映画、ドラマ、CM、MV、YouTubeなど、さまざまな映像メディアの第一線で活躍する”映像作家”にフォーカスをあてる特集「映像作家のクロストーク」。それぞれフィールドが異なる作家たちに映像制作にかける思いや、影響を受けた映画についてを語り合ってもらった。
第一回目に登場するのは映画『Winny』の監督である松本優作と、同映画に出演した俳優でありSEKAI NO OWARIのMV監督も担当する池田大。
実際の事件を下敷きに無骨な映像作品を手掛ける松本監督と、MV『Habit』で25億再生以上の大きなバズを引き起こした池田監督。まずは二人が出会ったきかけの映画『Winny』の話からはじまった。
事件を映画化するということ
松本優作
ーー松本監督はこれまで実際にあった事件や社会問題を下敷きにした映画を多く手がけてこられてますが、本作で「Winny事件」と当時逮捕されたプログラマーの金子勇さんを題材にした経緯を教えていただけますか?
松本優作(以下、松本):そもそも別の監督が撮る企画だったんですけど、紆余曲折を経て僕のところにお話が来たんです。それまで僕自身はWinnyのことは知らなかったんですけど、ゼロから脚本を書くことになったのでリサーチには時間をかけました。それと、本作で三浦貴大さんが演じている壇俊光弁護士が監修に就いていただいたので、ふとした会話の中で聞いたことを劇中に取り入れたりとかしています。
池田大
ーー池田さんは本作のオファーが来た時どういった印象を持たれましたか?
池田大(以下、池田):僕はいまだに黒電話しかないようなアナログな実家で育ったので当時インターネットに疎くて、Winnyに関しては正直全く知らなかったんですよ。ただ、オファーをいただいた時期は、何本かMVを撮った頃で「そろそろ映画を撮りたい」っていう気持ちが芽生えていたんです。でも「映画って何をきっかけに撮ったらいいんだろう?」っていうところからまず悩んじゃってて。そんな時に、本作の企画書を読んだんですけど、そこで松本さんが「映画という文化は、ある時代の中で、埋もれてしまった場所に光を当てることだと思います」と書いていたんです。その言葉に感銘を受けたというか、「そういう想いで映画を作る人の現場に行きたい」という興味が強くて参加させていただいたんです。
ーー池田さんは役作りとしてご自身でWinny事件について調べたりもされたんですか?
池田:そうですね。まず打ち合わせの段階で松本監督から、『シカゴ7裁判』(*1)とか、『リチャード・ジュエル』(*2)などいくつか参考作品で映画のタイトルが上がったので、それを一通り観たり観返したりするところからはじまって、Winny事件についても調べました。
*1……映画『ソーシャル・ネットワーク』などの脚本を務めたストーリーテリングの天才、アーロン・ソーキンの監督作品。反ベトナム戦争のデモ中に捕まった学生たちの法定物語。2020年に映画館と配信で公開。映画「シカゴ7裁判」はNetflixで独占配信開始。
*2……2019年に公開されたクリント・イーストウッド監督作品。実際にあった事件をモデルにしており、爆弾テロ事件の冤罪をかけられた警備員・リチャード・ジュエルの裁判を描く。
松本:今回出演していただいた俳優さんたちは、皆さん独自に事件について調べたり取材していたりしたんです。現場では各々が調べてきたものを情報交換されていたりして、弁護団役の方々は本当に弁護団のようなチームになっていましたね。とにかく現場の熱量がすごくて。
池田:熱かったですよね。でも、やっぱ松本さんから発される「意思」みたいなものがすごいんですよ。無駄なことは言わないというか、佇まいから良い意味でプレッシャーがある。僕ら俳優部はその熱にやられていたというか、俳優として託されてる部分が大きかったですね。僕なんかはMVで監督やってる時は現場の空気をほぐすためにわざわざ言葉にしなくてもいい冗談とか言っちゃうんですよ。
松本:そういうことやりたかったんですけど、余裕がなくて(笑)。僕はそこまで経験もないので今回も必死に食らいついてた感じで、撮影中の記憶もほとんどないぐらいで……。もちろん演出はするんですけど、俳優さんから出てきたものをどうやって作品に落とし込めばいいかっていうのを常に考える現場でしたね。
『Winny』の裁判シーン。写真の左奥が池田大。
池田:松本さんって優しい印象ですけど、撮影の岸(建太朗)さんにだけは結構言葉が強いんですよ(笑)。「それ違うよ!」みたいな、言葉尻が強めというか。その光景を初日に見て「こういう感じでやり合うんだ!」と思って。
松本:言いたいことを言える人ってなかなかいないじゃないですか。岸さんはそれを許してくれる人なのでストレスを感じずに遠慮なく言い合えるんですけど、関係性を知らない人が見るとヤバいですよね。ちょっと今後は気をつけないとな、と今思いました(笑)。
池田:岸さんもしっかり意見するし、ずっと見ていると長年培ってきた信頼関係がわかるので、対等で良い関係性だなと思いましたけどね。
松本:そうですね。出来ているかわからないですけど、ひとつの作品を作るうえでは上も下もないじゃないですか。関わっているスタッフみんなが、言いたいことを言えるほうが作品にとってはプラスだと思うので、意識して変なプライドは持たないようにはしています。 例えば、「今日が現場初めてです」というスタッフの意見でも、それが正しかったら取り入れた方がいいし、その意見を変なプライドで除外するのは作品にとって勿体無さすぎる。核心というか、持っておかなきゃいけないプライドだけは持っておいて、あとは全部捨てた方が僕はいいと思うんですよね。
池田:若手のスタッフだと、そもそも松本さんに思ってても言えないことはあるじゃないですか。わざと聞いたりするんですか?
