『シング・フォー・ミー、ライル』の「3つ」の魅力!大泉洋の若々しい歌声に聴き惚れて!

映画コラム

2023年3月24日より『シング・フォー・ミー、ライル』 が公開されている。

本作は絵本「ワニのライル」シリーズの実写映画化作品。そして、ワニが歌って踊るミュージカルであり、老若男女におすすめできる良質なファミリームービーだった。

『でっかくなっちゃった赤い子犬 僕はクリフォード』『ゴーストバスターズ/アフターライフ』と同様に、未成年の無免許運転の描写のためにPG12(小学生は保護者の助言や指導が必要)指定がされているが、特に残酷だったりするわけではないので、安心してご家族でご覧になってほしい。

ここでは、「偏見」にもまつわる今日的な学びのある物語、大泉洋を筆頭とする吹き替え版のクオリティの高さ、そしてとある個人的に「モヤった」こともメッセージを踏まえれば納得できる理由などについて記していこう。

1:歌は何かの価値観を変える力を持っている

本作の内容を端的に言えば、「ひとりぼっちだったワニのライルが、人間の家族と出会って、お互いに勇気と希望を与える!」というシンプルなもの。初めは子どもだけの秘密の関係が築かれる様は『E.T.』で的あるし、動物キャラが家族の一員となり都会での生活とスラップスティックなコメディが展開するのは『パディントン』も連想させた。

とはいえ、世間一般的にはワニは獰猛で危険な生物であるので、ライルを初めて見た劇中のキャラクターたちの多くは恐れ慄いてしまう。しかし、ライルがその美しい歌声を披露し、交流を重ねていくことで、彼の繊細で優しい性格が伝わる。そして、ワニに対する通り一辺倒の見方、いや偏見は覆され、いつしか家族の一員だと認められるようになっていくのだ。

キャラクターたちの間に生じていた不協和音が、ミュージカルを披露する存在によって、いつしか友情や信頼関係に変わっていく様は、日本のアニメ映画『アイの歌声を聴かせて』にも近い。後述もするが、そこにあるのは「歌や音楽、またはその者の魅力や“ひたむき”さは、何かの価値観を変えるほどの力を持っている」という普遍的な事実でもあった。

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さらに興味深いのはハビエル・バルデムが演じるショーマンの役どころ。彼はライルに人前で歌うように必死に訴えるが、うまくいかずに自身も人生のどん底に居続けている立場。悪人でも善人でもないが、家族にとっては「やっかいもの」にもなってしまう、なかなか複雑な特徴を持つ彼の物語が、本作に独特の味わいを与えていた。

ひとりぼっちの少年と、同じくひとりぼっちだったワニのライル、彼らを心から心配する母、学級崩壊に遭遇する教師の仕事に悩む父、そして人生どん底のショーマン。観た人それぞれが感情移入できるキャラクターがいて、その成長を見守れることも、本作の大きな魅力だ。

ちなみに、本作の監督であるジョシュ・ゴードン&ウィル・スペックによりコメディ映画『俺たちフィギュアスケーター』は大人向けの下ネタありありな過激な内容だった。もちろん、『シング・フォー・ミー、ライル』はちゃんと子どもが観ても問題のない内容なのでご安心を。それでいて、主人公コンビの友情をじっくり描く様に、監督コンビの個性がしっかり出ているのも嬉しい。

–{大泉洋の自虐的なコメントをも覆す、最高の歌唱}–

2:大泉洋の自虐的なコメントをも覆す、最高の歌唱

もちろん、ミュージカル映画の要となる、音楽そのものも超ハイクオリティ。何しろ、楽曲の作詞作曲を担当したのは、あの『ラ・ラ・ランド』や『グレイテスト・ショーマン』を手がけた、ソングライター・デュオのベンジ・パセック&ジャスティン・ポール。メロディアスな楽曲は耳に残り、自分も思わず歌ってみたくなるほどに魅力的だ。

絶大な人気を誇る歌手ショーン・メンデスの、澄み切ったような美しい歌唱を堪能できる字幕版ももちろんいいのだが、ここでは吹き替え版を強くおすすめしたい。何しろ、ライルは「しゃべれないけど歌える」というキャラクターで、その「歌のみ」を大泉洋が担当している。その大泉洋の歌声もまた、ずっと聴いていたくなるほどにパワフルだったのだから。

大泉洋は演技力はもちろん歌唱力にも定評があるが、本格的なミュージカルは意外にも本作が初。そのため、2022年の初夏から歌のレッスンに集中的に取り組み、 ショーン・メンデスが歌う英語詞のオリジナル曲をもマスターしてボイステストを見事クリア。その歌声は、審査したアメリカの制作陣も「スウィートでエモーショナル、純粋で温かった!」と絶賛していたのだという。

また、大泉洋の歌声がとても若々しいことにも驚いた。大泉洋は「日本の皆さんすみません。アメリカではショーンですが、日本の吹き替えは大泉洋です。 日本だけオッサンですみません」などと自虐的なコメントもしているが、「いやいやあなたの歌声はお世辞抜きでショーン・メンデスと遜色ないですよ!オッサンには聴こえないですよ!」とお伝えしたい。

他にも大泉洋は「ただ上手く歌えば良いわけではないその難しさに、まいりました。 あれは『歌』ではなく、紛れもなく『芝居』でございました」とも語っている。確かに劇中の見事な歌声は、ただ歌っているだけでなく、ライルというキャラクターの「感情」も乗っていた。それは一朝一夕でできるものではなく、尋常ではない努力があったことも間違いないだろう。

さらに、吹き替え版はハビエル・バルデム演じるショーマン役に日本ミュージカル界の第一人者である石丸幹二、少年のジョシュ役に『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』でも吹き替えの経験がある子役の宮岸泰成、父親役に関智一など盤石の布陣。そして、個人的に推したいのは、母親役の声優はもちろん歌手としても人気の水樹奈々。端的に言って、大泉洋×水樹奈々のデュエットにアガったのだ!

