2017年に公開され、一躍話題をかっさらったアニメーション映画『SING/シング』。その続編である『SING/シング:ネクストステージ』が2022年3月18日(金)に公開される。
幼い頃にショーの魅力に取り憑かれた劇場支配人・ムーンが、経営不振に陥る劇場を再興させるため歌のオーディションを開催する物語『SING/シング』。続編となる本作『SING/シング:ネクストステージ』では、前作にも登場した仲間たちとともに、より大きな夢のステージを目指してオーディションに挑戦するところからスタートする。
吹替を担当するキャスト陣の豪華さにあらためて驚く。
主人公である劇場の支配人バスター・ムーンを内村光良、ロックバンドを組んでいるヤマアラシの少女・アッシュを長澤まさみ、ピアノを弾くのが得意なゴリラの少年・ジョニーを大橋卓也(スキマスイッチ)、恥ずかしがり屋だけど歌の技術は抜群な象の少女・ミーナをMISIAが前作に引き続き務めている。
そして、本作で新登場するキャラクターとして、資産家ジミー・クリスタルを父に持つオオカミの少女・ポーシャをアイナ・ジ・エンド(BiSH)が、伝説のミュージシャンであるライオンのクレイ・キャロウェイを稲葉浩志(B’z)が、それぞれ吹替を担当することが発表された。
本記事では、音楽や歌の魅力に触れつつ『SING/シング:ネクストステージ』が私たちに投げかけるメッセージについて解説したい。
前作から続く豪華キャストの声の魅力
アニメーション映画制作会社「イルミネーション」の人気シリーズ『SING/シング』。日本語吹替キャストの豪華さは前作から受け継がれている。それぞれのキャストが持つ声の魅力が、さらにパワーを増しているのだ。
本記事では、主人公・ムーンを演じる内村光良、そして新キャラクターであるポーシャ役のアイナ・ジ・エンドとクレイ役の稲葉浩志について触れたい。
内村光良演じるムーンの魅力は、明らかに前作より上回っている。正直、前作の吹替は「ウッチャン感」が出ていたが(それも含め可愛らしかったのだが)、本作は良い意味でそれがない。ムーンというキャラクターが、よりリアルさをもって具現化した感覚がある。
単純に、内村光良の吹替技術が上がったのか、こなれてきたのか? いや、違う。もちろんテクニックの向上もあるはずだが、よりムーンらしさが追加されたのは、内村本人が先天的に持つ「愛され力」にあるのではないか。
彼のキャリアは長い。1985年にお笑いコンビ・ウッチャンナンチャンを結成して以来、芸歴は優に35年を超える。筆者と同じ30歳前後の皆さまなら、『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』『笑う犬』などのバラエティ番組における活躍も記憶に新しいかもしれない。
2022年現在、内村は番組MCとして不動の位置を確立している。『世界の果てまでイッテQ!』『スクール革命!』『痛快TV スカッとジャパン』『THE突破ファイル』など、代表番組のいずれも人気の番組だ。
テレビをつけたら内村か有吉が映ると言っても過言ではない今。内村光良がここまで、お茶の間に求められる理由はやはり、ある種の安心感から来る愛され力に所以すると思えてならない。
良い意味で、彼には「大御所感」「カリスマ性」がない(と言い切ってしまうと語弊があるが)。内村にしかない「普通感」のおかげで、ともに仕事をするキャストやスタッフの間だけにとどまらず、私たち視聴者にとっても親近感と信頼感が受け取れる。
この特性はそのまま、内村が演じるムーンの人柄にも通じるのではないだろうか。
劇場支配人ではあるが、どこか頼りない面もあるムーン。すべて自分に任せてついてこい! といったタイプよりは、とりあえず大きなことを言っておいて後で帳尻を合わせるタイプだ。
しかし、不思議とすべてが上手くいく。それは、ムーンの人柄に引き寄せられたキャラクターたちが、彼に力になりたいと願い、手を差し伸べるからだろう。内村自身とムーンの内面性に見られる共通点が、そのまま声の魅力に繋がっている気がしてならない。
–{若き歌姫と伝説的ロックシンガーの共鳴}–
若き歌姫と伝説的ロックシンガーの共鳴
