新作歌舞伎『刀剣乱舞』演出・尾上菊之丞「歌舞伎ならではの世界観で見たことない景色を作り上げたい」

インタビュー

7月2日(日)より新橋演舞場で上演される新作歌舞伎『刀剣乱舞』。すでにゲーム内でのチケット販売も開始しており、チケットの売れ行きからも作品への注目度の高さがうかがえる。

本作で主演の尾上松也とともに演出を担当するのが尾上菊之丞だ。日本舞踊尾上流四代家元三代目菊之丞に、漫画やアニメを歌舞伎化するおもしろさや、『刀剣乱舞』を作り上げるなかで考えていることを聞いた。

『刀剣乱舞』の歌舞伎化に、「ついに来たか」


――今回『刀剣乱舞』を歌舞伎でやるという企画を聞いたとき、どう思いましたか?

尾上菊之丞(以下、菊之丞):先日、上演した『新作歌舞伎 ファイナルファンタジーX』(23年)や『風の谷のナウシカ』(19年/22年)など、ここ10年ぐらいの間に、アニメや漫画という題材を使った歌舞伎が作られてきましたが、『スーパー歌舞伎Ⅱ ワンピース』(15年)が先駆けだったでしょうか。これらの企画に僕も何作か関わらせていただいてきたなかで、『刀剣乱舞』は、ついに来たか的な気持ちになりました。アニメや漫画を題材にしたもののなかでも『刀剣乱舞』や『鬼滅の刃』などは歌舞伎との親和性が高そうですよね。

――『刀剣乱舞』はゲームからはじまって舞台化、ミュージカル化、映画化されていますが、ご覧になったことはありますか?

菊之丞:噂には聞いていて、刀剣を擬人化するという発想が面白いと思っていましたが、観たことはありませんでした。

――これまで『ナウシカ』や『ファイナルファンタジー』(以下FF)に関してもそういう印象でしたか?

菊之丞:『ナウシカ』は映画を観ていましたから、歌舞伎化すると聞いたとき、歌舞伎との親和性があまりないような気がしてとても驚いたし、ナウシカを演じるのは誰だろうと興味を持ちました。『FF』も驚きましたね。

「歌舞伎にしかできない」表現の模索


――『ナウシカ』、『FF』と、親和性がなさそうな作品の歌舞伎化に挑戦してきて、今回の『刀剣乱舞』との出会い。親和性というか、歌舞伎が先輩のような印象もありますが、いかがですか?

菊之丞:歌舞伎が先輩ということはないですが(笑)、“時代劇”という点において同じジャンルであり、逆に言うと、時代劇である歌舞伎で、時代劇である『刀剣乱舞』をやるためにはどういう切り口にするのがいいのか、逆に選択肢が難しい気もしました。

『FF』は徹底的にテクノロジーを駆使した表現を行いました。特殊な舞台装置をもつ IHIステージアラウンド東京の特性を活かし、映像を多用しましたが、今回は新橋演舞場なので、ある意味、アナログで、歌舞伎にしかできない『刀剣乱舞』を作ろうと考えています。映像をまったく使わないということではないですが、歌舞伎を主体にして、古典的なことをちょっと強めに入れていこうと。それで十分『刀剣乱舞』の世界を描くことができるだろうし、他の『刀剣乱舞』を題材にした演劇やミュージカルとは一線を引けるだろうと考えています。

――原作者からの要望はあるのでしょうか?

菊之丞:ニトロさんとは最初、1、2回ぐらい会議を持ちました。内容は、どの時代に行くかなどは自由でありつつも、刀剣男士のキャラクターやビジュアルに関してはファンの方々の思いを大事にしたいので、世界観に忠実であってほしいということでした。

それは『FF』も同じでかなり忠実にやりましたから、ゲームのファンの方々にもすごく喜んでいただけたんです。ただ、原作をなぞり完璧に再現するだけでは、異なるジャンルの表現を行う意味があるだろうかということもあって、やるからには、歌舞伎として、どこまで攻めこめるかということも常に考えています。原作者さんとコミュニケーションを密に取ることで、バランスを取りたいと思っています。

――セリフは歌舞伎らしい七五調になりますか?

