2022年10月3日より放映スタートしたNHK連続テレビ小説「舞いあがれ!」。
本作は、主人公が東大阪と自然豊かな長崎・五島列島でさまざまな人との絆を育み、空を飛ぶ夢に向かっていく挫折と再生のストーリー。ものづくりの町で生まれ育ち、 空への憧れをふくらませていくヒロイン・岩倉舞を福原遥が演じる。
cinemas PLUSでは毎話公式ライターが感想を記しているが、本記事では舞の子供時代を描いた1週目~3周目の記事を集約。1記事で感想を読むことができる。
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もくじ
第1回レビュー
【朝ドラ辞典 はじまり(はじまり)】初回に主人公の未来の姿が出てくることが時折ある。子役からはじまるので本役の姿をお披露目しておくためと、未来の姿を先に見せておくことで物語の行く先を安心かつ楽しみに見ることができる。例:「おしん」、「あさが来た」
第1週「お母ちゃんとわたし」(演出:田中正)、第1回
ものづくりの町・東大阪の町工場を経営する岩倉家の娘・舞(福原遥 幼少期:浅田芭路)の物語は、彼女の夢からはじまりました。
家族で飛行機に乗っている岩倉家。
お母さん・めぐみ(永作博美)が機長が女性だと驚くのですが、機長が同じ岩倉だとは思わないのはなぜ。それは夢だから。
「目的地は快晴」と爽やかにアナウンスする女性機長・岩倉(福原)。
朝ドラの旅も快適でありますようにとback numberの主題歌「アイラブユー」の澄んだ高音を聞きながら願いました。
ときに1994年ーー
小学生の舞はちょっと元気がありません。最近、何かと熱が出るようになって学校を休みがちになっていました。
走ることが好きだったのに体育を見学しないといけなかったり、休んでいる間に係が決まっていて取り残されたりして、しょんぼりする舞。
でも、クラスメイトの梅津貴司(齋藤絢永)が気を利かせて飼育係がやりたいようだと先生に言って、念願の飼育係になれました。
先生にやりたい係ある?と訊かれた舞は、すでに係である望月久留美(大野さき)を意識してためらいます。
子供心にも人間関係を気にすることってありますよね。久留美が意地悪な子だったらいやだなあと警戒しましたが、公表されている情報ですと、久留美は舞の幼馴染。今後、貴司と3人で友情を育んでいくようですので、意地悪担当ではなさそうです。
うさぎのスミちゃんが小屋から脱走したときも一緒に協力して探します。
でも、舞は無理して走ったため、また熱がーー。
病院で検査しても原因がわからない熱、気になりますね。
物語のフックとして、ごくふつうに受け取れるもののはずですが、なぜか気にかかります。
前作の朝ドラにも同じ設定があったからです。主人公の妹が原因不明で熱が出る病気を抱えていて、やりたいことが思いきりできず悩んでいました。
原因不明の熱は、朝ドラを続けて楽しんでいる朝ドラファンのために、前作とのリンクを楽しんでもらう仕掛けだったのかもしれません。あるいは、こういうふうに原因不明な体調不良でやりたいことがなかなかできない人に寄り添う気持ちなのかもしれません。でもそこにほんのちょっと引っかかりを感じてしまったのは、前作でその病気に真剣に向き合って描かれず、心配して見ていた気持ちをはぐらかされたからです。筆者はそのトラウマによって素直に舞の熱を見守ることができ辛くなり、しょんぼりなのです。
ただ、第1回を冷静に見た限りは、原因不明の熱に悩む舞の気持ちが、学校のクラスメイトと自分の差異を感じて寂しくなっているところなどが具体的かつ繊細に描かれていましたし、お母さんが心配しながら、できるだけ気にしないように明るく接している気持ちも永作博美さんの演技でよく伝わってきました。永作さんは、このセリフ、こう言うのか!と感心するところがいくつもあって、思うようにできなくて落ち込んでいる子供を追い詰めないように明るく接している姿が素敵でした。
舞ちゃんがうさぎ柄の服を着てることでうさぎが好きなのもよくわかりました。餌とはいわずチモシーという固有名詞なのもよかったです。
同じ朝ドラと言っても別作品としっかり切り替えて、独立した「舞いあがれ!」を楽しみましょう。舞いあがれ!
※この記事は「舞いあがれ!」の各話を1つにまとめたものです。
–{第2回のレビュー}–
第2回のレビュー
【朝ドラ辞典 放送休止(ほうそうきゅうし)】朝ドラこと連続テレビ小説は1961年から続いているご長寿シリーズ。放送時間帯(8時15分が2010年から8時に)や放送期間(月から土が2020年から月から金、土は総集編に)が変更になることはあるが休みなく続き、休むのは年末年始のみ。それが時折、休止になるのは大きな出来事が起こったときだ。「舞いあがれ!」は第2回の放送が北朝鮮からのミサイル発射のニュースによってBS放送も本放送も休止となった(昼放送はされた)。ミサイル発射によって休止になったのは「ひよっこ」(17年)以来。「エール」(20年)はコロナ禍の緊急事態宣言により撮影が中断したため2ヶ月半休止となった。ほかに「てっぱん」(11年)が東日本大震災で1週間休止している。61年もの長きにわたり朝ドラが毎日規則正しく放送され続けることは平和の証に思える。関連語:L字放送
原因不明でときおり熱を出すようになった舞(浅田芭路)。飼育係になった途端、逃げたうさぎを探して走ったためにまた熱を出してしまいました。
先生もお母さん・めぐみ(永作博美)も、身体が弱いからやめといたほうがいいとは言いません。やれる範囲でやればいい、無理なときは言うことと、条件つきで舞の選択に任せます。
お父さん・浩太(高橋克典)に医者(ぼんちおさむ)は親がいっぱいいっぱいになると子供は敏感に察知するからと環境を変えることを提案します。
めぐみは常に笑顔で子供を包み込んでいるがどこか疲れて見えます。かなり無理をしているのでしょう。しんどさを内に秘めて笑いを絶やさない、でもしんどさがどうしても滲んでしまう永作博美さんの表情がみごとです。
兄の悠人(海老塚幸穏)は舞のせいで自分が割りを食っていると不満げ。彼の勉強にも環境が大事なのだと主張します。
すっかり疲れが溜まってしまっためぐみは台所でしゃがみこんでしまいます。
一緒にシンクの前に体育座りして話すめぐみと浩太。食卓に座って話すのではなく、しゃがみこんだその場に直座りというところにふたりの置かれたギリギリ感も、そういう体制で本音を話せる親しさもすべてが入っているように見えます。この画のクオリティーをキープしてほしい。
夫婦の話し合いのすえ、決意しためぐみは、翌朝、舞の部屋へーー。
舞は、前の晩、貴司(齋藤絢永)から久留美(大野さき)の手紙を紙飛行機にして渡され、その内容に励まされたのか元気になっていました。
貴司と舞の家はものすごく接近したお隣同士で窓と窓でコミュニケーションできるようになっています。こういう設定はくすぐります。
ひしめく建物のように人間同士の距離も近い。貴司の母・雪之(くわばたりえ)とも家族ぐるみのおつきあいをしていて、夫・勝(山口智充)と営むお好み焼きで食事を世話になることもしばしばのようです。近隣の人たちとのあたたかい関係性が見ていてホッとします。
それにしても。ミサイル発射のニュースのあとに、タイトルバックを見ると、紙飛行機が海を渡っていて、なんとも皮肉に見えました。なんでしょうこのシンクロは。
不安を吹き飛ばして、舞いあがれ!
