2023年8月31日(木)より、Netflixで実写ドラマ版『ONE PIECE(ワンピース)』が配信された。全8話を一気観した筆者が、まずは結論を告げておこう。
間違いなく「漫画の実写化」の歴史を変える出来栄えだった。本当に……本当に素晴らしい作品だった!
吹き替えと字幕、どちらも超絶おすすめできる理由
内容の前に、本作を字幕(英語音声)と吹き替えのどちらで観るかを迷っている方もいるだろうから、その答えもはっきりと言っておこう。結論から言えば両方とも超絶おすすめ。どちらで観てもほぼストレスなく楽しめるだろうし、原作漫画およびアニメ版のファンであればさらなる感動があることも間違いない。
Netflixシリーズ「ONE PIECE」8月31日(木)世界独占配信 / (C)尾田栄一郎/集英社
字幕版では、俳優たち本人の(しかも聞き取りやすい)英語での会話が、元々は日本で作られた『ONE PIECE』の世界に違和感なくマッチしているのが嬉しいし、何より「生」の演技が楽しめる。
特にルフィ役のイニャキ・ゴドイによる朗らかさが伝わる声質と、ルフィらしいややクレイジーですらある猪突猛進ぶりがわかる、時には抑えられない怒りを打ち出した演技に引き込まれる。新田真剣佑の流暢かつカッコいい発音や言い回しにも聞き入ってほしい。
吹き替え版では、アニメ版のオリジナルキャストが再登板していることが目玉。
正直に申し上げると、ルフィ役の田中真弓はイニャキ・ゴドイの元々の声よりもかなり高いため初めは少し違和感を覚えたのだが、その後はアニメ版とはやや異なる、実写ならではの落ち着いたトーンの演技をされていることに感動した。ゾロ役の中井和哉やナミ役も岡村明美もまた、良い意味でアニメそのままではない、そちらよりもややテンションが低めで冷静な実写のキャラに合わせた抑えた声の演技になっていて、その「チューニング」にも感心したのだ。
「実写で信じられる世界」の構築や「実写で再現しすぎない」線引きも見事
なぜ実写ドラマ版『ONE PIECE』にここまでの感動があるのか。もちろん、Netflix史上どころかドラマ全般でもトップクラスの莫大な制作費がかけられたこと、そしてスタッフとキャストの妥協のない仕事の数々も大きな理由だ。
美術やセットは「本当にこの世界がある」と「信じられる」クオリティで、特に街や帆船のスケール感に圧倒される。俳優たちおよび吹き替え版の声優陣は原作漫画のキャラクターの魅力を生かしつつ、前述した通り実写でも違和感のないようにチューニングしながら、作品への大きな愛情と熱量を持って演じている印象だからこそ、実写でも彼らのことが大好きになれた。
Netflixシリーズ「ONE PIECE」8月31日(木)世界独占配信 / (C)尾田栄一郎/集英社
キャラクターの髪色や衣装は実写ではやや極端に思える部分もあるものの、「ウソップの鼻を高くしない」「サンジの眉毛をぐるぐるさせない」などの「実写で再現しすぎない」線引きも良かったと思う。ガープやミホークなどの渋い魅力を放つキャラや、“電伝虫”はヌメっとした質感も含めて完璧な再現度だ。
Netflixシリーズ「ONE PIECE」8月31日(木)世界独占配信 / (C)尾田栄一郎/集英社
そして、予告では一部から不安の声もあがっていたアクションも、工夫に工夫が凝らされていて見応え抜群。アクロバティックな演者の動きに合わせてカメラも派手に動いており、かつ過剰さはなく観やすい。
原作とは異なる、キャラクターそれぞれの「共闘」のアイデアは原作ファンこそが喜べるだろう。特にゾロ役の新田真剣佑は鍛え上げられた肉体とから繰り出されるしなやかな動きに惚れ惚れできる。演出も凝っていて、特にスプリットスクリーン(分割した画面)を利用した編集はテンポもよく、良い意味で漫画的なケレン味もあって楽しかった。
Netflixシリーズ「ONE PIECE」8月31日(木)世界独占配信 / (C)尾田栄一郎/集英社
ちなみに、予告編でわかる通り悪役のバギーやアーロンの見た目がかなり怖かったり、なかなかにホラー的な演出もあったりする。原作では悪人であっても「殺す」ことを意図的に避けている場面もあったが、今回は殺人が目にみえる形ではっきり描かれていたりもする。
これは海賊たちが跋扈する世界の残酷さ、その生々しさを実写でこそ示すことに成功しているとも言えるので欠点ではないのだが、あまりに小さな子の鑑賞には注意したほうがいいかもしれない。
Netflixシリーズ「ONE PIECE」8月31日(木)世界独占配信 / (C)尾田栄一郎/集英社
再構築された物語の感動
