【多様性の進化と深化】第94回アカデミー賞詳報:今後の映画の在り方を示すものに

映画コラム

昨年は、簡易バージョンにて行われたアカデミー賞授賞式

今年は、いつものドルビーシアターに帰ってきてのほぼフルスペックでの開催となります。

アカデミー協会は2015年の“白すぎるオスカー”批判から新たに多種多様な人種の会員を3000人増やして多様性を増しました。

結果、一昨年前に『パラサイト-半地下の家族-』が受賞し、昨年は女性監督クロエ・ジャオの『ノマドランド』が受賞と、明らかに方向性が大きく変わってきたことがわかってきた中で、今年のアカデミー賞が幕を開けました。

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第94回アカデミー賞受賞作一覧 

『コーダ あいのうた』(C)2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS

■作品賞『コーダ あいのうた』 

■監督賞 ジェーン・カンピオン『パワー・オブ・ザ・ドッグ』 

■主演女優賞 ジェシカ・チャステイン『タミー・フェイの瞳』

■主演男優賞 ウィル・スミス 『ドリームプラン』

■助演女優賞 アリアナ・デボーズ 『ウエスト・サイド・ストーリー』 

■助演男優賞 トロイ・コッツァー『コーダ あいのうた』

■オリジナル脚本賞 ケネス・ブラナー『ベルファスト』 

■脚色賞 シアン・ヘダー『コーダ あいのうた』 

■国際長編映画賞 『ドライブ・マイ・カー』 

■長編アニメーション映画賞 『ミラベルと魔法だらけの家』 

■作曲賞 『DUNE/デューン 砂の惑星』 

■歌曲賞 ビリー・アイリッシュ「No Time to Die」『007/ノータイム・トゥ・ダイ』 

■撮影賞 『DUNE/デューン 砂の惑星』 

■編集賞 『DUNE/デューン 砂の惑星』 

■美術賞 『DUNE/デューン 砂の惑星』

■衣装デザイン賞 『クルエラ』 

■メイクアップ&ヘアスタイリング賞『タミー・フェイの瞳』 

■音響賞 『DUNE/デューン 砂の惑星』 

■視覚効果賞 『DUNE/デューン 砂の惑星』 

■長編ドキュメンタリー賞 『サマー・オブ・ソウル(あるいは、革命がテレビ放映されなかった時)』 

■短編ドキュメンタリー賞『ザ・クィーン・オブ・バスケットボール』

■短編アニメーション映画賞 『ザ・ウィンドシールド・ワイパー』 

■短編実写賞『ザ・ロング・グッドバイ』

『コーダ あいのうた』が結果としてノミネートされた3部門を完全制覇。

一方で最多11部門12ノミネートとなったNetflix映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は監督賞のみに終わりました。

技術系は 『DUNE/デューン 砂の惑星』圧倒、今回最多となる6部門を制しました。

授賞式タイムライン

ドルビーシアターでの開催が復活し、直前のレッドカーペットも大々的に行われました。

ウィリアムズ姉妹が登場するオープニングから、テニスコートでの『ドリームプラン』の主題歌「ビー・アライブ」を歌うビヨンセのパフォーマンスで式はスタート。

レジーナ・ホール、エイミー・シューマー、ワンダ・サイクスという司会陣は人種問題、女優のギャランティ、ゴールデングローブ賞への皮肉をチクリ。

また、もちろんですが新型コロナウィルスのパンデミックやウクライナ情勢、国内と世界の様々な分断についても触れています。

ゴールデングローブ賞はその会員の中に黒人会員が1人もいないことなどが大きく問題視され、また多くの差別的な事実も追随する形で明らかになりました。その結果今年はテレビ中継無し、主だったノミネート者もボイコットを宣言するまでになりました。

アカデミー賞としても、中途半端なリベラルさを出してお茶を濁すようなことはもう許されないところに来ています。

さて、授賞者が読み上げられ始めます。

『ウエスト・サイド・ストーリー』(C)2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.

オープニングは助演女優賞で、『ウエスト・サイド・ストーリー』アリアナ・デボーズがラテン系黒人として初でありLGBTQオープンとしても初の受賞となりました。

『ミラベルと魔法だらけの家』(C)2021 Disney. All Rights Reserved.

