映画ファンからすれば、まさしく夢のタッグと言って差し支えないだろう。
内田英治監督と片山慎三監督。
前者は『ミッドナイトスワン』(20年)や『全裸監督』シリーズ(19〜22年/Netflix)を、後者は『さがす』(21年)や『ガンニバル』(22年/Disney+)で、ともに日本映画/ドラマ界をけん引する作り手だ。
『全裸監督』の現場に片山が助監督で入っていた縁で、「面白いエンターテインメントを2人でつくろう」と手を組んだ両者のもとに、伊藤沙莉や竹野内豊、北村有起哉に宇野祥平……と名優たちが集結。新たな日本映画のフェイズへと導く『探偵マリコの生涯で一番悲惨な日』をつくりあげるにいたった。
そのツワモノぞろいの座組に、可憐な白鳥のごとく舞い降りたのが久保史緒里。乃木坂46のメンバーにして大河ドラマ『どうする家康』(NHK総合ほか)でも存在感を放つなど、目下女優として覚醒中。『探偵マリコ〜』ではホストにハマるキャバクラ嬢という役に挑み、さらに幅を広げている。
公開目前のこのタイミングで内田監督と久保が撮影時を振り返りながら、作品のテーマや久保の女優としてのポテンシャルについて、ざっくばらんに語り合った。
「前向きな予感のほうが大きかった」絢香役
──今日の久保さんの衣装は、『左様なら今晩は』(22年)で演じた愛助を彷彿とさせますね(笑)。
久保史緒里(以下、久保):あ、確かに! 全身真っ白ですね。でも、意識したわけではなくて……(笑)。
内田英治監督(以下、内田):何かね、こんな感じで着飾った久保さんを見るのは初めてかもしれないな(笑)。
久保:そうなんですよ、監督とご一緒するときは(『探偵マリコ〜』で演じた)絢香の衣装でしたから──何だかお恥ずかしいです。そわそわします。
内田:やっぱりアイドルなんだなぁと思いました。今さらかよ、という感じですが(笑)。
久保:えぇ〜!?
──久保さんは乃木坂46の一員であることは言わずもがな、大河ドラマ『どうする家康』の五徳役でも話題を呼んでいて。
内田:本当に、すぐ僕なんか手の届かないところに行ってしまうだろうな、と。
久保:そんなことないですって〜。
──すでにお2人のコンビネーションの良さを実感しております(笑)。さて、『探偵マリコ〜』のお話に入りますが、まずは久保さんが絢香役に決まるまでの経緯をお話いただければ、と。
内田:乃木坂でも屈指の演技派ということで、お声がけさせていただいて。
久保:んもう〜っ、やめてくださいっ。初対面のときからそれをおっしゃるんです、監督(笑)。
内田:ですね(笑)。真面目な話をしますと……絢香は特殊な役ですが、本業の役者さんが演じるとなると、あまり意外性がないので、配役も含めて想像を超えるようなキャラクターにしたいなと思ったんですよね。それで絢香とはおそらく正反対であろう久保さんはどうだろう、と白羽の矢を立てまして。検索してみると「お芝居が好き」といったフレーズも出てきたので、これはいけるのではないかと。当時はまだ19歳でしたっけ?(※と、久保に問いかける)
久保:19歳……だったかな? もう20歳になっていたかもしれません。
内田:その辺の記憶は曖昧ですが(笑)、歌舞伎町のキャバクラ嬢というキワドい役を演じてもらいたいと思って、「果たして受けてくれるかどうか……」とダメ元でオファーをかけました。
久保:お話を聞いたときはビックリしました。と同時に、すごくうれしかったです。今まで演じたことのない役柄でしたけど、不思議と「どんな風に見えるんだろう?」といった不安がまったくなくて、ただただ……「うれしいです、私が演じたいです!」とマネージャーさんにお伝えしました。この役は自分にとって大きな挑戦になるだろうな、という前向きな予感のほうが大きかったのを覚えていますね。
──かくしてキャスティングが決まった、と。では、顔合わせや衣装合わせのときのこともお聞かせください。
内田:初めて対面したときは、お互いに緊張していた記憶がありますね。
久保:そうでした! 作品や役についての説明をしていただいている段階で、信じられないくらい緊張してしまって。「何か聞きたいことはありますか?」と言っていただいたんですけど、「……がんばります」としか言えなかったという(笑)。
内田:でもね、その「……がんばります」がすごく印象的だったんですよ。
久保:しかも、少し間を置いたのに「がんばります」のひと言しか出なくて。「あとは現場で」ということになってしまったので、余計に緊張が増してしまって──。
──ちなみに絢香の衣装については、何パターンかフィッティングをして決まった感じでしょうか?
