『映画 バクテン!!』元男子新体操アスリートが涙した“リアル”

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「男子新体操」

日本人のどれだけの人が、この競技を知っているだろうか。

日本発祥のスポーツと言われているにもかかわらず、その競技人口は2,000人にも満たない(※1)。「リボンを使うやつだよね?」「内村航平選手の?」男子新体操の名前を出すと、こう返ってくることも少なくないという。

※1…参考:https://www.jpn-gym.or.jp/wp-content/uploads/2021/09/JGA_Chuhoki20210909.pdf

かくいう筆者も、この競技に関心を持ったのは、この1年ちょっとの話。それまでは何年も前にたまたま見かけた、人気アニメのキャラクターを模した鹿児島実業高校の選手たちの動画が、頭の片隅の片隅にちょっと残っていたくらいだ。

本格的にこの競技が気になりだしたきっかけは、TVアニメ『バクテン!!』。約3分間、解説も観客のリアクションもない、ただただ競技に集中できるアニメーションに目が釘付けとなり、そこから男子新体操に惹かれていった。

そして2022年の夏、7月2日から、男子新体操を題材にした『映画 バクテン!!』が、全国のスクリーンで上映されている。その完成披露上映会が行われた6月11日。興奮と感動を抑えられないでいる、とある元男子新体操選手をSNSで見かけた。



今回は「男子新体操関係者の中でもっとも『バクテン!!』を愛している」と自負するたてやまふうやさんに、元男子新体操選手の視点から本作の魅力についてとことん語ってもらった。

たてやまふうやさん

元男子新体操選手。男子新体操の強豪校・青森山田高校出身。現在はバク転教室で講師を務めながら、「男子新体操サクッと解説する人」として競技の魅力をSNSなどで発信している。『映画 バクテン!!』のエンドクレジットに載っている男子新体操関係者を「死ぬほど羨ましい」と思っている


※本インタビュー記事では、『映画 バクテン!!』の本編に深く触れております。次ページ以降は映画鑑賞後の閲覧をおすすめいたします。

※たてやまさんは本作を監修した青森山田高校出身ですが、作品の製作には関わっておりません。男子新体操経験のあるいちファンとしてお話してもらっております。
–{演技シーン、細部までのこだわりが激エモ}–

演技シーン、細部までのこだわりが激エモ

――男子新体操の名門校であり、『映画 バクテン!!』の監修も務めている青森山田高校の出身。今は男子新体操の魅力を発信するために個人でも活動をされていて「競技経験者でもっとも『バクテン!!』が好き」だと自負するたてやまさんの目に、今回の映画はどう映りましたか?

たてやまふうや(以下、たてやま):もう……めちゃくちゃ良かったです……! 序盤にシロ高(私立白鳴大学附属高等学校)のインターハイ公式練習シーンがあるのですが、これが高校時代毎日見ていた演技そのもので。当時の記憶がよみがえって、エモさが爆発し、気づけば目から涙が溢れていました。

さらにラストのアオ高(私立蒼秀館高等学校)、シロ高の合同演技もヤバかったですね。美里良夜(CV:石川界人)と月雪ましろ(CV:村瀬歩)の2人だけの演技シーンがあるのですが、実はここ、僕が青森山田高校時代にしていた演技だったんです。もう、涙が止まりませんでした。

――当時の記憶がない私でも、演技シーンには心が震えっぱなしでした。

たてやま:ちなみにシロ高の公開練習シーンには、別の意味でも感動を覚えました。最後の決めポーズの画角が、2019年の青森山田高校の演技を撮影したものとほぼ同じだったんです。

たてやま:さらに、シロ高レギュラーの大湊秀夫の指先にも惚れ惚れしました。TVアニメの演技のラストでは、指先が全て揃った硬さのある手だったのですが、映画では実際の青森山田高校の選手と同様、花のように開いたしなやかな指先まで表現されていて。そういう細かな部分にもこだわって作っていただけたことが、新体操を愛するひとりとしてとてもうれしかったですね。
–{選手の感情、保護者コミュニティまでもがリアル}–

