2020年に亡くなったエッセイスト・高山真の自伝的小説が原作で、鈴木亮平と宮沢氷魚が主演を務める映画『エゴイスト』が、2023年2月10日(金)に公開された。
本作は男性同士の恋愛を描いた作品として注目を集めているが、単に恋愛にとどまらないさまざまな人間同士の愛を見せてくれる作品だった。「エゴイスト」という言葉の意味が予想外で、なおかつじんわり心に残る。
本記事では『エゴイスト』の俳優陣の演技の素晴らしさと、作中で描かれた“愛のかたち”についてお伝えしたい。
※本記事では『エゴイスト』の一部ストーリーに触れています。未鑑賞の方はご注意ください。
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『エゴイスト』俳優陣3人の魅力
メインとなる役どころを演じた鈴木亮平・宮沢氷魚・阿川佐和子の演技が大変すばらしかった。またキャスティングの際、それぞれのバランスを重視したと監督が語るように相性も大変よかった。
作中のエピソードに触れつつ、それぞれの役と演技の魅力についてお伝えしたい。
■鈴木亮平が演じきった「さまざまな葛藤」
まずは、主人公・浩輔を演じた鈴木亮平。彼の演技力に期待しない人など最早いないと思うが『エゴイスト』での彼の演技は、その期待を上回る感動を与えてくれた。すでに数多くある彼の代表作の中でも、5本の指に入るものになったのではないかと個人的に思う。
2022年の10月~12月に放送されたドラマ「エルピス」で演じた斎藤の印象が記憶に新しい中で、奇しくも浩輔の名字も「斉藤」だ。だが器用で自分の目的のためなら親しい人でも利用するエルピスの斎藤に対し、浩輔は真剣に龍太を想うがゆえに苦悩するある意味不器用な、真逆の人物だ。
浩輔は、さまざまな顔を持った人間だ。一人でいるとき、龍太と初めて会ったとき・龍太と親しくなった後・龍太の母と接するとき・仕事の場面・気の置けない友人たちといるとき・実家で父と話すとき・一人のときなど、それぞれ話し方や顔つきなど演じ分けていた。
部屋で1人、ゴージャスなコートを着てちあきなおみの「夜へ急ぐ人」を歌うシーンは、短いながら浩輔という人の持つ一面を表していたし、友人たちとお茶しながらケーキを山に例えて絶賛するシーンは最高だった。
さらにモノローグで内省するシーンも多い。田舎に嫌気がさして上京し、地元に帰るときはブランドの服という鎧で武装するところや、眉を描くことで気持ちを鼓舞するところは、シチュエーションは違えど共感する人も多いかもしれない。
また、早くに病気で亡くした母に何もできなかったと申し訳なく思う気持ちをずっと抱えていて、その想いが龍太や妙子との関係にも影響する。いろんな葛藤と戦い、常に考え悩み続けているところが愛おしい。
作中では、なかなか見聞きしないような出来事や状況がいくつか起こり、浩輔がそれぞれに反応や苦悩する姿も絶妙だった。
■宮沢氷魚が見せた「まっすぐな愛」
浩輔の恋人となる若く美しいスポーツトレーナーの青年、龍太を演じた宮沢氷魚。龍太は親が離婚した後、母・妙子が病気になり、高校を辞めて彼自身は望まない仕事をしてきた。
見た目の美しさももちろん魅力的だが、心が洗われるような純粋さを持った人だ。無邪気な笑顔も目も印象的で、観ているうちにすっかり龍太のことを大好きになってしまう。
「龍太、本当に浩輔のことが好きなんだな」という気持ちが伝わってくる場面がたくさんあって、まっすぐな健気さに心をつかまれた。特に浩輔を見上げて手を振るシーンには最高にキュンとしたし、玄関でキスするシーンは忘れられない。彼にとあることが起こったとわかったときは、自分の親しい友達に同じことが起こったような衝撃を覚えた。
浩輔と龍太、2人でいるシーンの幸せそうな雰囲気が本当によくて、すべての恋愛を扱う作品の中でも、こんな風に「そこに愛があるのが見える」作品はあまりないのではと思う。浩輔と龍太が鈴木亮平と宮沢氷魚でよかった、と思う瞬間がたくさんあった。
■阿川佐和子にぴったりだった「かよわくて強い母」
そして龍太の母・妙子を演じたのは阿川佐和子。制作陣は最後までキャスティングを誰にするかで悩んだらしいが、すごくぴったりだと思った。