内田:そうですね。自分が映画を撮るときはできる限りリアリティーを追求したいという思いがあるので、最近のキャバクラ嬢の方々が、ふだん着ているような服をいくつか、いつも一緒に組んでいる衣装さんに用意していただいて、その中から決めていきました。今回は乃木坂46のメンバーとしてではなく、役者さんとして久保さんには来ていただいたので、アイドルという要素を考えずに絢香像をふくらませていったんですけど、今日の久保さんの雰囲気もやっぱり素敵だなぁ、なんて。今さらですけど(笑)。
久保:監督にこういった感じの自分をお見せするのが初めてなんだなぁって思うと、ちょっと不思議な気分だったりもします。今度、ライブにもいらしてくださいとお誘いしたので、アイドル活動をしている私のことも見ていただいて……。
内田:実は乃木坂46での久保さんをあんまり知らないという。僕の中では“女優・久保史緒里”という認識なので。
久保:監督にそう言っていただけることがすごく光栄ですし、うれしいです。
内田監督が語る、 “女優・久保史緒里”の魅力
──久保さんは『探偵マリコ〜』の絢香はもちろん、『左様なら今晩は』でも素敵なお芝居をなさっていて。
内田:これはお世辞じゃなくて、本当に素晴らしいお芝居をされるんですよね。こういうことって取材の場でしか言わないんですけど、個人的な願望としてはこの先もずっとお芝居を続けてほしいなと思っていて。ただ、あと1〜2年もすると、僕が声を掛けても出てくれなくなってしまうんだろうなって(笑)。
久保:そんなことないですよ〜! むしろ、またご一緒したいと思ってがんばっていますので。
内田:まあ、冗談ですけどね(笑)。でも、よく言われる「アイドルだから──」というフィルターを掛けずに、1人の役者さんとして見ても個性的なんですよね。ただ、キャラクターをつかむのは……けっして上手なほうではないかもしれない。器用ではないんですけど、そこが面白いところでもあるんです。僕の中では、伊藤沙莉さんと近いタイプなんですよ。わりと緊張しぃで、本番前とかもそわそわしていたりするんだけど、パンッと役にはまるとキャラクターになりきれるんです。その感じを初めて見たときは驚きましたね。最近もちょっとご縁があってご一緒したんですけど、さらに進化していたので、ますます期待値が上がったという。取材だから褒めているわけじゃなくて、忖度なしで評価していることをここで言っておきたいです。
久保:ぁぁ……(小声で)ありがとうございます。
──最上級の賛辞を受けた久保さんですが、日常風景にはおそらく存在していないであろう絢香のような人物にリアリティーをもたらすために、どういったアプローチをされたのでしょう?
久保:おっしゃるように、自分が交わったことのない世界線だったので、役をいただいてすごくうれしかったけれども、どう実在感を出していこうかという不安がやはり最初はあって。なので、絢香役に決まってから台本を読んだ上で初めて歌舞伎町に足を踏み入れてみました。そしたら道ですれ違う方々がみなさん、どこか絢香と重なって──。
もちろん、それぞれに違う人生を歩んでいらっしゃるんですけれど、絢香のような寂しさを抱いているように思えてしまう雰囲気が歌舞伎町には漂っていたんです。この街に憧れてやって来たものの、不器用ゆえに人生がうまく回らない絢香のもどかしさは私自身も理解できていたので、一つひとつの行動に対しても「理解に苦しむ」といった思いは、ほぼほぼなかったんですよね。
内田:歌舞伎町に限らず、ホスト文化にまつわる事件が各地で起こっていたりするじゃないですか。ニュースにもなりましたけど、入れあげた挙げ句、女性がホストの人を刺してしまったり──。そういった出来事に関わっていた女性たちの生きざまを凝縮していって絢香というキャラクターを造形したんですけど、現実として“行き場のない若者”が新宿に集まってくるという現象も起きていて。
昭和の頃から新宿は若者たちが集まる街ではありましたけど、どことなく文化的な香りがしていた当時と違って、現在の新宿に行き着いた若者たちは、どこか悲しげな感じがするんですよね。そういった若者たちを象徴するような人物像として描いているところもあります。
そんな風に好きな男性を一途に思って追い続ける絢香を、アイドルという夢を追いかけて上京してきた経験を持つ久保さんに演じてもらうことで……若い人もこの映画を見てくれるだろうという期待も込みですけど、好きな男性や夢を追うことで生じる光と影を見事に具現してくれたと僕は思っていて。
──そういったお話を、クランクイン前や撮影現場でされたのでしょうか?