※この記事は「舞いあがれ!」の各話を1つにまとめたものです。
–{第3回のレビュー}–
第3回のレビュー
発熱しがちな舞(浅田芭路)を心配して環境を変えることにしためぐみ(永作博美)はさっそく
故郷・長崎の五島列島に向かいます。展開の速さは朝ドラらしい。
展開が早いけれど、そこに伴う感情は丁寧に描いています。なかなかの技術です。なかでも、
母が妹につきっきりで受験を前に放置されていると疎外感を覚えている悠人(海老塚幸穏)に
舞が残した手作りけん玉。ひょいとけん玉を乗せたとき、玉に書かれた言葉。そこからポンと主題歌に向かう流れが心地よい。
主題歌明けは、清々しい海と空。
めぐみの生まれた地域は本土から直結ではなく、船とフェリーを乗り継がないといけない場所でした。
久留美(大野さき)に舞が残した手紙から、舞だけがうさぎをスミちゃんと呼んでいたことがわかります。そしてその理由もなんとなく伝わって来ます。
スミっこが好きなスミちゃんと舞は自分を重ねていたのではないでしょうか。
港で迎えためぐみの母・祥子(高畑淳子)はたくましそうな人。労働者の雰囲気が立ち上ります。ちょっと無愛想で「およ」しか言わなくて舞は緊張します。
「およ」という方言、使い慣れないとおもしろい言い方になってしまいそうだけれど、高畑さんは自然でした。
方言のなかに、祥子の複雑な感情が滲みます。
恵が祥子と連絡をまったく取っていなかった理由もわかります。でも、浩太(高橋克典)が気を使ってこっそり連絡をとっていたことも。
いろいろあった母と子の言葉少ないやりとりのなかに、決して消えない母子の繋がりと、いったん切れていた空白の時間と、それに対する戸惑いと、でもなつかしさと……ためらいと……という渦巻く感情を静かに演じる高畑淳子と永作博美。
朝ドラというより、地域発ドラマのようなムードを感じますが、こういうのが好きな視聴者もいるのです。
東大阪でもブルーがアクセントになっているように感じました。と同時にピンクも多用されていました。舞の服やピン留めはピンクです。それが五島列島に来ると視界に入るブルーの分量が増えています。海や広い空のブルーのみならず、小道具や服などに使用するブルーが増えて、無意識下に環境が変わったことを訴えてきます。
【朝ドラ辞典 ナレーション(なれーしょん)】朝ドラの正式名称は「連続テレビ小説」。新聞小説のように毎日続くドラマで小説のようなムードを担うのがナレーション。俯瞰した視線で物語の背景や状況や登場人物の心理を解説する重要な役割である。例えば、「スカーレット」ではナレーション(中條誠子アナウンサー)は「みつけた焼き物のかけらを喜美子は旅のお供にしました」「あき子さんもあき子さんのお父さんも散歩のコースを変えたのでしょう。犬のゴンももう荒木荘の前を通りません」など。「おしん」ではナレーション(奈良岡朋子)が「祖母の一生を哀れと思うだけに怒りにも似た激しいものがおしんの胸の中にふつふつとたぎっていた」などいかにも小説風だった。キャラクターとしてナレーションする場合も多く、「舞いあがれ!」ではさだまさしが五島名物”ばらもん凧”としてナレーションをつとめる。「ひまわり」では萩本欽一が犬、「まれ」では戸田恵子が人形、「ごちそうさん」では吉行和子がぬか床に転生した祖母、「おかえりモネ」では竹下景子が牡蠣に転生した祖母とユニークなキャラとして親しみを振りまいた。あとあと出てくる人物であることもあり、「カムカムエヴリバディ」では城田優がヒロインひなたの初恋の相手、「なつぞら」では内村光良が亡くなったなつのお父さんで物語に絡んできて盛り上げることもある。
※この記事は「舞いあがれ!」の各話を1つにまとめたものです。
–{第4回のレビュー}–
第4回のレビュー
【朝ドラ辞典 地元(じもと)】朝ドラの舞台は全国47都道府県から選ばれる。すでに全国は制覇していて、「舞いあがれ!」の舞台となった大阪を舞台とした朝ドラは多数。長崎は「てるてる家族」以来の2回め。五島列島は初。舞台になる地域は主人公の地元であることがほとんど。そこで育まれて旅立つか、地元に残るかのたいてい2択。いずれにしても、主人公の人格形成に大きな影響をもつ重要な場所となる。「舞いあがれ!」の場合は五島列島は母の地元で、主人公の舞は東大阪生まれ。母の地元に主人公が行って影響を受ける作品はほかに「あまちゃん」がある。関連語:方言、名産
めぐみ(永作博美)の同級生の浦信吾(鈴木浩介)、その子・一太(野原壱太)、妹の凛(絢香)、船を作っている木戸豪(哀川翔)、近所の山中さくら(長濱ねる)、医者の谷久也(前川清)と続々、出てくる五島列島の住民たち。みんな良さそうな人ばかり。「およ」とか「ばえ」とか「みしょかねえ」とか方言を発します。ゆったりした話のなかでいいアクセントになっています。
祥子(高畑淳子)はひとり暮らし。夫はすでに他界しているのは、第3回、めぐみが実家に戻ってまずお仏壇に手をあわせたことでわかりました。第4回では夫の形見のラジオを聞きながら船に乗っていると木戸が語ります。自然に、祥子の過ごしてきた時間がわかります。
単に、夫が亡くなって船に乗っていたという説明ではなく、”ラジオ”という小道具ひとつ出てくるだけで、祥子特有の生活になります。脚本家を目指す人は参考にして!
