アニメ映画『バブル』が、4月28日(木)よりNetflixで配信がスタート、5月13日(金)より劇場公開がされる。つまり「映画館より先に配信スタート」という珍しい商業展開がされているわけだが、観てみれば大いに納得できた。
なぜなら、『バブル』は世界に誇る日本のアニメ映画の技術力を見せつける、その「代表」にもなれるほどにクオリティが高い。さらに、後述するダイナミックなアクションと、気持ちの良いアニメーションをたっぷりと「浴びる」ことができるため、心の底から「映画館で(も)観たい」と思わせてくれるからだ。
もちろん、配信で映画を観るのも選択肢の1つであり、今回のNetflix先行配信という形で多くの方に触れられる機会が与えられたのは、喜ばしいことだ。しかし、他に邪魔が入らない空間、こだわりの音響、大きいスクリーン、何より他の観客と共有する「体験」ができる映画館は、映画を最適なかたちで楽しめる場所だ。
先に配信がスタートするオリジナル企画の作品で、どれだけの人が「映画館で(も)観る」という選択肢を選ぶかは、ビジネス的観点からも興味があるし、その選択をさせるだけの力が『バブル』にはあると信じている。荒木哲郎監督自身も「視界を埋める画面(映画館)で観るほうがライド感がありますよ」と提言しており、第72回ベルリン国際映画祭ジェネレーション部門へ正式出品されていることも作り手の自信が明確に表れた結果だろう。
さらなる「映画館で観て!」と強く推せる理由と、作品そのものの魅力をたっぷりと記していこう。
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1:「進撃の巨人」「甲鉄城のカバネリ」の監督だからこその「パルクール」アクション
『バブル』の最大の特徴にして魅力は、全編で躍動感と疾走感に溢れる「パルクール」アクションが展開することだろう。
パルクールとは、人間の身体能力を最大限に駆使して、街中での素早い移動やアクロバティックな動きを「魅せる」スポーツだ。実写映画『YAMAKASI』は実在のパルクール集団を題材としていたし、『007 カジノ・ロワイアル』ではパルクールの第一人者セバスチャン・フォーカンが冒頭で華麗に逃走をする犯人に扮していたこともある。YouTubeやTikTokなどでも人気のコンテンツであり、若者を中心に興隆をみせているのだ。
予告編で観れば分かる通り、本作では2Dで描かれているはずのアニメのキャラクターがビルや瓦礫を飛び乗り動き回る様を、立体的な奥行きのある、ダイナミックなカメラワークで追う、ハイスピードで展開するパルクールの面白さをたっぷりと堪能できる。序盤はグループ対抗でスピードを競う様を、中盤とクライマックスではさらに違ったシチュエーションでのパルクールが展開していくのだ。
さらに、舞台そのものが面白い。謎の泡が降る現象のために多くの人が去り、建物が廃墟と化し、重力が壊れたため瓦礫が浮遊している東京の街は、若者たちにとってはむしろ恰好のパルクールでの競争の場となっているのだ。青い空と海、退廃的な風景が混ざり合う風景はそれだけで美しく、その中をパルクールで飛び回る様は「こんなの観たことがない!」という感動がある。
本作で監督を務めた荒木哲郎は、「進撃の巨人」で「立体機動装置」による空中をカッ飛ぶアクションを、「鋼鉄城のカバネリ」(特に『海門決戦』)でヒロインがまるでダンサーのように華麗に動きまわり敵を倒していく様も描いてきた。
『バブル』では、その荒木監督の作家性を、「美しく退廃的な場でのパルクール」で、「極限」かつ「贅沢」に魅せてくれることに圧倒されるのだ。
それらの超絶的なパルクールと、ため息が出るほどに美しく退廃的な世界観を盛り上げるのは、「進撃の巨人」と「甲鉄城のカバネリ」でも荒木監督とタッグを組み、『プロメア』でも絶賛を浴びた澤野弘之による音楽。
荘厳かつ浮遊感と多幸感が入り混じるような音楽は掛け値なしに作品世界にマッチしており、サントラでずっと聴きたくなる。Eveによるオープニングテーマ曲も、「これから」の物語への期待値をグッと上げてくれるだろう。
–{2:まさかの「あの実写シリーズ」の影響も!}–
2:まさかの「HiGH&LOW」の影響も!
