アカデミー賞3部門ノミネートの『逆転のトライアングル』が超良い意味で「汚いタイタニック」だった件

映画コラム
Fredrik Wenzel (C) Plattform Produktion

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2023年2月23日(木・祝)より、第95回アカデミー賞にて作品賞、監督賞、脚本賞の3部門にノミネートされ、第75回カンヌ国際映画祭では最高賞のパルムドールを受賞した映画『逆転のトライアングル』が公開されている。

その輝かしい受賞歴と評価の高さからすれば、さぞ格式高い内容なのでしょう……と思いきや、実際は超良い意味で「汚いタイタニック」と呼べる内容だった。ちょうど『タイタニック:ジェームズ・キャメロン25周年3Dリマスター』の2週間限定上映が終了する、入れ替わりのタイミングで上映がスタートするとは、なんの因果だろうか。さらなる作品の魅力と特徴を記していこう。

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だいたい性格が悪くてクセ強すぎなキャラが織りなすブラックコメディ

本作のあらすじは、「超絶セレブたちが乗り込んだ豪華客船が難破してしまう」というもの。うん、この時点で見事に『タイタニック』と一致しているではないか。そして、キャラクターはだいたい性格が悪くてクセ強すぎである。箇条書きにしていこう。


モデルのヤヤ……人気インフルエンサーでもあり恋人のカールの何倍も稼いでいる

同じくモデルのカール……イケメンだが人気に陰りが見え始めている

ロシアの新興財閥の男……有機肥料でひと財産築いたため自身を「ク○の帝王」と笑う

腐るほど金があると自称する男……写真を撮ってもらっただけで「お礼にロレックスを買ってやる」と言う

上品で優しそうな英国人老夫婦……武器製造会社を経営していて国連に地雷を禁止された時も「夫婦愛で乗り切った」と胸を張る

白人の客室乗務員たち……高額チップを夢見てお客の望むことをしようとテンションが上がっている

有色人種の裏方スタッフたち……船の下層階で料理や清掃を担当している

アル中の船長……『スリー・ビルボード』などの名優ウディ・ハレルソンが楽しそうに演じている


そんな人種も性別も年齢もバラバラな一同が乗った船が沈む上に、無人島に遭難してサバイバルという状態になる。そして、食べ物も水もSNSもほとんどない極限状態に追い込まれる中で、ヒエラルキーの頂点に立ったのは、サバイバル能力抜群な船のトイレ清掃婦だったのだ。

Fredrik Wenzel (C) Plattform Produktion

お分かりいただけただろうか。金をどれだけ持っていようが、地位が高かろうが、船が沈んだ(これから沈む)のであれば、どれも関係ない。激しい格差社会から、生きるか死ぬかという状況へ変化していく様も、『タイタニック』との共通項ではないか。

そんな彼ら彼女らの醜い争いが、「人間なんてこんなもんだ」的なシニカルなブラックコメディになっている、というわけだ。その時点で「心が汚いタイタニック」と呼べるのだが、ご安心ください、絵面としてもしっかり汚い

Fredrik Wenzel (C) Plattform Produktion

何しろ、難破する前に海は大荒れとなり、船酔いに苦しむ客が続出し、船内は地獄絵図へと化すからだ。『タイタニック』にもツバをわざと飛ばすシーンがあったが、それがゲ○へとグレードアップしていると考えればいいだろう。いいのか?

–{タイムリーな「デート代は男性が出すべき論争」に終止符が!?}–

タイムリーな「デート代は男性が出すべき論争」に終止符が!?

つい先日、セクシー女優の方による「女性はデートのために準備をしているから、デート代は男性が出すべき」という趣旨のツイートが論争を巻き起こした。実にタイムリーなことに、この『逆転のトライアングル』の実質的な主人公であるカップルは、まさにこのことで口論になってしまうのだ。

Fredrik Wenzel (C) Plattform Produktion

何しろ、ヤヤは超売れっ子のモデル兼インフルエンサーで、同じくモデルであるカールの何倍も稼いでいるのにも関わらず、レストランで「男が払うのが当然」という態度でいる。一方でカールの言い分は「男女の役割にとらわれるべきじゃない」というもので、なるほど、それ自体は真っ当な主張にも思える。だが、カールはそれを必死に伝えようとするあまり、「お前……それはいくらなんでも……」なひどい言動をエスカレートしていくので、可笑しくも情けなくなってくるのだ。

振り返ってみれば、そのカールの言う「男女の役割にとらわれるべきじゃない」は建前にすぎず、「こいつは恋人が自分よりも金持ちで人気者なのが気に入らないだけじゃないの……」とも思ってしまう。いや、意見が食い違ったときに、わざわざ「男女の役割」を持ち出すということは、「お前こそが男女の役割を気にしすぎなんじゃないか?」ともなる。ヤヤのほうにも問題はあるのはもちろんだが、もっと別の言い方もあったはずである。

