「このラストは“エンド”ではない」映画『恋い焦れ歌え』主演・稲葉友インタビュー

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初の長編主演映画『恋い焦れ歌え』で、性暴力に遭ったことで人生が180度変わってしまい、そこから生きる力を取り戻していく主人公・仁(ひとし)を演じた稲葉友。大変だったことや監督や共演者とのエピソード、生きる力になっていることなどたっぷりお話を伺いました。

仁と自分が似ているのは「言葉に対して潔癖症」なところ

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――稲葉さんから見て、今回演じた仁はどんな人だと思いますか?

稲葉友(以下、稲葉):もともと自意識の強い人、人にどう見られているのかをすごく気にする人なのかなと思いました。臨時教員という形で働いていてなかなか正規の雇用になれず、妻がしっかり働いて稼いでいて……。ずっとどこか負い目みたいなものがあるのかな、と。そういうことを全く気にしないタイプではないというか。

――仁とご自身が似ているなという部分があれば教えてください。

稲葉:言いたいことや思いがあっても飲み込んでしまったり、自分の中で折り合いをつけてしまったりする部分は似ているなと思いました。あと、仁の言葉に対するこだわりがあるところ、言葉に対して潔癖症なところ。彼は国語教師だからということもあって、僕とは方向性が違うんですけど、僕も「この言葉はこういう意味で使う」「こういう場面にはこういう言葉がいい」と考えてこだわるのがすごく好きで、そういうところはちょっと似てるかな。

――稲葉さんも言葉にこだわりがあるんですね。

稲葉:はい、自分の使う言葉もですし、芸人さんのツッコミもいわゆる秀逸なフレーズと言われるものってあるじゃないですか。そういうものを「今この場面でその言葉が出てくるのか」とか、「あ、その発想すごいな」と注目したりします。

暴行シーンの撮影は、人には話しがたい経験として残った

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――今回、感情を想像するのが難しい部分もある作品だったのではと思いますが、どんな風に役作りを進めていきましたか?

稲葉:暴力を受けるシーンということでいえば、こう作ろうということよりも、撮影自体に長い時間をかけていろんなアングルを探りながら撮っていただきました。もちろん実際と全く同じことをされたわけじゃないから想像や理解が難しいとこともあるとは思うのですが、自分の中でトラウマ要素やフラッシュバックする感覚を味わって、人には話しがたいものになっているくらいには体験として根付かせて作品を作れたかなと思います。

言葉にするのが難しいんですけど、僕の中で一事件としてしっかり楔が打たれたシーンになったので、その体験をもとに作っていったという感じです。

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――進めていく中で、熊坂出監督と相談して決めたことは結構あったのですか?

稲葉:そうですね、熊坂さんとは撮影の前から「こういう風な作品なんだ」とか「こういう役だと思うんだ」というお話はお互いさせてもらったんですけど。「とにかく稲葉友でいてくれれば」と言ってくださったのがすごく救いでした。

先ほど質問していただいたみたいに、なかなか想像や追体験が難しいことだったので、役者が演じる上でそこを気にしすぎて「この出来事があったからこういう身体になってこういう考え方になって」と”状態”を作ることにとらわれちゃうと、もうそれは嘘になっちゃうから、気にしすぎることはないんだ、と。いろんな角度から心を軽くしてくださいました。

大変なシーンしかなかったけど、振り返ると全部いい思い出

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――つらいシーンも多い作品ですが、特にここはしんどかった、というシーンはありましたか?

稲葉:しんどいところはいっぱいあるんですけど、「ここがしんどい」と挙げるのは難しいですね……もちろん暴力を受けるシーンは撮影する中でちゃんと怖かったしちゃんとつらかった思い出があるので、心身ともにすごく疲弊したシーンではありました。KAI(遠藤健慎)と出会ってシェルターに連れていかれ、人がたくさんいるところでラップをする場面も、長回しでチャレンジングな撮影の仕方で感情が動いていって……という一連の流れを撮るのも大変でした。

