2023年12月1日(金)に『プリンセスと魔法のキス』が、金曜ロードショーのリクエスト企画により選ばれた、4週連続のディズニーアニメ映画の第3弾として放送される。
2010年に公開された本作は、ディズニーの長編映画では最後となる(しかも3Dアニメ映画の制作へ切り替える発表の後に復活した)手描き2Dアニメ。その意味でもディズニーの歴史の転換点に位置する作品であり、アニメの豊かさそのものもたっぷりと楽しめる。そして、ディズニーの精神を引き継ぎつつ新たな価値観を真摯に示したことが何よりも重要だろう。
取り上げられやすいのはディズニー史上初のアフリカ系アメリカ人のプリンセスということだが、それはあくまで要素のひとつ。本質的な革新性はもっと大きな「夢」への向き合い方にもあり、中でもお金持ちの親友のシャーロットというキャラクターがとても重要な役割を果たしていたと思うのだ。その理由をネタバレありで記していこう。
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※これよりアニメ映画『プリンセスと魔法のキス』のラストを含むネタバレに触れています
1:実は「現実を見ていた」シャーロットの健気さと愛おしさ
『プリンセスと魔法のキス』はメインキャラクターからして、これまでのディズニーの「脱構築」と言える特徴を持っている。何しろ、主人公のティアナは亡き父からの「夢は叶う、でも努力しないと夢で終わる」という口ぐせにならって、お金を貯めて自分のレストランを持つという夢を追い続けている。一方で親友のシャーロットは裕福な家庭に育ち、幼い頃から何着ものドレスを作ってもらっていた、お姫様願望がとてつもなく強い女性だ。
魅力的なキャラが沢山登場
「#プリンセスと魔法のキス」
金曜よる9時夢を追うティアナ?️プレイボーイのナヴィーン王子?邪悪なファシリエ?197歳のママ・オーディ?
ボクのお気に入りの一人は…ティアナの幼馴染みでお金持ちで友達思いのメチャクチャ良い子のシャーロット?みんなの推しキャラは❓ pic.twitter.com/iYkoTCoU6y
— アンク@金曜ロードショー公式 (@kinro_ntv) November 29, 2023
いわば、「王子様と結婚して幸せになる」という、それこそ童話およびディズニーアニメ映画『シンデレラ』的な役割および夢を親友のキャラクターに担わせ、主人公は「自分で努力して夢を掴もうとする」主体的な女性にしたわけだ。後の『アナと雪の女王』(2013)や『マレフィセント』(2014)でも、「王子様と結婚して幸せになる」を相対化するような価値観が提示されており、その嚆矢となったのが『プリンセスと魔法のキス』とも言える。
そのシャーロットはワガママで思い込みが激しく、一挙一動がコメディーチックに描かれたりはするものの、誰かを思いやることができる心優しい性格の持ち主。彼女を悪役にも当て馬的な役割にもしなかったこともまた重要だろう。それによって「王子様と結婚して幸せになる」という旧来の『シンデレラ』およびディズニーの価値観を否定していないのだから。
しかも、シャーロットは決して夢見がちな少女というわけではなく、はっきりと「王子様との結婚という夢の成就が現実の目の前にあること」もしくは、「大人になった」ことを自覚している。「星に願いをかけるなんてくだらないって思い始めていたの。子どもっぽくて笑っちゃうって」「私たちはほんの子どもで、おとぎ話のような夢を見ていたのがつい昨日のよう」とティアナに話していたりもしていたのだから。
そんなシャーロットは、ティアナとナヴィーン王子が両思いになったことを知り、「おとぎ話のような愛を夢見ていたの。あなたのような……」と涙ながらに口にする。彼女は(この映画全体の物語の参照元でもある)童話『かえるの王さま』が子どもの頃から大好きで、そのおとぎ話の本質である愛を現実で改めて知り、親友の幸せを心から願うシャーロットの、なんと愛おしいことか。彼女は「物語」における愛をとことん信じている、純粋で素敵な女性であると心から思えた。
そんなシャーロットは、最後にナヴィーンの弟(6歳)と踊りながら「このさい、何年でも待つわよ!」と「たくましさ」まで示していた。シャーロットは王子様の結婚のために、それこそティアナがそうだったように努力と辛抱だってできるのだろう。
それを持って、ティアナのように夢のために仕事を頑張りお金を貯めることももちろん素晴らしいが、シャーロットのように「結婚相手を見つけるために努力したり待ち続けること」もまた尊いと教えてくれる。シャーロットはやはり『シンデレラ』に回帰しつつも、さらなる尊い価値観を示した(劇中では最後までお金持ちの娘のままで王子様とは結婚しなかったとしても)史上最高のディズニープリンセスだと断言していい。
そんなシャーロットの性格を示すエピソードがもうひとつ。彼女は仮装舞踏会でシャーロットにアプローチをかけてきた男性へ、「女性が『あとで』言ったら永遠に無理」「あなたとダンスを踊ってポーッとなる人はたくさんいるでしょう」と答えているのだ。