本作ではアジア人前人未到の全米チャンピオンに輝いた、日本のパルクールアスリートのZENが協力をしている。荒木監督は、そのZENのパルクールの映像から、飛ぶ瞬間に加え、着地までを徹底的に研究し、リアリティーと重力を感じる動きをアニメに取り込んだ。
しかも、その著作「FRY」からZENというその人の精神性を、主人公であるヒビキというキャラクターに反映しているそうだ。
さらに、そのZENが出演している「HiGH&LOW」シリーズも荒木監督は観ており、ドラマのファーストシーズンで佐野玲於とそのチームが「V字になった木組を横回転しながらくぐり抜ける」シーンも観ながら作業をしていたこともあったという。
そのためと言うべきか、本作はまるで「HiGH&LOW」シリーズのアクションがアニメで観られたような興奮もある。
なお、『バブル』の製作を務めた和田丈嗣によると、東京を舞台にしたパルクールのアニメの作業は「進撃の巨人」よりも大変だったそうだ。それは「東京の現実をベースにした舞台を作り、そこをコースにするという作業が、現実をベースにしてるからこそ、検証作業も含めて美術チームにとってはかなりのチャレンジだった」からなのだとか。
荒木監督自身も、取材をもとに3Dモデルを作成する作業に苦労していたという。ドローン会社に建物を上から撮った写真をたくさん撮影してもらい、美術担当スタッフに参考画像を渡していたこともあっただそうだ。アクロバティックなパルクールの動きのアニメだけでも大変な上に、「現実と地続き」な舞台だからこその苦労も大きかったのだ。
実写である「HiGH&LOW」における、生身の人間が繰り出すパルクールも、もちろん生半可な努力でなし得るものではない。
さらに、『バブル』では実写を参考にしながらも、膨大かつ複雑な作業を経た、アニメならではの瞬きするのも惜しい超絶的なパルクールを実現している。
さらに物語上でも、チーム内での仲間意識、リーダー的なキャラへの感情、ほかチームとのライバル関係が、かなりの尊みをもって描かれる様も、「HiGH&LOW」と『バブル』は似ていたりもする。『バブル』はアニメ版「HiGH&LOW」と言っても過言ではない。いや本当に。
–{3:「虚淵玄らしさ」もある、王道ボーイ・ミーツ・ガールな青春ラブストーリー}–
3:「虚淵玄らしさ」もある、王道ボーイ・ミーツ・ガールな青春ラブストーリー
本作のもう1つの注目ポイントは、虚淵玄が脚本を務めていることだ(大樹連司と佐藤直子との共同脚本)。テレビアニメ「魔法少女まどか☆マギカ」に代表される「鬱シナリオ」の作家としても有名ではあるが、今回はどちらかと言えば明るい内容で、なおかつ存分に「虚淵節」を感じられる内容となっていた。
『バブル』の導入部は「コミュニケーションが苦手な少年ヒビキが、謎の少女ウタと出会い、交流をしていく」という、王道の「ボーイ・ミーツ・ガール」だ。その2人の出会いが、やがて世界を揺るがす真実へとつながっていく様は、『新世紀エヴァンゲリオン』や『君の名は。』に通じる「セカイ系」と呼ばれるジャンルの特徴でもある。
虚淵玄脚本作品でもっとも作風が近いのは、テレビアニメ「翠星のガルガンティア」だろう。こちらも王道のボーイ・ミーツ・ガールかつの物語であると同時に、かわいらしくて魅力的なキャラクターが織りなす群像劇になっていることも共通している。
荒木監督によると、『バブル』のコンセプトは「アクション作画を使える青春ラブストーリーが大前提」だったそうで、その大前提に虚淵玄の「翠星のガルガンティア」に通ずる「陽性」のラブストーリーを紡ぐ手腕が発揮されたのではないか。
両作品に共通する、コミュニケーション下手であった男の子と、天真爛漫な女の子が仲良くなっていく過程、言葉のみに頼らない信頼関係を育む様は、なんともニヤニヤさせられて楽しいのだから。
