『ZAPPA』ギターはマシンガンより軽く、音楽は銃弾よりも速く我々を貫く

映画コラム

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「銃弾の方が音速より速いだろ」と脳内で合成された読者が光の速さで突っ込んで来たがちょっと待って欲しい。そんなことくらい解っている。よって「これを書いた人間はブローニングM2重機関銃の銃口初速よりも音の方が速いと思っているのだ」というのは誤解だ。

筆者について知らない人は、今のところ「こいつは映画について何か書いていて、脳内で勝手に読者を合成し突っ込ませている気の毒な奴である」と思われるかもしれない。

気の毒に関してはそれほど勘違いではないのが心苦しいが、とにかく、人はパズルを組み立てるようにあらゆる断片から「その人」のイメージを作り上げるしかない。生成されたイメージには必ず、多かれ少なかれ「誤解」を含んでいる。

この文章はフランク・ザッパを扱った音楽ドキュメンタリー映画『ZAPPA』について書かれているが、当初は「誤解」をキーワードとして、ミシェル・ペトルチアーニの『情熱のピアニズム』などを引き合いに、ミュージシャンのイメージがガラっと変わったり、多くの人の誤解が解けたりするような作品を並列して紹介していく予定だった。

「予定だった」というのは、この記事が出る頃にはロシアのウクライナ侵攻が終息していると思っていたからである。だが、現在も戦争は続いている。

なぜ予定が変わり、ウクライナ侵攻の話が出たのか。それは『ZAPPA』の冒頭シーンに由来する。

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1991年、チェコ共和国、プラハ

映画は1991年のライブ映像(ライブ前の楽屋)から始まる。ザッパは「仕事じゃないんだ。ただ音楽をやればいい」と言い、ギターを持ってステージに立ち、煙草をヘッドに挟んでチューニングを始める。

このライブはソ連軍のチェコスロバキアからの撤退を祝う式典で、プラハで開催された。ザッパはゲストとして招かれており、その数日後には同じくソ連が撤退したハンガリーでも演奏している。

筆者が試写を観たのは、まさにロシアがウクライナに侵攻を始めた直後だった。プーチンが「特殊軍事作戦」を決定したのは2月24日で、オンライン試写の視聴用リンクを受け取ったのが2月25日だ。その時は「おお、すごい偶然だな」と軽く感じていた程度で「まあすぐに落ち着くのでは」と考えていた。

そのため、先程の「誤解」をテーマにライトな感じで書こうとしていたのである。企画を通さないといけないので「ザッパだけじゃヒキが弱いんで、他の作品も併せて紹介するっていうのはどうですかね? なんか◯選みたいに」と弱火の提案をしていた。

だが、戦争は強火で続いている。もう先の提案など知るか。何がヒキだ。この時期に、あまりにタイムリー過ぎる冒頭がブチ込まれる『ZAPPA』が日本公開される。これ以上のヒキがどこにあるというのか。だから、ここからはフランク・ザッパに絞って話す。

–{フランク・ザッパに対する誤解について}–

フランク・ザッパに対する誤解について

熱心なファン以外にとってザッパのイメージは、音楽好きであってもおおよそ変人・奇人・奇才といったものが多いはずだ。だが、本作が捉えるザッパはその印象を360度回転させてみせる

「なぜ180度ではないのか。360度ならば1周回って同じじゃないか」と脳内で合成された読者が突っ込んでくるが、誤解であるのでちょっと待って欲しい。今までザッパに抱いていた誤解が解けたと言っても「ああ、やっぱりこの変人だわ」と思わせる勢いがあるので、誤解巡りの旅を終えて丁度1周戻ってくる、というのが最適な説明だと感じたからだ。

通常「変人」ときくと話が通じなさそうであるが、本ドキュメンタリーを観るとザッパは驚くほど冷静で、知的で、およそ変人的なエピソードが語られることはない。(と書いたが、もちろん少しはある。それもすっごいのが)