松本:そうですね、空いてる時とかに聞きにいきますね。
池田:あ、それは僕も一緒です。わざと助監督さんや、セカンド、サードのスタッフさんたちに聞いたりしますね。それは単純に意見を聞くだけじゃなくて、自分たちがこの作品に参加して作っているという意識をなるべく細かい部署の人までしっかりと感じていてほしいという気持ちがあって。
松本:そういえば今ふと思い出したんですけど、『Habit』のMVが発表された直後ぐらいに一度池田さんと飲んだじゃないですか。その時に「コレ、絶対賞取るから」って言ってましたよね。
池田:え、俺、そんなこと言ってましたか?(笑)
松本:いやいや、なんか自分の作ったものに対して自信を持てているのがすごくいいなと思ったんです。僕はこれまであまり自信がなかったんですけど、池田さんみたいに自信を持たれていると、関わっているスタッフさんも気持ちいいじゃないですか。
池田:ネアカなだけですよ(笑)。……あの、くだらない話かもしれないですけど、松本さんは監督として現場に行くとき、何かいつも決めてるルーティーンとかってあります?
松本:これといってはないんですけど、しいていうなら集合時間にはなるべく一番乗りで着くっていう感じですね。でも、早く行ってもスタッフの方々に気を使わせてしまうかもしれないので、路地裏でタバコ吸ってたりしてます(笑)。池田さんはあるんですか?
池田:僕は1作目からずっとなんですけど、ツナギを着て行ってますね。だいたい撮影は朝が早いので服を選ぶのが面倒くさいので、ツナギと決めちゃえば楽というのと、大勢のスタッフがいる中で一目でわかりやすい。それに不思議とツナギって着るとスイッチが入るんですよ。
松本:なんかそういうのいいっすね(笑)。
–{影響を受けた映画の話}–
MV『Habit』の緻密な計算
ーー池田さんは昔から映像を撮るほうに興味があったんですか?
池田:それが全くなかったんですよね。2年半前ぐらいにSEKAI NO OWARIのアートディレクションを担当して、その流れで「MV撮ってみない?」という感じで。いきなり規模の大きいバンドのMVだったので、現場でモニターを見ていて、うしろ振り返ったら大人が30人ぐらいいて「俺いまヤバいことやってんな〜」とは思ったんですけど、めちゃくちゃ楽しかったんです。俳優業って、どうしても役が決まってくるのでどれだけインプットしてもアウトプットできる幅が狭いんですけど、監督業は今まで闇雲にインプットしてきたものが生きるんですよ。曲という制限はありながらもメンバーもある程度は僕に任せてくれるのでいくらでもアイデアが浮かんでくるし。だから、今はとにかく楽しいっすね。
ーー松本さんは池田さんの作品についてどんな印象ですか?
松本:MVと長編映画と連続ドラマって、同じ映像作品ではあるけどスポーツで言うとそれぞれ競技が全然違いますよね。作品に対峙するお客さんの距離感も違うじゃないですか。いま映画は配信がありますけど、基本的には映画館の大きなスクリーンで観てもらえるような作り方で、MVはパソコンやスマホで観ることが多いですよね。今日、SEKAI NO OWARIの『Habit』等いくつか池田さんの作品を観直してきたんですけど、いかに観客に届けるかっていうことをすごく丁寧に計算されてると感じましたね。
池田:MVだとたいてい5分、短くて3分とかですけど、PCやスマホで見ていると、ちょっとつまんないとすぐ離れられちゃうんです。だから、畳みかけて畳みかけて「お!?」という部分をいくつか配置しておいていたりすることはコンテを組む上でも計算していますね。
松本:そういえば『Winny』で池田さんのアフレコをした時、たしか次の日がちょうど『Habit』のMV撮影だとおっしゃってて、美術の資料とかイメージボードを見せていただいたんです。その時点でかなり細かいところまで計算されていることがわかるんですよ。僕はどちらかというと、そういう作業が苦手というか。映画の場合は編集の時にパズルみたいにはめ替えることもあるので、ある程度は余白も作っとかないといけないんです。池田さんは多分MVという競技の中でいかに戦うかっていうことをすごく考えられてるんだろうなと思ったんですよね。
影響を受けた映画の話
ーー松本さんは子供の頃からわりと映画が身近にあったんですよね?