菊之丞:そこは限定する必要はないと考えています。キャラクター性は尊重し、刀剣男士たちの言葉や語り口はできるかぎり取り入れながら、歌舞伎の様式性にも自然に入り込めるような、加減を見つけたいと思っています。

――歌舞伎として、というところで、『ナウシカ』や『FF』を拝見すると、後半に行くにつれて、歌舞伎特有の見せ場が圧巻で。歌舞伎の獅子に模した見せ方は、歌舞伎を知らない人も楽しめます。

菊之丞:『FF』の召喚獣との戦いの場面では、主演の(尾上)菊之助さんから、毛振りでやってほしいとご注文があり、「獅子の毛振り」という歌舞伎の演出を用いました。

『ナウシカ』でもやっているのですが、歌舞伎の舞踊のひとつ、獅子は、勇ましさの表現だけでなく、邪を払うという意味合いもあるんです。だから、召喚獣たちと戦って、ただやっつけるのではなく、魂を送るような、別れを表現したいと思いました。抽象的な表現なので、もともと歌舞伎の知識がある方は、いろいろな作品に当てはめて見てくださるし、歌舞伎を知らないお客さまも、各々にイメージを沸かせながら見てくださったと思います。それこそが歌舞伎や踊りという様式を使って見せる醍醐味なのではないかと思っています。

――漫画やアニメをなにか別の媒体に置き換えることは昔からありますけれども、歌舞伎にしたとき、多くの人が受け入れることができるのは、原作の型にはめていくのではなく、イメージを拡大していくからなのかなと、今のお話から感じました。

菊之丞:そうかもしれません。演劇を見ていて、作者の情熱や、意図やメッセージが明確に伝わってくるものもすばらしいですが、歌舞伎にはある種の大らかさがあって、作者の意図とは別に、役者の演技にも焦点が当たるようなところもあります。それが歌舞伎という芸能に特有のアドバンテージで、大衆に受け入れやすい土壌があるんです。まず、それで興味を持ってもらってから、古典歌舞伎を見てもらうと、演出の意味合いなどがより分かってきておもしろいと思います。

――『FF』でユウナの異界送りも評判でしたが、ユウナ(中村米吉)とティーダ(尾上菊之助)の踊りも素敵でした。

菊之丞:ユウナの異界送りは徹底的に原作を再現しました。ユウナ役の中村米吉さんには、これは役者の芸だと感じさせずに、ゲームの世界のユウナそのものと思われないといけないとお願いしました。ユウナとティーダの踊りは、「マカラーニャの森」の場面かな。星空の下の湖で初めてキスをする、幻想的なシーンですね。あのシーンは、原作ではティーダは手袋をつけていますが、劇中で使う映像を撮る際に「生身の役者だと手袋がない方がロマンティックに見える」となり、外そうかどうしようかと検討した結果、つけたままやることになりました。

それと、キスシーンは、歌舞伎ではキスシーンがないので、その所作に試行錯誤しました。ユウナから行くんだって米吉くんに演出して。もちろんユウナは受け身だけれども、歌舞伎における男役と女役の様式的な性質というものがありまして、男から行くと、雰囲気が崩れるっていう考え方もあるんです。今は、男らしさだとか、女らしさだとかいう時代ではないので、語弊があるかもしれませんが、僕らが持っている芸能ならではの男女の仕分けや感覚を生かした動きにしました。

――むしろ、ジェンダーの観点からいっても、女性から行く積極性は良いのでは?

菊之丞:いや、気持ちの上ではたぶん男の人が先行なんですよ。でも、男性は、最終的には女性から飛び込んで来てくれるような流れを期待するのかもしれません。

――なるほど。計算的な(笑)。

菊之丞:歌舞伎では、男性が女性を演じる“女方”の様式――どうやったら女性らしく見せることができるか、様々な手法が追求されてきました。内股にして、膝をちゃんとつけたり、ちょっと肩を落としたり、そういう芸があって。恋愛を表現する動きも、そのひとつですね。

–{尾上松也と演出に取り組む『刀剣乱舞』}–

公演迫る、『刀剣乱舞』について


――歌舞伎の『刀剣乱舞』には女方は出ますか?

