2023年8月18日より、ホラー映画『ブギーマン』が劇場上映中だ。
本作はもともと配信サービスで提供予定だったが、テスト試写で大好評だったため劇場公開作品へと格上げされた経緯を持つ。北米でのオープニングの興行成績は『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』と『リトル・マーメイド』に次いで3位にランクインし、その後に2ヶ月以上も公開が続くスマッシュヒットとなった。
その時点で作品のクオリティは保証済みであるし、ぜひ日本でも劇場公開された機会を逃さすことなく、スクリーンで堪能していただきたい。それでこそ、後述する“闇”を活かしたギミックの数々を真に楽しめるだろう。
原作は映画『ミスト』や『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』でもおなじみのスティーヴン・キングによる、1973年の短編小説『子取り鬼』。そちらはわずか8ページの密室会話劇だったのだが、本作は長編映画化に際し飽きさせないアイデアがぎっしりと詰め込まれていた。
ハラハラドキドキが連続して、思いがけない感動までもを備えていることもあり、ホラー映画ファンはもちろん、残酷描写も控えめなので怖い映画に興味が出てきた若い方にも存分におすすめできる。万人向けかつ後述する理由で“超王道”な内容を期待してほしい。さらなる魅力を記していこう。
1:喪失を抱えた家族、3人それぞれに感情移入できる立ち上がり
あらすじはこうだ。女子高生のセイディと幼い妹ソーヤーは、母を突然の事故で亡くしたため塞ぎ込み、セラピストの父・ウィルも娘たちと向き合うことができないでいた。ある日、ウィルの診療室に「わずか1年のうちに自らの子ども3人が立て続けに亡くなった」と話す男がやってくるのだが……。
物語の前提には“喪失”がある。愛する家族を突如として失ってしまう悲しみは、誰もが遭遇し得るものだ。加えて、「子どもたち全員を失ってしまった」と、さらなる悲劇を語る者が来訪してくるため、「ただでさえ喪失を抱えた彼女たちに、これ以上の悲劇が起こって欲しくない」と心から願えるようにもなっている。
主人公のティーンエイジャーならではの、悩みや心の揺れ動きも見どころだ。不遜な友だちにからかわれたりするが、一方で気のいい友だちとは事態を解決するために協力したり、はたまた“ハメを外そう”ともしてしまう。どこにでもいる普通の女の子であるからこそ、妹や父親への愛情(と少し疎ましく思う感情)もまた普遍的なもののはず。幼い妹も、年相応のいじらしさと小生意気さを同居させており、愛おしく感じられるだろう。
また、ホラー映画では心身共に憔悴しセラピーに通う様もよく描かれるのだが、本作では”主人公の父がセラピストになっている”のも重要だった。考えてみれば、現実にいる医者だって風邪を引くし、精神科医だって心の病を抱えたりもする。その当たり前を踏まえてもなお、人間の心を読み解き癒すプロフェッショナルであるはずの彼が、妻を失った自身の心および娘たちと向き合えないでいる様が、より切なく思えてくる。
喪失はホラー映画のみならず創作物全般に置いても定番と言えるもの。加えて本作では、物語の立ち上がりから家族それぞれに感情移入させる過程がとても丁寧なのだ。本格的な恐怖が訪れる前の、この入念な“準備”がまず超王道な作りだ。
2:“闇”を活かしたアイデアの数々
本作は“闇”を活かしたアイデアが面白い。恐怖の対象である“ブギーマン”は「闇の中だけで動く」「光が苦手である」という一定のルールがあるため、登場人物は懐中電灯やロウソクなどの光を駆使し、そのルールに則ったバトルを展開していく。
中でも秀逸なのは「ボール状のライトをコロコロと転がす」ギミック。さらに「ドアに糸を結びつけて一気に閉じる」という古典的な方法で乳歯を抜くシーンも良い意味で意地が悪かった。
その他のシーンでも、大きな音や声で驚かすことそのものが目的ではなく、「“来そう”なタイミングからあえてズラす」「思いもよらぬ方向からやってくる」など、やはり観客に楽しんでもらうためのサービス精神が発揮されていた。
後半に向けて盛り上がっていく舞台立ても見事であり、クライマックスでとある伏線を回収してくれた瞬間には思わずガッツポーズをしてしまった。安易な予想をさせない展開をたくさん用意している一方で、エンタメ性特化のホラーとしては極めて正攻法な作りといえる。
–{大人にとって都合の良い存在のはずが……}–
3:子どもは“いる”と聞かされて、大人は“いない”とわかっているはずの存在が……
ブギーマンと聞いて、ホラー映画シリーズ『ハロウィン』の不死身の殺人鬼マイケル・マイヤーズを連想するホラー映画ファンも多いだろうが、今回はそちらとは関係がない。ブギーマンは元々は欧米の民間伝承に登場する怪物であり、「言うことを聞かないとブギーマンがやって来るぞ」などと子どもに聞かせる、大人にとって都合の良い存在であるのだ。
