『SAND LAND』で描かれた現代でも他人事ではない「偏見」と「善と悪」の物語

映画コラム
(C)バード・スタジオ/集英社 (C)SAND LAND製作委員会

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『SAND LAND(サンドランド)』が現在劇場公開中。本作は2000年に連載された鳥山明の同名漫画のアニメ映画化作品であり、公開されてからは絶賛に次ぐ絶賛が寄せられている。(記事執筆時では)映画.comでは4.2点、Filmarksでは4.1点などレビューサイトでもかなりの高スコアを記録しているのだ。

「目的の場所へ仲間と共に旅をする」という王道の冒険活劇であり、主要キャラはかわいい&カッコいい。そして、3DCGアニメだからこその奥行き感を生かした本格的な戦車アクションはロシア映画『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』を連想させるほど。田村睦心、山路和弘、チョーといった声優それぞれのハマりぶりも過去最高クラスだ。

そんな子どもから大人まで楽しめるエンターテインメントでありつつも、本作の物語は20年以上の時を経てもなお、現代に語られる意義が間違いなくある、鋭い「偏見」と「善と悪」の寓話(教訓を与える物語)になっていると思うのだ。ここから本編のネタバレとなるので、なるべく観賞後にお読みになってほしい。

※これより、映画『SAND LAND』本編の結末を含むネタバレに触れています

原作からのアレンジによって、観客に提示された偏見

中盤で保安官のラオはこう言う。「偏見は正しい判断を狂わせてしまうぞ」と。その偏見が劇中でホラーまたはコメディとして描かれることもあれば、登場人物の運命を大きく捻じ曲げてしまうこともあった。

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例えば、オープニングでベルゼブブたちが水の運搬車を襲うシーンは、原作では昼間だったが、映画では夜となり“暗闇に何かがいる”ことを想像させるホラーチックな演出へと変わっている。だが、実際のベルゼブブや魔物たちは悪ぶっているだけでいいやつらであるし、水を奪ったとしても誰かに分け与えたりもする。つまり、これは「魔物は恐ろしくて悪いやつら」という偏見を、あえて観客に与えるような原作からのアレンジでもあるのだ。

戦車でのバトルにおいても、「通信機が故障したんだろう」「真上には砲撃できない」「この重量の戦車を持ち上げられるはずがない」「こんな目立つところにいたらすぐに撃たれてしまう」といった事前の偏見(思い込み)を覆す攻防戦が描かれていたりする。また、戦車を奪ったラオたちに関する報道も、おおむね一方的かつ濡れ衣をも着させる偏見に満ちたものだった。

また、水着を着たスイマーズ親子がその名に反して泳いだことがなかったり、クライマックスで砲撃を手助けして「悪党のくせに高級な砲弾(タマ)を持っていやがる」と言われるのも、「人は見た目じゃわからない」というまさに偏見そのものを体現したキャラクターだからだろう。

偏見のために、大きな過ちを犯すことも、本質的な原因から目を逸らしてしまうこともある

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シーフは「人間は大昔からずっと、都合の悪いことが起こると魔物のせいにしてきたんじゃよ」と言っていた。実際のサンドランドでは、ゼウ大将軍と、その言いなりになったバカな国王のせいで水源を抑えられ、水を高値で売りつけられていたのに、それがずっと見過ごされたばかりか、魔物ばかりが悪者にされてきたのだ。

そしてラオは、かつて軍人だったころ、自ら戦車隊を指揮して攻撃したピッチ人たちが、実際は恐ろしい兵器ではなく、水を作り出そうとしていたことを知った。

王が私利私欲に走るからこそ自分たちで泉を見つようと決断し、ベルゼバブとシーフという、よい魂を持つ彼らのことを理解していった彼であっても、(一方的に植え付けられたものとはいえ)偏見のために大きな過ちを犯してしまったのだ。しかも、ラオだけでなく、軍人として現在の地位があるアレ将軍も「まさかそこまでやるはずがない」と、ゼウ大将軍への疑いから目をそらしていた。

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これは、現代でもまったく他人事ではないだろう。意識的にせよ無意識的にせよ、(特に為政者の)本質的な原因からは目を逸らし、身近な都合の良い存在に責任転嫁をしてしまい、結果として大きな過ちを犯してしまったり、問題は何も解決しないままだったりもする、ということなのだから。だからこそ、『SAND LAND』の物語は、自分自身の偏見を疑い改めたり、問題の本質を見極めるための確かな教訓を与えている。