ジャムを大きな鍋で作っているのも良かったですね。ラジオに甘いものを煮てるのは「カムカムエヴリバディ」、船は「おかえりモネ」のリスペクトでしょうか。
さっそく熱が出た舞。医者の見立てはストレス。何が舞の心にストレスを与えているのでしょうか。
「ゆっくりやればよか」と医者は去っていきます。
生の蛸、ひょうたん、見たことない大きな木(アコウ)、教会の聖歌、学校、少ない生徒……と次々新しいことを目(耳)にする舞(浅田芭路)。
好奇心を持つ舞を、めぐみは心配して行動を制限しようとしてしまいます。
祥子はそれが気にかかる様子で、舞はどうしたいか意思を聞くように助言します。
めぐみもたぶん、もともとは人の気持ちを大事にする人だったと思うけれど、地元に来る決断をしてまで娘の身体を心配しているものだからついつい過保護になってしまうのでしょう。
祥子がいることでもうひとつの視点で舞を見ることができる。それが舞を変えていくのかなと想像します。ひとりで頑張り過ぎない、めぐみにとっても五島は環境を変えてストレスを解放できる場所なのではないでしょうか。
学校初登校のときの舞はすでにブルーの服を来て変化がはじまっているような気がします。
髪留めはピンクのまま。
※この記事は「舞いあがれ!」の各話を1つにまとめたものです。
–{第5回のレビュー}–
第5回のレビュー
さだまさしさんのこの↑ナレーションに尽きますね。第5回は舞(浅田芭路)がひとり島に残ることになります。
好奇心のまま磯実習にでかけた舞は見たことのない海の生き物に目を輝かせます。めぐみ(永作博美)のつくったお弁当は美味しそうでクラスメイトとも打ち解けます。
でもそこでちょっとしたパニックに陥ってしまって……。
そのとき舞は過去、徒競走で転んでしまったときのことを思い出します。舞のストレスはめぐみの過干渉ばかりではなく、舞自身が過去の失敗に囚われているようです。
舞の気持ちを慮ってめぐみが過干渉になったのか、めぐみが仕事と育児でいっぱいいっぱいになって頑張り過ぎていることが舞にストレスを与え実力を出せなくなったのか、それはわかりません。
めぐみは全部自分でやれると抱え込むタイプ。祥子が「島のみんなが見てくれとる」と言うものの、ひとりでやると意地を張ります。
若干、頑張っている自分に酔ってしまうところもあるから舞は気を使ってめぐみの言動をなんでも聞いてしまうのかも。自分のしていることを肯定してもらいたいめぐみの気持ちを慮って、舞は自分のしたいことを抑え込んでしまうという悪循環を、祥子(高畑淳子)がずばっと断ち切ります。めぐみにひとり、東大阪に帰れと言うのです。
ゆっくりでいい、と「おかえりモネ」みたいなことを伝えてくるドラマですが、展開は早くて、来た!帰った!みたいな感じなのですが、小さい子が、ひとり島に残されて、やだ!とごねないところが舞の立派なところ。でもそれも「わたしと一緒にいたらお母ちゃんしんどそうやから」と気を使ってのことなのです。健気過ぎる。そんなことし続けていたらそりゃあしんどくなりますよね。
祥子のおかげでガス抜きというか本音を口にすることができるようになった舞、おばあちゃんに島でたくましく育てられそうです。
祥子のあとを追うように海岸を歩きながら舞がばらもん凧を見る場面はなんだかジブリアニメを見るような気持ちになりました。
「なつぞら」では草刈正雄さんがヒロインなつ(広瀬すず)をたくましく育てるおじいさん役でした。そのときおじいさんの昔なじみの役だった高畑さん。今回はヒロインを育てる役割になりました。
【朝ドラ辞典 祖母(そぼ)】基本はホームドラマである朝ドラには欠かせない存在。核家族以前の大家族で暮らす時代を踏襲し、朝ドラでは主人公が三世帯で暮らしていることが多い。主として祖母は主人公にやさしくあたたかく接する存在。名優がキャスティングされ、作品を引き締める。人気キャラになることもある(例:「あまちゃん」の夏ばっぱ(宮本信子)。「ちゅらさん」のおばぁ(平良とみ))。ときには途中で亡くなってナレーションとして見つめ続けることもある。(例:「ごちそうさん」「おかえりモネ」)関連語:祖父
※この記事は「舞いあがれ!」の各話を1つにまとめたものです。
–{第6回のレビュー}–
第6回のレビュー
第2週「ばらもん凧、あがれ!」(演出:野田雄介)はまず、第1週のふりかえりからはじまります。舞(浅田芭路)は母・めぐみ(永作博美)の故郷・五島列島の祖母・祥子(高畑淳子)に預けられます。
母と分かれて帰り道、ばらもん凧に出会います。「元気もの」という意味で、子供の成長を願って上げるものだそうです。
舞も上げてみると、最初はいい感じにあがっていましたが、落としてしまって……。
しゅんとした舞のアップから、タイトルバック「舞いあがれ!」に。
この一連で、このドラマが、しゅんとなっても顔をあげて空を見ようという気持ちに溢れているように感じます。アヴァンからタイトルバックに入る流れがスムース。
落ち込んだ舞は家に戻って、いかに落ち込んでいるか祥子に伝えるべく、布団に頭を隠します。「頭隠して尻隠さず」という言葉の見本のような動作でした。悩んだ顔のアップよりも、こういうちょっとした動きで表現するのは良いことです。
祥子も、木戸(哀川翔)が魚をもって訊ねて来て、めぐみだけ帰したことを怪訝に思われたとき、魚の鱗をがりがり取る動作と音から、余計なことを聞かないでという声が聞こえてきそうでした。
いよいよはじまった祖母と孫の生活。これまで食事の後片付けをしたことのなかった舞は、祥子に自分で片付けるように言われ、見様見真似でやりますが、お皿を割ってしまいます。
ごちそうさまと食卓を離れたときは、椅子をテーブルの中に入れないまま。靴を脱いできちんと揃えていたのは、母の監視下だったからでしょうか。
朝、舞は寝坊して学校に遅刻します。祥子は起こしてくれません。
髪ぼさぼさで登校した舞は休み時間に前髪に水をつけて整えます。水道水で整えただけでこんなにきれいになるとは思えませんが、それはそれとして、舞ちゃんのビフォア、アフター。つやつやボブはブローの賜物であることがわかりますし、めぐみの前髪のくしゃくしゃした感じは、母と子のDNAを感じさせます。
髪をきちんとブローしてよそいきの顔をしていた子が、田舎でその仮面をどんどん剥がされます。
