを強く心配し、娘への言葉がややついでっぽいことにすこし悲しかったです。自分が優未だったらそれこそスンっと冷めた気持ちになるような。でも一緒に生活した時間が短いからもともとさばさばしているのかもしれませんが。物語だからいい話を期待しちゃうんですよね。

その頃、航一はライトハウスでひとり食事をとっていました。何時なのか。もう閉店していてまかない飯をごちそうになっているような雰囲気。

そこで涼子(桜井ユキ)が寅子は全方位に愛があるが、恋愛ごとの機微のようなことには無頓着なのだと注意します。涼子は、花岡(岩田剛典)のことを言っているのでしょう。彼の場合、寅子に気がありそうに見えてその気になったらがっかりする結果に終わったので、またそうなるのではないかと涼子は心配しているのでしょうか。

涼子の心配は杞憂であることを、涼子も航一も知りません。

翌日、寅子は、朝、出勤した早々、高瀬(望月歩)小野(堺小春)の友情結婚に口をはさんだことを謝罪します。そして好きにするといいと言うのですが、そもそも、そんなことを寅子が口をはさむことではないし、朝いちで職場でそういう話をするのもなんだかなあという気もします。寅子ってヘンな人。

モデルの三淵嘉子さんはどんな人だったのでしょう。少なくとも、初婚の相手には自分から結婚の意志があったと記録には残っているようで、契約結婚ではなかったのです。もし、寅子がモデルの人生にならって、優三に思いを寄せて結婚したら、もうすこしわかりやすい話になっていたように思います。現代性を盛り込み、結婚制度への疑問を描いてしまったがために、結婚制度に疑問のあったヒロインの再婚問題は複雑すぎて、これだけをテーマに物語が一本書けそうですから。高瀬と小野の友情結婚に、寅子の過去の契約結婚を重ねることで、寅子が過去を引きずって航一との関係に一歩踏み出せないでいることを一生懸命書こうとしているのだと思いますが、よけいにこんがらがってしまっているような。作りごとに作りごとを重ねておかしくなってしまう例の典型に思えます。

寅子をちょっとヘンな人に描くのは、へんだなと思っても、彼女を否定することが差別につながるのだということを訴えたいのかなと思って見ています。
自分とは違うと感じるものも認め受け入れることが平等の精神です。
世の中には、寅子をちっともヘンだと思ってない人も存在しているはずです。
たぶん、このレビューを読んでいる人のなかにも、このレビューがヘンだと思う人もいるでしょう。それこそ世界そのものです。

※この記事は「虎に翼」の各話を1つにまとめたものです。

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–{第95回のレビュー}–

第95回のレビュー

思いがけず、お守りのなかに入っていた優三(仲野太賀)の手紙。寅子(伊藤沙莉)思いの優三は、亡くなってもなお、寅子の一番の理解者であり、気兼ねなく生きてほしいと気遣っていました。

お守りの中身を開けることはなかなかしないものですが、なぜ優未(竹澤咲子)がお守りの中を開けたかというと、父のことをもっと知りたかったから。寅子があまり優三の話をしなかったのがかえって功を奏したようです。

好きにしていいのだという優三の言葉に背中を押された寅子は、部下の友情結婚も認めます。が、自分のことはまだ完全に解き放つことができません。優未と優三との血のつながりの深さを感じれば感じるほど、それ以外のものに接触することは憚られるものです。

ところが、ある日の本庁勤務。雨がひどく列車が止まって帰れなくなり、寅子は航一(岡田将生)とふたりきりになります。

優三の手紙を読んで、よけいに優三への義理堅さ(恋しさ)が募った寅子ですから、航一に「私はいまも優三さんを愛している。これからもずっと愛し続けたい。だから彼以外に誰かを愛したりしてはだめなんです」「航一さんのことは大切に思っています。でもきちんと気持ちに線を引きたい」とぶしつけに申し出ます。

