2022年9月1日より『ブレット・トレイン』が公開されている。
目玉はブラッド・ピット主演のハリウッド大作アクションにして、日本の小説を原作とした、日本が舞台の映画だということだろう。それらの要素に期待したものに存分に応えてくれるのはもちろん、予想を超える魅力も大いに備えた快作に仕上がっていた。
なお、R15+指定がされているが、序盤に一瞬だけ性的なシーンが映るほか、銃器や刀剣による殺傷および流血の描写がいくつかあるというくらいで、後を引くような残酷描写はそれほどない。個人的にはやや厳しすぎるレーティングだと思ったくらいなので、グロが苦手という方でもおそらくは抵抗なく受け入れられるのではないだろうか(もちろん「アクションは刺激的なくらいがいい!」という方にもおすすめだ)。
また、エンドロールが始まっても、すぐに席を立たないことをおすすめする。すぐに見逃し厳禁のおまけ(と言うのももったいなほどに重要な)シーンがあるからだ。事前に知っておく情報はそれだけでも十分だが、ここからは本編のネタバレに触れない範囲で、さらなる『ブレット・トレイン』の魅力を記していこう。
1:クセの強い殺し屋たちの群像劇&刺激的アクション!
あらすじを簡単に記しておこう。主人公のレディバグ(てんとう虫)は「世界一運の悪い殺し屋」だった。彼は日本の超高速列車に乗り込み、ブリーフケースを盗んで次の駅で降りるだけの簡単な仕事をするはずだった……のだが、次から次へと身に覚えのない理由で殺し屋たちに襲われてしまい、降りたくても降りられなくなってしまうのだった。
列車内で緊張感のあるやり取りが続く様は、まるで『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』(2020)のようでもある。そして、その列車内での戦いを余儀なくされる、殺し屋たちが全員個性的で良い意味でクセが強いことが大きな魅力だ。箇条書きにしておこう。
・なぜか強い復讐心を燃やしているメキシコNo.1の殺し屋ウルフ(バッド・バニー)
・見た目は似ていないが双子のような信頼関係のある殺し屋コンビのタンジェリン(アーロン・テイラー=ジョンソン)とレモン(ブライアン・タイリー・ヘンリー)
・乗務員に扮した毒使いの暗殺者ホーネット(ザジー・ビーツ)
・「計画通り」と 不気味にほほ笑む謎の女子学生プリンス(ジョーイ・キング)
・息子を人質に取られた元殺し屋キムラ(アンドリュー・小路)
・「運命」を語る剣の達人エルダー(真田広之)
序盤は特に、タンジェリンとレモン、あるいはプリンスとキムラの会話劇が淡々と続いていく。アクションを期待していた方にとっては少しもどかしさを覚えるかもしれないが、まあ何しろ彼らのキャラが濃すぎであり、その会話の内容も(どうでも良さそうなものもありつつも)濃厚で、後の展開につながる伏線も多分に込められているので、集中して観れば飽きることはないはずだ。
特に「誰かをいちいち『きかんしゃトーマス』のキャラクターに例えて話すレモン」と「それをウザく思いつつもなんだかんだで親身に接するタンジェリン」という関係性に萌えられる方は多いはず。多数のキャラが織りなす、はっきりと「群像劇」スタイルの物語になっており、自分に似たキャラクターを見つけて自己投影をする楽しみも得られるだろう。
そして、主人公のレディバグは、本来は関係のなさそうな殺し屋たちになぜか付け狙われてしまう。「なんで俺がこんな目に合うの?」的に不運を嘆く様は、ちょっと『ダイ・ハード』シリーズのジョン・マクレーン(ブルース・ウィリス)っぽくもあった。
そんなレディバグが成り行きでも敵をキッチリと倒す様はカッコいいし、戦いの途中でも販売員のお姉さんへの「どうもありがとう(日本語)」というお礼も忘れない姿勢はとてもキュート。「不憫かわいい」「でもカッコいい」ブラッド・ピットを五臓六腑に染み込ませたい方も必見だ。しかも、ブラッド・ピットはこの映画で彼自らがスタントの95%を行ったそうで、そのキレのある身のこなしにも惚れ惚れとするばかりだった。
そして、監督は『デッドプール2』(2018)や『ワイルド・スピード/スーパーコンボ』(2019)など、豪快だがスタイリッシュでもあるアクション映画で抜群のセンスを発揮してきたデヴィッド・リーチ。ブラッド・ピットはもちろん、真田広之のカッコ良すぎる殺陣(たて)に目が釘付けになる方も多いだろう。前半の淡々とした会話劇で溜めたフラストレーションを一気に解き放つかのようなアクションの「爆発力」にも期待してほしい。
–{「カッコいい日本」を堪能しよう!原作との違いは?}–
2:「カッコいい日本」を堪能しよう!原作との違いは?
