【全力考察】『THE FIRST SLAM DUNK』が描きたかったこととは?

映画コラム

これ以上ない、完璧な原作がある。それが映像化されるなると嬉しい反面、不安も募るものだ。思春期真っただ中から大人になった今に至るまで、何度も何度も読み返したバスケットボール漫画の金字塔「SLAM DUNK」も、そんな1作だった。

社会現象を巻き起こした同作は、1993年10月から1996年3月にかけてアニメ化されている。いよいよ全国の舞台が描かれる、というところでアニメは終わった。原作で描かれた全国での名シーンがアニメで観られる未来に思いを馳せたファンも多いのではないだろうか。

2021年1月7日。作者の井上雄彦先生のTwitterでスラムダンクが映画になると発表された。思い描いた“未来”が現実になるかもしれない喜びと、原作漫画のあの躍動感、スピード感を映像にするのは限界があるだろうという思いも巡る。

2022年12月3日。『THE FIRST SLAM DUNK』は、そんないちファンの不安をいとも簡単に吹き飛ばした。アニメ・原作に次ぐ“はじめての感動”を、映画館で再び味わう形で。

■『THE FIRST SLAM DUNK』の関連記事をもっと読む

※本記事では『THE FIRST SLAM DUNK』のラストシーンを含む映画全体の内容に深く触れております。鑑賞を検討されている方は、鑑賞後の閲覧を推奨いたします。

–{まぎれもない「SLAM DUNK」の“まさか”}–

まぎれもない「SLAM DUNK」の“まさか”

※以降、『THE FIRST SLAM DUNK』および「SLAM DUNK」の内容に深く触れています。未鑑賞の方はご注意ください。“はじめての感動”を覚えた『THE FIRST SLAM DUNK』。しかしこの映画は、もう本がボロボロになるまで読み返した原作「SLAM DUNK」そのものだった。それでも新しい「SLAM DUNK」と筆者が感じた大きな理由に、主人公の変更があげられる。


▶︎「SLAM DUNK」完全版をチェックする

原作漫画の主人公は、湘北高校バスケットボール部背番号10番の赤髪坊主、リバウンド王こと桜木花道だ。元不良で競技素人の桜木花道がバスケに熱中していく過程が読む者の心を熱くし、背中を押した。まさに、少年漫画の絶対的主人公だといえよう。しかし『THE FIRST SLAM DUNK』で彼は、いちチームメンバーだった。

主人公は背番号7番のポイントガード“リョーちん”こと宮城リョータ。神奈川でトップクラスの実力を誇りながらも、特段目立つ形で描かれてこなかった名脇役的なキャラクターだ。映画では漫画で読めなかった彼の過去と王者・山王戦での成長、そして彼がアメリカでプレーする未来までもが描かれた。

なぜ、アメリカ?その入口は湘北高校バスケ部にあり

宮城リョータがアメリカでプレーしている——。

この未来の描き方に、衝撃を受けたファンもいるのではないだろうか。筆者もその1人だ。しかし繰り返し観る中で『THE FIRST SLAM DUNK』は“自分のバスケ”を手に入れた宮城リョータを描きたかったのだと感じている。

映画の主人公・宮城リョータは、飄々とした印象だった漫画からは想像できないくらいの重い過去を抱えていた。父の死、そして家族を支えていこうと約束を交わした兄のソータをも海難事故で失う。大きな喪失とともに生きざるをえなくなった彼が、のちに「生きる支えだった」というのが、大好きな兄も没頭していたバスケットボール。彼は兄とのつながりでもあったバスケをずっと続け、最終的にはアメリカの地でプレーするにまで至っている。しかしその続けてきた描写は、ただ「熱中している」という描き方ではなかった。

『THE FIRST SLAM DUNK』で描かれた、リョータのバスケへの向き合い方・取り組み方には、3段階の変化があると思う。


▶︎「SLAM DUNK」完全版をチェックする

1段階目は「兄への憧れ」と「競技への純粋な興味」だ。リョータにとって地元・沖縄でミニバスチームのキャプテン兼名選手として名をとどろかせていたソータは、理想だった。「たくさん練習すれば、お兄ちゃんみたいになれる」という母・カオルの言葉に目を輝かせていた描写が、その証ともいえよう。加えてソータは父の墓前で「この家のキャプテンになる」と家族の前で宣言する。そんなカッコいい兄に「お前が副キャプテンだ」と、家族を支える相棒のようなポジションを託されたリョータは、ますますソータのようなカッコいい人間になりたいと、バスケットボールにのめり込んでいったのではないかと考えられる。