なお、虚淵玄が具体的に脚本のアイデアとして打ち出したのは、童話の「人魚姫」をモチーフにしたうえで、「少女が恋した末に泡になる」を「泡が恋して少女になる」に組み替えてはどうか?ということだったそうだ。
いわば、『バブル』は、悲劇的な結末を迎える物語を「創り変えた」内容だ。「世界の理(ことわり)」を見つけ、より良い選択をしていこうとする意思、そして終盤に哲学的な問答をする様には、「魔法少女まどか☆マギカ」に通じる精神性、まさに虚淵節を感じ取ることができた。
–{4:小畑健が手がけたキャラクターの魅力と、志尊淳、りりあ。、広瀬アリスのハマりぶり}–
4:小畑健が手がけたキャラクターの魅力と、志尊淳、りりあ。、広瀬アリスのハマりぶり
本作では、「DEATH NOTE」や「バクマン。」でおなじみのマンガ家の小畑健がキャラクターデザイン原案を手掛けている。カッコよさと可愛らしさが同居している造形はそれだけで魅力的であるし、さらに声優陣の熱演も素晴らしい。
主人公のヒビキを演じるのは、『バンブルビー』や『2分の1の魔法』でも吹き替え声優の経験がある志尊淳。周囲になじまない、ダウナーな雰囲気を纏う、悪い言い方をすれば「陰キャ」な人物なのだが、だからこそ大きく感情が動く瞬間を、志尊淳は持ち前の演技力で存分に表現している。
荒木監督もその演技を「僕が見てきた既存の芝居にはない新鮮さがあって、作品に奥行きを与えてくれる存在でもあった」と絶賛していた。
ヒロインのウタの声を担当するのは、TikTokのフォロワーが100万人を超えるシンガーソングライターのりりあ。。彼女自身は主題歌だけでなく声の出演のオファーを受けて「は、私が声優?!無理!出来るわけない!という気持ちと楽しそう!やってみたい!の気持ちが行ったり来たりで大騒ぎ」だったそうだが、透き通るかのような声質は儚さと危うさも感じさせる、その印象にぴったりだった。
演じるのが「ほとんど喋らない」キャラクターで、少しずつ言葉によるコミュニケーションが可能になっていくからこそ、声優未経験で「声を出し慣れていない」様もむしろプラスに働いたのではないか。
さらに、「みんなのお姉さん」的な立場で愛される女性科学者のマコトを、広瀬アリスが好演している。荒木監督は「キャッキャとした女の子と科学者的な感じ、そのバランスが難しい。知的さも要るけど、ズボラなお姉さん感も必要」というキャラクターを想定していたそうだが、まさにその言葉通りの魅力を持つ役柄にハマっていた。
さらに、千本木彩花と畠中祐という「甲鉄城のカバネリ」のキャストも再登板しており、梶裕貴、宮野真守、井上麻里奈、三木眞一郎という大人気声優陣も脇役の(と言うのもはばかれるほどに印象的な)キャラクターに扮している。
声優ファンにとっても「耳が幸せ」な内容になっているのは間違いないだろう。
–{5:コロナ禍の現実をほうふつとさせる設定と、希望と勇気を与えるメッセージ}–
5:コロナ禍の現実をほうふつとさせる設定と、希望に溢れたメッセージ
『バブル」の企画はコロナ禍の前からスタートしていた。だが、劇中の謎の泡が降る現象が起こり、世界の姿が大きく変わってしまう設定は、現実の新型コロナウイルスの蔓延をどうしても連想する。
プロデューサーの川村元気も「東京がロックダウンされ、立ち入りが出来なくなる」物語に「現実がどんどん追いついていく」様は怖いほどで、東京オリンピック時のコロナ対策が「バブル方式」と呼ばれた時は本気で驚いていたと語っている。
しかも配信・劇場公開がされるタイミングで、ロシアによるウクライナ侵攻という、さらなる世界全体を揺るがす悲劇も起こっている。主人公たちだけでない「世界の人々」の姿を映す様からは、本作がボーイ・ミーツ・ガールの物語の枠に収まらない、「変わってしまった世界で生きる人たち」を描いた作品であることが、より分かるだろう。
そして、終盤に打ち出されるメッセージは、変わってしまった世界で生きる人たちに、ストレートに希望と勇気を与えるものだった。