また、子どもにとって「クローゼットの中に何か(ブギーマン)がいるかもしれない」というのは普遍的な恐怖であるだろう。それでも、ブギーマンが本当にいないと知っている大人にとっては「そんなはずはないさ」と笑って済ませられる。
だが、この映画の中では、ブギーマンは、クローゼットの中に、本当にいるのだ。そのことも「誰か(子ども)が必死に恐怖体験を語っているのに誰も(大人が)信じてくれない」とというやはりホラー映画では超王道の展開につながっているし、「大人にとって都合の良い存在のはずのブギーマンが本当に襲ってくる」というブラックユーモア的な側面にもつながっている。
まとめ:変化球気味なホラー映画を手がけてきた監督が超王道をやり切った
監督であるロブ・サヴェッジは、コロナ禍で“Zoom交霊会”を行う『ズーム/見えない参加者』が2020年に話題になり、さらに迷惑系動画配信者を主人公にした『DASHCAM ダッシュカム』が日本で2023年7月に公開されたばかり。つまりはアイデアが先行した変化球気味のホラー映画を手がけてきたのだが、打って変わって『ブギーマン』では超王道のホラー映画で大成功したというのも感慨深いものがある。
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ちなみに、ロブ・サヴェッジが監督が本作を製作するにあたって参照したのは、1961年の『回転』や1963年の『たたり』などのクラシックから、1987年の『死霊のはらわたII』、さらには1998年の日本のホラー『リング』などだったという。名作たちの魅力をしっかり分析してこそ、超王道のホラーを世に送り出せたとも言えるだろう。
おまけ:日米ホラー映画の“王道対決”!?
余談だが、2023年8月11日より劇場公開されている日本のホラー映画『ミンナのウタ』が、『バービー』を抑えてFilmarksで初日満足度1位に輝くなど高い評価を得ており、あるシーンのとんでもない恐怖がSNSで大いに話題となっている。そのシーンまたは『ミンナのウタ』という映画そのものが、『呪怨』シリーズで知られる清水崇監督の「原点回帰」とも評されているのだ。
こちらもまたやはり(「ひとりまたひとりと襲われる」「恐怖の対象の謎を探る」という)王道のホラーかつ、わかりやすいエンターテインメント性がある。『ミンナのウタ』はGENERATIONS from EXILE TRIBEのメンバーが本人役で出演することにも確かな意味があるし、彼らのことをまったく知らなくても問題なく楽しめるので、こちらも万人向け(人によっては怖すぎる)ホラーとして大いにおすすめしたい。
2023年は子どもが活躍するジュブナイルホラーが豊作!
さらに、この『ブギーマン』に限らず、2023年は子どもが主人公となった“ジュブナイルホラー”が立て続けに公開されている。『テリファー 終わらない惨劇』『M3GAN/ミーガン』『イビルアイ』『イノセンツ』『死霊のはらわた ライジング』と、それぞれが見事な出来栄えなので、ぜひチェックをしてみてほしい。
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さらに、日本で2023年9月6日公開予定の『ドラキュラ/デメテル号最期の航海』には『カモン カモン』の天才子役ウディ・ノーマンが出演している。こちらはモンスターホラーとしても大いに期待できるだろう。
こうしたジュブナイルホラーは、大人よりもはるかに力が弱い子どもが主人公だからこそのハラハラが倍増しているとも言えるし、時には誰も頼れないよるべなさもまた物語に強く作用していることが多い。大人が子どもの気持ちを考える、良い機会にもなり得るだろう。
(文:ヒナタカ)
–{『ブギーマン』作品情報}–
『ブギーマン』作品情報
【あらすじ】
母の突然の死から立ち直れずにいる女子高生のセイディ(ソフィー・サッチャー)と幼い妹ソーヤー(ヴィヴィアン・ライラ・ブレア)。一方、セラピストである父・ウィル(クリス・メッシーナ)もまた、妻を失った悲しみを抱えながら、娘たちと向き合うことができずにいた。そんな心に闇を抱えたバラバラの家族に、得体の知れない恐ろしい“ナニか”が忍び寄ってくる……。
【予告編】
【基本情報】
出演:ソフィーサッチャー/クリス・メッシーナ/ヴィヴィアン・ライラ・ブレア/デヴィッド・ダストマルチャン ほか
監督:ロブ・サヴェッジ
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
映倫:PG12
ジャンル:サスペンス/ホラー
製作国:アメリカ