長編アニメーションは『ミラベルと魔法だらけの家』がライブの歌唱パフォーマンスからの受賞。リン=マニュエル・ミランダへの謝辞もありました。

『コーダ あいのうた』(C)2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS

助演男優賞は『コーダ あいのうた』トロイ・コッツァーがろう者男優として初の受賞。手話でのろう者、コミュニティに捧げる感動的なスピーチが印象的でした。

そして、ついに登場した『ドライブ・マイ・カー』

『ドライブ・マイ・カー』(C)2021「ドライブ・マイ・カー」製作委員会

前哨戦と言われる各種映画賞で、ダークホースではなくて、本命の1本となって、一大旋風を巻き起こしましたが、国際映画賞を『おくりびと』以来の13年ぶりの日本映画の受賞となりました。

名優、名監督として知られていながら実はアカデミー賞に縁遠かったケネス・ブラナーが自伝的作品『ベルファスト』で脚本賞を受賞したのはうれしかったですね。作品の内容ともオーバーラップするウクライナ情勢にもしっかりとスピーチで触れています。

『コーダ あいのうた』(C)2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS

続いてのメインどころの脚色賞にも『ドライブ・マイ・カー』がエントリー(やはり村上春樹の世界的な認知度・浸透度の高さを感じます)。『ドライブ・マイ・カー』優勢と言われる中で『コーダ あいのうた』が獲得。

ここで、前代未聞のハプニング、クリス・ロックがジェイダ・ビンケット・スミスを「からかった」ことで夫のウィル・スミスが壇上に登って、ガチで殴りその後、Fワードを連発……。

監督賞は2年連続女性監督となる『パワー・オブ・ザ・ドッグ』ジェーン・カンピオン。まだまだ女性監督の地位が低い中での受賞となりました。道半ばではありますが、女性クリエイターの地位向上の一助になることを素直に願います。

『ドリームプラン』(C)2021 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved

主演男優賞はウィル・スミスです。

壇上での騒然とした出来事からは一転してスピーチでは涙があふれるものになり、先ほどのパンチについて謝罪の言葉も、良くも悪くも感情が目いっぱい出た一夜でした(デンゼル・ワシントンの一言も重さがありました)。

『ドリームプラン』で演じたキャラクターはちょっとエキセントリックすぎる気もしましたが、終わってみれば文句なしのウィル・スミスのスター映画でしたからね。

歌曲賞を受賞したビリー・アイリッシュに続いてアカデミー賞とグラミー賞の両方を撮った人物が2人も登場しました。

『タミー・フェイの瞳』(C)2021 20th Century Studios. All rights Reserved.

昨年、まさかの受賞で、しかも欠席していたアンソニー・ホプキンスが登場すると場内はスタンディングオベーション。そんな彼が発表した主演女優賞はジェシカ・チャスティン

今年の主演女優賞は近年まれに見る大混戦でした。

アカデミー賞にはいわゆる前哨戦と言われる映画賞がいくつかもあるのですが、ほとんどの賞でこの主演女優賞部門がバラバラ。

アカデミー賞にノミネートされなかった人も含めて、大乱戦状態でしたが『タミー・フェイの瞳』ジェシカ・チャスティンが制しました。

長らくオスカーノミネートで留まっていた彼女が待望の受賞です。

『コーダ あいのうた』(C)2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS

そして、最後の発表となった作品賞は『コーダ あいのうた』でした。

『コーダ あいのうた』はノミネートされた3部門の全てで受賞となりました。本作はは海外では劇場で、アメリカ国内はAppleTV+の配信と二つの手法が別々に選ばれたという作品でした。これが配信への壁に穴が開いたとみるか、来年以降の流れに注目です。

ただ、最多ノミネートのNetflixオリジナル『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は作品賞を逃しました。やはり“配信限定”長編作品には作品賞は難しいのでしょうか?

『ROMA/ローマ』で獲れず、『パワー・オブ・ザ・ドッグ』で獲れずとなると、配信限定作品、Netflixオリジナルの攻めた作品の作品賞受賞への道のりはかなり厳しいのだと思われます。

–{メモリアル企画は?}–

メモリアル企画は?