なんにもできないうえに発熱する舞、でも甘やかさない祥子、ともすれば、祖母に厳しくされてしんどく見えそうな場面ですが、それほど重く見えないさじ加減が絶妙です。祥子が無理なことをやらせているわけではなく、ごく当たり前のことをやるように教えているだけだからでしょう。
学校でも先生は遅刻をさほど咎めないし、生徒たちもからかうけれど、意地悪な感じがありません。理想的なバランス。秩序と気遣い、当たり前のことが当たり前に描かれています。
五島列島弁かるたで遊ぶ場面や、熱の出た舞に祥子がむいてくれる柑橘、耳にやさしい音、目にやさしい瑞々しい果物やふかふかの布団……なにげない日常が心地いい。
当たり前の日常はじつは簡単なことではありません。それなりの忍耐や努力や思慮のうえにそれは成り立っています。私たちがやさしさや美しさや丁寧さを見て気持ちよく感じるのは理想を実現しようとつとめている心に呼応するからです。
当たり前をやろうして時にはめぐみのように塩梅を測れず自分も他者も苦しめてしまうこともあります。それでも理想を求めようともがいている気持ちがわかるから、めぐみに心を寄せることができるのです。
できないことばかりと悩んでも、できることを探せばいいと祥子は舞に語りかけます。できることを探す心がけにも魂が宿ります。
【朝ドラ辞典 子役(こやく)】朝ドラは本役が登場する前にその子供時代が描かれることが多い。子供時代は重要で、そのときの体験を原点にしてヒロインは成長していく。たいてい子役時代は1、2週間で本役に切り替わるが、序盤、優秀な子役の熱演によって人気を得ることが多く、ドラマの後半、別の役で再登場してファンを喜ばせることもある。
※この記事は「舞いあがれ!」の各話を1つにまとめたものです。
–{第7回のレビュー}–
第7回のレビュー
ダメ出しが効く舞((浅田芭路)。ちゃんと目覚ましをかけて自分で起きられました。
朝、熱が下がった舞はばんば(祥子/高畑淳子)のお手伝い。
びわの収穫をしてジャムを作り、売店に卸しにいきます。祥子のジャムは大人気。
ひとりでなんでもできる祥子。ひとり。でも「島のみんながおる」から大丈夫と言います。
めぐみ(永作博美)にもひとりでがんばり過ぎなくていいみんなが見てくれてると言ってました。
ひとりでもふたりでも何人でもいいけれど、それぞれが緩やかにつながって助け合うことで、ひとりのひとも決してひとりではないということですね。
舞のこともみんな、とても親切に接してくれています。
さくら(長濱ねる)もやさしいし、とりわけ、一太(野原壱太)とその家族。一太に誘われて、教会にも行きました。以前一太が賛美歌を歌っていたことからもわかりましたが、この島ではキリスト教が一般的のようです。
”長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産”は世界遺産になっているほど有名です。とはいえ昔は弾圧もあって苦労があったと思いますがそこには触れません。
楽しくやっていると、めぐみから電話がかかってきます。お父さん・浩太(高橋克典)も出ておしゃべり。ケータイのなかった時代を知らない人もいるでしょうけれど、固定電話の時代、遠くから
親しい人に電話するときの、声が聞こえるうれしさと、手の届かないもどかしさがないまぜになった感覚が蘇りました。
浩太は、めぐみのことを気にかけて、めぐみの家事の負担を減らそうと提案します。「自分のことは自分で」と気づくのがいささか遅かった気もしますが、気づくだけマシ。
ワンオペ ダメ絶対キャンペーンという感じでどんなときもどんな場所でもみんなで協力しましょうという空気が漂います。
ちょっと道徳くさい印象も拭えませんが、自然がきれいなのと、食事シーンが多いのと、舞や一太が愛らしく、「岩合光昭の世界ネコ歩き」を見るような気持ちで見ることができます。
舞は驚いたときいつも「ああ」と同じ調子(凧と皿とジャムの場面)なことについては子供なので寛大な気持ちになれますし(むしろやたらと手練すぎても鼻白みます)、さくらに「おめでとうございます」と丁寧に言うのは微笑ましい。とにかく一太の「家族らんらん(団らん)」がほっこりしました。
でも最後のナレーション(さだまさし)が「まさかあんなことが起きるなんて」でドキドキしますね。
【朝ドラ辞典 高畑淳子(たかはた・あつこ)】俳優。劇団青年座所属。朝ドラ出演作は「つばさ」「なつぞら」「舞いあがれ!」がある。「つばさ」で演じたヒロイン(多部未華子)の母は朝ドラには珍しい自由奔放な人物で、夫と子供を残して家を出ていたが戻って来て何かと主人公の家をかきまわすトラブルメーカー的存在だった。「なつぞら」で演じたのは北海道帯広で菓子店を営む元気なおばあさん。開拓民で主人公の義理の祖父(草刈正雄)とは同志的存在。「舞いあがれ!」は五島列島で夫亡きあと、ひとりで船に乗り生活している主人公の祖父役。3作の役の共通点をあげるとすれば、バイタリティあふれる豪快な人物であるということだろう。
※この記事は「舞いあがれ!」の各話を1つにまとめたものです。
–{第8回のレビュー}–
第8回のレビュー
おばあちゃん祥子(高畑淳子)と舞(浅田芭路)のふたり暮らしは順調です。
最初はうまくいかなくてもやってるうちにできるようになる。失敗することは悪くないと教わる舞。
祥子はなんでもできて強くてあたたかくてやさしい人。でも一緒にいるうちに祥子にも弱い部分があることを舞は目にします。
祥子の瀬渡しの仕事につきあったとき、舞は船の名前が「めぐみ号」であることに気付きます。
出ていった娘・めぐみ(永作博美)の名前をつけていることで、ずっと出ていっためぐみのことを思っていたことがわかります。
強そうに見えても、めぐみに対して複雑な気持ちに揺れ、孫に会いたくて寂しい気持ちを抱えていたのです。たぶん、舞は人間のそういう単純でない気持ちにはじめて触れたことでしょう。成長の一步です。
祥子ははたと思い出して、家に戻り、長らくしまってあったばらもん凧を出して、舞と一緒に作り始めます。舞と悠人のために作ろうと思っていたものだそうで、ここで祥子がどれだけ孫に会いたかったか、言葉だけでなくわかります。
長女のなまえをつけると縁起がよく事故知らずというジンクスが島にはあることやばらもん凧のうんちく。それらが皆、家族の愛情に根ざしているのです。
凧が完成したのはよかったものの、船のお客さんとの待ち合わせの時間に遅刻してしまう祥子。
これが第7回のおわりでナレーションされた「まさかあんなこと」でした。