久保:衣装合わせのときに、今のようなお話をしていただいて。監督がおっしゃったように、アイドルという夢を追いかけて宮城から東京へ出てきた自分と、歌舞伎町に憧れてキャバクラ嬢になった絢香を重ねてしまう部分があったんです。そういったところも含めて、現役でアイドル活動をしている間に絢香を演じさせていただいたことに、すごく意味を感じていて。
私自身、乃木坂46に憧れて憧れて……グループに入ることができた人間なので、“好き”という感情が強くなりすぎると周りが見えなくなってしまう感覚も分かる気がするんです。乃木坂のオーディションに合格したのが中学3年生のときで、娘が親元を離れることに対して両親はきっと思うことが多々あっただろうなと今なら分かるんですけど、その頃の私は周りが見えていなかったんですよね。きっと、この物語の中の絢香も同じで、冷静なようでいて周りが見えなくなってしまっていたんだろうなって……。
客観的に見るとせつなさを感じたり、危うさに対して心配する気持ちがわいてくるんですけど、本人としてはそこに気づけない状況だったんだろうなって、改めて思ったりもしました。
内田:絢香がホストの星矢(高野洸)と出会った場所が歌舞伎町だったというのが、なおさら彼女の視界を狭めてしまったのかもしれないですね。実際に事件に巻き込まれてしまう若い子が多いですけど、それを「やっぱ新宿ってヤバいよね」だとか「そういう街だからね」って、“新宿カルチャー”として括って終わるのはどうなのかな、と思うところが僕としてはあって。そんな事件はないほうがいいじゃないか、って。別に正義漢ぶっているわけじゃないですけど、「美化しちゃっていいのかな?」と、もう一度考える機会になったらいいなという思いもあったりはしますね。
–{久保が見た“歌舞伎町”とは……?}–
客観視する世代=久保が見た“歌舞伎町”
──映画には「時代を記録する」という側面もありますが、そういう意味で『探偵マリコ〜』は令和年間の歌舞伎町の空気感を後年に残す役割も果たしたように感じます。
内田:そうですね、片山慎三(監督)と僕とで「ライトタッチなノリ」でつくった映画ではあるんですけど、描いている事象は日本社会の縮図的な問題でもあって。問題提起を前面に押し出しているわけではないんですけど、映画を観ているうちに「なんで、今の日本でこんなことが起こってしまうんだ?」といったことを観ている人が感じてくれたらいいな、と考えている部分もあります。かつてはアメリカン・ニューシネマを観て、アメリカ社会の病巣的なものを垣間見たりしましたけど、『探偵マリコ〜』を観て、「そういう見方もできるのか、こういう考え方もあるのか」といったことに意識が向くと、作り手としてはうれしいですね。
久保:自分たちの世代、と一括りにするのは良くないのかもしれないですけど、いま起こっていることを客観視して他人事のように捉えてしまう傾向がある気がしなくもないんです。ニュースを見ていても、「自分とは無関係だから……」と思ってしまったり──。
それこそ、想いを寄せるホスト中心の生活をしている絢香のことも、「自分とは住む世界が違うから」っていう見方をしているところが私にもあったんですよね。でも、絢香の人生を生きてみて、そういう自分自身に対してある種の危機感を抱いたと言いますか……。そして試写を観て──背筋が伸びるじゃないですけど、決して他人事じゃないなという思いを新たにしました。絢香に限らず、映画に登場してくる歌舞伎町の人たち1人ひとりと自分も、いつどこで糸がつながったとしても不思議なことじゃないんだっていう考え方が、少しだけできるようになったような気がしています。
内田:聞いていて思ったんですけど、客観視する世代というのはSNS文化の功罪でもあるわけですよね。事件や問題が起こったときも、SNSを通じて情報として受け取り、SNS上でどう感じたかを共有し合って完結してしまうから、現実に起きているという実感がないのかもしれないな、と。でも、役づくりのためにマネージャーさんと実際に歌舞伎町へ足を踏み入れてみたら、SNS上では見えない部分や感じられない空気、温度といったものに触れられるわけじゃないですか。
久保:はい、本当におっしゃる通りでした。
内田:絢香という役には元々シンパシーを感じる部分があったけれども、実際に皮膚感覚で歌舞伎町という街の空気を感じることで、よりリアリティーをもって捉えられるようになったのかなって。その経験は役者としてはもちろん、アイドルとしても1人の人間としてもプラスになったんじゃないかなと、勝手に思ったりしました。僕らの世代はあんまり客観視できないから、なおさら久保さんたちの感覚が興味深く思えるんですよ。若い頃にSNSがなかったから、情報が乏しくて。だから自分から何かしら行動を起こして、体験しに行かざるを得なくて。その分、実際に経験したときの感情の揺れ幅が大きかったけれども。
久保:情報として受け取った時点で、どこか分かったつもりになっているから、感情の動き方も小さくなっているのかもしれないなっていう怖さも、何となく自分の中にあるんです。便利な反面、そういう寂しさを感じていたりもしますね。だから、というわけじゃないですけど、歌舞伎町に実際に行ってみたときの衝撃は……想像以上に大きかったです。路地の角を曲がるたびに新しい光景が広がっていて、「わっ!」「おぉ〜!」って感情が動くっていう(笑)。それは自分の人生史における、ちょっとした事件でした。
内田:いい歳をした僕でさえ、歌舞伎町は行くたびに「ワッ!」と思ったりするからね(笑)。世界中を見ても、ちょっと特殊で異様な街だと思う。深夜になるほど輝きを増す街って、ちょっとほかにはないかな。
久保:なので、撮影で朝の歌舞伎町へ行ったとき、夜との違いに驚いて。そのギャップもふくめて、不思議な街だなと感じました。
内田組・片山組を経験して
──確かに。ちなみに、久保さんは片山慎三監督の演出したエピソードにも出ていらっしゃいますが、内田監督の座組ともども、率直にどのような感触を得ましたか?
