『リング』シリーズの貞子とともに、Jホラーブームを牽引した『呪怨』シリーズの伽椰子(と俊雄くん)。その恐怖はハリウッドも戦慄させ、シリーズの生みの親である清水崇監督の名を世界に知らしめることになった。
以前の記事でも紹介したが、清水監督は現在に至るまで精力的にホラー映画を発表しており、新たな逸材を求めて創設された「日本ホラー映画大賞」では選考委員長に就任。若手に負けじと、監督自身も昨年は『忌怪島/きかいじま』と『ミンナのウタ』という毛色の異なるホラー映画2作を立て続けに放っている。
──それにしても、と筆者は思う。『忌怪島/きかいじま』も『ミンナのウタ』も試写室で鑑賞し、何を隠そう両作ともチビりそうなほどの恐怖を覚えた。特に『ミンナのウタ』は『呪怨』レベルのムーブメントを巻き起こすのでは!?と感じたほどだったが、どうにもその「恐怖」が映画ファンに拡がりきっていないのではいだろうか── と。
そこで今回は、Jホラーブームの洗礼を浴びながら育った筆者の視点から見た『ミンナのウタ』の魅力を語っていきたい。
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いきなり怖すぎた特別映像
みなさんは『ミンナのウタ』の情報解禁時にお披露目された、キャストクレジットを完全に伏せた特別映像を覚えているだろうか。
謎のハミングをBGMに廊下にぽつんと佇む少年が「こちら」に向かって駆け寄り、「誰か」にしがみついた瞬間バケモノになるという内容で、あまりの怖さに一部映画館では上映中止となったいわくつきの映像だ。
しかしこれがなかなか秀逸な宣伝展開で、出演者を一定期間伏せたことで『ミンナのウタ』に対する「得体の知れなさ」、つまりホラー映画ファンの興味を一気に惹きつける効果があった。
そして公開を待たず人気グループ・GENERATIONS from EXILE TRIBEがメインキャストを務めていると発表したことで、ホラー映画ファンに加えてGENERATIONSファンへのアピールに成功。
GENERATIONSを擁するLDHといえば『HiGH&LOW』シリーズの実績があるため、「怖いけど気になる」と意識が向いた映画ファンも多かったのではないだろいか。
GENERATIONSが「本人役」で登場
『ミンナのウタ』の大きな特徴として、GENERATIONSメンバーが「本人役」で出演していることが挙げられる。フィクションである映画の中にGENERATIONSが実存するメタ構造になっているのだが、一方でGENERATIONSマネージャー・凛役の早見あかりや元刑事・権田役のマキタスポーツら共演者は、あくまでもフィクションのキャラクターとして登場した。
それにしても、GENERATIONSほどのネームバリューを持つアーティストが本人役で出演するような規模の作品がこれまでにあっただろうか。しかも劇中ちらりと登場する特別出演・カメオ出演枠ではなく、物語の主軸を担うメインキャラとなればなおさらのこと。
とはいえGENERATIONSが揃って出演するとなれば、それだけ登場キャラが多くなり、ファン以外からすれば誰が誰だかと物語に集中できなくなってしまう。しかし各メンバーの立ち位置を劇中にも反映することで個性を浮かび上がらせており、「GENERATIONSというグループには誰々というメンバーがいる」と自然に刷り込みまで完了させる脚本が巧い。
たとえばグループを引っ張るリーダー・白濱亜嵐は物語を牽引するメインキャラに。劇中で霊感が強く“視える”設定の中務裕太は、実際に見はしないものの“感じる”ことがあるらしい。ドッキリ番組のリアクションでお馴染みの関口メンディーも、本作で見事なビビりっぷりを披露している(特別映像でバケモノにしがみつかれた後ろ姿の人物こそ関口メンディー)。ちなみに数原龍友は俳優業をしていないという理由から、主題歌での参加となった。
ビデオテープならぬカセットテープがもたらす恐怖
本作にはキーアイテムとして、1本のカセットテープが登場する。ラジオ局の倉庫に30年前から放置されていた“それ”を手にするのがGENERATIONSメンバーの小森隼なのだが、数日後にライブを控える状況下で彼は突然姿を消してしまう。物語は「カセットテープにどのような秘密が隠されているのか」を起点に展開し、GENERATIONSメンバーはもちろん観客も含めて恐怖の世界へと誘っていく。
令和の時代にあってカセットテープとはまた古風だが、そのレトロさも恐怖を掻き立てる要素のひとつだろう。『リング』でビデオテープが呪いの媒介になった際は時代背景(リアルタイム)と一致していたが、カセットテープがどんなものか知らない世代からすれば、レトロアイテムすら「得体の知れない小道具」として目に映る。
ビデオテープの映像は網膜に焼きつき、カセットテープの音源は耳にこびりついて離れようとしない。「ミンナノウタ」と題された音源は呪いとなって聴いた者に伝播するため、カセットテープをきっかけにGENERATIONSメンバーは不気味な少女の幽霊を目撃し、呪いのウタを聴いた観客も劇中の人物たちが感じる恐怖を追体験することになる。
※以降、ネタバレ注意!
