<らんまん・関東大震災・練馬編>25週~最終週までの解説/考察/感想まとめ【※ネタバレあり】

続・朝ドライフ

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2023年4月3日より放送スタートしたNHK連続テレビ小説「らんまん」。

「日本の植物学の父」と呼ばれる高知県出身の植物学者・牧野富太郎の人生をモデルにオリジナルストーリーで描く本作。激動の時代の中、植物を愛して夢に突き進む主人公・槙野万太郎を神木隆之介、その妻・寿恵子を浜辺美波が演じる。

CINEMAS+ではライター・木俣冬による連載「続・朝ドライフ」で毎回感想を記しているが、本記事では、関東大震災が起こリ、万太郎と寿恵子が新たな土地・練馬へ移り住む25週~最終週の記事を集約。1記事で感想を読むことができる。

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もくじ

・第121回レビュー

・第122回レビュー

・第123回レビュー

・第124回レビュー

・第125回レビュー

・第126回レビュー

・第127回レビュー

・第128回レビュー

・第129回レビュー

・最終回レビュー

・「らんまん」作品情報

第121回のレビュー

第25週「ムラサキカタバミ」(演出:渡邊良雄)、最終回まで今日を入れてあと10回です。採集もとい最終コーナーに入ってきました。

神社の合祀によって森がなくなることをよしとしない万太郎(神木隆之介)は、日本植物図譜にツチトリモチを取り上げることにしました。それはすなわち、大学を辞めることでもあります。というのは、貴重な植物・ツチトリモチを紹介する、すなわち守りたい→神社の合祀を反対することになる→国への反抗になる→大学に迷惑がかかる ということなのです。

ひとりの植物学者として「人間の欲がどういう植物を絶やそうとしているのか それを世の中の人に伝えたい」と、万太郎が家族に伝えますと、寿恵子(浜辺美波)
「大学とツチトリモチがてんびんなんですね。そりゃあつり合いませんね」と一瞬、反対するような言い方で、万太郎の考えを受け入れます。寿恵子は反対するわけはありません。

では、子供の千歳(遠藤さくら)百喜(松岡広大)大喜(木村風太)千鶴(横山芽生)はどう反応する?

「バカげてるよ!」と大喜が声をあげます。万太郎を責めるのかと思いきや、
「バカげてるよ、お国のほうが」。さすが、寿恵子の息子です。

「私たちがこんなだとみんなこんなに頼もしくなるんですね」と寿恵子が言うように、4人の子供たちは一様に、知性と教養があり、物の道理をわかっています。

森林伐採は人間の生活のためにいいことはない。森の木は災害を防ぐ役割もしていると指摘し、伐採された森の土地は結果的に払い下げるだけだという批判までします。

「国への愛って、もっと身近なふるさとの愛着から生まれると思うんだ」と語る百喜。4人は、橋田壽賀子先生か小山内美江子先生の書くドラマのような口ぶりで語ります。最近の朝ドラで減ってきた理路整然としたセリフを長田育恵さんは受け継いでいます。

子どもたちは家計を助けるために働くとまで言います。

かつての朝ドラですと、子供や妻視点で、お父さん、働かなくてひどい……という流れになっていたわけですが、ここではお父さんを非難する者はひとりもいません。みんなお父さんを尊敬し助けます。お父さんには大いなる目的がありますから。それにしたってあまりにも聞き分けがいいですが……。4人中ひとりくらい反対する子がいたほうが公共性があった気がしますが、あと10回しかないので、そこを掘り下げてる時間はないでしょう。

善行をしていると、いいことが舞い込んできます。りん(安藤玉恵)が大家である人物の体調が良くないので、余生を共に過ごそうと考え、差配の仕事を千歳に譲ると持ちかけます。りんと千歳が仲良いことは、その前の場面で、千歳がりんに影響を受けていることを語っています(よくできた脚本なのです)。おそらく、働く寿恵子に代わって、りんが千歳の面倒をたくさん見たのでしょう。さりげなく人間関係が見てとれます(よくできた脚本なのです)。

そういえば、この長屋、いまや万太郎一家しか住んでいません。だから、りんが言いにくそうに何か言いかけたとき、長屋を売るとでも言うんじゃないかとひやひやしました。ここで土地を売って、万太郎たちを立ち退きさせたら、森林伐採と同じことになります。古くなっても住む人がいる限り、手入れしながら、大事に残していく。この長屋で助かった人たちが、万太郎をはじめ、たくさんいるのです。