潮の流れを考慮して早めに設定したものだから、お客さんの不満は爆発。さんざん怒られて平身低頭で謝ります。結局帰りの飛行機に間に合わず民宿や飛行機代を弁償することに。
もともとこういうドジなところがあったのか、舞に会ってデレ過ぎてしまったからなのかわかりませんが(たぶん後者?)、何もかも完璧でたのもしくかっこいい祥子のちょっとかっこ悪い姿を目の当たりにした舞は、落ち込む祥子に「失敗は悪いことやないんやろ」と手を握ります。
夕日をバックに抱き合う祥子と舞を見てハッとなりました。
そこまでは、道徳ドラマのような雰囲気もあるなあと思っていたところもあったのですが、ちゃんとエンタメになっています。序破急でいったら「破」でしょう。早くも神回来たという感じです。
舞に祥子の教えが効いていて、舞のほうが祥子を励ます側に回ったのです。
どんなに年齢を経て、体験が多くても、人間は弱いもので、間違えるし、失敗するし、悩みます。
祥子はめぐみとの確執に悩み、めぐみも頑張りすぎてうまくいってなかったことを自覚します。
先輩である大人が子供を導くのは当然として、大人だって完璧ではない。ときには子供が大人を救うこともある。それぞれが助け合うのは、横のつながりだけではなくて、縦のつながりもある。それこそが多様性ではないかと思わせる場面でした。
それも舞もやらかした「遅刻」つながりで、小道具を「時計」にして描いている構成力。時間に気づくのは一太の「おやつの時間」というセリフという手堅さ。
時間を強調しているのは今後の伏線(飛行機で乗客を乗せて飛ぶ)かなという気もします。
舞の成長は貝がらの工作がうまくできたこと。それを祥子にプレゼント。
舞と悠人のための凧と貝殻の工作の交換は、互いが思いやってる証です。舞、めぐみ、祥子、それぞれの傷ついた心がすこしずつ癒やされていく、貝の工作のようにきれいな一編でした。
【朝ドラ辞典 神回(かみかい)】思いがけない展開に感動する回。ただしこの言葉を使いすぎると価値が下がる。
※この記事は「舞いあがれ!」の各話を1つにまとめたものです。
–{第9回のレビュー}–
第9回のレビュー
舞(浅田芭路)が一太の家に行くと、妊娠中の莉子(大橋梓)が産気づきます。誰か呼んで来てと言われ飛び出す舞。ものすごい距離を走り、祥子(高畑淳子)の家まで戻り、また引き返します。
祥子が病院に莉子を連れていく間に、海岸にいた浦父子を迎えに。
舞の頑張りのおかげで無事出産。いつもなら熱が出るところですが、出ませんでした。
五島列島に来て1ヶ月、舞はのびのびしています。島に来た頃はスカートをはいていた舞ですが、
パンツを履いて活動的になっています。
舞が頑張れてよかったなあと思います。たくさんの民家を駆け抜けてずいぶん遠い祥子の家まで行かず、浦家の隣近所の人のところをまず訊ねても良かったのでは……という気持ちによぎらないことはありませんが、ほかのことが丁寧に綴られてあるのでここは舞のがんばりを見せるところだからと思えます。例えば、赤ちゃんが無事に生まれたあと、舞が見上げた空には飛行機が飛んでいます。飛行機はこれまで何度か映っています。舞の晴れやかになりたい気持ちの象徴なのでしょう。
また、8月になって東大阪の貴司(齋藤絢永)が舞から送られたはがきを読むとき、首元がかすかに汗ばんでいます。夏ですからね。第8回で、舞が作った凧には、飛行機と船と黒うさぎの絵が描いてありました。そういうところに手間が加えられ良作貯金が増えていきます。
子供だから見知らぬ近隣を訊ねることまで考えが至らなかったのかもしれません。
知ってる人は祥子しかいないから仕方ない。もしかしたら近所は全員留守だったのかもしれないですし。それと、舞が走ったことで五島の風景をたくさん見ることができたのも良かったです。
生まれた赤ちゃん・慶太のために一太(野原壱太)は大きな凧をあげることにして、舞も一緒にあげようと誘いますが、舞は遠慮します。一度失敗しているからです。
ここで祥子が自分だってたくさん失敗したという話をします。第8回の遅刻事件もそれ。そして、
14年前のめぐみ(永作博美)との別れも失敗のひとつ。
朝ドラ好きとしては、祥子がめぐみを許さなかったため、めぐみどころか孫にも「ず〜っと会えずに」いたことは「カムカムエヴリバディ」の安子(上白石萌音)とるい(深津絵里)を思い出します。安子とるいの場合はるいが安子の行為を誤解して拒否しましたが、安子が誤解をとかず、そのまま幼い娘を置いてアメリカに行ってしまうのはいかがなものかという声もありました。
人間は完璧ではなく選択ミスすることもあるのです。長い月日を経て、そのミスを解消したのが「カムカム」でした。「舞いあがれ!」も舞の発熱をきっかけに別れていた祥子とめぐみが和解します。
なんでも言えばいいものではないけれど、ときには、思いを伝えること、失敗の大小にかぎらず、ゆるすことの大切さが、ゆったりとした自然とおおらかな人たちの姿から浮き上がってきます。
失敗をゆるすといえば、一太は舞が凧を壊したことをちっとも気にしていなくて、また凧揚げに誘いますが、舞は自分をゆるせません。みんなをがっかりさせるのがこわいと言いながら、一太の好意を無にしてがっかりさせてしまいます。
人間だもの。いいところもうまくいかないところもあります。でもよくしたいという気持ちがあればそれがまわりに伝わっていくのでしょう。そうありたいものですね。
【朝ドラ辞典 おじいちゃん】ホームドラマ、大家族ドラマが基本の朝ドラには、おばあちゃんと並んでおじいちゃんも必須。お父さんがだらしない存在であることが多いなか、よくできた人物が多く、主人公にとって最初の導師的存在になることも少なくない。
※この記事は「舞いあがれ!」の各話を1つにまとめたものです。
–{第10回のレビュー}–
第10回のレビュー
第9回で悩んでまた熱が出てしまった舞(浅田芭路)でしたが、第10回冒頭では、大股で颯爽と坂を上り、一太(野原壱太)を訪ね、「私もばらもん凧あげたか」と願い出ます。
思っていることを言えてすっかり明るい顔になった舞。
一太も拗ねていた気持ちを引きずらず、大歓迎。
みんなで巨大なばらもん凧をあげます。その前に記念写真。
「落ちて壊れたら」と不吉な冗談が飛び出しても、舞はもう気にしないで笑っています。
第9回と落差、激しくないかと思うひともいるかもしれませんが、舞がそれだけ劇的に変化した現れなのだと思います。
最初にあげる重要な役割を任される舞。