コアなザッパファンであれば「今さら再評価かよ」となるかもしれないが、多くの人の誤解を解くには良い機会であろう。

とか言っている筆者も、以前「ザッパが日本に来た時、内田裕也と一緒に吉原で無茶苦茶やっていた」とインタビューで読んだ記憶があったので「ああ、ザッパってやりそうだなそいうこと」と思いながら偉人・変人の棚に入れて今まで過ごしていた。

だが、本記事を書くために引っ張り出したミュージック・マガジン(76年4月号)を読み直してみると、インタビューではなく記者会見で、不躾な質問に対してもザッパは驚くほど知的に、ユーモアをもって答えている。ちなみに訳は中村とうようで、内田裕也は横からいきなり登場する。

ザッパは「ヒゲの手入れ方法は?」との質問に

「そう難しいことではない。このひげの生育にいちばん効くのは天然体液だ。日本に来る前オーストラリアで僕はボディ・ジュースをたっぷりひげにかけてやったので、あやうく顔じゅうひげだらけになるところだった。昨夜もまた同じ騒動になりかけたが、アメリカの科学者がそのような質問の解決のために特に発明した器具で、今朝剃ってきた。それは、レザーと言い、2枚の刃を持つ器具で、顔にくっついているものならすべてきれいに落とすことができる。今もそれを使ってきたばかりだ。以上の説明がみなさんのお役に立っただろうことを期待します。」

と答える。なんという甘美なユーモア。筆者はこの記事を読んだにも関わらず、ザッパを変人扱いし、誤解し続けていた。記憶は改ざんされるものだからして仕方がないが、それほどザッパの変人・狂人イメージは強烈なのだ。

だが再び、本ドキュメンタリーはザッパの味方を360度変え、誤解を解く力を持っている。チェコのエピソードもヒキが強いが、本作の白眉は彼が言葉と音楽のみを武器に闘争を続けたことを描いている点である。

–{ザッパの闘争、音楽による戦争の駆動}–

ザッパの闘争、音楽による戦争の駆動

ザッパは一発の弾丸も、ドラッグすらも用いず、言葉と音楽のみで闘争を続けた。それが最も顕著なのは「Parental Advisory」の件だろう。本作でも比較的長い尺で触れられている。

過激な歌詞が含まれていることを警告する「Parental Advisory」のステッカーだが、この検閲に対してザッパは孤軍奮闘ともいえる闘争を「正式な場(上院議会が開催する公聴会)」で行っている。会にはディー・スナイダーやジョン・デンバーも参加していたが、多くのミュージシャンは傍観の構えをとっていた。

ザッパは彼らに対しても「言わない権利がある」と擁護してみせる(ただ煽っているだけかもしれないが、少なくとも筆者には、額面通りの「言わない権利がある」と感じられた)。

このエピソードだけでも「孤高のミュージシャンで周りのことはお構いなし、我が道と独自の音楽を作り続けるフランク・ザッパ」みたいなイメージが覆されるはずだ。今の日本であれば「この歌詞は◯◯を蔑視している」と国会で議論になり、代表として山塚アイがユンボに搭乗して登場するようなものであると書いたが、これはちょっと違うかもしれない。

それはさておき、ザッパは自分の(あるいは、音楽家全員かもしれない)音楽を、権利を守るために言葉を用いて闘争を続けた。もし彼が権利のために立ち上がらなかったら、ひょっとしたら米国の音楽シーンは、今とは少し違ったものになっていたかもしれない。もちろん、異なる世界線のシーンは地獄のようであろう。

結果として、彼は自分の音楽と権利を外敵から守りきった。これは戦争状態ではなく、外交的解決と言える。

アメリカは第二次世界大戦中に「Vディスク」なるレコードを作成していた。グレン・ミラー、カウント・ベイシー、ビリー・ホリデイ、デューク・エリントンなど、スウィングやジャズ、ブラックミュージックに至るまで、様々な楽曲がパッケージされていて、レコードは蓄音機とともにパラシュートで戦地に投下された。

