『桜のような僕の恋人』で魅せた中島健人の“表情”

映画コラム

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Netflixにて独占配信中の作品『桜のような僕の恋人』

美容師として働く美咲(松本穂香)にカメラマン見習いの晴人(中島健人)が恋する模様を描いた作品。それぞれ夢を持ち、明るい未来を期待しているなか、突然美咲が難病に襲われてしまう。作中で幸せそうな2人の姿を何度も目にしてきたため、2人に迫られる選択が観ていて心苦しかった。

原作は宇山佳佑による同タイトルの小説。中島健人はこの小説を2019年の夏に読んでからファンで、「おすすめの小説」として雑誌で紹介していた。作品の魅力を映画関係者の人に話していたというくらい、思い入れの強い作品だったからか、演技にも熱が込められていた。

これまでの映像作品から一皮剥けた演技を鑑賞できたと思う。

本記事では、『桜のような僕の恋人』でさまざまな表情を見せた中島健人の演技について、季節の流れとともに綴っていきたい。

※本記事では『桜のような僕の恋人』のネタバレがあります。未鑑賞の方はご注意ください。

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春の晴人:自信がなく、オドオドしている

美咲と出会ったばかりの晴人は早口かつ小声で、自信がなさそうな印象だった。

キラキラしたアイドル・中島健人のオーラは完全にゼロである。当時の晴人はカメラマンになる夢から逃げ、アルバイトを転々としていたので、自身の生き方に自信が持てなかったのかもしれない。

だが、彼女に恋人がいないと知ったとき、デートに誘えたとき、晴人は俯きがちな普段の表情からは想像できないほどの満開の笑顔で喜んだ。

散髪中に美咲が晴人の耳たぶを切り落としてしまったことをきっかけに、晴人は美咲をデートに誘うことに成功したのだ。無邪気な喜び方から、本気で美咲のことを好きなんだと伝わってくる。

初デートの最中、「職業はカメラマン」と嘘をついていたことを謝った晴人に対して、美咲は「夢なら簡単に投げ出さないで」と本気で怒った。そんな美咲に晴人はますます惹かれたようで、彼は「変わります。あなたに好きになってもらえるように」と叫んだ。

大声で叫ぶ、というよりも、一生懸命声を上げていた、と表現した方が正しい。

自信がなさそうな虚ろな表情だったが、「好き」と叫んだときの目からは強い意志が感じられた。

–{夏の晴人:恋も仕事も、一生懸命になる}–

夏の晴人:恋も仕事も、一生懸命になる

美咲に「変わります」と宣言してから、晴人は前の職場である写真事務所で働き始め、カメラマンになる夢を再び追いかけていた。

近況報告とデートに誘うための電話では、早口で前のめり気味なのは変わらないが、声のトーンは前よりも明るくなっていた。美咲に誇れる自分に近付いたからだろうか。

デート先は、晴人が予約したおしゃれなフレンチのレストランだった。晴人は「こんな店、慣れてなくて」と、上品な店内の雰囲気とは真逆の申し訳なさそうな表情を見せる。美咲のために背伸びをしたのかと思うと、愛おしさが込み上げてきた。

仕事や夢について話す2人の会話は、こちらまで楽しくなるようなワクワク感がある。特に仕事の話をする晴人は堂々として頼もしく思えるのだ。また美咲の話を聞く時の表情も穏やかで、優しい笑顔が印象的である。

晴人がなんの前振りもなく、突然美咲に誕生日プレゼントを渡した時は正直驚いたが、彼のぎこちなさと緊張している様子を見て応援したくなった。プレゼントの中身は、晴人いわく「美咲さんの色」である桜色のシザーケースだった。慣れない店で、慣れない贈り物を渡す晴人の不器用さに、誰もがキュンとしてしまうだろう。

デートが終わり、何か言いたそうな美咲を見て、居ても立っても居られなくなった晴人は自転車を担いで、美咲を追いかけた。

「自転車はその場に置いておけばいいのに」と心の中で思ったが、それくらい無我夢中だったのだ。重い自転車を持ち上げて、美咲のために必死に走る晴人は見ていていじらしかった。

このデートを機に、2人は付き合うことになる。卓球をしたり、古着を試着したり、映画を観たり。幸せそうに過ごす2人の姿を観て、こちらまでニヤけてしまった。特に、早朝の渋谷の街を駆け抜ける晴人と美咲の姿は、2人だけの世界を生きているようで微笑ましかった。

また風邪を引いた美咲の元へ、晴人がお見舞いに行く場面が特に印象に残っている。「熱が出た」と美咲から連絡を受けると、徹夜明けの体で自転車を猛スピードで飛ばして、彼女の家へ向かった。髪はボサボサで疲れた顔をしていても、必死に自転車を走らせる様子から、心から美咲のことを心配していると伝わってくるのだ。

「すっぴんだから」という理由でマスクをしていた美咲に対して、晴人は「気にしないし、むしろ見たいです、すっぴん」と前のめりで、今までにないくらい目を見開いて美咲を見ていた。少年のような、あまりにもまっすぐな眼差しに、思わず笑ってしまう。

大切なものを扱うように、恐る恐る美咲のマスクを外す様子には、こちらまでドキドキしてしまう。「綺麗です」とすっぴんの美咲の目をまっすぐ見て伝えた晴人の言葉に、嘘はなかった。

美咲のお見舞いに行った日の別れ際、2人は花火大会に行く約束をしていた。花火大会で晴人は「結婚してくれませんか」「僕はこの先も、美咲さんと生きていきたい」とプロポーズをする。堂々とした声で、相手に伝わるようにはっきりと話す晴人の様子は、春のオドオドした姿とは大違いだった。

