<劇場版公開記念>「美しい彼」原作、ドラマ、劇場版の魅力を語り尽くす!

映画コラム

2021年に放送されたドラマ「美しい彼」(MBS毎日放送)が海を越えた大反響を呼び、すぐさまシリーズ2の放送と『劇場版 美しい彼〜eternal〜』の制作・公開が決定した。凪良ゆうによるボーイズラブ小説を土台にしたこの作品には、キャストはもちろん、制作陣やファンの愛と熱量が詰まっている。

「尊い」という言葉しか浮かばない、それ以外の語彙が軒並み消失してしまう……。そんな狂おしい気持ちにさせられる「美しい彼」の魅力を、ドラマ・劇場版・原作の3つのポイントから語らせてほしい。

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「美しい彼」ドラマシリーズの魅力

「美しい彼」ドラマシリーズは、1話30分と見やすい長さ。シリーズ1が6話、シリーズ2が4話構成である。ドラマの魅力を知ってしまうと「1話30分なんて短すぎる」と思ってしまうのだが、初めて見るぶんにはハードルが低く感じられるのではないだろうか。

まずはドラマシリーズの魅力を「キャスト」「制作陣」「公式の手厚さ」の3ポイントに分けて解説したい。

 ポイント1. キャスト

「尊い」を辞書で引くと、「高貴」「価値が高い」「非常に近寄り難い」「ありがたい」といった言葉が並ぶ。確かにそうなのだが、しかしそうではない。いや、そうであることは大前提として、もっともっと言葉を尽くさなければこの“なんとも言えない衝動”は具現化できないのである。

ドラマ「美しい彼」シーズン1の1話冒頭、開始5分で登場する清居(八木勇征)は、その容姿はもちろんのこと、内面までも美しい。多感な高校生でありながら、誰にも何にも侵食されない独自のバリアが張られているかのように、孤高の存在である。

同級生の平良(萩原利久)も、一目見た彼に一瞬で惹きつけられてしまったように、視聴者のほとんども「尊い」の一言しか語彙がなくなってしまうのではないだろうか。

「美しい彼」を実写ドラマ化するにあたり、さぞ制作陣は「清居を誰にやってもらうか」と、キャスティングの面で悩んだことだろう。

当たり前だが「美しい彼=清居」を演じる役者は、美しい人でなければならない。清居というキャラクターを体現するには、外見の美しさはもちろんのこと、高校生らしいフレッシュさ、ピュアさ、内に秘める夢への情熱や、それを達成するための真面目でストイックな性分までも表現できる人物でなければならない。

酒井麻衣監督が語った過去のインタビューを紐解くと、プロデューサーのひとりがInstagramで八木勇征を見つけ、「美しい人、いました」と連絡してきたのだとか。ダンスボーカルグループ・FANTASTICS from EXILE TRIBEのボーカルを務めている八木は、演技経験が浅いなかでの抜擢だった。

そんなシンデレラストーリーに、子役時代から演技経験豊富の萩原利久が平良役としておさまったことで、奇跡のバランスが成り立つ。美しく、爪を立てた猫のように触れがたい一面をも見せる清居に対し、一心不乱に羨望の眼差しを向け続ける平良という構図が、小説から飛び出てきたように実現した。

ポイント2. 制作陣

ドラマ「美しい彼」がヒットした理由のひとつとして、制作陣による“原作愛”が大きい点も挙げられる。

凪良ゆうによる原作小説の内容を損なわず、かつ厚みを増幅させた脚本は、ドラマ『マッサン』(2014)や『コウノドリ』(2015)『探偵ロマンス』(2023)を手がける坪田文によるもの。くわえて、鮮やかな映像美に定評のある酒井麻衣監督の手腕も無視できない。

原作の流れを汲みつつ、外してはいけないポイントはしっかり押さえ、ドラマシリーズならではのエッセンスまで注入された脚本や演出に、原作ファンも含め夢中になった。原作ものの映像化作品に対しては、どうしても「イメージと違う」といった批判が少なからず聞こえてきそうなものだが、「美しい彼」に至っては皆無に感じる。

もちろん衣装や美術の力も不可欠である。本編では一瞬しか映らないようなシーンでも、細部にまでこだわって作られているのがわかる。2023年2月末に最終回を迎えたシーズン2では、主に平良の自宅でともに生活する二人の様子が描かれるが、居間や書棚に置かれている小物からも“原作愛”がひたひたと伝わってくるのだ。

