『街録ch』三谷三四郎が語る絶望と希望——YouTubeで目指す幸せなディレクター人生とは

インタビュー

2023年5月24日(水)、豊洲PITにてイベント・街録chライブ『笑える絶望2』が開催される。フリーランスディレクター・三谷三四郎氏が運営するYouTubeチャンネル『街録ch』のリアルイベントで、東野幸治や平成ノブシコブシ・吉村崇、大森靖子らが集う、豪華なライブになる予定だ。

『街録ch』は、様々なバックグラウンドを持つ人物に、三谷氏がひたすらインタビューをするチャンネル。取材人数は、なんと800人を超えているという。チャンネル開設の背景には、三谷氏がそれまで働いていた“テレビ業界”に対する絶望がある。かつて感じていたというテレビ業界への憤り、インタビューを続ける理由、そしてYouTubeチャンネルがリアルイベントを決行する裏側について、話を聞いた。

お金より、幸せなディレクター人生を

——三谷さんは、元はテレビ業界でフリーランスのディレクターをしていたそうですね。なぜテレビ業界を辞めたのでしょうか?

三谷:フリーランスディレクターの最高峰って、どう頑張っても「雇われ店長」だなと気付いたんです。権限もないし、最終的にはテレビ局員の指示に従わざるを得ない。この仕事を続ける限り、自分の好きなものを自由に作れるようになる未来は来ないなと。意外と、希望のない世界だなと思っちゃったんです。業界自体、古い体制ですしね。

——具体的には、どんなことがあったんでしょうか?

三谷:たとえば、なにか企画を始めるにしても形にするまでに1か月。そこから放送されるまでに1か月半かかったりする。しかも、“局員を説得するための期間”もあったりします。

以前「今流行ってるドリンクを調べてほしい」と言われたことがあります。でも、その当時は新型コロナが流行し始めた時期だったんですよ。つまり、人が外に出ていないので流行自体が生まれていない。ちょっと考えれば分かることですけど、ダイレクトに伝えてしまうと局員のプライドが傷付いてしまうじゃないですか(笑)。だから、その人を納得させるために“流行っているドリンクは無い”というリサーチをするわけです。

——企画を捨てるために、時間をかけてリサーチするということですか?

三谷:そうです。何週間もかけてリサーチしても、時間の無駄なんです。本来であればもっと早いスパンで作れるのに、ただ時間を使っているだけみたいな状態。面白いものを作るために、真っ直ぐ時間を使えていないんです。

あと、「他とは違う新しい番組を作りたい」と言うくせに、他局で流行った番組の模倣をしたりもするんです。「あの番組っぽく撮ってきて」みたいな指示をされたこともありますよ。そんなことが続いて、「こんな面白くない世界でずっと働かなきゃいけないのかな?」って思っちゃったんです。

ただ、一方で「俺はこの人たちからお金をもらってるんだから、言うこと聞かなきゃいけないよな」とも思って。お金をいただいている以上は文句を言うのも筋違いだと思ったので、テレビ業界で出世することは諦めようと。

——フリーランスという言葉だけ見ると自由に思えますが、実際やっていることは“社畜”みたいな感じだったんですね。

三谷:そう、社畜になってたんです(笑)。落ち着きがない子どもだったので、親からは「スーツを着れるような仕事は絶対できないよ」って言われてたんですよ。それなのに、いつのまにか中間管理職みたいなことをやっていました。

上から言われたことを下に指示して、上が納得しそうな雰囲気のものを仕上げて提出するみたいな。フリーランスで出世した先にあるのは、そういう仕事ばかりです。偉くなると、現場にも出なくなりますしね。別に、この働き方が悪いと言っているわけではないですよ。そういう仕事が好きで、向いている人もいますから。ただ、僕がやりたいこととは違っていただけで。

——YouTuberへの軌道変更は、自分が「面白い」と思える仕事をするためだったんですね。

三谷:『街録ch』を始めた当初は、お金になるかも分かりませんでした。でも「自分は面白いことをやってる」と思えることをやっているほうが、ディレクター人生としては絶対に幸せだと思ったんです。

——ひと昔前までは、「YouTubeはテレビより下」という風潮があったと思います。テレビ業界からYouTubeに活動の場を移すことに、抵抗は無かったんですか?

三谷:YouTuberさんが出てきたくらいの時期は、「YouTubeはチープで面白くない」みたいな見方をする人はいましたね。特に、僕よりも上の世代にそういう人が多かったように思います。その影響を受けて、僕も「面白くない」と思っていた時期がありました。でも、YouTuberを見て「めちゃめちゃうらやましい」と思ったんですよ。

テレビ業界はなにをするにしても許可取りが必要だけど、YouTubeでは自由に撮影や編集をしている。仮に僕が同じような動画を作っても、テレビ局は絶対にOKを出しません。その映像がよくないからではなく、テレビの様式美に当てはまらないだけなんですけどね。YouTuberと自分を比較したとき、自分のいる世界が「窮屈だな」と思っちゃったんです。

——実際にYouTubeに力を入れ始めてからは、どう思いましたか?