過酷な世界で必死に生きる人々を描いてきた荒木哲郎監督と、世界に立ち向かう意志を示してきた虚淵玄脚本、それらの作家性がシンクロした結果として、今の世に必要だと心から思える尊い「願い」を、まっすぐに示してくれたことが嬉しいのだ。
余談だが、「歌」が物語の発端になっていることや、既存の人間関係に「乱入」していくエキセントリックに思えるヒロインなどは、現在先行レンタル配信がされている『アイの歌声を聴かせて』に共通しているところもある。さらに、8月6日(土)公開予定の『ONE PIECE FILM RED』でもヒロインの名前がウタだったりするなど、さらなる偶然があるのも面白い。
あえて『バブル』本編の難点をあげるならば、とある物語の根幹に関わるであろう設定が、サラッと流されるように提示されることだろうか。観客が「補完」する楽しさもあるとも言えるのだが、どちらかといえば「いったいどういうことだったんだ?」というモヤモヤの方が先立ってしまうのは、少しもったいない。各キャラクターの掘り下げももう少し欲しいとねだりたくもなってしまうし、設定のツッコミどころが気になる方もいるだろう。
とはいえ、それらを説明しすぎると冗長になってしまうだろうし、100分という上映時間でスピーディーに駆け抜けるアニメ映画としては、むしろ考え抜かれているバランスとも言える。合わせて公式サイトに掲載の「にんぎょ姫」を読めば、より理解も深まるだろう。
荒木監督は「登場する泡にも設定があって、シナリオ上の役割を視覚的に伝えていくという作業が必要でした」「泡の属性をセリフで説明できないので、画だけで誤解なく観客に伝えなければいけなかった」と語っており、説明に頼らない、アニメの表現でこそ伝える作劇を目指していたことを鑑みれば、やはり種々の描写から深く想像し考察する楽しみも得られるだろう。
結論を改めて言おう。『バブル』は徹頭徹尾、「日本のアニメ映画はものすごい」ことを改めて知ることができる、その最先端にして最高峰、センス・オブ・ワンダーに溢れた素晴らしい作品だ。
Netflixの配信で観るのももちろん良いが、映画館での鑑賞も候補に入れてほしい。初めに掲げたように、そこにはかけがえのない「体験」があるだろうから。
(文:ヒナタカ)
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–{『バブル』作品情報}–
『バブル』作品情報
ストーリー
世界に降り注いだ泡<バブル>によって重力が破壊された東京。ライフラインも断たれ、家族を失った一部の若者たちの住処となり、ビルからビルに駆け回るパルクールのチームバトルの戦場と化していた。危険なプレイスタイルで注目を集めていたエースのヒビキはある日、無軌道なプレイで重力が歪む海へ落下してしまう。そこに突如現れた、不思議な力を持つ少女ウタがヒビキを救う。
驚異的な身体能力を持つウタは、ヒビキや彼のチームメンバーたちと一緒に暮らし始める。そこには、メンバーたちの面倒を見ながら、降泡現象を観測する科学者マコトもいた。ウタは、賑やかな仲間たちと他愛もない会話で笑い合うような日常生活に馴染んでいく。そして、なぜかヒビキとウタだけに聴こえるハミングをきっかけに、二人は心を通わせるようになる。
しかし、ヒビキがウタに触れようとすると、彼女は悲しげな表情で離れてしまう。ある日、東京で再び降泡現象が始まる。未知の泡が降り注ぎ、東京は沈没の危機に陥る。ウタは泡が奏でるハミングを聴き取り、突然ヒビキの前から姿を消してしまう……。
予告編
基本情報
声の出演:志尊淳/宮野真守/梶裕貴/畠中祐/広瀬アリス/宮野真守/梶裕貴/畠中祐/千本木彩花/三木眞一郎/りりあ。 ほか
監督:荒木哲郎
Netflix配信日:2022年4月28日(木)
劇場公開日:2022年5月13日(金)
製作国:日本