<見どころ解説>『バズ・ライトイヤー』の同性愛描写は「当たり前」だから素晴らしい

映画コラム
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2022年7月1日より『バズ・ライトイヤー』が公開される。

直近の『ソウルフル・ワールド』『あの夏のルカ』『私ときどきレッサーパンダ』のいずれもがディズニープラスでの独占配信となったため、本作は『2分の1の魔法』以来ほぼ2年ぶりに映画館で上映されるピクサー作品となった。

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結論から申し上げよう。本作は予備知識ゼロでも楽しめる上に、『トイ・ストーリー』シリーズに思い入れがある方にはさらなる感動がある、ピクサーの圧倒的な力をまたも見せつける、素晴らしいエンターテイメントだった。

後述する理由である程度の賛否両論も呼びそうではあるが、『トイ・ストーリー4』のような激烈な批判は日本ではおそらくはあまり起きないだろう。熱狂的でないにしろ、多くの方が好意的に評価する内容ではないだろうか。

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『トイ・ストーリー』シリーズが好きな大人はもちろん、SFアドベンチャーとしてのワクワクが詰まっていて、小さなお子さんでも飽きずに楽しめる内容だと思うので、ぜひご家族で映画館で観る作品の選択肢に入れてほしい。さらなる魅力を、ネタバレのない範囲で記していこう。また、エンドロールの最後にもおまけがあるので、ぜひ見逃さないでほしい。

1:今までのバズではない、だけど……

『トイ・ストーリー』シリーズにおけるバズ・ライトイヤーは、少年アンディの大のお気に入りのおもちゃだった。今回は、そのバズを主人公としたスピンオフ作品……というよりも、「アンディが夢中になって観ていた映画」という設定になっている。

つまりは、おもちゃ化されるほどに人気のある、バズというスペース・レンジャー(ヒーロー)の活躍を描いた映画ということで、今までの『トイ・ストーリー』シリーズのバズとは実質的に別人なのだ。顔つきも性格も異なるし、声優も字幕版ではティム・アレンからクリス・エヴァンスへ、吹き替え版では所ジョージから鈴木亮平へとバトンタッチされている。

ここで「こんなの自分の知っているバズじゃない!」という声もありそうだし、「映画の世界の中にある映画」という作品の立ち位置そのものには賛否両論もありそうだが、実際に観れば多くの方が納得できるのではないか。なぜなら、違うキャラクターだったとしても、根底には『トイ・ストーリー』シリーズで観た「バズらしさ」があるからだ。

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『トイ・ストーリー』におけるおもちゃのバズは、自身をスペースレンジャーだと思い込み、そうではない自分に絶望したこともあったが、それを乗り越えて仲間を大切にする、ウッディの頼れる相棒へとなっていった。対して今回のバズは優秀な本物のスペースレンジャーではあるものの、責任感が強すぎるがあまり、他人に頼るのが苦手という人物だ。

その両者の特徴は正反対であるようでいて、根底となる行動原理は似ているのではないか。なぜなら、おもちゃのバズが自分を過信してしまった、ウッディからの「お前はおもちゃなんだ!」という主張に聞く耳を持たないでいたのは、今回の映画のバズの「責任感が強い」「自信過剰」「他人を頼らない」性格が反映された結果とも思えるからだ。

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本作の触れ込みには「誰よりも仲間思いのバズ・ライトイヤーの、知られざるルーツを描く感動のファンタジー・アドベンチャー」とあり、それは完全に正しい。本物のスペース・レンジャーであるバズが、おもちゃのバズと同様の、もしくは違う形での成長を遂げるのかどうか……ということが、大きな見どころになっている。遡って『トイ・ストーリー』のバズを思い返せば、そのキャラクターの「違うのに同じ」なリンクの仕方に、さらなる感動があるだろう。

アンガス・マクレーン監督は、本作について、「アンディがバズ・ライトイヤーのおもちゃを欲しがるようになったのは、どんな映画を観たからなのだろう? 私はそれを見たかったのです」と語っている。この言葉通り、映画を観終われば、アンディと同じく多くの人がバズというキャラクターが(さらに)好きになり、おもちゃも欲しくなってくるのではないだろうか。

2:冒頭でのバズの大きな失敗と、さらなる過酷な現実

あらすじを記しておこう。優秀なスペース・レンジャーのバズは、自分の力を過信したために、1200人もの乗組員と共に危険な惑星に不時着してしまう。バズはその事態の打破のため、猫型の友だちロボットのソックスと、そして個性豊かな仲間たちと共に不可能なミッションに挑むのだが、その先には思いもよらぬ敵が待ち受けていた……。

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本作で何よりも伝えておきたいことは、序盤に驚きの展開があり、可能であればそれを知らないまま観てほしい、ということだ。これは一部の予告編やあらすじではごく軽度に示唆されている他、ディズニープラスで配信中のドキュメンタリー『無限の彼方へ:バズと『バズ・ライトイヤー』への旅』では思い切り明かされている。



もちろん、それを知っていても、本作は大いに楽しめる……楽しめるのだが、この序盤はサプライズであると共に、バズにとっては「思いもよらぬ衝撃」「過酷な現実を思い知らさせる」展開であるため、知らないまま観てこそ、その気持ちにより同調できると思うからだ。

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あらすじで示した通り、今回のバズは自身の失敗のせいで、1200人もの乗組員に危険な惑星での生活を強いてしまう。その自責の念だけでも辛く苦しいのに、さらに彼に容赦のない試練を与える作劇に筆者は涙したし、心からバズを応援したくなったのだ。