いつものこととはいえ、ものすごく自分のペースで話を進め、ふつうだったら、ん?と思いそうですが、航一はあっさり彼女の気持ちを解してしまいます。つまり相性がいいのでしょう。

航一は、妻を亡くして以降、余生と思って生きてきたが、寅子といると蓋した気持ちが開いてしまうというようなことを言います。自分の素直な恋心らしきものを伝え、でも、お互い生真面目でいましょうと一旦引くのです。ここをぐいぐいいくと、寅子は逆上するのでしょうけれど、寅子の気持ちをまるごと受け止める術を航一は知っています。

ところが、帰りの廊下で寅子が滑り、航一に手を貸してもらったことをきっかけに、チャンス到来。
お互いの気持ちがあふれてしまいます。本庁、雨が降ると床が滑るのだそうです。そんなことあります???

恋は二の次三の次だった寅子は、その生真面目な性格から、駄目よ駄目よと頭では抗うのに、航一に胸を高鳴らせてしまう、強烈なこれの実体をわからず、困惑していました。それが恋! (おれにはわかる)

「なんで、私の気持ちはなりたい私とどんどんかけ離れていってしまうんでしょうか」と悩みを吐露すると、航一は寅子の手を強く握って「お互いにずっと彼ら(亡くなった妻や夫)を愛し続けていい」と言います。

永遠の愛を誓う必要なんてないんです。なりたい自分とかけ離れた不真面目でだらしのない愛だとしても僕は佐田さんと線からはみ出て、蓋を外して、溝を埋めたい
(航一)

「気を揉ませたため心配をかけた」というような翻訳文といい「線からはみだし蓋を外して溝を埋める」という言葉といい、「私はいまも優三さんを愛している。これからもずっと愛し続けたい。だから彼以外に誰かを愛したりしてはだめなんです」といい、似たような言葉をいくつも使用することで、あふれる強い思いを表現しています。決して洗練されたとはいえず、そのうえ、法律家の主人公と相手役の高い知性と理性をもった設定とはかけ離れています。ただし、それが不思議なマリアージュをするのです。

寅子は航一の、永遠を誓わない、不真面目でだらしのない愛を「私達の欲する最適なものかと」とそこは堅苦しい言葉でまとめます。

ぎこちなく口づけを交わすふたり。雨で滑る床を滑りながら帰るふたり。
人間はいくつになっても、みっともないものなのです。実のところ、これっぽちのことは決してだらしなくないと思うのですが、ふたりは真面目すぎて、こんなことすらだらしないと自分たちを律してしまうのでしょう。

この場面を見ながら、現実社会で、エリートの人たちが、みっともない恋の現場を週刊誌に撮られたりすることを思い出します。高学歴で立派な肩書をもったいい大人が、すごく忙しい業務の合間を縫ってドロドロの不倫をしたり、不正を働いたり。そんなことが日常茶飯事です。頭がいいのに、なぜ倫理を外れてしまうのか。むしろ、頭がいいから余計に欲望が大きくて、羽目をはずしてしまうのか。人類の永遠の謎です。

「長崎を最後の被爆地に」と願う長崎平和祈念式典の日に、なかなか皮肉めいた、深いエピソードでした。

※この記事は「虎に翼」の各話を1つにまとめたものです。

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–{「虎に翼」作品情報}–

「虎に翼」作品情報

放送予定
9094年4月1日(月)より放送開始

出演
伊藤沙莉 、石田ゆり子、岡部たかし、仲野太賀、森田望智、上川周作、土居志央梨、桜井ユキ、平岩紙、ハ・ヨンス、岩田剛典、戸塚純貴、 松山ケンイチ、小林 薫ほか


吉田恵里香

音楽
森優太

主題歌
「さよーならまたいつか!」(米津玄師)

ロゴデザイン
三宅瑠人、岡崎由佳

語り
尾野真千子

法律考証
村上一博

制作統括
尾崎裕和

プロデューサー
石澤かおる、舟橋哲男、徳田祥子

取材
清永聡

演出
梛川善郎、安藤大佑、橋本万葉ほか