まず、かわいらしさと強さと龍太の母なんだなということが伝わってくるまっすぐさ。150cmの彼女は高身長の2人と並ぶと本当に小さく、病弱な母親のかよわさを感じさせたが、同時に彼女自身のピュアさがうまくハマっていて、場面をシリアスにしすぎない明るさがあった。
映像が生々しく、顔のシミやしわがくっきりとわかるような撮り方をされているのだが、そのうえですごく魅力的だった。
龍太と母が暮らすアパートで3人で食事する場面は、自然で素っぽくて、人の家の晩ごはんを覗いているような気持になる。ささやかだがかけがえのない幸せを、たくさん感じさせてくれる作品だった。
『エゴイスト』では浩輔と龍太の関係だけではなく、龍太と妙子の親子愛や、浩輔と妙子の間の不思議な関係も描かれる。妙子の「私、あなたのこと大好き」という言葉には、浩輔でなくともグッと来てしまうのではないだろうか。
※以降は作品のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。
–{映画『エゴイスト』が描いた“さまざまな愛のかたち”}–
映画『エゴイスト』が描いた“さまざまな愛のかたち”
本作は「男性同士の恋愛を描いた」という切り口で紹介されていることが多い。確かに『エゴイスト』にとって大切な要素であり、その点の当事者が監修に入り俳優陣も制作陣も最大限の配慮と敬意を持って作られている作品であることは間違いない。
ただ筆者が実際に観て感じたのは、それだけではない人間同士の“さまざまな愛のかたち”を描いた作品だということだ。
龍太の事情を知った浩輔は「月10万自分が渡すから、体を売る仕事を辞め、足りない分はそれ以外の仕事で頑張らないか」と提案する。
そこまでした理由は、龍太を好きだということはもちろん、自分が死んだ母に何もできなかった後悔を別のかたちで昇華させたい願いからでもあった。だから「自分がしたくてやっていることであり、自分のためにやっている身勝手な行為だ」と後ろめたく思ったり、後悔したりする。
『エゴイスト』というタイトルは、浩輔の自分の行為に対する評価を表した言葉だ。
そんな気持ちを抱えた浩輔が、妙子に対して懺悔をするような場面が何度かある。妙子が返す言葉が毎回印象的だし、観ているこちらまで救われた気持ちになった。
また終盤に、浩輔が父(江本明)から母が闘病中に父に気持ちをぶつけたときの話を聞くシーンも印象的だ。父の「出会っちゃったんだからしょうがない。やっていくしかないだろう」という言葉が心に残る。
自分勝手にしたと思ったことに相手は感謝していたり、助けられた側はしてもらうばかりだと申し訳なく思っていても、実は助けた側も救われていたり。それが人と人の関わりの本質なのかもしれない。
つらい展開も少なくないが『エゴイスト』を観たことも、浩輔と龍太(と妙子)が出会ったことも、「よかった」と思えた。浩輔や龍太たちのことだけではなく、自分が関わってきた大切な人、もういない人たちとの出会いやその間にあったことも、そう思えるような気がした。
人間や人生が愛おしくなるような映画『エゴイスト』を、一人でも多くの人に観てほしい。
(文:ぐみ)
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–{『エゴイスト』作品情報}–
『エゴイスト』作品情報
ストーリー
14歳で⺟を失い、⽥舎町でゲイである⾃分を隠して鬱屈とした思春期を過ごした浩輔。今は東京の出版社でファッション誌の編集者として働き、仕事が終われば気の置けない友人たちと気ままな時間を過ごしている。そんな彼が出会ったのは、シングルマザーである⺟を⽀えながら暮らす、パーソナルトレーナーの龍太。自分を守る鎧のようにハイブランドの服に身を包み、気ままながらもどこか虚勢を張って生きている浩輔と、最初は戸惑いながらも浩輔から差し伸べられた救いの手をとった、自分の美しさに無頓着で健気な龍太。
惹かれ合った2人は、時に龍太の⺟も交えながら満ち⾜りた時間を重ねていく。亡き⺟への想いを抱えた浩輔にとって、⺟に寄り添う龍太をサポートし、愛し合う時間は幸せなものだった。しかし彼らの前に突然、思いもよらない運命が押し寄せる――。
予告編
基本情報
出演:鈴木亮平/宮沢氷魚/中村優子/和田庵/ドリアン・ロロブリジーダ/柄本明/阿川佐和子 ほか
監督・脚本:松永大司
公開日:2023年2月10日(金)
配給:東京テアトル
製作国:日本