 ポイント3. 公式の手厚さ

「美しい彼」ドラマ公式SNSの手厚さは、まさに右に出る者はなく、どんなホワイト企業もびっくりの福利厚生が整っていると評判である。



もはやTwitterやInstagramなどの公式SNSで「告知動画(キャストによる放送前◯時間を告知する動画)」が頻繁にアップされるのは当たり前。動画アプリ「Smash.」では、ドラマ本編では描かれないプチエピソードが公開されている。原作のちょっとしたエピソードまで再現してくれており、「公式がここまでしてくれるのか……」と全オタクが涙する勢いだ。



ドラマ公式グッズの販売、ドラマ公式ビジュアルブックの販売に始まり、ドラマシーズン1ならびにシーズン2の放送に合わせて、さまざまな雑誌の表紙に平良役の萩原利久、清居役の八木勇征が登場。あまりの過剰な供給に、嬉しい悲鳴をあげるファンが後を絶たない。

–{シーズン2の展開を受けた『劇場版 美しい彼〜eternal〜』}–

シーズン2の展開を受けた『劇場版 美しい彼〜eternal〜』

そんなドラマシリーズ・シーズン2の展開を受けた映画『劇場版 美しい彼〜eternal〜』が、2023年4月7日に封切りを迎える。

シーズン2の撮影と同時期に進められたという本作は、原作はもちろん、ドラマシーズン1&2のオマージュが随所に散りばめられ、既存のファンにとってはたまらない仕上がりになっている。

ドラマシーズン1では、高校生で出会った平良と清居の心がすれ違い、もどかしい遠回りの末に互いの気持ちを分かち合う過程が丁寧に描かれていた。そしてシーズン2では、“やっと分かり合えた”と思えた二人のさらなる交錯が浮き彫りになる。

その絡まった糸と糸が、『劇場版 美しい彼〜eternal〜』にて一本に繋がるのだ。

シーズン2の終盤にて、敏腕売れっ子カメラマン・野口大海(和田聰宏)のアシスタントになった平良。劇場版では、本格的に彼の手伝いをする平良と、旬の俳優として少しずつ名を広めていく清居の姿が見られる。

そして、清居と同じ事務所に所属する安奈(仁村紗和)と、その熱狂的ファンである設楽克己(落合モトキ)が巻き起こす、“とある事件”が主軸となっていく。

原作、ドラマと見守ってきたファンにとっては、不器用ながらもどうしたって離れられない平良と清居への愛しさが暴発する作品になっている。

また『美しい彼』に新しく出会う方にとっても、感情を根っこから揺さぶるような映像美と練られた脚本に、思わず原作やドラマに手を出してしまうきっかけとなるはずだ。しかし、やはり事前にドラマシリーズ(可能であれば、原作も!)を見ておいたほうが、存分に楽しめる。

まだ味わったことのない、自分の知らない感情の箱を無理やり開けられたような、そんな気持ちにさせられる1時間43分を味わえるに違いない。

–{すべては原作「美しい彼」から始まった}–

すべては原作「美しい彼」から始まった

「流浪の月」で知られる作家・凪良ゆうによる原作小説から始まった「美しい彼」シリーズ。2023年現在は、「美しい彼」「憎らしい彼」「悩ましい彼」「interlude 美しい彼番外編集」の4作が発表されている。あらためて、原作の魅力を3つのポイントに分けて解説したい。

 ポイント1. 凪良ゆうの丁寧な筆致

「美しい彼」の魅力のひとつに、まざまざと情景が浮かんでくる繊細な筆致、そして登場人物の細やかな心理描写が挙げられる。

主人公・平良は、なぜ清居のことを一目見ただけで惹かれてしまったのか。高校二年生になった春(ドラマ版では高校三年生の設定)、自己紹介の場で初めて清居を見た平良は「彼は美しかった」と独白している。まさに、抗いがたい引力に引きつけられる“どうしようもなさ”が、凪良ゆうらしい微細でエモーショナルなタッチで描かれている。

幼い頃からの吃音症に悩む平良は、極端に緊張する場に立つと声が詰まってしまう。新学期、自己紹介の場で久々にどもってしまった平良は、孤独を感じた。誰よりも美しい佇まい、自然と周囲に人が集まる魅力を備えながらも“ひとり”である清居に対し、どんな過程で気が惹かれたのかが精緻に書かれている。

ちなみにこの自己紹介のシーン、ドラマ版では、平良が自己紹介をするも言葉に詰まってしまったタイミングで清居が登場。そのおかげで教師や生徒の意識が清居に向き、平良はそれ以上の注目から逃れられた。後に音楽室で「助けてくれてありがとう」と清居に礼を言う平良のシーンが描かれている。

ポイント2. キャラクターの厚み

平良、清居の“キャラクターの厚み”についても触れておきたい。それぞれ負っている背景まで細やかに描かれているため、読者はすぐに感情移入できる。

前述したとおり、平良は幼少期からの吃音症に悩んでいる。そのせいで引っ込み思案になってしまわないようにと、両親は小学生だった平良に「何か外に出る趣味を」と一眼レフを買い与えるが……。カメラにも写真にも強い興味を持てない平良は、両親を心配させない程度に風景写真などを撮り、写り込んだ人間だけを消す加工を繰り返していた