▶︎『ミンナのウタ』を観る
–{謎の少女「さな」とは}–
生前から伽椰子レベル! 最狂の中学生・さな誕生
本作は誰がカセットテープを吹き込んだのか過去をたどっていく縦のラインがあり、雇われ探偵の権田とGENERATIONSマネージャー・凛は当時中学生だったひとりの少女・高谷さなにたどり着く。
調査によって明らかになる幽霊の正体=中学生のさなは、明らかに歪な性格の持ち主。数々の異常行動は破綻した人格に起因しており、幽霊どころか生前からただそこに存在しているだけで恐ろしい。
さなのモデルではないかと疑いたくなるような現実の事件・人物も思い浮かぶが、いずれにしてもさなというキャラクターは伽椰子に匹敵する可能性を秘めている。
怖いのは“さな”だけじゃない!
さなの存在だけでも『呪怨』級の怖さだが、同時にさながかつて暮らしていた「家」そのものも恐怖演出の要。どうやったらこんなロケーションを見つけられるのだと製作陣に呪詛を吐きたくなるほど旧高谷家の外観は薄ら寒く、その内側も陰鬱としていて黴臭さまで伝わってくる。
このような舞台環境は明らかに『呪怨』の舞台・佐伯家に通じており、「高谷家」「さな」「死者の呪い」という要素からも清水監督が原点回帰したことが窺える(さなの弟?高谷俊雄くんの存在も『呪怨』との関連が気になるところ)。
ちなみに本作は「さな」「家」に加えてもうひとつ、えげつない最大瞬間風速を記録する恐怖描写があるのでご注意を。(演じた御本人は劇場鑑賞時に観客の反応を楽しんでいたようだが)
GENERATIONSが本人役で出演する意味
そもそも本作は、なぜGENERATIONSメンバーが本人役で出演する必要があったのか。もちろん話題性があり、訴求力としては申し分ない。ただそれ以上の意味が、ラストシーンにあったのではないだろうか。
本作には数原龍友も加わったGENERATIONSのライブシーンが挿入されている。映画用のニセライブではなく実際のステージを撮影した素材が使われているため、観客は改めてこの作品に登場するGENERATIONSが「本物」のGENERATIONSだと認識する。当然ステージを見守る観客も「本物」であり、本作において最も現実と創作の境界線が曖昧になる場面だ。
「呪い」が蔓延る『ミンナのウタ』の世界が、実は現実と創作の狭間という危ういライン上にあるとしたら。さなの呪いは、容易く「現実の世界」に流れ込む可能性があるのではないか。実際に本作を観終えたころには、さなが生み出した「ミンナノウタ」のメロディが頭から離れなくなっているはず。
ホラー映画とは結局は作り物であり、恐怖に震える瞬間を楽しみにしている節もある。その現実の世界を、言いようのない恐怖がじわじわ浸食していく瞬間は必見。
ホラー映画を新たなステージへ押し上げた『ミンナのウタ』にぜひ注目してほしい。
(文:葦見川和哉)
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