『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』(C)2019 DANJAQ, LLC AND MGM. ALL RIGHTS RESERVED.

フルスペックに近い状態に戻ったために授賞式内では様々パフォーマンスやゲストが登場しました。主だったものだけ挙げてもとてもバラエティ豊かで豪華なものとなりました。

007=ジェームズ・ボンドの映画公開60年周年スペシャル映像から始まり、昨年オープンしたばかりのアカデミー映画博物館の館内の映像も紹介されました。

ビリー・アイリッシュによる『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』のメインテーマの歌唱パフォーマンスは同作品で悪役を演じたラミ・マレックの紹介から始まりました。

そのすぐ後に自分が歌曲賞を受賞することになるとはさすがに思ってなかったのでないでしょうか?

また、ウクライナ出身のミラ・クニスが登場して、ウクライナへの人たちへのメッセージを送りました。

お馴染みの追悼コーナーはシドニー・ポアチエからスタートして、ウィリアム・ハート、ピーター・ボグダノヴィッチ、ジャン=ポール・ベルモンド、リチャード・ドナー、アイヴァン・ライトマン(ビルマーレイの生メッセージ付き)、千葉真一、ワダ・エミ、ベティー・ホワイトなどなど……。語り切れないほどの才能・レジェンドがこの1年も去っていったことがわかりました。

公開50周年を迎えた『ゴッドファーザー』から監督のフランシス・フォード・コッポラ、メインキャストを務めたアル・パチーノとロバート・デニーロが登場、流石の貫禄でした。

『パルプ・フィクション』からジョン・トラボルタ、サミュエル・L・ジャクソン、ユマ・サーマンが登場してユマとトラボルタは映画と同じダンスシーンを披露したのも面白かったです。

公開50周年と言えば『キャバレー』で50年前に主演女優賞したライザ・ミネリがレディー・ガガとともに作品賞のプレゼンターとして登場しました。

今回前回監督・作品賞受賞のクロエ・ジャオが登場していないことに若干の違和感を感じる部分もありましたが、新旧エンターテイナーが2人そろうのはそれはそれで、映えていました。

『DUNE/デューン 砂の惑星』(C)2020 Legendary and Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved

ちなみに、今年から大々的に取り込まれたのが時間短縮、視聴率確保のために技術系などの賞を事前に受賞シーンを撮り、それをダイジェストで流すというもの

全ての分野の映画人を平等に評価するというアカデミー賞の本来の在り方に反するとして、批判の声を上げる人も多くいました。今回の演出についてはその手法以前に、映像の挿入のタイミングなどに粗さが目立ち、非常にガタガタした感じが残りました。

仮に今年の手法を継続するとしても、授賞式の演出面で大きな課題となるでしょう。

–{多様性の時代の中で}–

多様性の時代の中で

最後に、個人的なアカデミー賞への期待と思いを2つ。

まず、「多様性」という言葉だけにこだわるあまり、思考停止に陥らないでいてほしいということです。言葉だけを追い求めることで、選考に過剰なバイアスがかかってしまっていては本末転倒だということを意味します。

もう1つは、これも多様性というものと関わりがあることですが、主要部門を含める形で2桁、少なくとも5部門以上を受賞するような問答無用の大作、その年の1本の登場です。

『DUNE/デューン 砂の惑星』(C)2020 Legendary and Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved

今年は技術系の賞を『DUNE/砂の惑星』が総なめにして6部門を制しましたが、主要部門での受賞はありませんでした。(前後編映画の前編なので難しい部分ではありますが……) 

2桁部門のノミネートというのは毎年ありますが、2桁部門受賞というのは2003年の『ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還』以来、20年ありません。

主要部門を含めた5部門以上というのも2017年の『ラ・ラ・ランド』の6部門受賞以来ありません、しかもこの時は(アカデミー賞史上に残るミスで記憶されている方もいるとおり)作品賞は受賞せずでの6部門でした。

作品・監督賞を含めて演技から技術の面まで幅広く受賞して、「その作品でその年のアカデミー賞を一色に染め上げる」ような作品というものそろそろ見たいところです。

(文:村松健太郎)

※今回は受賞部門に準じるため“男優”“女優”という言葉を使っています。

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