この『ブレット・トレイン』の原作は、2010年に刊行された伊坂幸太郎の『マリアビートル』。日本の小説をハリウッドで映画化という例にはトム・クルーズ主演作『オール・ユー・ニード・イズ・キル』(2014)もあるが、今回は日本が舞台ということもあって、より日本の作品が世界に進出した喜びを、作品そのものからダイレクトに感じられるようになっていた。
劇中では街でネオンが輝き、キャラの名前が漢字で表現されたり、はたまた日本刀で戦ったりする。『ブラック・レイン』(1989)や『キル・ビル Vol.1』(2003)にも通ずる「日本のカッコよさ」を、ある種の無邪気さも込みで示しているような楽しさがある。さらには「ゆるキャラ」という文化もリスペクトしたような(?)「モモもん」というマスコットキャラクターも登場し、そういう意味でも「ああ、外国の方は日本のこういうところが好きなのね〜」と微笑ましく思えるし、世界中で日本人が最も楽しめる映画であることも間違いない。
そして、列車に乗り合わせた殺し屋たち(ではない者もいる)の視点が切り替わる群像劇であること、キャラ同士の関係性や大筋の物語運びなどを鑑みれば、今回の映画はなかなかに原作に忠実とも言える。だが、原作ではかなりエグ目でサディスティックな言動や心理描写が多かったのに対し、今回の映画はやや(ブラック寄りではあるが)コメディ的なやり取りも目立っていて、全体的に軽快な印象へとシフトチェンジしたような印象があった。とある有名俳優の出演に、吹き出してしまう方もいるだろう。
例えば、原作での人を意のままに操るサイコパスな中学生の少年「王子」は、映画では女学生になるという大胆な変更が加えられている。外見や性別が違うだけでなく、その悪魔のような思考はだいぶ省略されており、そこには原作ファンからの賛否両論もあるかもしれない。だが、大作アクション映画としての爽快感やケレン味を重視するためには、個人的に今回のこのバランスは良かったように思えるのだ。
その他の原作からの変更点としては、一部のキャラクターやエピソードが登場しないなどの換骨奪胎や、東京から盛岡までの行き先が京都へと変わっていることもある。言うまでもなく、京都という舞台は見た目からわかりやすく「ザ・ジャパン」な場所であるので、やっぱりカッコいい日本をとことん描く目的からすれば「あり」な変更点だろう(伊坂幸太郎作品は宮城県仙台市を舞台にした作品が多く、その「地元愛」も捨て難くはあるが)。ちなみに、実際の新幹線での東京から京都までの移動時間はおよそ2時間8分であり、それはこの映画の上映時間と一致していたりもする。
また、キムラを演じるアンドリュー・小路は『G.I.ジョー:漆黒のスネークアイズ』(2021)でもメインキャラクターを演じている。こちらは賛否両論もある内容であるが、「バイクと日本刀でヤクザと戦う」という、やはりカッコいい日本を舞台にしたアクション映画を期待する方にはおすすめしたい作品だ。
–{伊坂幸太郎イズム溢れる「運命」というテーマ}–
3:伊坂幸太郎イズム溢れる「運命」というテーマ
「伊坂幸太郎イズムだ」と思える最大のポイントは、これが「運命」についての寓話(教訓を与える物語)であることだ。何しろ、伊坂幸太郎の作品内では、偶然に偶然が重なり、これまでは縁もゆかりもなかった人間同士の関係を結び、バラバラだった要素が終盤で集約していくという、まさに運命のイタズラを爽快感たっぷりに描くことがよくあるのだ。
それは「不運に思えたことも、見方を変えれば幸運なのかもしれない」という、普遍的かつポジティブなメッセージにもつながる。例えば、主人公のレディバグは序盤から「ベルボーイが目の前で(というか自分の車の上に)飛び降り自殺をしてきた」という不運を嘆くのだが、上司からは「でもあなたが病院に運んだから命は助かったじゃない」と視点の転換のアドバイスをされていたりもするのだ。
劇中では「最悪の偶然の連鎖による運命」が残酷にも語られたりするのだが、たとえそうだとしても「何かの行動が良い方向に結実するのかもしれない」という、ある種の願いや祈りが込められているように思えてくる。もっと言えば、世の中の全ての事象はなんだかんだで「考え方次第」でもあり、「最高に幸運な運命」もきっとあるのだと、希望も持てるようになっているのだ。
全体的には超濃い殺し屋たちの群像劇、殺るか殺られるかの一触即発のバトル、クライマックスの大スペクタクルと、「あー楽しかった!」と観終えることのできる娯楽作ではあるが、さらに明日からの人生に少しだけより希望も持てる気持ちになれる、というのも『ブレット・トレイン』のすてきなところだ。
おまけその1:入門にもおすすめのマンガもある!