久保:衣装合わせのときに片山監督ともお会いして、お話をさせていただいたんですけど……内田監督ともども、お二方の頭の中がどうなっているのかが、すごく興味深くて。そうですね……片山さんの演出されたエピソードで言うと、新宿歌舞伎町のバー「カールモール」でロケをしたんですけど、その日は竹野内豊さんもいらっしゃって。その場でどんどん片山さんが竹野内さんに忍者の要素を足されていったんですけど(※竹野内豊演じるMASAYAは、自称“伊賀麻績新陰服部流”の後継者)、「私は今、すごく貴重で面白い瞬間に立ち会っているのかもしれない!」と、妙にテンションが上がっていくのを感じました。
内田監督の現場と共通しているのは、今まで経験したことのない場に立てたことはもちろん、目にしたことのない光景を目の当たりにできたことですね。緊張で始まり、緊張したままクランクアップしてしまったという悔しさのような感情もあるんですけど、ほかの作品では得られなかったであろう貴重な経験の数々は、これからの自分の活動に必ず活きてくると思います。
内田:ただ、キャスティングしておいてアレですけど、役者を始めて間もない人が立つには濃すぎる座組ですよね。僕のところも片山のところも(笑)。いきなりハードコアな世界を経験しちゃったから、今後は楽になっていくかもしれない。もしくは物足りなく感じちゃうか(笑)。
久保:そうか、そういう捉え方もあるんですね(笑)。
内田:まだ詳しくは明かせないけど、新たに久保さんとご一緒したところでも僕が演じてほしいものを見事にやりきってくれて。これは情報解禁を楽しみにして待っていてほしいんですけど、何にしても“アイドルだから”みたいな前置きは取っ払って語るべきですよね、少なくとも久保史緒里という人に関しては。そもそもアイドルは感受性が豊かな人たちなので、チャレンジをしてもらったほうが想像を超えてくれる気がしていて。逆に役者としてのキャリアが長い人に、本来アイドルの方をキャスティングする役を演じてもらうのもチャレンジだと思いますし。そういった組み合わせが面白いのかなというのが、僕の見方です。でも、お世辞じゃなくて本当に久保さんの今後が楽しみ。手の届かないところに行ってしまいそうだけど。
久保:わ、わ、本当にありがとうございます……。
内田:乃木坂一の演技派の評判は伊達じゃなかったね(笑)。
久保:も〜、そのフレーズはやめてくださいっ(笑)。本当に恐れ多いので……。
(スタイリスト=林かよ/ヘアメイク=森柳伊知/撮影=Marco Perboni/取材・文=平田真人)
<衣装協力=ワンピース¥29,700(ジル スチュアート)>
–{『探偵マリコの生涯で一番悲惨な日』作品詳細}–
■『探偵マリコの生涯で一番悲惨な日』作品詳細
6月30日(金)全国公開
出演
伊藤沙莉
北村有起哉 宇野祥平 久保史緒里(乃木坂 46) 松浦祐也
高野洸 中原果南 島田桃依 伊島空 黒石高大
真宮葉月 阿部顕嵐 鈴木聖奈 石田佳央
竹野内豊
監督
内田英治 片山慎三
脚本
山田能龍 内田英治 片山慎三
製作
「探偵マリコの生涯で一番悲惨な日」製作委員会(東映ビデオ S-SIZE Alba Libertas 吉野石膏)
制作プロダクション
Libertas
配給
東映ビデオ