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2023年1月13日より、『そして僕は途方に暮れる』が劇場公開されている。結論から申し上げれば、本作は早くも今年ベスト候補、胸を抉られるような映画体験ができる傑作だった。
なにより賞賛すべきは、同作の舞台版に引き続き主演を務めたKis-My-Ft2の藤ヶ谷太輔。「アイドルだよね?」「キスマイの人だよね?」と良い意味で不安にもなってしまうほど、鬼気迫るという言葉でも足りないほど、後述する「この役」を演じ切ったことを誰もが賞賛するのではないか。
そして、本作ははっきりとダメ人間版『すずめの戸締まり』であると明言できる内容でもあった。
クズの生態を観察するブラックコメディ
本作のあらすじを端的に記せば、「同棲していた恋人から逃げ出したフリーターの男が、知人や家族の家を渡り歩き、その人間関係を次々に切っていく」というもの。端的に言って主人公は「駄目だこいつ…早く何とかしないと…」と思わせるほどのダメ人間。そのクズっぷりに良い意味で笑ってしまう、もしくはドン引きすらしてしまう内容である。
具体的には、こいつは親友のところに上がり込んでずっと居候をしていて、家事をまったくせず、寝転がりテレビをヘラヘラと笑いながらダラダラ観ていて、ついさっきまで温厚だった親友にキレられる様はギリギリ笑えるか笑えないかの境界線(個人的には苦笑した)。その後もこの主人公はバラエティ豊かなクズっぷりを見せるので、情けないを通り越してなんだか愉快になってくる(※感じ方には個人差があります)。本作はそんなクズの生態を観察する、黒い笑いに満ちたブラックコメディなのだ。
それこそ、ダメ人間版『すずめの戸締まり』と言える理由でもある。『すずめの戸締まり』は「素直で聡明な女子高生が主人公で」「出会う人それぞれに感謝を告げ」「善意が善意を呼ぶ尊い物語」が紡がれていた。それに対し、この『そして僕は途方に暮れる』では「自堕落な生活を送るフリーターが主人公で」「見知った人それぞれの恩をあだで返して」「真っ当なお叱りをもらうたびに逃走を繰り返すしょっぱい話」である。両者は「住まいを渡り歩いていくロードムービー」であることは共通しているのに、ここまで正反対なのはいっそスガスガしいではないか。
個人的に笑いの最大瞬間風速が吹き抜けたのは、終盤のとある「食べもの」である。個人的に「食事シーンが面白い映画は全部面白い」法則があるとは思っていたが、この『そして僕は途方に暮れる』でも見事に当てはまった。
反感VS共感の感情の揺れ動きがぶっ続くジェットコースター
そんな主人公は(特に序盤は)同情できることも少ない。何しろ、そもそもの恋人を裏切って逃げ出した理由は自身の浮気がバレたためであり、完全に自業自得。人によっては必要以上の嫌悪感を彼に抱きかねないし、その時点で一定の賛否両論も呼ぶかもしれない。
だが、情けない自分の失敗から、この場から逃げたくなる、いや全てを投げ出したくなるというのは多かれ少なかれ、人生にはあることだろう。そのダメさやクズさも程度の差はあれど「自分にも思い当たるところがある」方は確実にいるとも思うのだ。
何より、主人公のクズぶりにイライラしたり、情けなさすぎて笑ったかと思えば、(後述する理由で)いつの間にか共感していて応援したくもなってくるという、自分の感情がジェットコースターに乗ったかのように揺さぶられる内容でもある。公式の触れ込みである「共感と反感の120分!『すべてを捨てて逃げ出したい』衝動を赤裸々に描く《現実逃避型》エンタテインメント!」は完全に正しい。
–{巧みに構築された物語と、藤ヶ谷太輔の凄まじい名演技}–
巧みに構築された物語と、藤ヶ谷太輔の凄まじい名演技
本作の究極的な面白さは、ダメでクズな主人公に藤ヶ谷太輔というその人の魅力があってこそのチャーミングさや「放っておけなさ」が備わっていること、最終的には彼にも目いっぱい感情移入をさせてくれるように物語が巧みに構築されていることの2点に集約されると言っていい。
冒頭にも掲げた通り、藤ヶ谷太輔はKis-My-Ft2というアイドルグループの一員であり、もちろん端正な顔立ちをしている好青年のはずなのに、劇中の些細な言動、はたまた「何もわかっていない」様、全身からみなぎる隠キャなオーラなどから「あっこいつダメだ」と思わせるのは相当なもの。本当にこういう人なのかもと思ってしまうほどだった(失礼)。
それでも、どうしても彼を心の底から憎めないのは、本質的には「悪人ではない」人柄が藤ヶ谷太輔から滲み出ていることと、物語が進むたびに、ほんの少しだけでも前の行いを反省する様子があったり、はたまた本気で怒られたりひどい目に遭ってヘコんだりする感情が伝わってくるからだ。
そして彼は坂道を転がり落ちるように、最終的には「人間をやめるか否か」の領域まで行き着く。その様がエクストリームなエンターテインメントとしてとてつもなく面白く観られるし、それでも主人公の表情からは「何かを諦めていない」意志も少なからず見える。