でも大前提として「大変じゃないシーンなんてないな、今回」と思っていたから、振り返ると結構全部いい思い出になっているんですよね。もちろん体力的には大変だったし精神的にやられたなと思うし、完成した映画を観て「大変だったな」と思いはするけど、大変だったという思い出がいちばん上にはこないので「このシーン大変だったんですよ」という伝え方にはならないかもしれないです。「現場のみんなで作っていった」という思い出のほうが強いから、自分がつらかったんです、という感じじゃないかな。

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――では逆に、演じていて楽しかったシーンを教えてください。

稲葉:子どもの俳優部の方たちとのシーンがあるんですけど、セリフのない部分でも自由にやってくれる子たちが多かったので、彼らとのやり取りは大人のほうが油断できない、スリリングな感じで楽しかったです。

教育実習か先生になりたてくらいの頃の回想のシーンがあるんですけど、事件が起こる前の数少ないシーンだったから、そこは楽しかったなぁ。子どもにすごく詰められて、仁なりに「これはいいことなんだけどこれは駄目なことで……どうしよう」となっていて。まだそこまでひねくれてない頃の仁というか。ピュアなやり取りが楽しかったですね。

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――生徒に告白されるシーンもありましたね。

稲葉:かわいいんだよなぁ(笑)。

――撮影の合間はどんな雰囲気でしたか?

稲葉:和やかだったと思う……どうですか? 和やかでしたよね?(スタッフさんに確認する)

僕がずっと人殺しみたいな顔をしていただけで。ピリピリしていたわけじゃないんですけど、これをしようとかあれをしようと考えていたら本当に余裕がなくて、どうしても顔が笑っていなかったらしいんですよね。むしろそのぶんまわりのみんなに甘えていたというか、助けてもらっていた感じですね。

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――他のみなさんは楽し気な感じで?
 
稲葉:そうですね、特にシェルターのシーンでは実際ラップをやってる子たちがたくさんいたので、サイファー(複数人が輪になってラップを披露すること)をしていたりして。すごく混ざりたかったんですけど、混ざる余裕がないというよりは「役として今ここで混ざっちゃうのは違うかもな?」ということも気にして見守ってましたね。遠藤健慎がみんなとわいわい楽しくつながってくれていたのでよかったです。僕は「ごめんね、頼んだよ」という感じで(笑)。

――遠藤さんはムードメーカー?

稲葉:そうなんです、彼の快活さと視野の広さにはすごく救われました。

–{稲葉友が語ったKREVA愛、そして生きる活力}–

音楽経験が作品に役立った?

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――稲葉さんはもともと音楽をやられていますが、今回役立ったことはありますか?

稲葉:曲をつくったりラップをしたりは趣味でやる程度なんですけど、ヒップホップやラップに全く抵抗のない人間だったという意味では、音楽経験が生きたかもしれないです。

音楽には本当にさまざまなジャンルがあるし、わからない人にはわからないということもあると思うんです。特に言葉を大事にするジャパニーズヒップホップと呼ばれるジャンルは未成熟だからこそ、いろいろなスタイルやカルチャーなどの要素があって、全く触れていなかった人にはハードルが高いかもしれない。それに昔から触れていてハードルなく入れて「役に立った」という実感すらなかったことは、気づいていなかったですがよかったことかもしれないです。

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――ハハノシキュウさんがラップの監修をされたんですよね。

稲葉:スタジオでラップを録音した映像を見てもらって、リモートでアドバイスをいただきました。GOMESSさんという若手のラッパーさんがいるんですけど、「GOMESSさんみたいなかっこつけ方ができるといいかもね」とか。そういう内容が理解できたのも、元からラップが好きだった経験が活きました。

――最近ハマっている音楽があれば教えてください。

稲葉:どうしましょうね……? こういうときなんですよね、悩むの。

(考えてから)KREVAさん。ラッパーであり、DJであり、アーティストですよね。先ほどいろんなジャンルやスタイルがあるとお話したんですけど、KREVAさんはそのどこからもリスペクトを勝ち取っているし、武道館でソロでやられてても成立する。「一人でゆっくりせりあがってきくるだけで、こんなに魅せられる人がいるんだ」と思うような、男としてもかっこいいなと思う瞬間が多くて。

