「75歳から自分の生死を選べる社会制度」ーー映画『PLAN75』は、もしかしたら少し未来の日本で実現してしまうかもしれない、安楽死を支援する制度・PLAN75を題材にしている。
少子高齢化が進む日本でこの映画を見た瞬間、妙な生々しさに恐怖が迫り上がってきた。戦々恐々とする一方で、PLAN75と向き合う高齢者・角谷ミチを演じる倍賞千恵子の演技が染みる。
PLAN75を推進する市役所職員・岡部ヒロムを磯村勇斗が、PLAN75の申請者をケアするコールセンターの担当者・成宮瑤子を河合優実が演じている点にも触れたい本作。
ベテラン・若手それぞれの表現力によって、この映画が投げかけるテーマがより深化していると言えるだろう。
【関連記事】庶民的イメージを貫きつつ、その実芳醇なキャリアを誇る倍賞千恵子
【関連記事】磯村勇斗&奈緒独占インタビュー:「演じ屋」、“優しい嘘に助けられた“経験とは
【関連記事】<河合優実インタビュー>映画『愛なのに』で演じた女子高生は「この作品における純粋の象徴」
倍賞千恵子の「手」と「声」に注目
倍賞千恵子演じる角谷ミチは、ホテルの客室清掃に従事する78歳。とあるきっかけで職を失った彼女は求職活動に勤しむが、その困難さに心が折れ、やがてPLAN75に申し込む。
倍賞千恵子は、その表情、目の動き、所作、どれをとっても言い表せない”深み”を感じさせる役者。その滋味溢れる演技にはさらなる磨きがかかっている。彼女が映し出されるシーンは美しく、だからこそ悲しみも強い。
とくに注目して欲しいのは「手」と「声」。ミチが受話器を手に取るシーンがいくつかある。希望を持って耳に当てるときもあれば、やるせない予感に力なく触れる瞬間も。そして作中でも言及される「良い声」でもって、彼女の喜びや不安が余すところなく表現される。
丁寧な演技に酔いながらも、私たちは想いを馳せずにはいられない。自分にも訪れるかもしれない”命のリミット”について。
PLAN75申請者に心を寄せる若手2人の演技
PLAN75の申請窓口で働くヒロムを演じる磯村勇斗。そしてコールセンター勤務の成宮を演じる河合優実も、この映画に味わいを添える役者だ。
ヒロムは市役所職員として、1人につき30分と設定された時間に忠実に、機械的に申請者の対応をする。そのなかで、自身の叔父がPLAN75に申し込んだ現実と向き合うことになる。
片や河合優実が演じた成宮のように、自ら死を選んだ者と電話で話すのは、容易いことではないだろう。わからないことは丁寧に説明したり、他愛もない雑談をしたりするのだ。近い将来に”いなくなる”ことが決まっている人と。
身内が”当事者”になったことで、初めてPLAN75を自分ごととして捉えられるヒロム。そして流れ作業のように死を選ばされる高齢者との交流に、心を悩ませる成宮。2人の若者の機微はそのまま、この映画を見る私たちに繋がる。
PLAN75の目的は、高齢者の数を減らすこと。住む場所を決めるのも仕事を探すのも苦労する高齢者を、社会的に減らすことを目指した制度。
それが是か非かは、見る人それぞれに委ねられる。
(文・北村有)
【関連記事】庶民的イメージを貫きつつ、その実芳醇なキャリアを誇る倍賞千恵子
【関連記事】磯村勇斗&奈緒独占インタビュー:「演じ屋」、“優しい嘘に助けられた“経験とは
【関連記事】<河合優実インタビュー>映画『愛なのに』で演じた女子高生は「この作品における純粋の象徴」
–{『PLAN75』作品情報}–
『PLAN75』作品情報
【あらすじ】
世界の中でも速いスピードで高齢化が進んだ日本では、超高齢化社会に対応すべく、75歳以上の高齢者が自ら死を選び、それを国が支援する制度“プラン75”が施行されることになった。制度の運用が始まってから3年。“プラン75”を推進する様々な民間サービスも生まれ、高齢者の間では“自分たちが早く死ぬことで国に貢献すべき”という風潮がにわかに広がりつつあった。78歳の角谷ミチ(倍賞千恵子)は、夫と死別後、ホテルの客室清掃の仕事をしながら長年、独り暮らしを続けてきた。市役所の“プラン75”申請窓口で働く岡部ヒロム(磯村勇斗)や申請者のサポート業務を担当する成宮瑶子(河合優実)は、国が作った制度に対して何の疑問も抱かず、日々業務に邁進していた。また、フィリピンから出稼ぎに来ていたマリア(ステファニー・アリアン)は高待遇の職を求め、“プラン75”関連施設での仕事を斡旋される。そんなある日、ミチは職場から高齢を理由に退職を余儀なくされる。職を失い、住む場所さえ失いそうになったミチは、“プラン75”の申請手続きを行うか考え始める……。
【予告編】
【基本情報】
出演:倍賞千恵子/磯村勇斗/たかお鷹/河合優実/ステファニー・アリアン/大方斐紗子/串田和美 ほか
監督:早川千絵
上映時間:112分
配給:ハピネットファントム・スタジオ
映倫:G
製作国:日本