『アネット』異才カラックスのロック・オペラ・ミュージカル「息すらも止めてご覧ください!」

ニューシネマ・アナリティクス

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■増當竜也連載「ニューシネマ・アナリティクス」

『ウエスト・サイド・ストーリー』『シラノ』『SING/シング:ネクストステージ』と、今年に入ってミュージカルもしくはその部類に入れたくなる作品が続々登場しています。

『映画きかんしゃトーマス オールスター・パレード』も人気ソングてんこもりの、バラエテイ特番的ムービーでした。

そうした流れの中、ひときわ異彩を放つのが4月1日公開のロック・オペラ・ミュージカル映画『アネット』でしょう。

何せ監督が『ポンヌフの恋人』(91)などの異才レオス・カラックスですから、一筋縄でいくはずがない!といった映画ファンの予想を裏切るどころか、まさに驚異、いや脅威といってもよいほどに豪華絢爛かつ狂乱、そして愛と野望がもたらすダークサイドへの怒涛の転換があっと驚く仕掛けを伴いながら、心切なく見る側の心を打ちつけるモンスター的な傑作なのでした!

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ベッド・シーンまでミュージカル!

映画『アネット』はオープニングから非凡な装いで始まります。

本作の音楽を担当するスパークスからレオス・カラックス監督とその愛娘ナスチャ(本作は彼女に捧げられています)たちが夜お外へ飛び出し、そこに主演のアダム・ドライバー&マリオン・コティヤールたちが合流しながら、映画の開幕が告げられます。

「息すらも止めてご覧ください」

って、できるかい!といった突っ込みをする暇もなく、映画は過激なスタンダップ・コメディアンのヘンリー(アダム・ドライバー)とオペラ歌手アン(マリオン・コティヤール)、それぞれの活動とふたりが恋に落ちて結婚するまでが、台詞の大半まで歌で奏でられていくハイテンションのロック・オペラ・ミュージカルとして描かれていきます。

何とベッドシーンまでミュージカル!

本作はカラックス監督の意向により、撮影現場で歌をライヴ録音するという方法が採られており(通常のミュージカル映画は、撮影前に歌をレコーディングします)、それに伴って俳優もスタッフも事前の準備や現場での緊張などを強いられつつ、そうしたライヴ感までも巧みに本作の狂乱そのものとリンクしていきます。

やがてふたりの間に愛娘アネットが生まれますが、その頃からヘンリーの人気がガタ落ちし始めていき、逆にアンは順調そのもの……。

本作はその大半がスタジオで撮影されており(その中には森や嵐の海まで!)、そうした人工的な装いと、やがて導かれていく本作独自のダーク・ファンタジー的な幻想感とが見事に融合し、これまでに見たことのない圧倒的画と音のスペクタクルが繰り広げられていくのです。

そしてタイトルにもなっている幼子アネットですが……もうこのあたりからは実際に映画をご覧になって、その仰天するばかりの表現に目を見張っていただければと思います。

(本当に仰天します!)

–{原案・音楽スパークスのドキュメンタリー映画も公開}–

原案・音楽スパークスのドキュメンタリー映画も公開

レオス・カラックス監督といえば、若干24歳で『ボーイ・ミーツ・ガール』(84)を発表し、続けて『汚れた血』(86)『ポンヌフの恋人』(91)と野心作を連打し、日本でも1980年代から90年代にかけてのミニシタアー・ブームの波にのって大きな話題を集めたものです。

その後『ポーラX』(99)『Tokyo!』(08/オムニバス映画の1篇『メルド』を演出)『ホーリーモーターズ』(12)と、決して多作ではないものの、いずれも実験的かつ激しい感情表現に満ちながら映画愛を謳いあげる意欲作を発表してきました。

それゆえに彼の作品は映画ファンの好き嫌いが激しく別れる傾向もあり、その伝では本作もついていける人といけない人がいるかもしれません(ただしストーリーそのものは全く難解ではない)。

もっとも、少しオーバーヒートした映画を見てみたい気分の方に、彼の映画ほどふさわしいものはないでしょう。

「圧倒的な映画体験!」

この一言こそが、全てのレオス・カラックス監督作品に共通する要素でもあります。

そして、そんなレオス・カラックスの才能に魅せられて本作の主演&プロデュースまで担当したのがアダム・ドライバーです。

『スター・ウォーズ』サーガ最後の3部作(15・17・19)で運命の宿敵カイロ・レンを演じて大ブレイクした彼。

その時期からの出演キャリアを顧みると『パターソン』(16)『沈黙―サイレンス―』(16)『ローガン・ラッキー』(17)『テリー・ギリアムのドン・キホーテ』(18)『ブラック・クランスマン』(18)『デッド・ドント・ダイ』(19)『マリッジ・ストーリー』(19)、そして最近の『最後の決闘裁判』(21)『ハウス・オブ・グッチ』(21)といったリドリー・スコット監督作品への連投など、とにかく当たりが多い!

(少なくとも、見ておいて損はないものばかり!)

こうした作品選択の確かさがアダム・ドライバーの魅力をさらに引き出していることも間違いのない事実で、現に『アネット』も

「レオスの映画だから、スパークスが作曲したミュージカルだから」

と、その出演&製作を引き受けた経緯に関して簡潔に答えてくれています。

そのスパークスですが、1972年にデビューして以来、独創的かつ大胆なタッチでおよそ半世紀の月日をかけぬけてきたロン&ラッセル・メイル兄弟によるポップスのパイオニア的存在です。

映画的側面ではツイ・ハーク監督『ノック・オフ』(98)の音楽を担当したり、『レディ・アサシン』(07)『キック・アス』(10)などには彼らの楽曲が使われ、また1977年のパニック・サスペンス映画『ジェット・ローラー・コースター』には本人役で出演も果しています。

1980年代末から90年代初頭にかけて、日本の漫画「舞」をティム・バートン監督で映画化しようとしたこともありましたが、こちらは残念ながら頓挫してしまいました。

『アネット』にしても、そもそも10代の頃から彼らのファンであったカラックス監督が『ホーリー・モーターズ』で彼らの楽曲を使用したことが縁となって親交を深め、「スパークスの楽曲でミュージカル映画を作りたい」というカラックスの要請に応じて彼らが原案した企画が実ったものなのでした。

『スパークス・ブラザーズ』(C)2021 FOCUS FEATURES LLC. ALL RIGHTS RESERVED

なお、4月8日からは『ベイビー・ドライバー』(17)『ラストナイト・イン・ソーホー』(21)などで知られるエドガー・ライト監督によるスパークスのドキュメンタリー映画『スパークス・ブラザーズ』(21)が劇場公開されます。

スパークスの半世紀に及ぶ歩みをアーカイヴ映像はもとより当人たちのインタビュー、関係者やファンらのコメントなどを交えて描いていくもの。

『アネット』と連動して、こちらもぜひ劇場に足をお運びください!

(文:増當竜也)

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–{『アネット』作品情報}–

『アネット』作品情報

ストーリー
ロサンゼルス。攻撃的なユーモアセンスが人気のスタンダップ・コメディアン、ヘンリー(アダム・ドライバー)と、国際的なオペラ歌手のアン(マリオン・コティヤール)。“美女と野人”とはやされる程にかけ離れたふたりは恋に落ち、やがて世間から注目されるようになる。だが、仲睦まじく暮らしていたヘンリーとアンの間にミステリアスで非凡な才能をもったアネットが生まれたことで、彼らの人生は狂い始めてゆく……。

予告編

基本情報
出演:アダム・ドライバー/マリオン・コティヤール ほか

監督:レオス・カラックス

公開日:2022年4月1日(金)