この『ブレット・トレイン』で伊坂幸太郎作品に興味を持った方におすすめしたいのは、今回の原作である『マリアビートル』はもちろん、マンガの『魔王 JUVENILE REMIX』(漫画担当は大須賀めぐみ)もある。こちらは伊坂作品の『魔王』の他『グラスホッパー』も混ぜ合わせたような内容で、少年が恐るべき陰謀に立ち向かう正統派な少年漫画にして、この『ブレット・トレイン』と同じく個性豊かな殺し屋が多数登場する内容となっている。
また、『ブレット・トレイン』では変装の達人で毒使いの暗殺者のホーネット(スズメバチ)が、『魔王 JUVENILE REMIX』ではゴスロリ衣装でつま先の毒針で戦う狂気的な少女となっていたりするのも面白い。ビジュアルからわかりやすく、伊坂ワールドを堪能したい方にぜひ読んでいただきたいのだ。その前日譚に当たる『Waltz』もまたおすすめだ。
おまけその2:この殺し屋映画も見逃ないで!
奇しくもと言うべきか、同じく「殺し屋映画」かつ、タイトルに「Bullet(弾丸)」が入っている日本映画『グリーンバレット』が、1週前の2022年8月23日より公開されている。
その内容は、プロの殺し屋を目指す6人の女性が訓練合宿に参加し、その七転八倒ぶりを追うフェイクドキュメンタリー。彼女らそれぞれは、他の人生の道に挫折していたり、マルチ商法的なものに騙されていたりと、かなりダメな人たちである。阪元裕吾監督は殺し屋女性コンビの日常を描いた『ベイビーわるきゅーれ』(2021)も口コミで大評判を呼んでいたが、そちらと同じく社会不適合者の気持ちに寄り添う内容となっていたのだ。
ゲームやサブカルネタが多数登場し、映画ネタがやけに多いのも映画ファンには見逃せないところ。それでいて、クライマックスに向けて盛り上がる構成、痛快なアクションなどエンタメ盛り盛りで、ダメダメだった人たちが観終わってみると愛おしくてしょうがなくなるドラマとしてもよくできている。Filmarksで初日満足度1位となったことも大納得。U-NEXTで配信中の『最強殺し屋伝説国岡[完全版]』は前作に当たるので、そちらを観ておくとさらに楽しめるだろう。
さらに、殺し屋というわけではないが、アウトローな人たちによる「最後に生き残るのは誰だ?」的なアクション群像劇という点では2022年9月9日公開の日本映画『グッバイ・クルエル・ワールド』にも通じていたし、とんでもない偶然による不幸を描きつつも運命や奇跡を求める人を追う様は2022年8月23日より上映中のホラー映画『NOPE/ノープ』にも似ていたりする。こうした同時多発的に似た要素のある映画が公開されるというのも、ある意味では運命かもしれない。ぜひ、合わせて観ていただきたい。
(文:ヒナタカ)
–{『ブレット・トレイン』作品情報}–
『ブレット・トレイン』作品情報
【あらすじ】
久しぶりに仕事復帰した殺し屋レディバグ(ブラッド・ピット)はマリア(サンドラ・ブロック)から電話越しに、ブリーフケースを奪うよう指令を受ける。彼のコードネーム“レディバグ”は幸運を運んでくるというてんとう虫を意味するが、彼の周囲ではいつも無関係の人が死に、伝説級の運の悪さだった。今回は復帰にふさわしい簡単な仕事だったが、気合たっぷりに東京発・京都行の超高速列車に乗り込んだレディバグが早速お目当てのブリーフケースを見つけ、品川駅で降りようとすると、突如、強い復讐心に燃えたメキシコでナンバーワンの殺し屋ウルフ(バッド・バニー)に襲われる。身に覚えのないレディバグは、なぜ自分が狙われるのかまったく分からなかった。さらに、タンジェリン(アーロン・テイラー=ジョンソン)とレモン(ブライアン・タイリー・ヘンリー)の腕利きの殺し屋コンビ、乗務員に扮した暗殺者ホーネット(ザジー・ビーツ)、謎の女子学生プリンス(ジョーイ・キング)、息子を人質に取られた元殺し屋キムラ(アンドリュー・小路)、剣の達人エルダー(真田広之)など、殺し屋たちが次々とレディバグに襲い掛かる。そして終着点・京都では、世界最大の犯罪組織を率いる冷酷非道なホワイト・デスが待ち受けていた。さらに、コントロールを失った時速350kmの超高速列車からは炎が……。
【予告編】
【基本情報】
出演:ブラッド・ピット/ジョーイ・キング/アーロン・テイラー=ジョンソン/ブライアン・タイリー・ヘンリー/ザジー・ビーツ/ローガン・ラーマン/マイケル・シャノン/アンドリュー・小路/ベニート・A・マルティネス・オカシオ/福原かれん/真田広之/サンドラ・ブロック ほか
監督:デヴィッド・リーチ
上映時間:126分
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
映倫:R15+
ジャンル:アクション/サスペンス
製作国:アメリカ