美咲や仕事が、晴人をよりたくましい人間へと成長させたのだ。晴人の堂々とした態度を見て、こちらまで嬉しくなる。

–{秋の晴人:傷つき、感情を爆発させる}–

秋の晴人:傷つき、感情を爆発させる

幸せだった夏が終わると、ある日を境に美咲と一切連絡が取れなくなってしまう。晴人が美咲に送ったテキストメッセージから、心配や焦り、不安が伝わってきた。

実は、美咲は人よりも何倍も早い速度で老いてしまう、ファストフォード症候群を患っていた。老いていく姿を晴人に見せたくないため、会うのをやめたのだった。

美咲を探し続けて不安でいっぱいの晴人に、美咲は電話で「好きな人がいるの」と残酷な言葉をぶつけた。“婚約者”まで用意して晴人との関係を終わらせようとしたのだ。

カメラは、段々と目に涙が溜まっていく晴人の顔をあおりで映す。美咲に「会お」「会って話そう」と震える声を抑えながら話しかけた。傷つきながらも、わずかな希望を探している晴人の様子に、胸が苦しくなった。

「彼が嫌がるから会えない」と拒絶する美咲に対して、晴人は、彼女の前で初めて声を荒げた。彼女が病魔に襲われているなんて、晴人は知る由もない。

涙を抑えようと試みるが抑えきれず、震える声で怒りを叫ぶ晴人の様子はあまりにも切なかった。晴人が感情を爆発させながら涙を流す姿を見て、観ているこちらまで涙があふれた。

–{冬の晴人:深く後悔し、泣き叫ぶ}–

冬の晴人:深く後悔し、泣き叫ぶ

季節は冬になる。晴人は、職場の先輩に支えてもらいながら美咲との別れを乗り越えようとしていた。

そんな中、美咲の兄が突然スタジオを訪れる。晴人に美咲の病気のことを告げ、「晴人くんに会いたい」と彼女の本心が書かれた紙を見せたのだ。

じっと兄の話を聞いていた晴人が流した涙。涙はあまりにも綺麗で、優しい晴人の心を表しているようだった。

それから、会えなかった数ヶ月間の月日を埋めるかのように、晴人は美咲に会いに行った。老いた姿を晴人に見られたくない美咲を気遣って、襖越しに語りかける声はあまりにも穏やかであたたかい。ずっと聴いていたいような心地よさがあった。

ある日、先輩の写真展への参加が決まった晴人は、「君に僕が撮った写真を見てほしい」と写真展に美咲を誘った。「いつか自信作が撮れたら、その時は僕の写真を見てください」というかつての約束を果たそうとしたのだ。

襖の向こうにいる美咲に向けて、正座してまっすぐ伝えた晴人は堂々としていてかっこよかった。

初めは躊躇していた美咲だったが、勇気を振り絞り写真展に訪れる。美容室やフレンチのレストラン、公園など2人の思い出の場所を映した写真を見て、晴人に会いたいと思った美咲は、彼を探しに行く。

ちょうど同じ頃、美咲の家に到着した晴人は、行き違いになってしまったと知り急いで引き返していた。

ついに2人は、公園で再会を果たしたのだ。

だが残酷なことに、晴人は老いた美咲を見て、彼女だと気づかなかった。転んでいた美咲に「大丈夫ですか?」と手を差し伸べ、屈託のない笑顔を向けて去ってしまう。

写真展の日に美咲と会っていたと晴人が知るのは、美咲が亡くなったあとだった。彼女の部屋の中で見つけた桜色の帽子が、写真展の日に公園で会った老婆のものと同じだと思い出したからである。

帽子を見つけた瞬間、自分が美咲に気づけなかったことを悔やんで泣き叫び、その場に崩れ落ちた。深い悲しみと後悔が叫びから伝わってきて、涙が止まらなかった。

本作の中で、中島健人の演技に最も圧倒された場面だ。

–{春の晴人:強くたくましく、撮り続ける}–

春の晴人:強くたくましく、撮り続ける

生きる気力をなくし、自殺を図るまで追い込まれた晴人だったが、美咲が遺した手紙に救われ、もう一度カメラを続けると決意する。

「僕は撮り続けます」とカメラマンの師匠・澤井(及川光博)に誓った晴人の表情や声色は力強かった。

「美咲の分も精いっぱい生きよう」という意志が感じられて、頼もしく感じた。

俳優として、新たな一面を見せた中島健人

『桜のような僕の恋人』で見せた晴人の喜怒哀楽に、何度も心が揺さぶられた。これから晴人がどんな未来を歩むのか、想像を膨らませながら作品の余韻に浸っている。

中島健人は晴人を演じているというより、作中では晴人として生きていたと思う。思い出すだけで涙があふれる場面がいくつもある。

本作は、俳優としての今後のキャリアに影響を与えるに違いない。30代へと近づく彼は、これからも演技で新しい一面を見せ続けるはずだ。

(文:きどみ)

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–{『桜のような僕の恋人』作品情報}–

『桜のような僕の恋人』作品情報

ストーリー
美容師の美咲(松本穂香)に恋をした晴人(中島健人)は、勇気を出して彼女をデートに誘う。目標に 向かって頑張る美咲にふさわしい人間になるべく、諦めかけていたカメラマンへの夢を叶えるため再び カメラと向き合うことを決意する。しかし、美咲は「人の何十倍も早く老いていく」という難病を発症 する。好きな人と同じ速度で歳月を重ねることができない、という現実を前に晴人と美咲が出した“二人 の歩み方”とは……。 

予告編

基本情報
原作:宇山佳佑『桜のような僕の恋人』(集英社文庫刊) 

出演:中島健人、松本穂香 ほか

監督:深川栄洋 

公開日:2022年3月24日(木)よりNetflixにて全世界同時配信