小雪混じりのある日、万太郎は決意を胸に、徳永(田中哲司)に会いに行きます。
これまで、見かけなかったアングルによって、本棚の並んだ廊下の天井が洒落ていたことに気づきました。

※この記事は「らんまん」の各話を1つにまとめたものです。

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–{第122回のレビュー}–

第122回のレビュー

この雪の 気残るときに いざゆかな山橘の実の照るを見む

大伴家持

自分の植物の研究が神社合祀反対につながることになるため、大学を辞めることにする万太郎(神木隆之介)徳永(田中哲司)に伝えに行きます。

徳永が「残念だが今学期限りで…」とくびを宣告する前に、辞表を出す万太郎。ここで感じたのは、万太郎が徳永に辞めさせられたという事実にならないように気を使ったのかなということ。大学の圧を受けている徳永の気苦労を慮って、これ以上悪者にさせたくない気持ちの現れではないかと。それと、あくまで自分の意思であるという矜持も。

辞表をもらった徳永は、まだ道があると引き止めますが、万太郎の意思は変わりません。

すると、徳永は「この雪の 気残るときに いざゆかな」と短歌の上の句を投げます。
「山橘の実の照るを見む」と返す万太郎。

出会い(というかふたりの心が通ったとき)も万葉集でした。徳永の芯は変わっていない。

最高の送る言葉。雪の消えないうちに山橘の実を見に行こう、燃える思いが消えないうちに
旅立とうというふうに感じます。いや、むしろ、万太郎の炎はますます燃え盛っています。
それは彼の書いたツチトリモチの図に現れます。

徳永も褒めるし、野宮(亀田佳明)も「生きてるようだ」と感心します。

植物研究への思いが強まれば強まるほど、万太郎の絵の実力も上がっていく。

万太郎のやってることは、植物を採集して、研究して、図にして、書籍化するということの繰り返しで、終始一貫しているため、彼の変化を感じにくいですが(最近だいぶ老けてきてはいますが)、絵の力がぐんぐん上がっていくことで、万太郎の能力、および人間性が高まっていくこととして見せれば、説得力ががぜん増します。

やはり忘れてはいけないのは、絵の力が、モデルの牧野富太郎を、超一級の植物研究家にしたことなのです。

南方熊楠が積極的に反対活動をし、その運動は広がり、翌年(明治37年?)、神社の一部は保全されることに。

神社の合祀の問題は概ね、第121回で、万太郎の子どもたちが言っていたとおり。自然によって守られているものが失われてしまう。ほかに、神社という民衆の集まる場、拠り所がなくなってしまうという問題もあります。神社というのは祭りがあったり、憩いの場だったりしますから、それがなくなってしまうのは、近隣の人たちにとって損失です。

なぜ、万太郎は合祀に反対したのか。その森に生息する植物を守りたいという気持ちは存分に伝わってきます。それとは別に、彼の考えの根本ーー植物にはすべて名前がある、ことも大きく関わっていると感じます。

神社を大小で分けて、大きなところに小さいものを統合してしまうのは、植物を大雑把に分けることと同じです。小さくても神社ひとつひとつに名前も役割も、その神社を大事にする人もいます。権力が大雑把に、力を持たない者を十把一絡げにしてしまうことへの抵抗もあったのではないでしょうか。

個を大事にする万太郎の同志・佑一郎(中村蒼)が、万太郎と入れ替えに大学に勤めることになりますが、佑一郎ははやくも大学の派閥主義に嫌気を感じています。大学内や会食などで作られるコネではなく、現場での行動がすべてと考える佑一郎。こんな人ばかりだといいのに。

難しいことはさておき、千歳(遠藤さくら)虎鉄(濵田龍臣)が結婚。家族だけの質素な祝いだけれど、花嫁衣裳は立派なもの。寿恵子(浜辺美波)が質屋から出してきたのか、もともとこれだけは質屋に出さなかったのか……。

※この記事は「らんまん」の各話を1つにまとめたものです。

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–{第123回のレビュー}–

第123回のレビュー

大正12年、9月1日、万太郎(神木隆之介)も六十代。孫の虎太郎(森優理斗)も愛くるしい。

資産家・永守(中川大志)の協力を得て、いよいよ図鑑を出版することに。

印刷する原稿の入稿を翌日に控え、大事な原稿をこの手で印刷所に届けようとしていたとき、大きな地震が……。

関東大震災です。

万太郎の書斎にうず高く積まれた標本は雪崩のように崩れます。

寿恵子(浜辺美波)を助け、長屋の井戸のところに避難。千歳(遠藤さくら)も虎太郎を必死にかばいます。

ほぼ全壊した長屋を真俯瞰で撮影。古い長屋ですから、地震に耐えられなかったでしょう。長いこと使用した長屋のセットが思い切り破壊されています。

外では、また揺れが来る、神社に避難しようという声が聞こえます。
ここで「神社」です。合祀しようとしていた神社は、こういうとき、避難場になるのです。

そうしていると、火事が……。
成長した千鶴(本田望結)が戻ってきて、五人で避難しようとしますが、万太郎は標本も避難させようとします。仕方なく、寿恵子たちも手伝って……。