三谷:それまでよりも強く、「YouTuberって、とてつもないことをしているんだな」と思いました。テレビは1番組作るのに何十人も関わるけど、YouTubeは基本ひとりですべてやるじゃないですか。駆け上がっていくために考えて、作って、毎日投稿して……。「面白いものを作りたい」という気持ちは、テレビ業界にいる人より強いんじゃないかなと思います。

–{YouTubeは「引かれる」という価値観でストップが入ることはない}–

笑えなくても面白いことがある

——『街録ch』の取材を通じて出会う方の中には、だいぶヘビーな人生を送っている人も多いですよね。三谷さん自身が、マイナスに引きずられそうになることはないですか?

三谷:話を聞いているときは我慢していても、取材が終わった後に自然と涙が出てくるようなことは時々あります。でも、それによってマイナスな気持ちになることは無いですね。どちらかというと、めちゃくちゃ勉強になってます。

例えば「こういう選択をすると、つらい目に遭ってしまうんだ」とか、「名前も名乗らず勧誘してくる宗教があるんだな」とか。知っているからこそ避けられることってたくさんあるんですよ。いろんな人の情報がアーカイブされていくって、すごく意味があるなと思います。

——確かに。そういう見方をすると、三谷さんにとっても視聴者にとっても、意味がありますね。

三谷:それから、自分が壊れずにいられるのは家族のおかげでもあるかもしれません。僕は2歳の子どもがいるんですけど、取材でどんな話を聞いても「この子をどう育てたらいいんだろう」と発想を置き換えてしまうんですよ。

例えば、もし自分が感情に任せてこの子を殴ってしまったら、どんな心の傷が残るのか。インタビューを通じてたくさんの事例を知ったことで、抽象的ではなく具体的に想像できるようになりました。

——『街録ch』は、ほかのメディアが避けるような話題も取り扱っていますよね。取材は、ジャーナリストとしての視点も持っているのでしょうか?

三谷:「世の中の闇を暴こう」とか「この動画で世の中を変えたい」とか、そういう気持ちは無いです。それよりも「バラエティ豊かな人々に取材をしたい」という気持ちが大きいですね。

世の中には、笑えなくても“面白い”ことってあると思うんです。例えば、テレビでは「視聴者に引かれるから」とカットされてしまうようなことでも“面白い”ことはあります。一部だけ見ると引いてしまうかもしれないけど、最後まで話を聞いたら「それはしょうがないよね」と思えるかもしれない。それから「この人はこんなふうに乗り越えたんだ」というやり方が面白いかもしれない。

YouTubeは広告が付かないことはあっても、「引かれる」という価値観でストップが入ることはありません。ジャーナリズムというより「面白いから」ですね。

——「笑えなくても面白いことはある」という話、しっくりきました。確かに、私も『街録ch』は面白いと思って観ています。

三谷:笑えないような話でも、知らないことを知れるって“面白い”ですよね。だからこそ、覚醒剤をやめられない人の話も、大成功した芸人さんの話も同じように取材したいと思うんです。

——ジャーナリズムとしてやっているわけではないとはいえ、『街録ch』は取材対象の言葉を切り取らずそのまま伝えていますよね。この姿勢は、ジャーナリズムにも通じているのかなと感じます。

三谷:テレビだと短い尺にまとめないといけないので、長時間取材したとしても強い成分だけ抽出することになるんですよね。さらに「この言い方だと弱いから」と、テロップになりそうな強い言葉を言わせたりもします。すると、自分の言葉ではないから嘘くさくなってしまうんですよね。でも尺を決めていない『街録ch』では、そういうことはしません。やっぱり、こちらが立てた筋書きを超えた“思いもよらない発言”が出てくるのが面白いですから。

『街録ch』に嘘くささが無いのは、すべて本人の言葉だからだと思います。その人が事実と異なることを言っていたとしても、「この人はそう思っている」もしくは「そう思ってもらいたい」ということは事実です。人間は絶対に嘘をつくし、本当の真実なんて誰にも分からない。でも、顔を出してカメラの前で喋るってすごい勇気のいること。だから、こちらはそれを「信じる」でよいというスタンスでやっています。