選手の感情、保護者コミュニティまでもがリアル

©映画バクテン製作委員会

――確かに『バクテン!!』は、TVアニメの時から、演技1つ1つに選手一人ひとりのクセが感じられる、あえて完璧に揃っていない描写なんかもあって、制作に携わった方々のこだわり、競技へのリスペクトが感じられますよね。

たてやま:映画でいったら、亘理の倒立失敗シーンなんかもその1つではないでしょうか。

 男子新体操名物の鹿倒立は勝敗を左右する(写真提供:たてやまふうや)


たてやま:
倒立は揃っているか、制止できているかが明確に得点に反映されるため、勝負の分かれ目でもあるんです。だからこそ倒立で歩いて(ふらついて)しまう、そして落ちてしまうシーンには、競技経験者としては心臓がヒュッとさせられました。映画で描かれた倒立に失敗した亘理が白く染まっていく、という描写は本当にリアルで……。競技中にミスをしたら、本当にあんなふうに頭が真っ白になるんですよ(笑)

――競技中の感情の描写までもがリアルだったと。

たてやま:とてもリアルでしたね。演技シーンや感情描写の他にも、保護者の部活へのかかわり方もあるあるでした。男子新体操の保護者コミュニティまでもが描かれているのを見て、ものすごく丁寧な取材がなされたのではと感じています。

あとはキャラクターたちの背景も、TVアニメに引き続き丁寧に描かれていました。アオ校の寮は青森山田高校男子新体操部の寮そっくりですし、映画で描かれた青森駅のバスロータリーも見慣れた風景そのもので。あの場所で過ごした人間としてにんまりしてしまうほどの景色の再現が、映像のあちこちに見られました。

ただラストの合同演技後のアンコールだけは、リアルではきっと難しいだろうなと思いましたね。想像しただけで体力的にきついです(笑)

――確かに見ているだけでも、筋肉フル稼働で運動量ハンパなさそうだとは思っていました。

たてやま:部活の指導者が言う叱咤の「もう1本」ではなく、純度100%の「もう1本」ですからね。しかも全力を出し切ったあとですから。気持ちでは応えられても、身体は応えられないと思います(笑)
–{男子新体操のゴールの描き方がすばらしい}–

男子新体操のゴールの描き方がすばらしい

――今回のお話ではもちろん、SNSでも「男子新体操をさまざまな角度から見てきたからこそ、全キャラクターに共感できた」とたてやまさんは呟かれていました。選手以外の視点からも何か共感できる部分があったのでしょうか?



たてやま:
僕は現役時代、ケガをした関係で、団体メンバーのコーチ、マネージャー的役割を担ったことがあるんです。演技の細かな部分に対してアドバイスをする難しさを知る立場だったからこそ、大湊の指先がTVアニメから映画で変化したことに気づけたと思っています。

それから子ども視点でも楽しめましたね。映画には男子新体操に魅了された子どもたちも登場するのですが、その「カッコいい」と憧れる描写に競技経験者として共感しました。

また映画で印象的だったのが、「オリンピック競技ではない」というセリフです。映画は、今の男子新体操が抱える課題を丁寧に描いてくれていたと思っています。

――オリンピック競技ではないのはもちろん、知らない人も多いスポーツですよね。

たてやま:男子新体操をしていると言うと、器械体操か女子の新体操と間違われることがまだまだ多いんですよ。だからこそ僕は、男子新体操をSNSなどで広める活動を始めたんです。

また映画では志田監督が“より若い世代の男子新体操クラブチーム発足”のためにアオ高を離れる決断をしていましたよね。この行動は実際に、青森山田高校の元男子新体操部監督の荒川栄先生がしたことと通ずるんですよ。映画には男子新体操に魅了された子どもたちも登場するのですが、実際に今の男子新体操界にはこの子たちの受け皿がまだまだ足りていません。その状況を変えようと、BLUE TOKYO KIDSというクラブチームを作ったのが荒川先生をはじめとするOBの方々なんです(※2)。なので志田監督に荒川先生が重なりましたね。

※2…BLUE TOKYO KIDSの監督は川戸 元貴先生
 

一番左が志田…ではなく荒川監督(写真提供:たてやまふうや)

――男子新体操が抱える課題とその解決への一歩も、本当にリアルに描かれていたのですね。

たてやま:男子新体操は、映画で描かれたこと以外にもまだまだたくさんの課題を抱えたスポーツだと思っています。それでも男子新体操が抱える課題にも真摯に向き合ったうえで、こんなにもすばらしい形で男子新体操のゴールを伝えてくれたアニメスタッフの皆さんに、僕は心からありがとうと伝えたいですね。

――伝わってきたのは、どんなゴールでしたか?