このとき万太郎は、今まさに入稿しようとしている「原稿」よりも、まず標本と考えます。やっぱり標本が第一。「標本を救わんと」と、図鑑を作ることよりも、植物のひとつひとつの存在表明のようなものを大事にしているのだなと感じました。

あるだけ持って避難しますが、このパニック状態のなか、背負子は邪魔で、まわりからも迷惑がられます。そのうえ、ドサクサに紛れて物盗りもいて……。

朝ドラでは震災のほか、関東大震災が描かれてきました。

朝ドラ辞典2.0 【関東大震災:かんとうだいしんさい】
大正時代を舞台にした作品では外せない出来事。主人公やとりまく人たちの大切な人が亡くなる悲しみが描かれることが多いが、喪失を乗り越えて立ち上がっていく転換点にもなる。
忠実な奉公人を失う「おしん」、夫が行方不明になる「あぐり」、妹にプロポーズした人物が亡くなる「花子とアン」、実家の安否を心配したり、恩師が亡くなったりする「ごちそうさん」、大阪から救援物資をもって行ったことをきっかけに主要キャラの生き別れの母との再会が展開する「わろてんか」など。
関連語:喪失感 戦争 震災

その頃、千歳の夫・虎鉄(濵田龍臣)は神田の大畑印刷所にいました。大畑(奥田瑛二)は元火消しの矜持として、火事を食い止めようと奮起します。

ここで、大畑がかつて火消しであった設定が生きてきます。

実際に当時、神田和泉町と神田佐久間町の一角だけが焼け残ったそうです。

NHK首都圏ナビの2023年5月30日の記事によると、こうあります。

言い伝えや専門家の分析では、周囲に耐火性のある建物があったことなど複数の好条件が重なったことに加え、このポンプ所などの水利施設を使って住民たちが必死の消火活動を行ったことが要因とされています。

「らんまん」では、この歴史のなかの人たちの魂を、江戸の心意気と技能・火消しの生き残りである大畑に託して描きたかったのではないでしょうか。
万太郎が61歳ですから大畑はそうとうの年齢でしょう。大丈夫なのかな。でも実話があるからたぶん大丈夫。

※この記事は「らんまん」の各話を1つにまとめたものです。

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–{第124回のレビュー}–

第124回のレビュー

「この先の世に 残すもんじゃ!」
(万太郎)

関東大震災が起きて、長屋が崩壊、ありったけの標本を背負子で運び出し、避難する槙野家。寿恵子(浜辺美波)の提案で、渋谷に向かいます。

途中で警官に背負子を捨てろと言われますが、万太郎(神木隆之介)は手放しません。「この世に残すもんじゃ」と主張します。

根津から渋谷まで歩くと、現在だとグーグルマップで検索すると2時間強です。大正時代だとまだ道路が整備されてないかもしれないですが、歩けない距離ではなさそうです。

渋谷の一帯は被害が少なく、ほっとする万太郎たち。谷底で水の被害がよくあるが地盤は固い。

息子たちも合流します。これはどうやって連絡をとったのでしょうか。息子たちも、渋谷!と思いついたのでしょう。

万太郎は長屋に残した標本が心配で、ひとり、根津に戻ります。

「私もいつじゃち同じ気持ちですから」と「いつじゃち」と高知の言葉を使って想いを伝える寿恵子。

40年暮らした十徳長屋は火災で燃えていました。壊れた石板が悲しい。印刷機も焼け出されていて……。印刷機は鉄だから燃えてはいないんですよね。

虎鉄(濵田龍臣)が戻ってきて、神田は和泉町と佐久間町は住民の力で焼け残ったと報告します。これには実話があることは、123回のレビューでご紹介しました。

「らんまん」関東大震災で神田が焼け残った奇跡の実話があった<第123回>

大畑(奥田瑛二)という架空のキャラクターによって、和泉町と佐久間町の実話が語り継がれました。こういうのが、朝ドラの良いところです。

標本はこの先の世に残すものですが、「らんまん」はこういう実話もこの先の世に残すのです。

関東大震災によって、完全に旧時代の価値観が破壊されます。浅草や本所など下町のほうの江戸時代に発達していたところが破壊され、ど田舎とされていた渋谷は被害が少なかったからこそ、その後、発展していきます。そのなかで、神田の一帯が燃え残った話は印象的です。