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僕はラジオのレギュラー番組もやってて、アーティストの方がゲストにいらっしゃるんですけど、そこにKREVAさんもいらっしゃって「好きです!」みたいな感じでいろいろお話して。何度お話してもずっとかっこいいんですよね。何気ない言葉の返しとか、ふとした気づきだったりとか。こっちの興奮の仕方も完全にファンのそれになっちゃっています。「(声のトーンが高くなって)え~今日KREVAさん来るの? もっとおしゃれしてくればよかった! KREVAさんと写真撮るじゃん、今日! 言ってよ~!」 みたいな(一同爆笑)。

でも昔から好きだったいちファンが実際会っても、より好きを増させるようなパワーも含めて、やっぱりKREVAさんかっこいいな、好きだなと思いますね。ソロでの活動が多彩だし、今のご年齢になって若手の方をフックアップするような活動もされていますし、どう切り取ってもダサくない。「こんなことKREVAさんにしてほしくなかった!」みたいな瞬間がないんですよね。

このラストは「エンド」ではないと思う

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――この映画は観る人によっていろいろな受け取り方や感想がある作品だと思います。稲葉さんは、ハッピーエンドだと思いますか? バッドエンドだと思いますか?

稲葉:ああ~。うーん……なんか、二択じゃないような気がしちゃうかもなぁ……。

ハッピーエンドでいいと思うんですけど、それはバッドエンドとは言いたくないという節があるから、というか。ラストは「エンド」ではないという気持ちもあって。もちろん作品としてはここからここまででエンドロールが流れておしまい、ではあるんですけど。ここから続いていくぞというような未来の匂いがするというか、希望の匂いがちゃんとするので。そういう意味では、ハッピーエンドと言ってもいいかもしれないんですけど……。

――仁的にはどうでしょうか?

稲葉:それこそ仁的には最悪ではないですよね。愛する人を守れたし、気持ちを伝えられたし、ひとつになれたというところとか……。

稲葉友の「生きる力」になっているものとは……?

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――この作品は「生きる力を取り戻してもらいたい」という願いもある作品だと思うのですが、稲葉さんの生きる力はどんなところから沸きますか?

稲葉:わかんないですね……!

面白い演劇を観ると元気になります。……仕事じゃねぇかっていう(笑)。演劇も映画もドラマも好きだし、音楽も観に行くしいっぱい聴くし、お笑いもテレビも配信もラジオも大好きなんですけど、中でも「面白かった~!」と垣根なく言える演劇を観た後ってすごく元気だし、めちゃめちゃ生きていこうって思う。

内容がハッピーなものでも重くなるものでも「面白かった」とピュアに思えたら「まだやっててもいいかな、ピュアに続けられるかな」と思えるというか。

――最近観た演劇で「面白かった!」というものはありますか?

稲葉:「もはやしずか」という加藤拓也さんという同世代の演出家の方がやられた作品です、主演されてた橋本淳くんと黒木華ちゃんという昔から知っている二人が出ていて。もともと二人が出てるから行こうと思っていたんですが、二人とも連絡をくれて「この二人がわざわざ『来る?』って聞くっていうことは面白いんだろうな」と思って、実際観たら抜群に面白くて。ご時世で面会もできないから、終わってすぐ二人に「めちゃめちゃよかったです、あれがよくてこれが素敵で……」とバーッと送って「早く帰ろう!」「早く帰ってビール飲もう!」と元気になって帰りました(笑)。生きる力がわくのは、そんな作品に出会えたときですね。
 

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(撮影=渡会春加/取材・文=ぐみ)

 
–{『恋い焦れ歌え』作品情報}–

■『恋い焦れ歌え』作品情報

5月27日(金)、渋谷シネクイント ほか 全国順次公開

出演

稲葉友
遠藤健慎 さとうほなみ 高橋里恩 ほか

原作・監督・脚本

熊坂出

ラップ監修

ハハノシキュウ

製作

フューチャーコミックス/スタジオブルー

製作プロダクション

スタジオブルー

配給

フューチャーコミックス

© 2021「恋い焦れ歌え」製作委員会