米兵たちはビニライトから出る音楽を聴き、スウィングの力で戦争を駆動させた。音楽の力を利用して人殺しをさせていたようなアメリカが、「この歌詞は危険だ」と検閲するなど、どの口で言えたのだろうか。ザッパの検閲に対する闘争は、アメリカへの強烈な皮肉でもあるように思えてならない。

我々は、あらゆる闘争を停止し、話し合うべきだ。話し合うべきは敵とではない

我々は日々、何らかの闘争を止められないでいる。SNSを見れば一目瞭然で、皆が皆、誰も勝者になれない(原理的に負け続ける)闘争を続けている。そのほとんどは、何らかの誤解から発生している。

あれだけ語るべき言葉をもち、奏でるべき音楽を作り続けたザッパですら誤解されるのだから、一般人の我々など誤解されまくるに決まっている。誤解を解こうと躍起になればさらに誤解され、自分も相手を誤解する。

その誤解を少しでも解くには、自分は相手を誤解していると理解し、一時的にあらゆる闘争を停止するしかない。そして、話し合うべきだ。その相手は敵対している人ではないし、そんな暇はない。

話し合うのは両親や兄弟、友達や恋人、もしくは、ちょっと良いなと思っている相手がいいだろう。必ずお互い誤解をしているはずだ。もちろん、全ての誤解を解くのは不可能だ。けれど、少しでも解けたなら我々の世界は大きく変わる。そして、そこには音楽が鳴っていたらもっと良い。

正直、あまり時事ネタを映画に紐付けて「今観られるべき作品である」と綺麗な紙でラッピングするのは好きではないのだが、『ZAPPA』は間違いなく今、観られるべき作品であるし、多くの人が「誤解」について考えるきっかけになるだろう

少なくとも、日本の公開時期は運命的で、誤解を恐れずに言えば、幸福な機会であると思う。「誤解を恐れずに」と言う人が誤解を恐れていなかった試しはないのだが。

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(文:加藤広大)

–{『ZAPPA』作品情報}–

『ZAPPA』作品情報

ストーリー
フランク・ザッパの音楽活動は多岐にわたる。オリジナル・アルバムは60枚近くあり、ロック、ジャズ、ブルース、R&B、ドゥーワップ、ミュージック・コンクレート、現代音楽などジャンルを問わない。本名はフランク・ヴィンセント・ザッパ。1940年12月21日、アメリカ合衆国、メリーランド州ボルチモアに生まれる。13歳まで真剣に音楽を聴いたことはなかったが、いざ音楽を始めると「天才」を発揮する。

実際の彼は世間一般が抱いているイメージよりも温かくて親しみやすい。もちろん、いかにもザッパらしい特徴……頑固で、気難しくて、厳格、時には、冷淡なこともある。個人的な自由、芸術的な自由、政治的な自由のために闘うときは特に。自由な音楽活動を検閲・制限しかねないペアレンツ・ミージック・リソース・センター (PMRC) に対しては真剣に戦いを挑んだ。

フランクは間違いなくセックス革命の先頭に立ったメジャーな音楽アーティストの最初期のひとりだが、一方で家庭的な人間で4人の子供を持ち、自宅スタジオで仕事をしているという二面性の持ち主でもあった。その一筋縄では語れない人間的魅力に迫る。

予告編

基本情報
出演:ブルース・ビックフォード/パメラ・デ・バレス/バンク・ガードナー/デヴィッド・ハリントン/マイク・ケネリー/スコット・チュニス/ジョー・トラヴァース/イアン・アンダーウッド/ルース・アンダーウッド/スティーヴ・ヴァイ/レイ・ホワイト/ゲイル・ザッパ ほか

監督:アレックス・ウィンター

公開日:2022年4月22日(金)

製作国:アメリカ