2022年5月6日(金)より映画『オードリー・ヘプバーン』がTOHOシネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマほかで全国公開される。
「オードリー・ヘプバーン」という名を聞いたことがない人はいないだろう。作品を観たことがなくても、『ローマの休日』の王女姿で微笑むカットや、ジョー・ブラッドレー役のグレゴリー・ペックと共にスクーターで街を駆け抜けているカットを目にしたことがある人は多いのではないか。
彼女は映画界の大スターであり、時代やファッションの「アイコン」として存在していたため、現代を生きる私たちにとっては遠い存在である。
だが、スクリーンで観ることはできない、彼女の本当の素顔はどうだったのだろうか。どんな想いでカメラの前に立ち、女優として活動を続けていたのだろうか。
映画『オードリー・ヘプバーン』は、オードリーの内面に迫ったドキュメンタリー作品である。オードリーの家族や友人、仕事仲間など関係者への取材、そしてオードリー自身の過去のインタビューを1作にまとめ、彼女の生涯を紐解いていく。
本作品を観て、オードリーが私たちと同じように仕事や愛に悩み、葛藤していたと知ることができた。彼女の孤独は多くの人が抱える孤独に寄り添うはずだ。そして「心の傷を愛に変化させた」彼女の生き方は、多くの人に勇気を与えるはずである。
本記事では、人生や愛、孤独に悩みながら現代を生きる若者に『オードリー・ヘプバーン』が刺さる理由を紹介していきたい。
>>>【関連】『バブル』日本のアニメ映画史上最高峰の“体験”ができる「5つ」の理由
>>>【関連】『劇場版ラジエーションハウス』窪田正孝演じる五十嵐唯織が壊す“壁”
>>>【関連】<解説&考察>『ドクター・ストレンジMoM』鑑賞後に確認したい“3つ”のポイント
1:外面だけの評価に苦しんでいた
「銀幕のスター」「アイコン」など、さまざまな呼称で親しまれてきたオードリー。映画に登場するオードリーは堂々とした逞しさがあり、観ていて清々しい。男性の後ろについていくのではなく、自ら道を切り開くかっこよさがある。
オードリーの関係者は彼女について「役の力強さが魅力になって愛された」と話していた。
だが、それはスクリーンに映るオードリーの評価である。もちろん、仕事の評価が良いだけでは歴史に名を残すような女優にはならなかっただろう。彼女の人柄も含めて評価されてきたことは間違いない。
一方で彼女自身は、自分が多くの人から愛されていると思ってはなかったという。常に人から愛されるのを求め、愛に飢えていたのだそう。
多くの人から愛されているはずなのに、誰からも愛されない。
このオードリーの悩みは、現代を生きる若いインフルエンサーたちの悩みと重なるのではないか。
筆者はインフルエンサーではないので、同じ気持ちを理解することは難しい。
だが、InstagramをはじめとするSNSのインフルエンサーのフォロワーは、投稿者(インフルエンサー)の発信内容(外面)に惹かれてフォローしているので、本人の内面を完全に理解できているわけではない。
そのため、インフルエンサーのように多くの人から支持されている人も「誰からも愛されない」と感じることもあるのではないかと思う。
人気者だからこそ感じる孤独や葛藤は、オードリーと現代のインフルエンサーで通ずるものがあるはずだ。
–{2:容姿へのコンプレックスを抱いていた}–
2:容姿へのコンプレックスを抱いていた
©️PictureLux / The Hollywood Archive / Alamy Stock Photo
現代の社会問題の1つに、容姿にコンプレックスを持つ人が増えたことが挙げられる。これは、とくにSNSで「美しい」「痩せている」ことが良しとされる価値基準が生まれてしまったことが原因だ。
スマホの画面に映る美しくてスタイルのいいモデルと自分を比較して、自己嫌悪に陥ったり、過度なダイエットを始めたりする人が増えてしまった。筆者も、SNSを見て他人と比較して落ち込むことはよくある。
スクリーンに映るオードリーは常にキラキラしていて、そんな悩みとは無縁そうな人だ。
だが、彼女の長男であるショーン・ヘプバーン・ファーラーによると、オードリーは自分のことを美しい人や特別な人だと思ったことはなかったという。
むしろ、容姿にコンプレックスを抱いていたこともあったのだそう。
世界から愛された女優でも、私たちと同じように他人と比較して、自己嫌悪に陥ることはあるのだ。この事実を知ると、少しだけ肩の力が抜けた。
だが、彼女はコンプレックスを抱いていたからといって仕事を蔑ろにするわけではなかった。与えられた環境で最大限のパフォーマンスを見せ、多くの人を魅了し続けたのだ。
彼女の仕事に対する姿勢を観て、コンプレックスを抱いていたとしても、無理に自分を変えようとしなくていいし、自分の最大限の力を発揮すれば、認めてくれる人は必ずいるのだと思えた。
–{3:本当の夢は叶えられなかった}–
3:本当の夢は叶えられなかった
©️Sean Hepburn Ferrer
オードリーは、実は女優を志していたわけではない。彼女は幼い頃からバレエを習っており、将来の夢はバレエダンサーだった。
オードリーにとって女優業は、生活のためにお金を稼ぐ職業であり、夢ではなかったのだ。誰もが羨む立場にいる彼女だが、本人が志してその地位についたわけではない。
20代30代の若者の大きな悩みの1つが、将来に対する不安だ。「こんな仕事がやりたかったわけではない」と今の仕事に不満を抱えている人もいれば、好きなことを仕事にできていても収入の不安定さから将来が心配な人もいるだろう。