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その言い争いは実にしょうもないものでもあるし、それがまだ映画の「第一部」ということもすごい。その後の船でマウントを取りまくる金持ちたちの姿、そして無人島のサバイバルでの醜い争いで、さらに「しょ、しょうもねぇ〜!」とレベルアップしていくことにも楽しさがあった。それらから、「人間の諍いなど、しょせんはバカバカしいもの」という、実に正しい知見が得られるし、反面教師的に学べることがきっとあるはずだ。

ちなみに、リューベン・オストルンド監督は「男女間の違いを、この2人の主人公の視点で捉えられたら興味深い内容になる」と考えて物語を構築したという。しかも、リサーチをする過程では「男性モデルは一般的に女性モデルの1/3しか稼げない」という労働問題や、「男性モデルは業界で力を握るゲイの男たちからの誘いを断るのに苦労したり、時にはもっと成功させてやると約束して言い寄られるなど、男性モデルの置かれている状況は男性優位社会において女性たちが強いられていることと変わらない」ことも知ったと言う。

Fredrik Wenzel (C) Plattform Produktion

さらに、オストルンド監督は、「見た目の格差」についても語っている。「社会においてルックスが重要な役割を果たすのは万国共通で不平等」「一方で、どこの出身であろうと、美しく生まれつくことができれば、その美は階級社会を優位に生き抜くための社会経済的なはしごになる」とやはり冷徹に捉えていて、それは劇中の物語にも確かに反映されている。

そうした点からもわかるように、本作は男性だけを貶めるような内容にもなっていない。男女の違いやルッキズムの問題というよりも、世の中にある「不平等」そのものをブラックコメディに落とし込んでいると言ってもいいだろう。現実にもあった「男女のどちらがデート代を払うか」という単純な二項対立ではなく、「相手の考え」を尊重する柔軟な思考を持ちたいものである。

あなたは笑えるか?賛否両論必至のクライマックス!

本作のキャッチコピーには「この転覆劇、あなたは笑えるか?!」とある。その問いかけも納得、なるほどこれまで書いてきたようなブラックコメディの要素は、人によって笑えるか笑えないかがはっきり分かれそうだ。

Fredrik Wenzel (C) Plattform Produktion

さらに好き嫌いが分かれそうなのは、全体的なトーンが淡々としていること。しかも、キャラそれぞれの関係性や言動は、わかりやすく滑稽なものがあると思いきや、「どういう気持ちになれと?」と思うものもある。個人的には、良くも悪くも「めちゃくちゃ変な映画」という印象はつきまとったのだ。

さらに賛否両論になりそうなのは、クライマックスおよびラストの展開である。もちろん具体的に何が起こるのかは秘密にしておくが、「147分という長い時間をかけて、このバカバカしくも現実にもいる醜い人間の姿を捉えた物語が、どういう結末に行き着くのか……!」と期待していたら……個人的には「なにこれ」と思うしかない、簡単には咀嚼できない「何か」が待ち受けていたのだから。

Fredrik Wenzel (C) Plattform Produktion

どういう映画かを把握するためには、公開されている映画冒頭の「カールのモデルオーディション」の本編映像を観てもらうのが手っ取り早いかもしれない。この感じが気に入れば、おそらく大いに楽しめるだろう。

とにかく、「アカデミー賞の有力候補の映画が、ここまで変わったブラックコメディだったなんて!」という衝撃も合わせて、『逆転のトライアングル』はとても面白い作品だ。それでいて、前述したように現実にもある人間同士の争いについて、反面教師的な学びも得られる内容でもある。ぜひ一緒に観た人と、「デート代は男性が出すべき論争」や、「なにこれ」なクライマックスとラストも含めて、話し合ってみてほしい。

(文:ヒナタカ)

–{『逆転のトライアングル』作品情報}–

『逆転のトライアングル』作品情報

【あらすじ】
人気インフルエンサーのヤヤ(チャールビ・ディーン)と男性モデル・カール(ハリス・ディキンソン)のカップルは、招待を受けて豪華客船の旅に出る。そこはロシアの大富豪、英国の武器商人、アル中の船長(ウディ・ハレルソン)、高額チップのためならどんな観客の望みでも叶える客室乗務員など、クセモノの巣窟だった。しかし、ある夜、嵐に巻き込まれ船が難破する。そのまま海賊に襲われ、彼らは無人島に流れ着く。食べ物も水もSNSもない極限状態で、ヒエラルキーの頂点に立ったのは、サバイバル能力抜群な船のトイレ清掃婦(ドリー・デ・レオン)だった――。

【予告編】

【基本情報】
出演:ハリス・ディキンソン/チャールビ・ディーン/ドリー・デ・レオン/ウディ・ハレルソン ほか

監督:リューベン・オストルンド

上映時間:147分

配給:ギャガ

映倫:G

ジャンル:コメディ

製作国:スウェーデン