江戸時代からずっと焼け残ってきた神田を、江戸時代の火消しの生き残りが中心になって守ったのです。これから、新しい価値観が生まれ、新しい土地が発展していくとはいえ、旧時代の価値がまったくなくなったわけではない。生き残り続けるものもあるのです。

万太郎は長屋の庭に咲いている生命力旺盛のムラサキカタバミに気づきます。
こんなに灰色にけぶった世界で、鮮やかな紫色の花。
一株あれば、すぐに子株を増やせる。復興のシンボルのように思えます。

「生きて根をはっちゅう限り 花はまた咲く」と万太郎。
まったく植物というものは人間の人生をことごとく象徴しています。

たまたまですが、BSプレミアムで再放送中の「あまちゃん」は東日本大震災から1年経過し、まだまだ復興しない地元を主人公たちが建て直していくエピソードでした。「らんまん」も「あまちゃん」も復興。

りん(安藤玉恵)ほか、長屋の住人だった人たちはご無事でしょうか。

※この記事は「らんまん」の各話を1つにまとめたものです。

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–{第125回のレビュー}–

第125回のレビュー

関東大震災のあと、がぜん渋谷が活況に。
住む場所を失った人たちが渋谷に移って来たのです。
相島(森岡龍)は、早くから渋谷に目をつけていたことを勝ち誇り、
「旧幕時代の江戸を一新し、世界の一等国として生まれかわるんです」と喜びます。
でも、寿恵子(浜辺美波)は一緒に喜ぶ気になれず……。

次男の大喜(木村風太)は震災の混乱のさなか、無政府主義者・大杉栄とパートナーの伊藤野枝と6歳の甥が憲兵隊の甘粕大尉に殺害されるという酷い事件が置きたことを報道しなければ、と息巻きます。

旧幕府の名残はたまたま起きた地震によって刷新された、ここぞとばかり、政府に対抗してくる者を消し去る。この頃、混乱で、異国の人を排除する行動に出たりする者もいました。

立ち止まらず、新しく進化していくことは大事なことですが、古いものや邪魔なものを排除していくことははたしていいことなのか。
そんななか、万太郎(神木隆之介)だけは変わらないと、「明るいほうを向き続けている」万太郎を寿恵子は愛おしく思います。

せっかく準備した植物図鑑のための原稿も、長年、集めた標本も、かなり失ってしまったにもかかわらず、万太郎は、たくましい植物に力をもらってやる気に満ちています。

盲目になっても「南総里見八犬伝」を書き続けた敬愛する滝沢馬琴を特別の才能があるからと思っていた寿恵子ですが、万太郎については「あなたは特別だから書けて当たり前ってそう思いたくないんです」と告げると、万太郎は頭のなかの八犬士の活躍を、誰かに「渡したかっただけ」かもしれないと想像します。彼自身が、植物を見た嬉しさを誰かに伝えたいだけなのだと。

40年かけたものを、これから10年ほどで取り戻そうとへこたれない万太郎。

寿恵子は、まだまだこれから発展する渋谷をポン!と5万円で売り、
さらに東京の内側ーー練馬に広い土地を買うのです。

震災前、大正10年の銀座の一等地(三愛のあたり)は一坪・千円でした(週刊朝日編「値段史年表」より)。50坪だと5万円です。銀座の一等地50坪分と思うとなかなか高価です。もともと120円で416倍ですし。寿恵子、強運の持ち主であります。遡れば、叔母・みえ(宮澤エマ)が目利きだったということですが。そういえば、新橋のみえの店は震災でどうなったのでしょうか気になります。

渋谷という土地の価値を捨て、広くて穏やかでのどかな土地・練馬で、万太郎の植物研究を深める。まさに貨幣価値だとかステイタスというものに左右されない生き方です。

ちょうど、関東大震災から100年経った今、渋谷は再開発され、新たな層が流入し、一時期の渋谷とはまた違う顔になりはじめています。ますます発展する都会もいいけれど、そのステイタスにしがみつかなくても、自分にとって何が大切か、考えてみるのもよさそうです。

「この土地、私が買いました」「あなたとあなたの標本を守るために」
という寿恵子、かっこ良すぎる。そして、その原動力は「愛」なのです。寿恵子と万太郎が寄り添う姿を描くことで、ふたりの愛が道を切り開いていることを強烈に物語ります。