菊之丞:刀剣男士の話ではありますが、女方も出てきます。

――『FF』でも活躍された尾上松也さんが主演です。松也さんの役者としての魅力をお話ください。

菊之丞:松也さんには大らかさと愛嬌があります。歌舞伎の上で大らかさとは、大きさでもあるんです。技術のうまさはもちろん大事ですが、それとはまた違う、存在自体の、柔らかさ、大きさというものが、松也さんには備わっていて、それが魅力になっています。強い役もできるけれど、武張った役者じゃない。彼の柔らかみというか、丸みは、三日月宗近という、一見、ふわっとして、でも、芯があり、何かが奥に潜んでいそうなミステリアスな存在と重なる気がしています。そして愛嬌がある役者は、舞台の上でとても魅力的に感じるのです。

――松也さんは『刀剣乱舞』をご存知だったのでしょうか?

菊之丞:今回は松也さんの企画ですから、よくご存知だったと思います。時には先方のほうから歌舞伎化しませんかという提案が来ることもあれば、役者から提案することもあって。『FF』は菊之助さんが企画者でした。

――菊之丞さんと松也さんがダブル演出ですが、菊之丞さんに松也さんが声をかけたのでしょうか?

菊之丞:はい。松也さんの生家は、私の実家兼稽古場のすぐそばで、同じ音羽屋一門の仲ですから、子どもの頃から稽古にもお見えになって、うちの父親に手ほどきを受けていたんです。僕も稽古のお手伝いするようになって、その縁でずっと一緒にやっていまして、何かにつけて松也さんが踊るときには、僕が振付けをさせてもらっています。

おととし、松也さんの「挑む」という自主公演のファイナル公演『赤胴鈴之助』では僕は演出をさせていただきましたが、それも、松也くんからぜひと声をかけてくれたものです。今回も、ぜひ協力してほしいということで、それは喜んで、という流れですね。

――演出に関してはどのようなやりとりをされていますか?

菊之丞:我々ふたりの場合は、すべてをできるだけ共有して、コンセンサスをなるべく取るようにしています。つまり、ふたりが一体になっていような形ですね。それは比較的珍しいやり方だと思います。演劇の場合、演出家が現場のトップで、演出家が思い描くものを役者さんたちが体現するものですが、歌舞伎は少し違って。歌舞伎の場合は主演俳優が演出家を兼ねることが多く、先輩が若い人に教える形で作られています。ともかく僕と松也さんの場合はぜんぶ共有してやっています。

――共有スタイルは珍しいのですね。

菊之丞:もちろん、ふたり演出の場合でも共有はしますが、僕らの場合、ふたりでとにかくたくさん話をして、意見を交換し合って、スタッフに話をするとき、出来る限り同席しています。

――歌舞伎ならではというところで、花道を刀剣男士が走るであろうことが楽しみです。

菊之丞:もちろんそうですね。花道は、たくさん使うと思います。コロナ禍も少し落ち着いてきたから、客席との距離感を縮められたらいいなあと思っています。ほかに、歌舞伎が常々から使っている、歌舞伎をやる劇場ならではの舞台装置――せりやすっぽん、廻り舞台などはケレンとして使っていきます。これらを駆使することが歌舞伎を演出するときのひとつの楽しみでもあるんです。

やっぱり見たことのない景色をどうやって見せるのかは課題であって。例えば、同じ材料を使っても、今まで見たことない景色を作り上げたいという欲求は作り手には必ずありますから。それが第一目的になると本末転倒で、その試行錯誤の繰り返しです。

――最後に。最近の歌舞伎は新たな題材で新しいお客さんが来ていると思いますが、そういう状況をどういうふうに思われていますか?

菊之丞:江戸時代から常にそういう繰り返しを経てきた芸能ですから、新たな芸能が出てきたり、今は、コロナ禍があって、お客さまが劇場から離れたりと、波があるのは当然のことで。優れた舞台がたくさんあるなかで、歌舞伎をはじめとした古典芸能が生き残っていくためには、新しいお客さまを呼び込まないといけません。新作で新たなお客さまに喜んでいただきながら、歌舞伎の本質的な良さを提示したいと思っています。

(撮影=大塚秀美/取材・文=木俣冬)