憧れの色が変わったのが、兄の死後だ。ソータを失った喪失感から、なかなか試合を観に来てくれない母。ライバルチームやミニバス関係者の口から出る、兄の圧倒的強さ。そしてなにより1on1の約束を反故にして友達と海釣りに出かけたソータに対してリョータが放った「もう帰ってくるな」の一言……。リョータにとってバスケットボールを含む生きることが、“兄の代わり”という呪縛・贖罪となっていったのではないかと思うのだ。

とはいえ最初は、リョータは兄の代わりとして見られることに抵抗しているように見えた。試合に負けた悔しさや心細さを吐き出すために入ったソータの部屋でリョータは「兄弟だからといって同じ背番号のユニフォームにしなくても」と、バスケに打ち込んだ兄の軌跡に封をしようとした母と取っ組み合いの喧嘩をしている。この時リョータは「7番がいい」とこぼしていた。憧れる兄と同じ番号をつけることは彼にとって誇りであったのだが、母からすれば“代わり”に見えている。

リョータにとって自分のことを兄の代替品と思うようになるのも無理はない環境が整いすぎていた。実際に彼は全国の地に足を踏み入れる際「バスケだけが生きる支えだった」「ソータが立つはずだった舞台に自分が立つことになった」と母にあてた手紙に綴っている。

リョータの心の奥深くに染みついていた、“兄の代わり”という感覚。この感覚が少しずつ和らいでいくきっかけとなったのが、湘北高校バスケットボール部だ。彼は入部当初、全国での優勝を目指すがゆえに口うるさい先輩の赤木剛憲と、水と油の関係にあった。また周囲と迎合せず目つきも悪いことから、当時の3年生に問題児扱いされ「夏までには辞める」とまで言われている。そんな3年生に対し「宮城はパスができる」と、彼自身のプレーを信頼する言葉を発したのが赤木だ。

兄の代わりではなく自分のプレーを見てくれる人がいるという事実に、リョータは背中を押されたのではないだろうか。選手交代でベンチから戻ってきた花道に「待ってたぜ、問題児」と声をかけたリョータの姿こそが、その証拠だと思う。また山王のゾーンプレスに手も足も出ずにいたリョータが、安西先生の「ここは、君の舞台ですよ」という言葉を受けて窮地を乗り越えたシーンにも、“自分を見て、信じてくれる人々”の存在に背中を押されていることが見て取れる。

「ここは大切な場所なんだ」

これは映画では描かれなかったリョータのセリフだ。映画ではバシバシスリーポイントシュートを決めるシューティングガードとして描かれる三井寿が、かつてグレてバスケ部を襲撃した際に、リョータはこう言って喧嘩を未然に防ごうとした。

リョータにとって湘北高校バスケットボール部が大切な場所であることは、原作だけでも伝わってくる。しかしその理由は、どこかぼんやりもしていた。映画で描かれたリョータのバックグラウンドや入部後の心情の変化は、彼が「ここは大切な場所なんだ」と思う理由を深掘りしたともいえるだろう。

さらに映画では、湘北高校バスケ部を大切に思う気持ちが彼のプレーに出たシーンも描かれている。山王戦の終盤、1秒でも貴重な戦況の中、リョータはボールを止めクールダウンを促した。この背景に、映画では描かれなかった湘南のインターハイ初戦・豊玉戦で見た、彼の同級生・ヤスのプレーがあると感じている。ラフプレー続出の速い試合展開に飲み込まれていくリョータを含む湘北スターティングメンバーにヤスは、じっくりと1本取ろうと声をかけ、試合のペースを取り戻させている。リョータが「気持ちを落ち着かせる」という選択を取れたところにも、チームメイトへの尊敬の意思が感じられるのだ。

自分を見てくれる人たちがいる——。
この事実はきっと、兄の代わりとして生きてきた彼にとって大きな安心感となったに違いない。いわば湘北高校バスケットボール部は、リョータにとって“自分のバスケ”を手に入れる入口だったのではないだろうか。どんなプレーをしたいのか、どんな選手になりたいのかと“自分”に問い続けられる環境を手に入れたリョータが、新しい挑戦の場所としてアメリカを選んだことに筆者は強く深く納得している。