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–{第126回のレビュー}–

第126回のレビュー

いよいよ最終週「スエコザサ」。関東大震災で焼け出された万太郎(神木隆之介)でしたが、寿恵子(浜辺美波)が練馬に土地をどーんっと買います。

「すごいな すえちゃん ほんまにすごいすえちゃんじゃ」と万太郎は讃え、
「私もこんな冒険びっくりですよ」と寿恵子。
「万太郎さん わたし、やり遂げました」

万太郎のそばにいて駆け抜けたからこそできたという寿恵子。
寿恵子の何がすごいというと、最初の望みを成し遂げたことです。

第34回で「私、草むらになりたい。草むらになって、2人(八犬士・犬塚信乃、犬飼現八)を見ていたい」と寿恵子は言っていました。

「壁」ならぬ「草むら」。それにしても「草むら」なかなかユニークなたとえとそのときは笑いどころと思われたこの言葉ですが、重要でした。寿恵子は、万太郎を見ていられる草むらを作ったーーということは、草むらになったも同じです。

寿恵子は「草むらじゃ置いてかれる。いっそ八犬士になりたい」とも言いました。草むらを作ったうえ、万太郎と共に駆け抜けた犬士、いや、草士(?)になったも同然です。

正確にいえば、寿恵子にとって、この土地は、亡くなった第一子・園子の「園」です。娘は亡くなっても、四季折々折すてきな花を咲かせる「園」として永遠に生きるのです。

万太郎もまわりが変わっても、信念を貫き通しましたが、寿恵子もまた、初志貫徹したのです。ほんまにすごいお話です。

そして、時間は一気に進み、昭和33年(1958年)。

練馬の万太郎宅に、藤平紀子(宮崎あおい:さきはたつさき)がやって来ます。彼女は、万太郎の娘・千鶴(松坂慶子)が募った万太郎の遺品整理に区役所の紹介で応募してきたのです。

語りで「私は」と言っているので、ドラマの語りは、この紀子という人物だったようです。語り、ナレーションを担当したかたがドラマに登場することは
朝ドラあるあるのひとつです(朝ドラ辞典、ナレーション参照)

40年間集めたものを震災でほぼゼロになり。その後、また40年に満たず、40万点も採集したなんて、万太郎は偉業を行いました。

だからこそ40万点もの標本の整理はあまりにも膨大で大変そうで、紀子はおそれをなしていったん帰ります。

が、途中、風と、庭に咲いたスエコザサに導かれるようにして、考え直します。

関東大震災、空襲を経て、守り続けてきた植物の標本。

「私も戦争を生き抜きました。次のかたに渡すお手伝い、私も しなくちゃ」と言う藤平紀子のやるべきことは、先人の残したものを次世代に渡すこと。

「地獄のなか」「炎のなか」と語る紀子。突然出てきて、戦争の話をさらっと一言二言で語っただけでもなんだか伝わってくるのは、宮崎さんが朝ドラ「純情きらり」で戦争の炎をかいくぐったヒロインを演じた経験があるからではないでしょうか。

宮崎あおいさんも俳優として、戦下、生き抜いた人の心を朝ドラを通して手渡す仕事をしてきたのです。朝ドラというものがそもそも、日本のいつかどこかで生きてきた人のことを伝えるお仕事だと思うのです。

風は「らんまん」では、効果的に使われていました。風が人々の進むべき道を導いていました。薬師丸ひろ子主演の映画「里見八犬伝」では「星よ、導きたまえ」というキャッチコピーがありましたが、「らんまん」では風が金色の道に導いてくれるのです。

末っ子の千鶴が、祖母・タキを演じた松坂慶子さんになっていたところもサプライズでした。ネットでは大河ドラマ「篤姫」の篤姫(宮崎)幾島(松坂)の再共演と話題になっていました。

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–{第127回のレビュー}–

第127回のレビュー

引き続き、昭和33年、紀子(宮崎あおい:さきはたつさき)千鶴(松坂慶子)のターン。千鶴の親子丼ーーだしの味は母・寿恵子(浜辺美波)の味。

紀子は万太郎(神木隆之介)の標本から、彼の行動を解き明かしていきます。
標本をはさんだ新聞から、採集場所を探り当てる紀子。
「名探偵・明智小五郎ね」と千鶴が感嘆します。

「ひとりの人間の行動を追いかける。それが調査の基本ですから」という紀子。きっと脚本家の長田育恵さんも、そういうふうにして、モデルの牧野富太郎を知って、槙野万太郎を作りあげたのかもしれないとふと思いました。

