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2022年10月7日よりアニメ映画『僕が愛したすべての君へ』と『君を愛したひとりの僕へ』(以下、『僕愛』『君愛』)が公開されている。本作はタイトルから示されている通り、それぞれが「対(つい)」になっている、「2作で1セット」とも言える内容だ。
共に原作は、『アイの歌声を聴かせて』のノベライズも手がけていた乙野四方字(おとのよもじ)による同名小説で、その刊行は2016年6月。なんとなくのイメージから『君の名は。』を思い出す方もいるかもしれないが、その2016年8月の公開よりも前に執筆されていたことを、まずは留意してほしい。
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本作は『君の名は。』などとは全く異なる、かつてない「一度しかない映画体験ができる」作品でもあった。そして、可能であれば『僕愛』が102分、『君愛』が98分という上映時間を鑑みつつ、一気に映画館で鑑賞することをおすすめしたい。心からそう思えた理由を、本編のネタバレにならない範囲で記していこう。
1:並行世界を行き来するラブストーリー
まずは、『僕愛』『君愛』で共通している特徴を、箇条書きにしておこう。
1. 劇中で並行世界(パラレルワールド)の存在が世間的に認知されている
2. その並行世界へ期せずとして、あるいは意図的に移動が行われる
3. それぞれの世界で、異なる相手と運命を共にするラブストーリーが紡がれている
主人公の少年は、離婚した父と母のどちらに着いていくかで、一生ものの恋をする相手も大きく変わっていく。しかも、それぞれで「こことは違う別の世界」、つまり並行世界での「今いる世界とどのように変わったか」をも見せていくのだ。
並行世界そのものがSFファンの心をくすぐる設定であるし、そうでなくても別の選択肢を選んだ後の「IF」を見せていく物語そのものに興味を惹かれる人は多いはずだ。そして、「今とは違う選択をした人生(世界)」に思いを馳せるというのは、実は普遍的なことなのではないか。
その「違う選択をした人生(世界)の物語」を、まさに『僕愛』『君愛』という2つの作品をもって提示してくれることこそに、本作の大きな魅力がある。並行世界を行き来する作劇はやや複雑でもあるが、語り口は理路整然としているので、意識的に頭を使いながら観ることができれば、大きな混乱はないはず。その意味でも、集中できる映画館での鑑賞がおすすめだ。
2:どちらを先に観るかで「余韻」が異なる
さらなる『僕愛』『君愛』の特徴として、どちらを先に観てもOKな構成になっていることが挙げられる。両者とも予備知識なく観ても、キャラクターや並行世界などの基本情報はわかりやすく語られているのだ。
この2作の物語はそれぞれ独立しており、時系列はどちらが先でどちらが後というわけでもない。複雑に交差し絡み合った物語の「謎」を、2作を観て解き明かすことにも面白さがある、と言っても良いだろう。それぞれの物語の細部の記憶が鮮明なまま観た方が、「あの時のあれはこうだったのか!」という気づきが得られて、より楽しめるはずだ。
この2作の物語が独立しているということは、それぞれの物語の結末も必然的に異なるということでもある。本作が「観る(読む)順番によって結末が異なる」と語られているのは伊達ではない。とはいえ、もちろんどちらを先に観ても物語の内容そのものが変わるわけではないので、観る順番によって物語全体の後味、つまりは「余韻」が異なるという言い方のほうが正確ではあるだろう。
そして、これこそが「一度しかない映画体験」ができる理由でもある。どちらを先に観るかによって余韻が完全に変わってくるという、「一度しかない選択」が、劇中の物語とリンクするように、観客にも与えられているのだから。
だからこそ、どちらを先に観れば良いのかと、悩む方もいるだろう。筆者個人は『君愛』→『僕愛』の順で観ることをおすすめしたい。
公式では、切ない物語が好きな方は『僕愛』から、幸せな物語が好きな方は『君愛』から読もう(観よう)という触れ込みがなされており、筆者もそれには同意する。何より、2作それぞれの物語の結末を踏まえたメッセージを鑑みれば、『僕愛』が後のほうが、より深い余韻に浸れると思う。
とはいえ、どちらを先に観るかは自由。おそらくは、結局はどちらを先に観ても、「もう1つのほうから観たかった!」と良い意味で後悔もするだろう。やはり、その一度しかできない選択による映画体験そのものを、楽しんでほしい。
–{『僕愛』『君愛』それぞれの魅力を解説}–
3:『僕愛』は気の強い女の子とのラブストーリー
それぞれのあらすじも簡潔に記しておこう。『僕愛』は、母親と暮らす高崎暦(宮沢氷魚)が、高校生になったある日、クラスメイトの瀧川和音(橋本愛)から「並行世界ではあなたと恋人同士だった」と告げられるというもの。下世話な言い方ではあるが、気が強くてツンデレ気質で、振り回してくれる系の女の子がヒロイン、というわけだ。
どちらかといえば気難しく、だけど年齢相応の可愛らしさもあり、そして聡明な瀧川和音とのラブストーリーは、どちらかといえば現実的な人生を切り取ったもの、並行世界という設定を除けばSFまたはファンタジー要素は少なめで、だからこそ普遍的に響く人生訓も受け取れるだろう。意外な物語の始まり方は、サプライズとも言える。
4:『君愛』は清楚な女の子と駆け落ちをする