–{ふたりの男との関係から見る、宮城リョータのバスケ熱}–

ふたりの男との関係から見る、宮城リョータのバスケ熱

宮城リョータが“自分のバスケ”を手に入れた背景には、自分を見てくれる人の存在だけでなく、対峙する人の存在もあった。その存在が、三井寿沢北栄治だ。

三井は、中学時代にMVPとなった天才シューターである。映画ではこのMVP獲得前の三井が、1人で技を磨いているリョータに1on1を仕掛けるシーンが描かれていた。この時の三井の姿に、リョータはバスケを愛していた兄の姿を重ねている。そんなふたりは湘北高校で、バスケットボール部期待の新人と膝の故障をこじらせバスケから遠のきグレてしまった不良の先輩、という関係で再会。

期待を寄せられるリョータを目の敵にする三井は、彼に突っかかった。この時リョータは、ロン毛で目つきもきつくなった三井を見て、1on1を仕掛けてきた人だと気づいたのではないかと思う。あれだけバスケに夢中になっていた人が、理由はさておき競技から距離を置いている——。この事実はバスケを続けることに苦しさも覚えていたリョータにとって「バスケから離れる道もある」という希望として映ったのではないかと思うのだ。


▶︎「SLAM DUNK」完全版をチェックする

一方で「バスケを好きでい続ける希望」を見せてくれたのも三井だった。バスケ部襲撃という混乱を招いた張本人が、決して歓迎されないアウェイな環境であることを承知の上で復帰することを決めたのだ。「バスケが好き」という気持ちに真正面から向き合う三井に、リョータは自分の中にも確かにあるバスケへの熱狂を重ねたのではないだろうか。

また沢北栄治との対峙も、リョータの中にあるバスケ熱を強調していた。沢北は『THE FIRST SLAM DUNK』で湘北高校バスケットボール部が対戦する、高校バスケ界の頂点に君臨する山王工業高校のエースであり、高校No.1プレイヤーである。彼は原作で、湘北のスーパールーキーである流川楓が挑戦する最大のライバルというポジションでもあった。しかし映画のラストでは、アメリカの地で敵チームのポイントガードとして、リョータの前に立ちはだかった。この対峙に、驚いたファンも多いだろう。


▶︎「SLAM DUNK」完全版をチェックする

映画の中でリョータは「17年間バスケットボールのことしか考えてこなかった」と、圧倒的なプレーを見せる沢北を評していた。このセリフからリョータは、自身のバスケへの熱量が沢北には到底追い付かないと思っていたことが伝わってくる。一方でリョータは、沢北に対して「同じ2年」とも口にしている。加えて試合前日には、沢北がメインを飾る大会ポスターを前に「こいつ(沢北)が悔しがる姿が見たい」とも言っていた。叶わないけれども、負けたくはない。この矛盾にこそ、リョータがいかにバスケにとらわれているかが見て取れるのだ。

またインターハイが終わったあとにアメリカ留学が決まっていた沢北は、神社で神に「俺に必要な経験をください」と祈るほど、“自分のバスケ”を確立していた人物でもある。しかし山王が湘北に敗れ、彼は“必要な経験”を得て涙を流した。この描写からリョータが叶わないと見ていた沢北も、バスケットボールを心から愛するいち競技者であるという事実が伝わってくる。だからこそラストのアメリカでの対峙は、ただただバスケに熱狂する者同士がぶつかり合うシーンとして受け取れるのだ。

静かに熱く燃え続ける宮城リョータのバスケ熱を『THE FIRST SLAM DUNK』は描き切ってくれた。

–{キャプテンの重みを知る男だからこそ得られた強さ}–

キャプテンの重みを知る男だからこそ得られた強さ

散々連呼してきて今さらなのだが、そもそも宮城リョータにとっての“自分のバスケ”とは何なのだろうか。筆者は、“キャプテン”がキーワードだと考える。

リョータにとっての憧れの存在は、兄のソータだ。ミニバスではキャプテンとしてチームを率い、スーパープレーも見せる。家では「この家のキャプテンになる」と、家族に宣言する。逆境を目の前にすると尻込んでしまうという自覚があるリョータにとって、どんな状況でも自ら切り込んでいく兄の姿は、こうありたいと願う理想形だったのだろう。

一方で、その理想を実現するのが難しいことも、リョータは理解していた。彼は、兄が母や家族を支えると宣言した後に、秘密基地でこっそり涙を流す姿を目の当たりにしている。そして最期の1on1で明かされた「めいいっぱい平気なフリをする」という怖いことを目の前にした時の対処法を通して、リョータは兄の強さを形作る痛みや苦しみを知ったのだ。そしていざ自分が家族の中でその立場になった時、いかに「めいいっぱい平気なフリをする」のが難しいかを実感しているように見えた。