万太郎の書斎が本がうず高く積まれている真ん中に、標本を描くためでしょうか、ガラスの箱があって、そこに花瓶が置かれている。美術館のようで、とても美しく感じました。

紀子と千鶴の会話劇は、松坂慶子さんがにこにことかわいいリアクションをして、ほっこりします。

万太郎が亡くなって1年、何もできなかった喪失感もあったからこそ、誰かとおしゃべりするーーそれも父親の思い出をーーそれが楽しいことが伝わってきます。

立派なかただったのですね、と紀子は言いますが
「だめなお父ちゃん」「まわりを振り回して」と千鶴。
「お父ちゃんはただ一生涯、植物を愛しただけなの」と。

本来、これがラストシーンなのでしょうけれど、これまでがんばってきた万太郎と寿恵子がいないラストシーンでは締まりません。

そして、ときは遡り、昭和2年ーー。

植物いっぱいの広いお屋敷でのんびり暮らしている万太郎と寿恵子。
近所の子どもたちにも万太郎は有名になっています。
でも、少し、心配ごとが……。

寿恵子の体調が良くないようで、子供たちにお茶を入れようとして急須を
落としてしまいます。

せっかく遊びに来た子供たちが不穏な気分になって……と、ひっそり台所で身内だけが気づく、というのではなく、あえて子供たちの前での寿恵子の失態を描くところがなかなか酷であります。それだけ、寿恵子の異変が大きなことという気がして心穏やかでいられません。

そんなある日、万太郎を訪ねて、帝国学士院会員になった波多野(前原滉)と、静岡から来た藤丸(前原瑞樹)が現れます。

波多野は万太郎に、理学博士にならない?と持ちかけます。

紀子の場面で、万太郎が理学博士であることが語られていたので、大学も出ず、学歴差別に合っていた万太郎がどうして理学博士になったのか、それが明日語られるのでしょう。

藤丸のモデルらしき人物のことを知ると、それこそ不穏な人生で心配していましたが、ここはモデルの人生をなぞらないようで、安堵しました。

万太郎、寿恵子、波多野、藤丸、4人が集うと、青春の日が蘇ります。

終盤、老いた彼らの物語が長く続くと、さすがに若い俳優たちなので、不自然な印象がありますから、自然な紀子と千鶴のエピソードをはさむことは、その意味でも正解だと感じます。

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–{第128回のレビュー}–

第128回のレビュー

波多野(前原滉)万太郎(神木隆之介)に理学博士にならないかと勧めます。今なら、徳永(田中哲司)と波多野の推薦でなれるというのです。

ただ万太郎は、これまで大学に不義理をしてきたし、田邊(要潤)伊藤(落合モトキ)に並ぶのはおこがましいと遠慮します。

若い頃は、あんなに周囲に気遣いのない失礼な万太郎だったのに、すっかり謙虚。年をとって分別ができたのでしょうか。さんざん痛い目にあったので学習したとも言えます。

さらに万太郎は、20歳のときに誓った、植物図鑑を作ることをまだやり遂げてないので、理学博士になる資格はないと考えるのです。

が、波多野はそれを「傲慢」と言います。自分だけでここまで来たわけではない。「〜時代なのか摂理なのかそういうものに呼ばれてここにいるんだ」と波多野。波多野もまた、そのひとりと自覚しています。

栄誉とは、自分のためではなく、皆の代表でやるべきことーーそれもひじょうに困難なことを引き受けること。

寿恵子は万太郎が「勘違い」していると。理学博士になったら図鑑が売れるというのです。さすが寿恵子、しっかりしています。

万太郎が分別のある善人になっている分、寿恵子がちゃっかりしたところを担って、あまりにもいい話になり過ぎないように回避しました。

ついに理学博士になることを決意した万太郎は、寿恵子にスーツを仕立ててもらって、授与式で挨拶。スーツの胸ポケットに黄色の野の花を差しているのがおしゃれでした。

この花はなに?
これまで出てきた黄色い花は キンセイラン、キレンゲショウマ、マルバマンネングサなど。
マルバマンネングサは、makino の名前がついてますから、これがふさわしい気もしますが、ちょっと形状が違う気が……。SNSではオミナエシに似てるという声が多いようです。

徳永がすっかり老いてさらに貫禄がついています。結局、表面上は体制になびいたように見えて、心のなかはいい人でした。

ただ、いま、万太郎を正当に扱わないと世界から見識を疑われる、と波多野が言っていたので、それも少しはあったかもしれません。徳永は、清廉潔白な人などいないということを最も体現した人でした。