『君愛』のあらすじは、父親と暮らす日高暦(宮沢氷魚)が、小学校の頃に父の勤務先で佐藤栞(蒔田彩珠)いう少女と出会い恋に落ちるも、親同士が再婚することを知らされ、並行世界への駆け落ちを決断するというもの。こちらは清楚で心優しく、ちょっと天然なところもある女の子がヒロインになっている。
ネタバレになるので詳細は避けるが、こちらは『僕愛』よりもSFまたはファンタジー要素が強めであり、だからこそ登場人物の想いが切実に伝わるものになっている。佐藤栞という女の子の健気さ、また儚さも記憶に強く残る人が多いだろう。
『僕愛』の瀧川和音、『君愛』の佐藤栞は対照的な性質を持つ、それぞれ魅力的なヒロインだ。これまた下世話かもしれないが、観た人と「どちらが好き?」「そんなの選べない!」などと語り合ってみるのも楽しいだろう。
–{2作それぞれで異なる製作陣と、優しいテーマ}–
5:2作それぞれで異なる製作陣
この『僕愛』と『君愛』はそれぞれで製作会社、監督、主題歌と挿入歌も異なっている。簡単に記しておこう。
『僕が愛したすべての君へ』
製作会社:BAKKEN RECORD(タツノコプロ内で立ち上げた新スタジオレーベル。日清カップヌードルCM『アオハル』シリーズを手がけた)
監督:松本淳(『劇場版 Infini-T Force/ガッチャマン さらば友よ』『閃光のナイトレイド』など)
主題歌 & 挿入歌:須田景凪
『君を愛したひとりの僕へ』
製作会社:トムス・エンタテインメント(『名探偵コナン』『ルパン三世』シリーズなど)
監督:カサヰケンイチ(『ハチミツとクローバー』『のだめカンタービレ』など)
主題歌 & 挿入歌:Saucy Dog
【2作共通】
脚本:坂口理子(『かぐや姫の物語』や『フォルトゥナの瞳』など)
キャラクター原案:shimano
2作は1セット、切っても切り離せないような関係であるのに、それぞれで作り手が異なっており、なおかつ続けて観ても違和感なく観られるのも長所だろう。
正直に申し上げれば、劇場用アニメとしては、『君の名は。』などと比べるとどうしても低予算で作られている、作画のクオリティをもう少しだけでも上げて欲しかったと思う場面もある。だが、もちろんできる限り良い画を作ろうとする意志を感じる場面もあり、特に『僕愛』のクライマックスの光景の美しさ、『君愛』のラストの表現には確かな感動があった。
原作から映画への転換においても、基本的には忠実に、かつ細かなアレンジを込めつつ、語ると映像では冗長になりそうなところは省略するなど、取捨選択も上手く行われていたと思う。坂口理子は映画版『恋は雨上がりのように』でも実に原作のエッセンスを大切にした脚本作りが見事だったが、今回もその手腕が発揮されていた。映画の後に原作を読むと、映画ではサラリと語られていたSF設定の意味や、語られなかったトリビアを知れるので、さらに楽しめるだろう。
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そして、ボイスキャストは本業声優ではない、俳優が多くキャスティングされているが、こちらもとても良かった。両作で共通して主人公を務める宮沢氷魚は声がとても低いため初めこそ違和感を覚えるかもしれないが、次第に慣れてくるし、何より朴訥とした雰囲気がとてもキャラクターに合っていた。橋本愛、蒔田彩珠それぞれが演じるヒロインもまたハマり役であるし、水野美紀、 余貴美子、西岡徳馬というベテラン勢の演技も聞き惚れてほしい。
まとめ:あらゆる可能性をも肯定する
この『僕愛』『君愛』の真に素晴らしいことは、現実にはあり得ない平行世界というSF設定を描きながらも、現実の人生に通ずる一度しかない選択、ひいてはあらゆる「可能性」をも肯定することにある。
人生において「ああしておけば良かった」「こうだったら良かったのに」と後悔してしまうことはままあるし、そうでなくても今の人生を選んだことによって「そうできなかった」ことは絶対にある。だが、この『僕愛』『君愛』は、どのような選択をしたとしても、きっと肯定できるのだと、まさにタイトルが示すような「僕が愛したすべての君へ」と「君を愛したひとりの僕へ」捧げるような優しさがある。
そのタイトルの「僕」や「君」に当たるのは、それこそ観客自身なのだ。観た人は、今までの選択を肯定できる、そしてこれからの人生にも希望を持てるようになるかもしれない。そのテーマとリンクするように、どちらを先に観るかという「一度しかできない選択」があるからこその映画体験ができる2作を、ぜひ劇場で観届けてほしい。
(文:ヒナタカ)
–{作品情報}–
『僕が愛したすべての君へ』作品情報
【あらすじ】
高校生の高崎暦(声:宮沢氷魚)は、両親が離婚し、母親と暮らしていた。ある日クラスメイトの瀧川和音(声:橋本愛)から声をかけられ、彼女は85番目の並行世界から移動してきたこと、そしてその世界では暦と和音は恋人同士であることを告げる。
【基本情報】
声の出演:宮沢氷魚/橋本愛/蒔田彩珠/田村睦心/浜田賢二/園崎未恵/⻄村知道/平野文/水野美紀/余貴美子/⻄岡德馬 ほか
監督:松本淳
配給:東映
ジャンル:アニメ/恋愛
製作国:日本
『君を愛したひとりの僕へ』作品情報
【あらすじ】
小学生の日高暦(声:宮沢氷魚)は、両親が離婚し、父親と暮らしていた。ある日父の勤務先で佐藤栞(声:蒔田彩珠)という少女と出会い、二人は互いに恋心を抱くように。しかし親同士が再婚することになり、二人は兄妹にならない運命が約束された並行世界へ駆け落ちしようと決心するが……。
【基本情報】
声の出演:宮沢氷魚/蒔田彩珠/橋本愛/田村睦心/浜田賢二/園崎未恵/⻄村知道/水野美紀/余貴美子/⻄岡德馬 ほか
監督:カサヰケンイチ
配給:東映
ジャンル:アニメ/恋愛
製作国:日本
【予告編】