「大丈夫たい すぐに助けてやるけん」
一太に言われて、決意して、走り出します。
風をはらんで高く飛ぶ凧。風にうまく乗ったときの手応えの気持ちよさが伝わってくるようでした。強い負荷がある瞬間反転したときって気持ち良いんですよね。
危なくなったら、みんなで引っ張ります。麗しき助け合いの姿です。
こうして舞はストレスの病を克服し、東大阪に帰ることになります。
祥子からふたつの凧をお土産に持って帰るように託される舞。
舞もばらもん凧ごだぁ どがん向かい風にも負けんとたくましく生きるとぞ (祥子/高畑淳子)
舞はお世話になった人たちに貝殻の工作をプレゼント。
一太が素直で、へんに大人びた芝居をしないで、のびのびしていて良かったです。もらった貝の飾りをふーふーと吹く仕草はユーモラス。一方、舞は荷物のパッキングなども丁寧にやっていて教育が行き届いたいい子で都会っ子という感じがして、その違いがあってよかったです。
旅立ちの日、髪を両サイドで結んで、すこし隠れていた顔がよく見えるようになって、舞の心の変化がよくわかるようでした。
飛行機に乗ってみたいと思ったことを言えるようになって、念願の飛行機に乗ってその感動をかみしめます。飛行機も、風に乗って巨体をぐっと押し上げる瞬間が気持ちいいですよね。
めぐみ(永作博美)はめぐみで、母・祥子との確執がすっかり解けたようです。
「およ」「およ」とお互い言い合う、その言い方で気持ちの変化がわかりました。
展開早いし、五島列島ともうお別れなのはかなり寂しく名残惜しいですが、この感覚、夏休みやお正月休みに田舎に帰ったときや、旅行に行って帰るときなどの、楽しい時間はあっという間だったと感じることに近いです。短いからいいこともありますよ。
永遠の別れではなく、また、来るね、という感じなのも良いものです。
【朝ドラ辞典 記念写真(きねんしゃしん)】朝ドラでは家族で記念写真を撮る場面がよくある。その写真がのちに部屋に飾られて、思い出として残る。【朝ドラ辞典 旅立ち(たびだち)】朝ドラではたいていヒロインが地元からどこかへ旅立つ場面がある。慣れ親しんだ地元、家族との別れがたさに涙なみだ。バスや小舟や列車に乗って去っていくヒロインと、それを見送る家族の場面は定番。とりわけ、途中、外を見ると、家族が思いがけないところから見送っていて、ますます望郷の念が沸くというのがテッパンの名場面になる。「舞いあがれ!」の場合は、田舎に短期間滞在し、いい体験をして、元の生活に帰っていくという応用パターンとなった。
※この記事は「舞いあがれ!」の各話を1つにまとめたものです。
–{第11回のレビュー}–
第11回のレビュー
第3週「がんばれ!お父ちゃん」(演出:田中正)は舞台が東大阪に戻ります。
1994年9月。舞(浅田芭路)が家に着くと、お父さん浩太(高橋克典)がカレーを作っています。ご飯を炊いたのは悠人(海老原幸穏)で、舞はお皿を出します。自分のことは自分でする。舞のその変化にみんなびっくり。
なんや、これ、道徳的過ぎるやろ。おもしろさはないけれど気持ちは悪くありません。みんなで協力して夕飯を食べる。良いことです。コロナ禍がはじまってから、当たり前の日常の大切さを感じるようになった人も増えたでしょうから、あえてこういう当たり前の良さを描くことも悪くありません。
ただ舞の口調が急に大阪のしっかり者の口調になっていて、やや引きました。関西弁とひとくちにいっても早くて押し出しの強いものとゆっくりやわらかいものがありますが、五島列島帰りの舞は前者の可能性を感じさせます。でも福原遥さんになれば、ゆったり和み系になりそう。
ともあれ、お土産のばらもん凧を取り出した舞はさっそく自室に飾ります。部屋をのぞいたお父ちゃんとは飛行機の話で盛り上がります。
お父ちゃんは倉庫から昔飛んでたグライダーの写真を取り出し舞に見せます。江戸時代、飛行機をつくった発明家のことを書いた本まで持っていて、研究熱心であることがわかります。ほんとうは飛行機を作りたかったそうで……。
第1、2週は、母との関係が舞を内向させていましたが、第3週では父と志を共有することになるようです。お父さんっ子になりそうですね。でも、お父さんが、なぜ飛行機づくりを諦めたのかはまだ語られません。
もうひとり、諦めたお父さんが登場します。クラスメイトの望月久留美(大野さき)のお父さん佳晴(松尾諭)です。
ラグビーをやっていたが怪我して辞めて、どうやら家でぷらぷらしているようです。無精髭で家でぷらぷら……浩太が働き者の分、このお父さんの雰囲気にちょっとどきどきしますね。でも久留美はお父さんを「かっこいい」と言います。
それはそうと、ウサギのスミちゃんが死んで、望月さんは「ウサギ殺し」とそしられていました。この言葉のインパクトは強烈です。このままイジメの話になったらしんどいと身構えましたが、舞がウサギは病気であることを飼い主に隠すので突然死んでしまうことがあると本で調べて望月さんの罪悪感をはらそうとします。
スミちゃんが死んだこと。舞が人助けをすること。これが重要ポイントですが、ウサギが病気を隠そうとすることも重要そうな気がします。人はみなウサギのように弱さを隠すものかもしれません。
【朝ドラ辞典 お父さん(おとうさん)】朝ドラにおける父親には2通りある。尊敬できる父と困った父。話題になるのは困った父のほうで、いわゆる家長としての役割を果たさず家族を経済的に困窮させることによって、ヒロインを自立へと促す役割を果たしている。そういう意味で、尊敬できる父は早くに亡くなってしまうことが少なくない。女性主人公の率が高く、女性が男性と対等に自立して生きていくというテーマを内包しているため、どうしても男性社会が問題点になるように描かれがち。フカヨミすれば、敗戦後の日本の象徴でもある。つまり失った自信を取り戻そうともがいている存在である。
※この記事は「舞いあがれ!」の各話を1つにまとめたものです。
–{第12回のレビュー}–
第12回のレビュー
遊園地に行く約束にわくわくしていた舞(浅田芭路)でしたが、お父ちゃん浩太(高橋克典)の仕事が忙しくて中止になってしまいました。
第11回のラストのさだまさしさんのナレーション「明日はお父ちゃんと遊園地だ!」がほんとうに楽しそうで視てるこちらも楽しみにしていたので、しょんぼり感もひとしお。