そもそも万太郎はマイペースではあったものの、前人未踏の偉業を行っていることは確かであり、それが世間の学歴主義や嫉妬などのせいで、不当な扱いをされていたことはおかしかったのです。

寿恵子は、理学博士になったら、万太郎の「名前が永遠に刻まれる」と喜びます。「永遠に刻まれる」。これ重要です。

万太郎は挨拶で、「あらゆる命には限りがある 植物にも人にも ほんじゃき 出会えたことが奇跡で 今生きることがいとおしゅうって しかたない」と、
寿恵子のほうを見ながら言います。これも重要です。

着々と布石を打っています。

今日も寿恵子は菜箸を落とします。年をとって手が動かなくなる病気とは何でしょうか。リューマチ?

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–{第129回のレビュー}–

第129回のレビュー

授与式に行って帰ってきた万太郎(神木隆之介)寿恵子(浜辺美波)。子供のなかでは、千鶴(本田望結)だけ出席し、あとは留守番。

待っていた子どもたちに万太郎は悲しい報告をします。それは寿恵子のこと……。

寿恵子はその頃、ひとり部屋で、亡くなった園子の描いた絵をみつめています。まるで、もうすぐ園子のところに行く、というように。

寿恵子がこの世にいる間に、図鑑を完成させないといけない。万太郎は、いろいろな人達に協力を求めます。

まず、虎鉄(濱田龍臣)、それから野宮(亀田佳明)藤丸(前原瑞樹)
波多野(前原滉)は大学の生徒たちを派遣します。

かつてつきあいのあったらしい鳥羽(杉本凌士)小畠(ムロツヨシ)も。

ムロツヨシさんは大河ドラマ「どうする家康」の撮影中、NHKのスタジオが隣同士だから出演しちゃったんじゃないか説が「あさイチ」でもSNSでも唱えられてしました。

杉本さんは劇団男魂(メンソウル)を主宰しているかたで、「エール」にも出演されていました。ほかに「暴太郎戦隊ドンブラザーズ」に出演されているようです。熊本出身なので熊本弁を披露しました。

このふたりは、ちょいちょい出てきた芸人さんたちと同じような、カメオ出演的なことなのでしょうか。

続々出てくる、新しい人、そして、これまで登場した人たち。

佑一郎(中村蒼)も訪ねて来て、大学を辞めるので時間があるからと、図鑑の索引づくりを手伝うことになります。

佑一郎は大学のしがらみを捨てて、ただのエンジニアの道を行くことになり、
万太郎と同じ道だと握手。佑一郎は最初から達観していたと思うのですが、なぜか万太郎とやっと並んだ、みたいな流れに。

お久しぶりの、丈之助(山脇辰哉)も手伝うはめに。

彼は彼でついにシェイクスピア全翻訳が完成させたのです。万太郎よりもひと足早く、夢を実現させたということです。

彼はさらに、その次の夢をいだきます。演劇博物館を作ることです。
「早稲田に頼むしかないかなあ」と。

現実の世界では、1928年(昭和3年)に、早稲田大学演劇博物館ができています。

早稲田大学演劇博物館の公式サイトによるとこうです。演劇博物館は、1928(昭和3)年10月、坪内逍遙博士が古稀の齢(70歳)に達したのと、その半生を傾倒した「シェークスピヤ全集」全40巻の翻訳が完成したのを記念して、各界有志の協賛により設立されました
丈之助は坪内逍遥がモデル説が囁かれていましたが、やはり。

ムロさん演じる小畠には誰かモデルがいるのでしょうか。

万太郎のモデルの牧野富太郎はたったひとりで植物図鑑を作りあげたイメージでしたが、槙野万太郎は、たくさんの人達に支えられたというヒューマンな物語になっています。実は、「牧野富太郎植物図鑑」も、決して牧野一人で作ったものではなく、植物画家・山田壽雄が描いた絵もあり、共同作業なのです。

最後の最後、同じ志を持つ者たちが協力し合う物語になってきました。

寿恵子も体調が悪いなか、おにぎりづくりを手伝います。
研究の一員になれたようだからという寿恵子。最後まで参加意識の強い人です。

北海道へ、講演に行くことを躊躇する万太郎に寿恵子は「学問への貢献と義務をお忘れですか」「この家を一歩出たら私達のことを忘れて」と送り出す、よくできた妻なのです。

ひとり部屋に残って、万太郎の原稿を抱きしめる寿恵子。完成を見ることはできるのでしょうか。

あと1回!