松本:子供の頃はジャッキー・チェンの映画をよく観ていたんですけど……あの、僕の名前の松本優作っていうのが、松田優作さんからきていて、父親がすごく好きなんですよ。だから一番最初に観た映画が『ブラックレイン』(*3)で。
*3……1989年に公開されたリドリー・スコット監督作品。日米の刑事たちがヤクザと戦うアクション作品。高倉健や松田優作も出演。
池田:それはすごい環境ですね(笑)。
松本:でも、僕はずっと音楽をやりたかったんですよ。バンドをやっていて、歌詞も書いていたんですけど、ある程度の年齢になって、自分が音楽で上に行けないのがわかってくるじゃないですか。そんな時に知り合いのバンドのMVを撮るようになって、次第に映画に移行するんですけど。映像だと俳優さんがいるし、いろんな要素が絡み合って、自分に足りないものを他で補えることがわかったんですよね。すごく言い方が悪いですけど、他力本願みたいなところがあって(笑)。だから僕も最初から映画監督になりたかったかというと、そうでもなくて。ただ何かを表現したいとは、ずっと思っていました。
ーー池田さんは松本監督の作品についてどんな印象ですか?
池田:僕は松本さんの長編デビュー作『Noise ノイズ』(*4)の頃から観ていたんですよ。その当時はプロフィール写真も作風も相まって怖い人なのかなって思っていたんです(笑)。でも、会ったらものすごく柔らかい。僕の中では、松本さんの人間性と松本さんの作品ってつくづく似てるなと思っていて。すごく真面目で、実直なんですよね。特に『ぜんぶ、ボクのせい』(*5)や『Winny』は伝えたいことに対してすごく真っ直ぐじゃないですか。僕が撮ってるMVは軽い言い方をすると“映え”じゃないですけど、どうかっこよく観せるか、曲が持つエモーションみたいなところをどうやって増幅させるか、みたいなところを意識して撮ることが多いんです。だから例えばカメラワークとかカット割もあえて忙しなくするんですが、松本監督作品は無駄がなくてどっしりしてますよね。
*4……2019年公開の松本優作監督の初の長編作品。秋葉原無差別殺傷事件をモデルに事件をきっかけにしながら、秋葉原で暮らす人々の闇と光に焦点を当てる。©2019「Noise」製作委員会
*5……2022年公開の松本監督作品。ヤングケアラーの少年、家庭や学校に居場所のない少女、ホームレス男性の交流を追ったヒューマンドラマ。©2022「ぜんぶ、ボクのせい」製作委員会
松本:近年は、ルックも照明もカッコいい作品が多い気はしていて……もちろんテーマや内容にもよるんですけど、なんていうか、そこに抗いたい気持ちはあるんですよね。
池田:めちゃめちゃ抗ってますよね。『Winny』もそうですけど、『ぜんぶ、ボクのせい』を観た時に明らかに何かに抗っているのがわかったんですよ。余計なものを削ぎ落として、カメラの前に立っている俳優と真正面で向き合ってる感じが、20代や30代の監督の中では珍しいと思って。俳優からするとそういうところに松本さんの作品には参加してみたくなる魅力を感じます。
松本:出演してくださっている俳優さんが、皆さんお芝居を信じれる人だからこそできることだと思うんです。たとえば『Winny』は劇中でわりと音楽を使ってるんですけど、それはちょっと難しいテーマというのもあって、観客の視点の補助的な役割として使っているんですけど、これまではなるべく映画で音楽は使いたくなかったんです。音楽の力はとても強いので、慎重に使わないといけないと常々感じています。僕が好きなダルデンヌ兄弟(ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ/*6)はほとんど音楽を使わないので、そういうスタイルにも憧れていたし共感もしているというか、1歩でも近づきたい目標みたいな感じなんですけどね。
*6……ベルギーの映画監督。主な作品に『ロゼッタ』(1999年)、『ある子供』(2005年)、『トリとロキタ』(2022年)
ーーいまダルデンヌ兄弟が挙がりましたけど、最後にお二人が影響を受けた作家や作品を教えてもらえますか?