ややドライな対応に思われるかもしれないが、シャーロットは「女性がやんわりと断るための言葉」「あなたが好きな女性もきっといること」をしっかりと教えてあげる、やはり気遣いができる性格の持ち主だと思うのだ(その直後にシャーロットが「汗びっちょり、悪いことをしたみたい!」と慌てるのは、王子様との結婚を前にして「いっぱいいっぱい」だったからだろう)。
–{望むものではなく、本当に必要なものを見つける大切さ}–
2:望むものではなく、本当に必要なものを見つける大切さ
さらに脱構築と言えるキャラクターはナヴィーン王子。お調子者で無責任かつ怠け者で、しかも親からは勘当されていてお金もない。しかし、彼もまたシャーロットと同様に、悪役にはしていない。
彼は「親のスネをかじっていて」「何から何まで(歯磨きまで!)他人にやってもらっていた」からこそ、カエルになってからのティアナとの冒険の最中で、初めて料理を手伝って、ティアナに「キノコを刻む才能がありそうね」と(半ば皮肉っぽくはあるけど)褒められたりもする。彼は「自分の力で何かを成す」喜びを知り、まさにそのための行動をしているティアナに惹かれていったのだろう。
いわば、本作は「今まで知り得なかった価値観を知ること」の大切さも示している。ティアナもまた、お金を貯めるために周りから心配されるほどに仕事ばかりであり、それは亡き父に代わってレストランを持つ夢をかなえるためだった。
そして、ママ・オーディが「もう一度考えて、自分のことを。本当の願いに気づいたら、青空が見える」と歌っていたように、ティアナは父と家族の写真を見て「望みは叶わなかったけど、必要なものは持っていた。それは愛よ」と気づくのだ。
「望むものではなく、本当に必要なものは何か?」という問いかけも、とても重要なものだ。それこそ、どれだけ努力をしても、夢はかなえられないということは現実にして往々にある。だけど、夢を追う過程で必要なものを手にしていたことはあるはずだし、その必要なものと共にまた夢に進むことだってできる。
その必要なものは、もちろん愛であるし、「誰かの幸せのために行動する(そして自分も幸せになる)」ことかもしれない。これは後のピクサー作品にも受け継がれ、『モンスターズ・ユニバーシティ』(2013)でひとつの到達点を迎えた、真摯な「夢との向き合い方」へのメッセージだ。
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3:「星に願いを」に回帰する
さらに脱構築と言えるのが、「星に願いを(When You Wish Upon A Star)」。これは1940年のアニメ映画『ピノキオ』の主題歌で、ディズニー映画で初めに流れるロゴの場面でもそのメロディが流れる。その歌詞では、ストレートに「輝く星に心の夢を祈ればいつか叶うでしょう」と歌われている。
一方で、この『プリンセスと魔法のキス』でティアナが父から教わったのは「星は夢を叶える手伝いをするだけだ。自分で努力をすることが大切なんだ」ということ。前述したようにおとぎ話が大好きだったシャーロットも「星に願いをかけるなんて子どもっぽい」って思い始めていたりもしたし、ティアナが星に願いをかけたことを後悔する場面すらあった。
極め付けは、ホタルのレイは夜空に輝く一番星に「エヴァンジェリーン」と名付け、美しいメスのホタルだと思い込み恋をしていたが、ティアナに「遥か彼方で燃えているガスの固まりよ!」と残酷にも告げられ、しかもレイはドクター・ファシリエに踏み潰され死んでしまう。つまりは、「星に願いをっていうけど、それだけで夢がかなうはずがない」ことをシニカルに突きつけているのだ。
でも、そうであったとしても、その夜空に輝く一番星であるエヴァンジェリーンのそばに、レイと思しき星がきらめくシーンの、なんと感動的なことか!
客観的には「2つの星が輝いている」、それだけにすぎないはずだ。だが、「レイが愛する人と一緒にずっといられますように」という願いを、ディズニー映画らしい「星に願いを」へと、見事に回帰みせたのだ。
おまけ:『ソウルフル・ワールド』につながるジャズの重要性
最後に、舞台背景についても簡単に記しておこう。ルイジアナ州の南部にある都市ニューオーリンズはジャズという音楽の発祥の地であり、劇中のミュージカルもジャズそのもの。ジャズは1863年の奴隷解放宣言後に、ダンスホールやバーでの仕事をするために黒人たちが生み出したものでもある。
劇中の年代は1920年代であり、人種差別の風潮はまだまだ強くはあるものの、ニューオーリンズでは様々な移民が(それこそ劇中の「ガンボスープ」のように)入り混じっており、ジャズも興隆してしていった、まさにティアナのように「誰でも努力すれば夢をかなえられる場所」でもあったのだ(それこそ劇中ではワニのルイスだってジャズ演奏者になれる)。
後のピクサー作品『ソウルフル・ワールド』(2020)でもジャズ文化の重要性が語られており、そのジャズの特徴が物語とも不可分になっている。『プリンセスと魔法のキス』よりもさらにジャズの本質にも迫る内容にもなっているので、ぜひ合わせて観てみてほしい。
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(文:ヒナタカ)