ここで歌われている「RIP UP THE RECIPE」(レシピを破れ)は、「思い通りにするだけでなく、予定外のことも楽しもう!」というメッセージが表れている。劇中でもっとも軽快なナンバーに、大泉洋と水樹奈々の「掛け合い」の楽しさが加わるため、誰もが多幸感でいっぱいになれるだろう。

ちなみに、吹き替え版における楽曲の日本語訳詞は実写映画版『ピーターラビット』にも参加していたDiggy-MO’が担当しており、日本語が自然にメロディに乗っていることにも注目してほしい。さらに、4曲のオリジナル楽曲以外にも、スティーヴィー・ワンダーの「Sir Duke(愛するデューク)」 やエルトン・ジョンの「Crocodile Rock」など、日本でも良く知られるポップナンバーも聴きどころだ。

3:音楽だけに限らない、普遍的な希望のメッセージ

正直に申し上げれば、物語には「モヤった」ところもある。それは、ワニのライルがショーで「人前で歌う」ことがあまりに重要視されており、良くも悪くも「無理強い」をさせている印象が強いことだ。

終盤のとある展開はそれ自体は楽しいし感動的なのだが、そこに至るまでにライルに別の「選択肢」を示してあげても良かったのかもしれない、ともどうしても思ってしまった(あと、騒音の問題を訴えるおじさんは、過剰とはいえ飼い猫を可愛がっていたし、客観的にみるとそこまで悪人でもないのでかわいそうな気も……)。

だが、ジョシュはライルに「歌っても歌わなくても、どちらでも君のことが好きだよ」と言っていたし、「バランスを取るようにする」言及もあるので、作り手もライルへの無理強いは良くないものであると、しっかり意識しているのは間違いない。クライマックスの展開は「それしかない」ものであるので、全く気にならずに楽しめる方もいるだろう。

何より、本作で提示されているのは、やはり「歌や音楽、またはその者の魅力や“ひたむき”さは、何かの価値観を変えるほどの力を持っている」ということだ。そこは全くブレていないし、「世の中にはうまくいかないことや、なかなか世間には認められないことばかりだけど、勇気を出して行動を起こせば、きっと何かが変わるのかもしれない!」という普遍的な希望のメッセージにもつながっている。

また、劇中ではSNSがたびたび登場している。現実でもSNSで世界中と「つながる」ことや「自分の力を届ける」ことができる、今の子どもたちには、この『シング・フォー・ミー、ライル』のメッセージはより「ささる」のかもしれない。

おまけ:あの「ヒロアカ」のポスターも登場!

映画の序盤に、世界的な人気を誇る日本の漫画およびアニメのポスターが登場している。それは「僕のヒーローアカデミア」。少年ジョシュがお気に入りのカードをライルにあげるシーンで、そのポスターが部屋の中に貼られていているのだ。

その「ヒロアカ」では「個性」を「スーパーヒーローとしての能力」にできる世界の物語が綴られている。パニック障害があり、学校で疎外感を持っていたジョシュにとって、「ヒロアカ」は自分の個性を探して活かすことができるのかもしれないという、希望そのものだったのかもしれない。

また、「ヒロアカ」で主人公の少年の緑谷出久は、伝説のスーパーヒーローのオールマイトから個性を「譲渡」されており、それが『シング・フォー・ミー、ライル』の劇中での「お気に入りのカードをあげる」様にシンクロしているようにも思えた。

いずれにせよ、日本のコンテンツが、こうして外国映画で観られるというのも嬉しい限り。これから観る人は、ぜひ「ヒロアカ」のポスターも見逃さないでほしい。

(文:ヒナタカ)

–{『シング・フォー・ミー、ライル』作品情報}–

『シング・フォー・ミー、ライル』作品情報

【あらすじ】
ニューヨーク。ショーマンのヘクター(ハビエル・バルデム)は、古びたペットショップで魅惑の歌声を耳にする。歌っていたのはなんと、一匹のワニだった。ヘクターはそのワニ、ライルを相棒にしようとするが、ライルのステージ恐怖症が判明し、ショーは大失敗。ヘクターは去っていく。取り残されたライルはたった一匹、 ヘクターが残していった音楽プレーヤーを握りしめて、アパートの屋根裏に隠れ住むのだった。長い月日が経ったある日、1人の少年と家族がライルの潜む家に引っ越してくる。その少年ジョシュもまた、ライルと同じく心に深い孤独を抱えていた。ジョシュを前に再びゆっくりと歌い始めるライル。やがて2人は、歌を通じて心を通わせていく……。

【予告編】