たてやま:「大会で優勝することだけが、ゴールではない」ということです。「今いるチームでみんなで楽しく跳べたら、最高の演技だよね」というメッセージが、アオ高のメンバーの姿からヒシヒシと伝わってきました。

また「競技に打ち込んだ先」を自分で作っていく大切さも伝えてくれたと思っています。男子新体操も競技である以上、勝敗はつきます。だから勝ちにこだわる気持ちも大切です。ただ「優勝したから何?」となっているのが、男子新体操の課題の1つでもあります。

僕はTVアニメで、とても印象に残っているシーンがあります。それは、志田監督のバックに交差する飛行機雲が描かれたシーンです。

©バクテン製作委員会

僕はあのシーンが志田監督自身の過去と今、そして未来を示唆していたのではないかと思っています。志田監督はケガでプレーヤーとしての道を断たれましたが、指導者という形で男子新体操にかかわることを決めてアオ高のメンバーたちと一緒に跳びました。そしてこの出会いが映画で描かれる志田監督の新たな夢へと繋がっていくわけです。

『映画 バクテン!!』は、男子新体操に関わる人すべてに、TVアニメで描かれた飛行機雲の先をも見せてくれると思っています。

(写真提供:たてやまふうや)

「飛行機雲の先」が確かめられる作品

筆者も一足先に『映画 バクテン!!』を鑑賞したが、たてやまさんの元男子新体操選手視点で改めて観てみようと、今回のインタビューを通して決意した。

また本作に対してたてやまさんが感じた「テーマ」は、男子新体操を知らない人にも届くと思っている。いま、大好きなこと、夢中になっていることを大切にすることの尊さ、その未来を自分で切り開いていくことの大変な中にもある高揚感。

©バクテン製作委員会

『映画 バクテン!!』は、たてやまさんの言う「飛行機雲の先」が、一人ひとりに存在することを確かめられる作品だ。

(文:クリス菜緒)
–{『映画 バクテン!!』作品情報}–

『映画 バクテン!!』作品情報

2022年7月2日 全国公開

CAST

双葉翔太郎:土屋神葉
美里良夜:石川界人
七ヶ浜政宗:小野大輔
築館敬助:近藤 隆
女川ながよし:下野 紘
亘理光太郎:神谷浩史
月雪ましろ:村瀬 歩
高瀬 亨:小西克幸
陸奥洋二郎:鈴村健一
大湊秀夫:杉田智和
竜ヶ森恭一:斉藤壮馬
吾妻俊介:山下大輝
栗駒あさを:佐倉綾音
志田周作:櫻井孝宏
双葉亜由美:上田麗奈
馬淵修司:松田健一郎

STAFF

原作
四ッ木えんぴつ

監督
黒柳トシマサ

脚本
根元歳三

新体操試技監督
光田史亮

音楽
林ゆうき

監修
青森山田高校男子新体操部

アニメーション制作
ZEXCS

主題歌
wacci「僕らの一歩」(Sony Music Labels)

挿入歌
センチミリメンタル「光の中から伝えたいこと」(Sony Music Labels)

キャラクターデザイン原案
ろびこ

キャラクターデザイン・総作画監督
柴田由香

プロップデザイン・総作画監督
中西 彩

色彩設計
千葉絵美

美術設定
緒川マミオ

美術監督
平間由香・小倉宏昌

3DCG
武右ェ門

CGI監督
篠田周二

撮影監督
本台貴宏・伊藤 遼

編集
平木大輔

新体操ユニフォームデザイン
株式会社ササキスポーツ

チーフプロデューサー
高瀬透子

プロデューサー
森 彬俊
岩崎紀子
新宅 潔

公式サイト
https://bakuten-movie.com/
Twitter
https://twitter.com/bakuten_pr