その不安を吐露したのが、山王戦前夜、マネージャー・彩子とのシーンだ。リョータは強豪・山王で1年時からレギュラー入りをしていた深津とのマッチアップに恐れを感じていた。そんな彼に彩子は「いつも余裕に見えている」と声をかける。この言葉にリョータは、自分が「めいいっぱい平気なフリ」のできる切り込み隊長になれていた可能性を感じたのではないだろうか。

またこの時、怖いことを怖いと口に出せたことは、彼が新たに手に入れた強さだったとも思う。彼はいつも、左手首を掴みながら、自分の中に不安を押しとどめていた。彩子とのシーンでも、その様子が見られた。この時彩子は、翌日の試合に恐怖を覚えるリョータに、不安になった時は手のひらを見て心を落ち着かせたらどうかと提案する。そして試合中、その手のひらに「No.1ガード」と書いてリョータをコートに送り出した。この経験を通してリョータは、不安を表に出すことが「めいいっぱい平気なフリをする」土台となるのだと感じたのではないだろうか。

インターハイから家に帰った彼が、母から山王について問われた際に「強かった」だけでなく「怖かった」と答えている描写からも、自分の中にある不安を素直に受け止めるという新たな強さを手に入れたことが伝わってくる。

そしてこれまでの自分になかった強さを手に入れた彼だからこそ動けたのが、原作にはなかった円陣だ。選手生命にかかわるかもしれない背中の故障を抱えた花道がコートに戻ってきたシーンで、リョータはレギュラーを集めプレーの方針を伝えた。そして円陣のかけ声を赤木に託そうとしたところ、彼に「それはお前の役目だろう」と言いたげな目配せをされる。その想いを受け止めたリョータは、円陣の締めを務めたのだ。

ここで変に抵抗せず、割とすんなりと締める立場を受け止められたのはきっと、リョータの中で切り込み隊長として、次世代キャプテンとしての覚悟が固まりつつあったからではないだろうか。リョータは、臆病で尻込みしてしまう自分にはその役目が重いと感じていたように思う。しかしその尻込みは、彼自身の強みでもあった。


▶︎「SLAM DUNK」完全版をチェックする

リョータは非常に調子のよい三井や試合の中で変化を遂げていく流川など、1人ひとりの様子をしっかりと把握していたからこそ、終盤の勝負を左右する場面で率先してプレーの方向性をメンバーに伝えられたのだ。現キャプテンの赤木はそんな彼を見ていたからこそ、円陣の締めを託せたのではないかと思う。

キャプテンの重みを知ったうえで、自ら主体的に動き出す覚悟を決めた男の強さが『THE FIRST SLAM DUNK』では描かれていた。

主人公変更とラストの衝撃を通して映画が描きたかったこと

“バスケットボールが大好きな、等身大の高校生”

『THE FIRST SLAM DUNK』が描きたかった大きなテーマは、これではないかと筆者は感じている。

原作漫画でも、バスケットボールに熱中する高校生たちが描かれている。ただ映画で見た彼らは、より現実的な等身大だった。こう感じるのはきっと、誰もが抱える怖いという感情と強くありたいという理想の間でもがき苦しむ宮城リョータが主人公だったからだと思う。そしてもがきにもがいた彼が、自分の意思で新たな挑戦をしている姿に、背中を押してもらった。

死ぬときは一緒に棺に入れてもらいたいと思っていた作品が、キャラクターたちとの距離をより近く感じる内容となって、再び世の中を驚かせていることがうれしくてたまらない。

(文:クリス菜緒)

■『THE FIRST SLAM DUNK』の関連記事をもっと読む

–{『THE FIRST SLAM DUNK』作品情報}–

『THE FIRST SLAM DUNK』作品情報

「スラムダンク」について
週刊少年ジャンプ(集英社)1990年42号から1996年27号まで連載された、井上雄彦による少年漫画。高校バスケを題材に選手たちの人間的成長を描き、国内におけるシリーズ累計発行部数は1億2000万部以上。その影響からバスケを始める少年少女が続出し、テレビアニメ(1993年10月~1996年3月)やゲームなども製作された。2006年、若いバスケットボール選手を支援するための「スラムダンク奨学金」が設立される。2018年、全カバーイラスト描き下ろし、物語の節目ごとに巻を区切り直した新装再編版(全20巻)刊行。2020年、イラスト集『PLUS / SLAM DUNK ILLUSTRATIONS 2』刊行、連載開始から30周年を迎えた。

予告編

基本情報
声の出演:仲村宗悟/笠間淳/神尾晋一郎/木村昴/三宅健太 ほか

原作・脚本・監督:井上雄彦

公開日:2022年12月3日(土)

製作国:日本