–{同性愛の描写は『デッドプール2』にも似ている}–

3:「当たり前」に描く同性愛の素晴らしさ

本作は同性愛の描写が物議を醸しており、それを理由に14か国での上映中止が決定してしまった。該当シーンをカットしての公開という妥協をせず、その決定をしたことそのものに、送り手の力強い主張が窺える。そして、実際の本編での同性愛は「当たり前のこととして描いてくれて嬉しい」と思えるものだった。

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なぜならバズは、親友の女性に女性のパートナーがいること、そのことをサラッと、でも心から祝福しているのだから。同じような同性愛の描写は、同性同士のカップルの成立の報告に「あ、そう、良かったね」と言う(でも緊急時だから「それどころじゃねえんだよ!」という対応もする)ヒーロー映画の『デッドプール2』や、想いを寄せる女の子と上手くいくことをその親友が心から応援する青春コメディ映画『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』にも近い。

いわば、同性愛そのものを「大ごと」にするのではなく、普段の生活や人生の選択肢そのものに、自然に溶け込んでいるように見えたのだ。

しかも、その「当たり前に描く」同性愛の描写は、前述した序盤の驚きの展開とも密接にリンクしている。同性同士のカップルが成立することだけでなく、彼女たちの人生そのものを祝福するような、尊く感動的な展開が待ち受けていたのだから。

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だからこそ、その本編の描写に反して、まさに大ごとである14か国での上映中止という決定が下ってしまったのが悲しいのだが、無事にそのままのかたちで日本で公開されることは喜びたいし、劇中のような同性愛が現実の社会でも当たり前になることを期待したいのだ。

4:ダメダメな仲間との切磋琢磨

前半はバズに待ち受ける過酷な現実をこれでもかと見せつける内容だが、後半は「ポンコツな仲間」とのストレートなSFアドベンチャーとなっていく。実践経験がない女の子のイジー、情熱もなく頼りない青年のモー、仮釈放中の爆弾作りの名人でぶっきらぼうな老人のダービー、そして万能な能力を持つが過剰に干渉しがちなネコ型ロボットのソックスと、それぞれ別ベクトルにダメダメで、彼らは優秀なバズにとっての「お荷物」になってしまうのだ。

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正直に言って、この仲間たちとの切磋琢磨こそ、最もわかりやすいエンターテイメント要素にして、賛否両論も呼ぶ部分だとも思う。というのも、これら仲間のダメダメな部分が目立ちがちで、人によっては愛嬌の前にイライラの方を過剰に感じやすくなっていると思うからだ。

また、物語前半のバズに突きつけられる過酷な現実に対して、この後半では都合よくバズにスペース・レンジャーとして、もしくはリーダーとしての「役割」が与えられている印象もある。後述する『トイ・ストーリー』およびピクサー作品に通底するテーマからすれば、やや安易な作劇にも思えてしまったのだ。

そんな風に欠点にも感じてしまった部分ではあるが、個人的にはそれでも総合的には肯定したい。物語が進むにつれて、バズと同様に観客もイライラしてしまったであろう仲間にももちろん良いところが見えてくるし、彼らのことを信頼できなかったバズが「あること」を打ち明ける場面はとても感動的で、それは多くの「先輩」を経験した方であれば思い当たるところのある言葉だからだ。

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何より、ダメダメで連帯感すらなかったように思えた彼らが、実は個人に備わっていた能力や勇気を活かして立ち向かう様には確かな感動がある。SFアドベンチャーとしての数々のギミック、ピクサーの力を存分に発揮したアクションも見応えがあり、心から楽しめた。やはり、仲間キャラのダメダメさも、本作には必要だ。現実の社会で生きづらさを抱えていたり、上手く能力を発揮できないと悩んでいる、多くの方を勇気づけるものであるのだから。

5:『トイ・ストーリー』およびピクサー作品に通底するテーマ

思えば、『トイ・ストーリー』およびピクサー作品では、「ある一定の価値観に固執する危険性」「帰ることのできる場所がなくなる恐ろしさ」が描かれていることが多かった。それは、今回の『バズ・ライトイヤー』でも完全に通じるテーマだった。

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物語前半のバズに突きつけられる過酷な現実、そして戦いを余儀なくされる思いもよらぬ敵は、そのテーマを克明に描き出している。それは、現実の人生にもフィードバックして、よりよく生きるためのヒントにもなるものだった。人生はその後を左右する選択と、そして後悔の連続ではあるが、それでもなお「未来」を捉え続けること、その尊さも再認識できるだろう。

そして、『トイ・ストーリー』シリーズのバズが口にしていた、「無限の彼方へ、さあ行くぞ(To infinity and beyond)」という言葉は、本作でも登場する。その「無限の可能性がある」というメッセージに、さらなる深みと広がりを与えてくれた、今回の『バズ・ライトイヤー』という映画が筆者は大好きであるし、この映画を観たアンディがバズというおもちゃを愛した理由もよりわかるようになったのだ。ぜひ、その感動を、映画館で見届けてほしい。

(文:ヒナタカ)

–{『バズ・ライトイヤー』作品情報}–

『バズ・ライトイヤー』作品情報

【あらすじ】
バズ(声:クリス・エヴァンス)は有能なスペース・レンジャーだったが、自分の能力を過信したために、1200人もの乗組員とともに危険な惑星に不時着してしまう。バズは猫型の友だちロボット・ソックス(ピーター・ソーン)とともに、全員を地球に帰還させようと奮闘する。そんな彼の行く手に待ち受けていたのは、孤独だった彼の人生を変えるかけがえのない絆と、思いもよらぬ敵だった……。 

【予告編】

【基本情報】
日本語吹き替え:鈴木亮平/今田美桜/山内健司/りょう/三木眞一郎/磯辺万沙子/銀河万丈/沢城みゆき ほか

監督:アンガス・マクレーン

上映時間:105分

配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

製作国:アメリカ