これらの時点で、実写化そのものに懐疑的な原作ファンにこそおすすめできるのだが、真の感動の理由は、予告編ではまったく想像し得なかったことにあった。
それは「再構築された物語」である。今回の実写ドラマのオリジナル、または原作から「拡張」された場面が多く、良い意味で原作をそのまま再現することを完全に避けていたのだ。
Netflixシリーズ「ONE PIECE」8月31日(木)世界独占配信 / (C)尾田栄一郎/集英社
人気作の映像化で「原作そのまま」はファンが特に求めることだろうし、もちろんそのアプローチで絶賛されている作品も数多くある。映画であれば2時間弱の時間に収めるためにどうしたって取捨選択が必要になるが、今回はそれよりも時間に融通の効く連続ドラマなので、ただひたすらに原作の物語をトレースする、それでこそファンの期待に応えようとする方向性にもできたはずなのだ。
Netflixシリーズ「ONE PIECE」8月31日(木)世界独占配信 / (C)尾田栄一郎/集英社
だが、このドラマ版『ONE PIECE』の脚本はそうしなかった。オープニングシーンから「今だったらこう語り直せる」という気概に溢れる原作からのプラスアルファがあるし、それ以降も原作とは異なる展開が次々に連続する。
原作を読んだ人にとって、まるで「IF」ストーリーを観たような驚きと感動があり、それでいて原作で重要なポイントはしっかり踏まえており、かつキャラクターの心理がより深く伝わるような場面もあったのだ。
Netflixシリーズ「ONE PIECE」8月31日(木)世界独占配信 / (C)尾田栄一郎/集英社
後述もするが、原作から投げかけられていた「疑問」や「矛盾」に答えようとする場面があったり、何よりドラマとして先が気になる新たな物語の「軸」を作り出したことにも感動した。戦いのシチュエーションが原作から変わっている場面もあるも、それもまた新鮮なハラハラドキドキのアクションやサスペンスに繋がっていたりもした。
Netflixシリーズ「ONE PIECE」8月31日(木)世界独占配信 / (C)尾田栄一郎/集英社
そのおかげで、実写ドラマ版『ONE PIECE』は「もう漫画で読んだ話」ではなかった。「原作を再構築した新たな物語の続きが気になってしょうがなくなる」とは思いもしなかったのだ。特に、2話の中盤の演出と、3話のラストのセリフにはシビれるものがあった。
もちろん、誰が観ても文句が出ないとは言わないし、個人的にも重箱の隅をつつく程度の不満がないわけではない。だが、思わず拍手をしてしまうほどの感動と興奮がいくつもあった。
物語はイチから語り直されているので『ONE PIECE』を全く知らない人でも楽しめるし、ファンこそが感動できる要素がたっぷりあるのだ。これ以上の予備知識は、もうなくてもいいだろう。
Netflixシリーズ「ONE PIECE」8月31日(木)世界独占配信 / (C)尾田栄一郎/集英社
さて、ここからは軽微なネタバレに触れつつ、だが決定的なサプライズは伏せる形で、筆者個人が感心&感動した原作からの改変ポイントについて触れておこう。それらをまったく知らないまま観たい方は、先に本編をご覧になってほしい。
※以降は、実写ドラマ版『ONE PIECE』の核心的なサプライズへの言及は避けつつ、軽微なネタバレと言える改変ポイントに触れています。未鑑賞の方はご注意ください。
–{「回想」の工夫も見事だった}–
ルッキズム的に捉えられるセリフの改変
原作でも序盤に登場する女性の海賊のアルビダは、原作では「この海で一番美しいものは何だい?」とコビーを含む部下たちに聞いていたが、今回の実写ドラマでは「この海で一番強い海賊は誰だい?」に変わっていた。
Netflixシリーズ「ONE PIECE」8月31日(木)世界独占配信 / (C)尾田栄一郎/集英社
この改変に賛否はありそうだが、元々が「周りから醜く思われている容姿に反して過剰な自信を持つ様をギャグにしてしまう」ような場面だったので、やはりそのままだと現代ではルッキズムに満ちたものに思えるし、男女の区別もなく海賊それぞれが「最強」を目指すという世界の価値観も示しているとも言えるので、個人的には肯定したい。
コビーとガープのドラマが物語が新たな「軸」になる
この実写ドラマ版で何よりも大きな改変及び工夫は、原作では序盤のエピソードで登場した以降はしばらく活躍がなかったコビーの物語を、新たな「軸」にしたことだ。
アルビダ海賊団で奴隷のようにこき使われていたものの、ルフィと出会ったことから夢だった海軍将校を目指すことは原作と同じだが、なんと今回のコビーは海賊を捕えようとする新米海軍としての立場と、ルフィと友達である立場の間で葛藤しながらも麦わら海賊団を追う、もう1人の主人公とさえ言える役回りになっているのだ。