平良がなぜ卑屈で後ろ向きな性格になってしまったのか、幼少期のエピソードまで丁寧に描き出している点は、さすが凪良ゆうによる手腕だ。同じように、清居の“少々屈折した内面”についても微細に表現されている。

清居は表面的にはクールで、何事にも執着しない性格のように見える。しかし、幼少期に植え付けられた“寂しさ”から、「テレビの世界に入りたい」と夢を抱くに至った

仕事で忙しく、家にいることが少なかった母親。幼い清居は鍵っ子で、ひとりで過ごすことが多かった。母親が再婚してからは幸せな時間が増えたが、義父との間に生まれた妹・弟の存在が、またもや安寧を覆す。小さな赤ん坊に両親の注目を奪われた清居は、またもやひとりになる。

何にも邪魔されず、ただ自分だけを見てほしい。混じり気のない視線で、自分だけに意識を向けてほしい。密かにそんな執着を内面に宿して育った清居は、やがて平良に出会った。求めていた視線を一身に向けてくれる彼に対し、少しずつ清居の意識も変化していく。その過程も「美しい彼」の魅力のひとつである。

ポイント3. あえて“セクシャルマイノリティ”は主軸に置かない

「美しい彼」は「ボーイズラブ」と呼ばれるジャンルに括られる作品である。男性同士が恋愛をする過程を物語に反映しているが、“同性の恋愛”といった観点に重きは置かれていない。

もともと清居が同性愛者であることは、ドラマシリーズならびに劇場版ではサラリと触れられる程度で、周囲は特別に騒ぎ立てることもなく「一般的なこと」として扱っている(原作では、清居が同性愛者である自覚を抱いたのは中学生のころであると書かれている)。

ドラマのシーズン1において、清居が平良に「男が好きなの?」と訊ねるシーンがあるが、それに対し平良は「……わからない」と返答。同性愛者である自覚がない、というよりは、性別に関係なく「清居というひとりの人間に惹かれた」ことをアピールしている

あくまで「美しい彼」は、同性を好きになってしまったことによる切なさ、思いの通じなさに主眼が置かれているのではなく、平良と清居という人間同士がすれ違い、ぶつかり合い、最後には不器用ながらも想いを伝え合う過程が主軸なのである。

「ボーイズラブ」はちょっと……な方にこそ知ってほしい

「美しい彼」は、男性同士の恋愛や同性愛には重きを置いておらず、あくまで「高校生同士の淡い恋心」からスタートする青春純愛ものである。原作ものでありながら、ありがちな「イメージと違う」系の批判が一切ない点でも稀有な作品と言えるだろう。それはひとえに、原作のエッセンスを上手い具合に抽出している脚本の妙である。

「ボーイズラブ作品はちょっと……」と食わず嫌いをしてしまう場合は多い。そんな方にこそ、この『美しい彼』シリーズに触れてほしい。

原作が有する引力、目を離せない映像美、そして平良と清居の心のすれ違いがもどかしいほどに反映された脚本。お節介を承知で「『美しい彼』を知らない人生はもったいない」と全ファンが口を揃える理由が、わかってもらえるはずだから。

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(文・北村有)

–{『劇場版 美しい彼〜eternal〜』作品情報}–

『劇場版 美しい彼〜eternal〜』作品情報

【あらすじ】
無口で友達もいないクラス最底辺の“ぼっち”平良一成(萩原利久)が一目で恋に堕ちたのは、圧倒的に美しく、そして冷酷、クラスの頂点に君臨する人気者“キング”清居奏(八木勇征)だった。高校を卒業し紆余曲折の末、恋人同士になった平良と清居。そんなふたりが平良の家で幸せな同棲生活を送るなか、大学卒業を間近に控えた平良は人気カメラマン・野口(和田聰宏)のアシスタントとして働き始める。だが、プロの仕事を目の当たりにし、俳優として活躍の場を広げる清居の邪魔になりたくないと、次第に清居との距離を置くようになる。清居は神様であり尊い存在としか考えられない平良。一方、平良と対等な普通の恋人になりたい清居。ふたりはお互いを想い合いながらも、少しずつすれ違ってゆく……。

【予告編】

【基本情報】
出演:萩原利久/八木勇征/高野洸/落合モトキ/仁村紗和/前田拳太郎/和田聰宏 ほか

監督:酒井⿇⾐

配給:カルチュア・パブリッシャーズ

映倫:G

ジャンル:青春/恋愛

製作国:日本