–{「善」の本質とは}–

良きことだと信じている悪党こそが、恐ろしい

ゼウ大将軍は客観的には悪党そのものだが、本人はラオに「なぜきさまはいつも平和をみだすようなマネをする!昔からそうだった」と言ってのけ、ラオは「平和だと!?ふざけるな、こんなでたらめな平和があるか!」と憤る。自分たちが水源を抑え水を高額で売りつけ国民を苦しめてたとしても、ゼウ大将軍にとっては「平和のため」「良きこと」なのだ。

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突然だが、伊藤計劃によるSF小説『ハーモニー』に、以下のような「善」について本質をついた記述がある。

良いこと、善、っていうのは、突き詰めれば「ある何かの価値観を持続させる」ための意志なんだよ。(中略)内容は何でもいいんだ。人々が信じている何事かがこれからも続いていくようにすること、その何かを信じること、それが「善」の本質なんだ。『ハーモニー』179ページ

この言説に則れば、確かにゼウ大将軍のやっていること、それに国民が疑いもせずに従うことは「善」であり、その価値観を存続させないように立ち向かってくるラオたちは「悪」なのだろう。自分のやったことにいっさいの罪悪感を得ず、良きことだと信じている悪党こそ、もっとも邪悪かつ恐ろしいというのも、ひとつの真理なのかもしれない。

ひねくれた正義感が、もっとも真っ当な「善」になる

そんなゼウ大将軍の対比となっているのはベルゼブブだ。「きのうは夜ふかしした上に歯も磨かずに寝てやったぜ!」などとたわいもないことで悪ぶっていて、「悪魔よりワルだなんて、許されると思うか?」と決めゼリフまで口にする。つまりは、ささいなことでも悪いことだと認識できるある種の純粋さを持ちながら、「自分より悪いやつは許さない」という、かなりひねくれた正義感も持ち合わせているキャラクターなのだ。

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しかも、子どものようにゲームに夢中だったベルゼブブの実際の年齢は2500歳(くらい)。おっさんと呼ばれるラオよりも、老人そのものなゼウ将軍よりも年上なのだ。ゼウ将軍はそれこそ老人になって悪どさが増しているとも言えるのだが、それよりはるかに長い時間を生きていたベルゼブブは、きっとその性格はずっと変わらなかったのだろうと想像できる。

何より、「自分より悪いやつは許さない」という価値観を持ち続けたベルゼブブが、実は誰よりも「善」であるというのが、矛盾しているようでしていないのが面白い。さらに、ベルゼブブは虫人間の攻撃を受け続け、ついには怒りを文字通りに爆発させる。これも「普段はやさしい人ほど怒ると怖い」という、ひとつの真理だろう。

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信頼があってこその、本当の善

結末はゼウ大将軍を倒してサンドランドの川に水が戻る、わかりやすくてスカッとする勧善懲悪の物語としてまとまっているものだった。そして、その後にラオとベルゼブブとシーフが、共にピッチ人たちに物資を届けようとする様が、なんとも気持ちがいい。

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それはピッチ人の仲間を殺してしまったラオの贖罪でもあるのだが、きっと彼らのその行動はこれからも持続していき、ピッチ人の住処となった泉はもちろん、サンドランドがこれからより良い世界へとなっていくのだと想像ができる。

それができるようになったのは、彼らが偏見を乗り越えて、仲間として「信頼」をし合えたことが最大の理由だ。そして、その信頼した誰かのための行動をすること、それこそが本当の「善」なのだと思えるのだ。

(文:ヒナタカ)

–{『SAND LAND』作品情報}–

『SAND LAND』作品情報

【あらすじ】
魔物も人間も水不足にあえぐ砂漠の世界“サンドランド”。悪魔の王子・ベルゼブブ(声:田村睦心)が、魔物のシーフ(声:チョー)、人間の保安官ラオ(声:山路和弘)と奇妙なトリオを組み、砂漠のどこかにある“幻の泉”を探す旅に出る……。

【予告編】

【基本情報】
声の出演:田村睦心/山路和弘/チョー/鶴岡聡/飛田展男/大塚明夫/茶風林/杉田智和/遊佐浩二/吉野裕行/こばたけまさふみ ほか

監督:横嶋俊久

配給:東宝

ジャンル:アニメ

製作国:日本