–{『街録ch』が魅力的なコンテンツであり続ける理由}–

——話を聞いて、三谷さんのスタンスが変わらないことは『街録ch』が魅力的なコンテンツであり続けるために必要なことなのかなと感じました。

三谷:そうかもしれません。チャンネルが軌道に乗ったからと、取材や編集を人に任せるようになったら、すぐにオワコン化すると思います(笑)。編集のアルバイトもいるんですけど、今でも必ず自分で手直ししてるんですよ。効率が悪いので「そんなんじゃ稼げるお金にも限界があるよ」みたいに言われることもありますけど、別にお金持ちになりたいわけではないですから。

ただ、取材や編集に自分が責任を持つことはこれからも変えませんけど、ほかは柔軟に変えてもよいと思ってます。例えば“街録”だからと街中で撮ることにはこだわらず、面白い人がいてその人が外に出れないのであれば、屋内でも取材しますしね。

マスではなく、コアなファンを増やしていきたい

——5月24日(水)に開催する『笑える絶望2』は、どのようなイベントになる予定ですか?

三谷:ざっくり言うと、僕がこれまで取材した800人近い“絶望的”な方々のVTRを再編集して、東野幸治さん・平成ノブシコブシの吉村崇さん・大森靖子さんに観ていただくライブです。テレビの仕事をしていたとき、東野さんや吉村さんのツッコミによってVTRが3倍、4倍、5倍にも面白くなる体験をしているんですよ。

このライブでは、お客さんにその感動を味わっていただきたいと思っています。大森さんには、『街録ch』の主題歌である『Rude』を生で歌っていただく予定です。それ以外にもいろんな企画を用意してるんですけど、出演者にも一切伝えていません。


大森靖子『Rude』Music Video【YouTube「街録ch-あなたの人生、教えてください-」主題歌】

——出演者すら内容を知らないんですね。では、告知で言えることにも限りがありますよね。

三谷:見所を出演者にもお客さんにも隠してるので、どんなイベントなのかフワッとしてますよね(笑)。例えば、「○○のトラブルを抱えた人が○○○をする」とか、「○○さんが○○○○○に乗って出てくる」とかいろいろ用意してるんですけど……最初から分かってたら、面白くないじゃないですか(笑)?

——ものすごい仕掛けですね。かなり話題になりそうですが、詳細を言えないのが悔しいです(笑)。

三谷:今はどんなに告知を頑張っても、「『街録ch』のディレクターがライブをするから来てくれ」っていう、それだけしか言えないんですよ。これだと引きが弱いのか、チケット1200枚を売るのにだいぶ苦労してます(笑)。ただ、来てくれた人は絶対に満足してくれると思います。

——そもそも、リアルでライブをやるのはなぜですか?

三谷:YouTubeをやっていて唯一満たされないのが、お客さんのリアクションを見られないことなんです。もちろんコメントで感想をいただくことはありますけど、動画を観た瞬間にどんな反応をしているのかは分からないじゃないですか。テレビ番組の収録で観覧のお客さんがVTRを観て笑ってくれるのって、結構うれしいというか、他のなににも代えがたい喜びだったりするんです。あと「ディレクター自身にファンが付かないと戦えない時代だ」と思っているからですね。

——元テレビ東京の佐久間宣行プロデューサーのようなイメージでしょうか?

三谷:あれはもう、無敵ですよ。理想ですね。YouTubeは100万人以上登録者がいて、『ゴッドタン』(テレビ東京)も超人気で、Netflixでも『トークサバイバー!』が評価されて。さらに、イベントをやれば横浜アリーナが埋まる。

要は、僕が作るものを時間とお金をかけてでも「観たい」と思ってくれる人が、1000人でも2000人でもいたらいいなと思っているんです。テレビの仕事をしていた時代はスポンサーに縛られていたけど、僕自身にファンが付いたらそんなことに縛られなくて済む。そうなれたら、ディレクターとしてすごく幸せだなと思ってます。

——チケットを売るために連日手売りもしているそうですね。視聴者と直接会って、気付いたことはありますか?

三谷:人によって、好きな動画が全然違うのが面白いですね。今ってもう“マスメディア”なんて無いじゃないですか。自分の好きなコンテンツを、好きなときに見る時代。だからこそ、実際に会いに来てくれるような人を大事にしたほうがいいなとすごく思います。マスを大事にするより、イベントに来てくれるようなコアなファンをジワジワ広げるようなことができたらと。

チケット販売に苦戦していることで、登録者数100万人と、リアルで1200人キャパを埋められるかどうかはまったく違う筋力なんだと思い知らされました(笑)。「お金を払い、足を運んでまで観たい」と思ってくれる人を、頑張って増やしていきたいですね。

(取材・文:堀越愛)

【イベント情報】
街録chライブ「笑える絶望2」
開催日:2023年5月24日(水)OPEN18:00/START18:50
場所:豊洲PIT
チケット情報
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