朝ドラでは事件が起こって心配したら翌日あっさり解決することがよくありますが、「舞いあがれ!」は逆。会いたかったウサギは死に、行きたかった遊園地は中止、凧に翼をつけて飛ばしたら落ちてしまう……ことごとく期待をそがれます。
期待をそがれるのはいいものではないですが、「舞いあがれ!」に関しては意地悪されている気はしません。主人公の気持ちがいったん落ちてからが本番で、そこからどうやってあがっていくかが主題だからです。
お父ちゃんも若い頃、飛行機を作りたかったけれど、家業を継がなくてはならなくなっていまに至ります。夢を諦めれたあと、どうするか……。
とはいえ、取引先の人が冷たくて、日曜劇場ぽくなってきました。会社の経営が悪くなって、お父ちゃんが追い詰められないか心配です。
日曜劇場だったら、ここからお父ちゃんの大逆転がはじまる。あるいは、お父ちゃんが失意のどん底で悲しいことになって、残された人が奮起する。そのどちらかでしょう。前者であってほしい。
舞はお父ちゃんと飛行機を作ろうとします。古本屋さんに模型飛行機の作り方の書いてある本を探しに来ます。古本屋デラシネの店主・八木巌役は又吉直樹さん。自分の詩の本をわずか2部刷っていて、それを読んだ貴司(齋藤絢永)は言葉にできないことが言葉になっていると感動するのです。
言いたいことが言えなかったのは舞だけではなく貴司もまた。だから貴司は舞の気持ちに敏感なのでしょう。
貴司が詩に救われ、自分の書いた詩を読んで「寂しくてきれいや」と心を動かす人がいたことで店主も救われて見えました。詩人で古書店店主とは又吉さんにぴったりの役ですね。寂しくてきれい、こういう概念はすてきです。
本を開いた状態で山形に置いていた客を、貼り付けにしているようなものと叱る店主。本屋でこんなふうに本を置くひどい客はいるのでしょうか。もしいたらこれを見て反省してほしいですね。
【朝ドラ辞典 聖子ちゃんカット(せいこちゃんかっと)】「舞いあがれ!」の回想シーンで永作博美がしている髪型。80年代特有の髪型である。松田聖子のトレードマークで、くるくるドライヤーで前髪とサイドを気合入れて巻いて固めたもの。セットがなかなか大変で、女子の気合の表れである。ほかに「あまちゃん」ではヤング春子役の有村架純がこの髪型にして登場した。あまりないが80年代を描く場合、登場人物がこの髪型にしがち。そして80年代が青春だった視聴者がSNS で話題にしがち。
※この記事は「舞いあがれ!」の各話を1つにまとめたものです。
–{第13回のレビュー}–
第13回のレビュー
なかなか上等なアヴァンでした。
【朝ドラ辞典 アヴァン(あばぁん)】アバンタイトル。タイトルバック(主題歌とスタッフ・キャストのクレジットの入った映像部分)の前の短い場面のこと。これまでのあらすじ的なことが描かれたり、ちょっとしたコントのようなものが描かれたりする。掴み、導入部としてのセンスが問われる。
仕事がうまくいかず元気のないお父ちゃん(高橋克典)を励まそうと飛行機づくりに励む舞(浅田芭路)。
飛行機の骨組みを作るため竹ひごを曲げようとするがうまくいきません。この作業をしているのが古書店デラシネ。
舞は火を使って竹ひごを炙り、貴司(齋藤絢永)は読書にいそしんでいます。
子供のたまり場、駄菓子屋的なところがデラシネになっています。
詩書くの楽しい?と貴司が聞くと、八木(又吉直樹)は意外な回答をします。
「しんどい」
ここで八木が語った言葉を全部引き写すのは遠慮しておきますね。ただ、「みんなが船の上でパーティしてるときにおっちゃんは息苦しうなる」と言い、それを乗り越えるために詩を書いているという意味のことを違った表現で話すのです。
社会は船に乗り合わせて航海しているようなものですが、集団でいることが得手ではない人もいるということ、そういう人たちは必死で何かにすがっていて、それが例えば文学だったり芸術だったりします。
貴司と八木の会話を聞きながら、舞は竹ひごを焦がしてしまいます。
ここまでがアヴァン。なぜ詩を書くのかという哲学的なことをまじめに語ったあとのたけひご焦がし。舞は貴司と八木の言葉をたぶん、頭では理解していないでしょう。でも、
彼女にとっての詩は、無心にたけひごを炙るーー飛行機を作る行為なのです。
どんな言葉や願いや景色が君を幸せにするだろう
back numberの主題歌「アイラブユー」のなかの歌詞が胸に響く朝でした。
アヴァンから主題歌だけでご飯が何杯も食べられるような回でした。
主題歌明け、お父ちゃんが竹ひごの曲げ方を教えてくれて、念願の遊園地にも行き、飛行機にも乗ります。
夕方、高い場所から、東大阪の町を眺める舞。
「キラキラしてるな」と目を輝かせる舞を見て、浩太はまだ諦めるわけにはいかないと闘志を燃やし、営業に励みます。
日曜劇場「半沢直樹」で主人公が街の光を見おろしながら語った「あの小さな光のひとつひとつのなかに人がいる。俺はそういう人たちの力になれる銀行員になりたい」というようなことを浩太はここでは言いません。
この手の台詞はエンタメでよく使われがちで、この原点は昭和22年に戦後初の新聞小説として連載され、後に朝ドラの原作のひとつにもなった林芙美子の「うず潮」(昭和39年、朝ドラ第4作)ではないかと筆者は思っています。小説にはこういう一節があります。
向こうの、きらめく灯火の下には、それぞれの人の世があり、悲劇や喜劇が演じられているのであろう……
「舞いあがれ!」ではこの手の台詞を大きく省き、でも言葉がなくてもその思いが伝わってきます。その代わり、詩を書く人の気持ちを言葉にしました。そこにこのドラマの特性があるような気がします。
何度も断られた営業先がついに仕事を回してくれました。それは特殊ネジの試作。どこにたのんでも断られている面倒な案件でした。
この営業先の人も決してただの意地悪ではなく、「岩倉さんのとこに仕事を回すことはその工場から仕事を奪うことや」と言っています。
物語にはおおまかに分けて、主人公主体のミクロな視点のもの、世界全体を俯瞰したマクロな視点のものがあり、好みは人それぞれですが、「舞いあがれ!」は後者でしょう。
※この記事は「舞いあがれ!」の各話を1つにまとめたものです。
–{第14回のレビュー}–
第14回のレビュー
見ていて気持ちがいいのは、飛行機ができていくところを順を追って見せてくれているところ。翼の骨になる竹ひごがゆっくりとカーブして、それを組み合わせて、じょじょに翼になっていく。竹ひごをきれいな弓なりにする方法もお父ちゃん(高橋克典)が示してくれます。省略しがちな部分をちゃんと見せてくれることに安心します。