Netflixシリーズ「ONE PIECE」8月31日(木)世界独占配信 / (C)尾田栄一郎/集英社
さらに、新米の海兵であるコビーの上司となるのは、海軍中将である老人ガープ。その立場もまた、コビーの葛藤に深く関わっているし、原作を知らない人への(知っている人にとっても)サプライズも仕込まれていた。初めこそ敵だったヘルメッポとの関係も新たに描かれており、その関係性の変化にもグッとくる方も多いだろう。
そして、そのコビーとガープの物語はただ続きが気になるだけでなく、『ONE PIECE』という作品そのものに新たな視点を与えてくれていた。彼らはとある「矛盾」や「世の中のどうしようもない仕組み」について語っており、それはフィクションのファンタジー世界だけでなく、現実の社会にも確実にあるものだったりもすることにも、ハッとする方は多いだろう。
Netflixシリーズ「ONE PIECE」8月31日(木)世界独占配信 / (C)尾田栄一郎/集英社
回想を、現在の物語と平行して描くことにより成し得たこと
新たな物語の軸を用意するだけでなく、構成そのものも原作からかなり変わっている。具体的には、キャラクターそれぞれの回想は、原作では「一気」に描くことが多かったのだが、今回の実写ドラマでは現在の物語と同時平行して語られる場面が多くなっている。
Netflixシリーズ「ONE PIECE」8月31日(木)世界独占配信 / (C)尾田栄一郎/集英社
ともすれば「現在の物語がいちいち止まってしまう」煩わしさを感じてしまいそうだし、その不満を持つ方は少なからずいるとも思う。しかし、それ以上にキャラクターそれぞれが過去の出来事を思い出すことが、危機的状況から脱出を試みる様とシンクロしていたり、はたまた「心の強さ」をさらに強く表現することに繋がっていたので、個人的には大いに肯定したい。
特に2話中盤でルフィが陥るとあるピンチと、その時の回想は、彼が「仲間をひたすらに信じる理由」を示す見事な演出だった。また、原作では回想それぞれが「そのキャラ本人だけが知っている」パターンが多かったのだが、今回の実写ドラマでは一部が「誰かに聞いてもらう」形に変わっていて、だからこその信頼や連帯が生まれる様にも注目してほしい。
Netflixシリーズ「ONE PIECE」8月31日(木)世界独占配信 / (C)尾田栄一郎/集英社
ナミのさらなる心理描写
原作との展開の差異や、キャラクターそれぞれの細かな改変に触れているとキリがないのだが、それでもナミの心理描写の素晴らしさについて触れておこう。
原作よりも早めに登場し、「IF」のルフィとゾロとの共闘が描かれることもたまらないが、彼女が他人を思いやる、優しく繊細な性格であることがより伝わるようになっていることに感動した。
Netflixシリーズ「ONE PIECE」8月31日(木)世界独占配信 / (C)尾田栄一郎/集英社
例えば、屋敷に住むおしとやかな少女のカヤとの会話は(原作でナミの過去を事前に知っているとより)尊いものに感じられるし、ある理由で麦わら海賊団の元から去ろうとする場面において「仲間のこと」が一時的に彼女を引き留める場面もある。
そして第5話における、ナミとゾロが「予想を外したら一杯酒を飲む」ゲームをする場面があまりに素晴らしい。それぞれの過去に抱えた重さや切実さ、それでもなお分かり合えるかもしれない2人の心の距離が近づいた、あまりにも尊い会話が交わされていたのだから。
Netflixシリーズ「ONE PIECE」8月31日(木)世界独占配信 / (C)尾田栄一郎/集英社
『ONE PIECE』の物語は、楽しい冒険が描かれていながらも、キャラクターの背景や過去は重く、だからこそ仲間と共闘し運命を切り開く物語にこそ感動がある。ナミを筆頭にキャラクターそれぞれの心理描写にこだわったことで、その魅力がさらに強まったとも言えるだろう。
とにかく今回の実写ドラマは、スタッフとキャストの尽力のみならず、作品への愛情と新たな魅力を引き出す工夫が合わされば、「ここまでのものができる」ことを証明した。全8話を観終わって思ったのは、素晴らしい作品を作り出したクリエイターへの感謝だった。
Netflixシリーズ「ONE PIECE」8月31日(木)世界独占配信 / (C)尾田栄一郎/集英社
批判の声が多くなりがちな実写化というアプローチへの認識を、この実写ドラマ版『ONE PIECE』がガラリと変えることは間違いない。何より、多くの人に観られることを願っている。
(文:ヒナタカ)