※この記事は「らんまん」の各話を1つにまとめたものです。

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–{最終回のレビュー}–

最終回のレビュー

寿恵子「らんまんですね」
万太郎「らんまんじゃ」

タキ(松坂慶子)が亡くなったときに「らんまんじゃ」のセリフを使っていたので、もう使わないかなと思ったら、使用されました。やはり、〆はこれですよね。

寿恵子(浜辺美波)に見せるためにも図鑑づくりを急ぐ万太郎(神木隆之介)のもとに、綾(佐久間由衣)竹雄(志尊淳)が新酒を持って訪ねてきます。新酒の名はーー

輝峰。

綾が望んだように明るいお酒になって、槙野家、大絶賛。

そして、ついに槙野万太郎植物図鑑が完成。

万太郎は出来上がった図鑑を縁側でうとうとする寿恵子に見せます。

3206種もの植物が掲載された、分厚い立派な本です。

なによりすばらしいのは、巻頭に、この図鑑にこれまで万太郎の研究に関わった人たちの名前がずらりと掲載されていたことです。

手伝ってくれた藤丸(前原瑞樹)波多野(前原滉)丈之助(山脇辰哉)だけでなく、最終週に出てこなかった大窪(今野浩喜)や、亡くなった田邊(要潤)まで。

家族の名前も。

もちろん寿恵子の名も(ここに名前が載っていない人がいたらショックですけれど)。

寿恵子の好きなボタン、園子がみつけたヒメスミレ……
ページをめくるたびに思い出が鮮やかに蘇ります。

そして、最後に1ページ、急遽加えた、スエコザサ。

万太郎が北海道講演の帰り立ち寄った仙台で発見した新種です。

葉に産毛が生えていてきれいな笹。以前、万太郎が寿恵子の寝顔を光に照らされた産毛までじっと観察していたことを思い出します。

自分の名前がつけられて「万ちゃんと永久に一緒に入られるんですね」と寿恵子は喜びます。そこに主題歌「愛の歌」の2番がかかってーー。

寿恵子は、第128回で万太郎が理学博士になったら「名前が永遠に刻まれる」と言っていたので、彼女の名前も永遠に刻まれてよかったです。

スエコザサだけカラーだったのは、一冊だけ特別に貼りつけたのでしょうか。

万太郎は寿恵子に「わしを照らしてくれた。すえちゃんがわしの命そのものじゃ」と感謝し、寿恵子は「万ちゃんこそ、わたしのお日さまでした」と、お互いが照らし合ってきたのです。ここで「愛の歌」のサビが重なって盛り上がりは最高潮に。ナイス編集。

寿恵子は、自分が死んでも、いつまでも泣かず、植物に会いに行ってくださいね、と言います。図鑑も、自分が絶対に作ってと言い続けてきたからかもしれないと心配していた寿恵子。

自分より植物とは思っていなかったところに、妻としての自信を感じます。そこがこのドラマの大事なところです。なかには、仕事に夢中で、妻は後回しで、資金づくりや家事を一切任されて……という不満を募らせる人もいるでしょう。が、寿恵子はそうではなかった。自分は愛されているとちゃんと信じていたのです。

寿恵子の死ははっきり描かないまま、ときが流れ、万太郎は今日も森へ植物に会いに来ています。そこに、声がして、若い頃の寿恵子の姿が……。

万太郎と寿恵子、ふたりは永遠に一緒。

まだ未知の植物があるかもしれない、探しに行こう、僕らの冒険はまだこれからも続くーーという少年漫画のような爽やかで、美しい最終回でした。

最後にいつも載らないスタッフクレジットをほぼ全員一気に流してくれたら史上最高の最終回だったのに。

※この記事は「らんまん」の各話を1つにまとめたものです。

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–{「らんまん」作品情報}–

「らんまん」作品情報

放送予定
2023年4月3日(月)より放送開始


長田育恵

音楽
阿部海太郎

主題歌
あいみょん「愛の花」

語り
宮﨑あおい

出演
神木隆之介、浜辺美波、志尊淳、佐久間由衣、笠松将、中村里帆、島崎和歌子、寺脇康文、広末涼子、松坂慶子、牧瀬里穂、宮澤エマ、池内万作、大東駿介、成海璃子、池田鉄洋、安藤玉恵、山谷花純、中村蒼、田辺誠一、いとうせいこう ほか

植物監修
田中伸幸

制作統括
松川博敬

プロデューサー
板垣麻衣子、浅沼利信、藤原敬久

演出
渡邊良雄、津田温子、深川貴志ほか