またいいのが、子供の視点で飛行機を、大人の視点でネジを作る場面が交互に出てきて、子供も大人もものづくりをしていることです。
日本は昭和の頃、技術力で世界に名を馳せていました。なぜ、それができたのか、この丁寧で誠実な取り組みから感じられるような気がします。”ものづくり”というものを打ち出さないといけない大人の事情もあるような気がしますが、不誠実な作り方をすればセリフにものづくりが大切だ、みたいな漠然としたセリフを登場人物に言わせてお茶を濁すところ、「舞いあがれ!」では登場人物たちのものづくりへの情熱にフォーカスします。大人の事情を飲み込んだうえで物語に組み込む、それがものづくりする者の矜持でしょう。
さらにまたいいのが、ものづくりのプロフェッショナルだけど、万能ではないことです。
矜持も腕もあるし、義理と人情も人一倍、でも、納期が足りないと無理。それでもなんとかやろうとする。そういう流れは視る者を勇気づけるのではないでしょうか。少なくとも筆者はそういうのが好きです。
古書店デラシネの壁に、格言みたいなことが書いて貼ってあって、その真ん中に「もうアカン からが本番」とありました。まさにそれ。
子供の世界にも人情があります。舞(浅田芭路)は、望月久留美(大野さき)を秘密基地・古書店デラシネに誘います。「秘密基地」という言葉がいいですね。大人の世界では「たまり場」とも言いますが、子供の世界なら「秘密基地」がいい。望月さんのお父さん・佳晴(松尾諭)の事情を聞いて、望月父を励ますために、一緒に飛行機を作ろうと誘います。
飛行機づくりをしながら、望月さんを久留美ちゃん呼びに変わります。つい気安くなって躊躇する舞と、はにかみながら、その呼び方を受け入れる久留美。この気遣いがたまりません。
【朝ドラ辞典 幼馴染(おさななじみ)】朝ドラの主人公には幼馴染が不可欠。子供時代から描くことが多いので、子供時代、一緒に過ごした友達が主人公の人格形成に大きな影響を与えていく。大人になってもその友情が続いていくことが多い。視聴者の共感ポイントのひとつ。幼馴染が男の子の場合、ヒロインの相手役になることもあればならないこともある。【朝ドラ辞典 たまり場(たまりば)】家族以外の登場人物が一同に介する場として、たまり場が朝ドラには必要不可欠。喫茶店率が高い。スナック、飲食店等、その都度手を替え品を替えしている。関連語:お茶の間、秘密基地
※この記事は「舞いあがれ!」の各話を1つにまとめたものです。
–{第15回のレビュー}–
第15回のレビュー
舞(浅田芭路)と久留美(大野さき)がそれぞれのお父さんを元気づけるために飛行機を作り、ついに完成します。
日曜日、学校の校庭に家族が集まります。お母さん・めぐみ(永作博美)、お父さん・浩太(高橋克典)、工場の笠巻さん(古舘寛治)、章(葵揚)がまずやって来て、久留美のお父さん佳晴(松尾諭)もやって来ます。貴司(齋藤絢永)も。
佳晴は、父兄参観のお知らせを隠されて、無職の自分が恥ずかしいのだろうと思っていたから、誘われてうれしい様子。ラグビーシャツのようなものを着てやって来ます。
久留美が飛行機を飛ばすとき、後ろから見守っている画がよかったです。
「舞いあがれ!」のお父さんは、舞のお父さんは問答無用に働き者でいい人で、家族のためにがんばっています。景気が悪くなったけれど試作ネジを作って、なんとか首がつながりました。その逆の存在として、働いていないお父さんが久留美のお父さん・佳晴ですが、決して悪い人ではなく、穏やかで、久留美が料理していると手伝おうとしたりもします。自信のあったラグビーができなくなって、元気がなくなっている人物です。
仕事がうまくいってる浩太と、うまくいってない佳晴が対比として配置されているのかなと思いますが、校庭であからさまにふたりを並べて映したりしないところに配慮を感じました。
舞と久留美が飛ばした飛行機は、交差してすーっと上空に上がっていきます。試作のときはすぐに落ちたけれど、いつまでも飛んでいて、舞と久留美はその飛行機を見上げます。
部屋のなかにいながらにして、清々しい広い空を感じさせてもらいました。理屈で何か考えるのではなく、心が深呼吸したような気持ちになりました。お腹の真ん中がお味噌汁を飲んだようにじわっと熱くなります。
行かないと言っていた兄・悠人(海老原幸穏)もそっと見に来ているところもうれしい。
あんまりいいことのない今の日本、「あさイチ」放送中に、物価が3.0%と31年1ヶ月ぶり、歴史的上昇であるとニュース速報が流れたくらいです。だから、いやなことをドラマで描くよりも、誰かのために飛行機を作って、飛ばして、みんなで眺めて……というささやかさとスケールの大きさが隣り合わせになっているような表現を見せてもらえるのは、救われます。
その気持ちよさのまま、時は2004年、春へーー
いよいよ福原遥さんの登場です。
【朝ドラ辞典 交代(こうたい)】主人公の子供時代からはじまることが多いので、子供時代から成人の俳優に変わるときのタイミングが序盤の見どころのひとつ。自然かつ劇的に見せるのは演出の見せどころでもある。「舞いあがれ!」では飛行機が飛んだ空を境にして時間が経過した。類語:バトンタッチ
※この記事は「舞いあがれ!」の各話を1つにまとめたものです。
–{「舞いあがれ!」作品情報}–
「舞いあがれ!」作品情報
放送予定
2022年10月3日(月)~
<総合テレビ>
月曜~土曜: 午前8時~8時15分 午後0時45分~1時(再放送)
※土曜は一週間を振り返ります。
日曜: 午前11時~11時15分(再放送)
翌・月曜: 午前4時45分~5時(再放送)
※日曜、翌・月曜は、土曜版の再放送です。
<BSプレミアム・BS4K>
月曜~金曜: 午前7時30分~7時45分
土曜: 午前9時45分~11時(再放送)
※月曜~金曜分を一挙放送。
出演
福原遥、横山裕、高橋克典、永作博美、赤楚衛二、山下美月 、目黒蓮、高杉真宙、長濱ねる、山口智充、くわばたりえ、又吉直樹、鈴木浩介、哀川翔/吉川晃司、高畑淳子 ほか
作
桑原亮子 、嶋田うれ葉、佃 良太
音楽
富貴晴美
語り
さだまさし
主題歌
back number「アイラブユー」
制作統括
熊野律時、管原 浩
プロデューサー
上杉忠嗣 三鬼一希 結城崇史ほか
演出
田中 正、野田雄介、小谷高義、松木健祐 ほか