そして、詳しいシチュエーションはネタバレになるので控えるが、本編の終盤で、藤ヶ谷太輔は誰もが脳裏の裏の裏まで刻まれるであろう、凄まじい名演技を見せることになる。それは、演じている本人のメンタルを確実に削るほどのもので心配もしてしまうし、これまで情けないを通り越してどうしようもない主人公を観てきたからこその感動もあった。
事実、藤ヶ谷太輔は「現場では、時間もそうですが、精神的にも体力的にも、今までにないくらい追い込まれたので、そういうことも、僕が演じた(主人公の)裕一と重なって描かれていればいいなぁと思います」と語っており、三浦大輔監督から「本当に自分自身も追い込まれているところが、ちゃんと映像に出ているから安心して」と返されたという。本編で「あそこまで追い込まれた主人公」は、それを演じた俳優としての藤ヶ谷太輔に重なっているのだ。
それでいて、主人公を急激に成長させたり、急に良いヤツにしたりもしない。そこに至るまでに、彼が「こうなる」までの伏線は丹念に積み上げられている。その計算し尽くされた作劇に、藤ヶ谷太輔による最上級の演技が加わることで、他のどんな映画でも味わったことのない、言語化がそもそもできないような衝撃の映画体験をすることができるのだ。
脇を固める豪華キャストも完璧(推しはバカな後輩役の野村周平)
本作は脇を固める豪華キャストも完璧だ。主人公と5年間同棲していた彼女役の前田敦子は「甘い対応をしているようで実は不満を溜めに溜めている」心理を見事に表現しているし、親友役の中尾明慶はいつもは朗らかで親しみやすいがキレる時はキレるという役柄を完璧にこなしている(この2人は舞台版から続投しているキャストでもある)。
さらには、わりとテキトーなバイト先の先輩役に毎熊克哉、キッツい(だが至極真っ当な)物言いがハマる姉役に香里奈、主人公と渡りあうクズぶりを見せる父役に豊川悦司、まともなようで闇が深い母役に原田美枝子というキャスティング。舞台版とは異なる配役ながら、それぞれの俳優が得意とする役柄にピタリと一致していた。
その豪華キャストの中でも、個人的な推しは後輩を演じる野村周平である。彼はクズでダメ人間の主人公の言葉に「マジっすか!」「すげぇっすね!」などと何でも驚き感心して肯定する、めちゃくちゃバカな子である。逆に言えば劇中ではもっとも純粋無垢な性格でもあり、基本的に良い意味でひどい出来事しか起きない本編の中では、最高の萌えキャラ&癒しの存在となっていた。
とんでもないクライマックスとラストの展開を見逃すな!
ここまで書いてきたが、やっと『そして僕は途方に暮れる』の最大の魅力に到達できた。それはクライマックスおよび、ラストの展開である。
もちろん詳細はネタバレになるのでいっさい明かせないし、どういう気持ちになったかもここでは書かないでおく。だが、そこに至るまでにも伏線が巧みに積み上げられており、決して気をてらったものではない、それもまた「こうなる」ことに必然性がありすぎるということは告げておこう。
そして、本作はぜひ「映画館で」観ることを何よりもおすすめしたい。なぜなら、劇中には「映画」という娯楽であり芸術に対しての、とある共感がしやすく、また同時にやはり反感も買うかもしれない、挑戦的なメッセージが掲げられているからだ。映画を観慣れている人であれば、よりそのメッセージを「くらって」しまうだろうし、演出的にも映画館で観るとより臨場感のある「仕掛け」も施されている。
ともかく、とんでもない日本映画が現れた。三浦大輔監督は『愛の渦』『何者』『娼年』と人間の暗黒サイドを見せる映画が全部面白い!と思っていたらここにきてぶっちぎり最高傑作が誕生した。クズの生態を観察するブラックコメディかと思いきや、それから想像できる斜め上を突き抜けまくる衝撃を、ぜひスクリーンで見届けてほしい。
(文:ヒナタカ)
–{『そして僕は途方に暮れる』作品情報}–
『そして僕は途方に暮れる』作品情報
【あらすじ】
自堕落な日々を過ごしているフリーターの菅原裕一(藤ヶ谷太輔)は、5年間同棲している恋人・里美(前田敦子)と些細なことで言い合いになり、話し合うこともせずに家を飛び出す。その夜から、同郷の幼なじみで親友の伸二(中尾明慶)、大学の先輩でバイト仲間の田村(毎熊克哉)、大学の後輩で映画の助監督をしている加藤(野村周平)、東京で暮らす姉・香(香里奈)のもとを渡り歩くが、ばつが悪くなるとその場を逃げ出すことを繰り返す。ついには母・智子(原田美枝子)が1人で暮らす北海道・苫小牧の実家へたどり着くが、母とも気まずくなり、雪の降る街へ出ていく。最果ての地で行き場を無くして途方に暮れる裕一は、かつて家族から逃げて行った父・浩二(豊川悦司)と10年ぶりに再会する。父の家に誘われた裕一は、スマホの電源を切り、すべての人間関係を断つのだが……。
【予告編】
【基本情報】
出演:藤ヶ谷太輔/前田敦子/中尾明慶/毎熊克哉/野村周平/香里奈/原田美枝子/豊川悦司 ほか
脚本・監督:三浦大輔
上映時間:122分
配給:ハピネットファントム・スタジオ
映倫:G
ジャンル:ドラマ
製作国:日本