松本:ダルデンヌ兄弟は僕にとって頂点みたいな感じですけど、あとは先ほど話にも出た『シカゴ7裁判』のアーロン・ソーキン監督が好きで、脚本がうまいし作品を観て勉強していますね。ほかはケン・ローチ(*7)、ポール・ハギス(*8)、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ(*9)ですね。
*7……イギリスの映画監督。イギリスの労働階級のリアルや障害者の差別など社会問題を描いた作品を数多く制作。主な作品は『麦の穂をゆらす風』(2006年)『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016年)など。
*8……カナダ出身の映画監督、脚本家。主な作品に、女性ボクサーを主人公にした『ミリオンダラー・ベイビー』(2004年)脚本、監督作品に『クラッシュ』(2004年)など。
*9……メキシコの映画監督、脚本家。主な作品に『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2014年)、『バベル』(2006年)。
池田:今回MVの話をさせていただいたので、音楽が印象的だった映画の原体験という意味で選ばせていただくと、高校生の頃、今はなき渋谷のシネマライズで超満員の中、通路に座りながら『ピンポン』(*10)と『青い春』(*11)を2本連続で観たんですよ。どちらも松本大洋さんが原作ですけど、『ピンポン』はSUPERCARで、『青い春』はTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTが印象的に流れていて。めちゃくちゃ衝撃的でしたね。
*10……松本大洋の漫画を監督は曽利 文彦で、脚本は 宮藤官九郎で実写化した2002年公開作品。クラブシーンにも影響を与えたロックバンド・SUPERCARの『YUMEGIWA LAST BOY』などを起用。
*11…….同じく松本大洋の漫画を豊田利晃監督が実写化した2002年公開作品。冒頭からロックバンド・THEE MICHELLE GUN ELEPHANTの『赤毛のケリー』が起用され、その後も印象的な場面では『ブギー』など他の楽曲が使われる。
池田:あと好きな監督でいうと、ポール・トーマス・アンダーソン(*12)、マイク・ミルズ(*13)、リチャード・リンクレイター(*14)です。
*12……アメリカの映画監督。代表作に『ブギーナイツ』(1997)や『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007)など。
*13……アメリカの映画監督。CMやMVの監督からキャリアをスタートさせて『サムサッカー』(2005)で長編映画デビュー。代表作は『20センチュリー・ウーマン』(2016)など。
*14……アメリカの映画館監督。代表作に『6才のボクが、大人になるまで。』(2014)など
ーーどの監督も音楽との親和性が高いですね。ちなみに池田さんは撮りたい映画のアイデアの種みたいなものはあるんですか?
池田:いくつかはあるんですけど、まずホンが書けないという壁に早速ぶち当たってますね(笑)。
松本:池田さんが撮られてきたMVってまず曲があるじゃないですか。その曲を使ってどう世界観を広げていくか、どんな映像を想像するかっていう作業だと思うんですけど、池田さんは他の人が書いた脚本や原作小説などを映像化するのが多分すごくうまいんじゃないかなと思うんですよね。
池田:なるほど。MVは曲が脚本という考え方ですね。たしかにそうですね。
松本:もちろん池田さんのオリジナルは大前提で観たいんですけど、なにかひとつキーとなるものがあって、それをどうやって広げていかれるのかっていうのにすごく興味がありますね。
池田:それは嬉しいですね、じゃあ困ったら松本監督に相談しようと思います(笑)。
松本:僕なんかでよければ、ぜひ(笑)
Profile
松本優作(写真右)
1992年生まれ。自主映画『Noise ノイズ』で長編デビュー。その後も、短編『日本製造/メイド・イン・ジャパン』(2018年)、長編『ぜんぶ、ボクのせい』(2022)『Winny』(2023)など。他にもCMやドラマなども手がける。
池田大(写真左)
1986年生まれ。俳優として映画、ドラマ、広告などで活躍する一方、2019年からはSEKAI NO OWARIのアートディレクターにも就任。それをきっかけに同バンドのMVをはじめさまざまな作品を手掛けている。MV『Habit』がMTV VMAJ2022 「Video of the Year」「Best Dance Video」受賞。
(撮影=河西遼/取材・文=市川夕太郎)
–{映画『Winny』}–
映画『Winny』3月10日(金)より全国劇場より公開
【出演】
東出昌大/三浦貴大/皆川猿時/和田正人/木⻯麻生/池田大/金子大地/阿部進之介/渋川清彦/田村泰二郎/渡辺いっけい/吉田羊/吹越満/吉岡秀隆 ほか
【監督・脚本】
松本優作
【公式HP】
https://winny-movie.com/