オードリーは最初、前者であったと思う。だが『ローマの休日』で24歳の時にアカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞してからは、将来について考える間もないくらい仕事に没頭していったに違いない。
しかし、『ローマの休日』から4年後に公開された『パリの恋人』では華麗なダンスシーンを披露している。『パリの恋人』により、バレエダンサーになるため練習に励んだ幼少期の努力が報われたのだった。
オードリーの生き方を見て、自分のなりたい姿と世間から求められる姿は異なるのだということを学んだ。
今の状況に納得がいかなくても、続けていれば他人から評価される可能性はあるし、思わぬ場面でやりたかった仕事に挑戦できる日が来るかもしれない。
どちらにせよ、オードリーのように仕事に真摯に向き合うことを忘れてはならない。
–{4:父や夫から裏切られた過去}–
4:父や夫から裏切られた過去
©️Sean Hepburn Ferrer
映画の中の華やかなオードリーとは一転して、プライベートでは心に深い傷を負うような暗くて悲しい経験をしている。
オードリーの心の傷は、幼少期に両親の離婚により父親が家を出て行ってしまったことから始まる。
父親から「愛されてもらえなかった」傷はオードリーの心に深く残り、オードリーの1人目の夫となる俳優メル・ファーラーと結婚しても、14年後に離婚してしまう。
そしてメルと離婚後はまもなく2人目の夫・医師アンドレア・ドッティと結婚。だが彼は、結婚後も女性との噂が後を絶たず、数年後に2人は離婚する。
大切な人から何度も裏切られてきたオードリーは、いつも愛を求めていたという。多くの人から愛されているのに、大事な人からは愛してもらえなかったオードリー。寂しさや悲しさを隠しながらカメラの前に立ってきたのだ。
心の傷を愛に変化させたオードリー
©️Sean Hepburn Ferrer
映画『オードリー・ヘプバーン』を観て最も印象に残ったのは、オードリーのユニセフでの活動である。
オードリーは1988年にユニセフ親善大使に就任。以後、亡くなるまでの4年間、食料危機に陥っていたエチオピアやソマリアをはじめ、世界十数カ国をめぐり、劣悪な環境で過ごしている子どもたちの現状を世界に発信し続けたのだ。
作品に登場するユニセフの写真家のジョン・アイザックはオードリーに対し「彼女自身は愛を求めて苦しんでいた。だからこそ愛を重んじていたんだろう」と述べている。
そしてオードリーが貧しい子どもたちのために行動を続けた理由のひとつは、自分も幼少期に戦争で栄養失調に陥り、ユニセフに助けられたためだと映画の中で語られていた。
両親の離婚に加え、戦争まで経験している彼女がどんな想いで幼少期の悲しみを乗り越えてきたかはわからない。だがオードリーは、幼少期の辛い経験があるから、小さくて弱い子どもたちに寄り添い、代弁し続けてきたのだと思う。
映画スターとしてはもちろん、1人の人間としてオードリーに畏敬の念を抱いた。
半世紀以上色褪せない、スクリーンに映るオードリー
©️Sean Hepburn Ferrer
ドキュメンタリー映画『オードリー・ヘプバーン』では、本記事で紹介してきた彼女の過去をアーカイブ映像とともに紹介している。
オードリーが出演した過去作品の舞台裏を、本人の肉声や関係者へのインタビューで振り返っているので、もう一度彼女の作品を観たくなった。
劇場で公開されてから半世紀以上経過しても色褪せず、むしろ唯一無二の存在感を誇る彼女の作品たちは、今後も語り継がれていくだろう。
何度も孤独を乗り越え、愛を与え続けた彼女の生き方に、現代を生きる多くの人が勇気をもらうはずだ。
(文:きどみ)
>>>【関連】『バブル』日本のアニメ映画史上最高峰の“体験”ができる「5つ」の理由
>>>【関連】『劇場版ラジエーションハウス』窪田正孝演じる五十嵐唯織が壊す“壁”
>>>【関連】<解説&考察>『ドクター・ストレンジMoM』鑑賞後に確認したい“3つ”のポイント
–{『オードリー・ヘプバーン』作品情報}–
『オードリー・ヘプバーン』作品情報
ストーリー
ウィリアム・ワイラー監督の「ローマの休日」(53年)に抜擢されたオードリー・へプバーンは初主演作でアカデミー賞主演女優賞を受賞、彗星のごとく映画界に現れた。ビリー・ワイルダー監督の「麗しのサブリナ」(54年)では、デザイナーのユベール・ド・ジバンシイと組み、伝説的ファッション・アイコンとなる。
また舞台では1954年のブロードウェイ作品『オンディーヌ』でトニー賞を受賞するなど、瞬く間に名声、人気、実力ともに世界一の女優となった。だが、オードリーの幼少期は決して輝かしいものではなかった。オードリーは1929年にベルギーのブリュッセルで生まれ、6歳のときに両親の離婚を経験。第二次世界大戦中にはナチス・ドイツが占領するオランダで飢えにあえぐ生活を強いられた。肉親の愛を得られなかったこと、そして戦争や飢餓で苦しんだことは、その後の人生に大きな影響を与えた。
1967年の「暗くなるまで待って」以降は家族や子供のために映画出演を控えたオードリー。出演作は全24本と決して多くはない映画女優が、ひとりの女性として人間として、没後30年を経た今でも世界中の人に愛される理由をさぐる。
予告編
基本情報
出演:オードリー・ヘプバーン/ショーン・ヘプバーン・ファーラー/エマ・キャスリーン・ヘプバーン・ファーラー/クレア・ワイト・ケラー/ピーター・ボクダノヴィッチ/リチャード・ドレイファス ほか
監督:ヘレナ・コーン
公開日:2022年5月6日(金)
製作国:イギリス