本作で新登場するキャラクター、オオカミ少女のポーシャとライオンのクレイ。それぞれをBiSHのアイナ・ジ・エンドとB’zの稲葉浩志が演じると発表され、大きな話題となっている。
『SING/シング』といえば、壮大な歌唱シーンが山場のひとつ。前作でもスキマスイッチの大橋やMISIAのライブシーンが話題となった。約1000円で超絶レアなライブをはしごできるお得すぎる映画。その”お得さ”は、続編において何倍にも膨れ上がっている。
BiSHのアイナといえば、メンバー内でもリードボーカルを務めており、その歌唱力はまさに折り紙付き。独特のハスキーボイスと高音の”掠れ具合”もたまらない。そんな彼女の声にファンも多い。彼女が属するBiSHは2023年で解散を予定しているため、本作におさめられたアイナの歌声も貴重なものとなりそうだ。
本作で演じたオオカミ少女のポーシャは、スラッと背が高く、ファッショナブルで天真爛漫な性格だ。他に類を見ない”唯一無二”な存在感は、どことなくアイナに通じるものを感じる。資産家である父親の愛情をぞんぶんに受けて育った彼女が、どんな成長を遂げるかも見逃せないポイントである。
続けて、B’zの稲葉浩志の声優抜擢は、大いに世間を賑わせた。字幕版ではU2のボノが演じている、伝説的ロックシンガーのクレイ。B’zファンの方もそうでない方も、このキャスティングには心踊らせるしかないだろう。
訥々としたしゃべり口は、かつて豪快な歌声で人々を魅了したロックミュージシャンを彷彿とさせつつ、現在はとある事情により引きこもりになっている背景をも巧みに表現している。
オファーしたスタッフ陣は「受けてもらえて一同震えた」とコメントを寄せているが、作中での第一声を聞いた観客も、漏れなく全員が震え上がるだろう。
それになんと言っても、その歌唱シーン。大橋がスキマスイッチであるように、MISIAがMISIAであるように、稲葉浩志が演じるクレイの歌唱シーンも最早B’zのライブである。瞬く間に映画館がライブ会場に変わるだろう。
正直言って、筆者は我慢できずに試写会場で泣いた。ライターあるまじきことで恐縮だが、言葉にならない熱が込み上げてきて、泣かないとどうにかなりそうだったのだ。
歌は、音楽は、エンタメは、まだまだこれから。終わってなんかいない。あらためて、底知れない力を感じさせてくれる映画だと思えてならなかった。
–{SNS社会だからこそ響くメッセージ}–
SNS社会だからこそ響くメッセージ
音楽や歌の魅力もさることながら、SNS社会を生きる私たちにこそ響くメッセージが随所に散りばめられた本作。心を揺さぶるショーとともに、これからの現実世界を生きる勇気を与えてくれる。ネタバレにならない範囲でご紹介したい。
インターネットが普及し、SNSが浸透するにつれて、確実に私たちの”情報を摂取する方法”は変わった。世間を賑わせる流行も、行きたい店も、食べたいスイーツも、見たい映画も、聞きたい音楽も、ほとんどの情報はSNS経由で入ってくると言っても過言ではない。
そして、一億総発信時代と言われるSNS社会。自分が何者であるか、相手が何者であるか、文字・写真・動画である程度の判断ができる時代になった。それが吉と出るか凶と出るかは、日々SNSを使う私たちの手に委ねられている。
これらの風潮が表すのは、そのまま「自由で生きやすい社会」かもしれない。個人の裁量で情報が得られる時代、好きなときに好きな人と繋がれる時代は、一昔前から見たら奇跡に近いだろう。
しかし、メリットがあればデメリットもある。コロナ禍と相まって、SNSは確実に私たちの「とある力」を弱めている気がしてならないのだ。
それは「自分で自分を信じる力」「自分の価値を他人に決めさせない力」である。
本作において、劇場支配人・ムーンは新たな夢を抱く。それは、今よりもさらに大きな舞台で、仲間たちとともに壮大なショーを作り上げること。前作と同じように無謀な挑戦が始まるのだが、それにともなってムーンは何度か心が折れそうになる。
そんなムーンに向かって、とある仲間は励ます。「夢を追う者に挫折はつきもの」であると。挫折や失敗を怖がっていては挑戦すらできない、一歩も前に進めないと鼓舞するメッセージは、前作にも通じるところがある(恥ずかしがり屋のミーナに、ムーンは繰り返し恐怖を克服する術を説いた)。
私たちには、とくに10〜20代の若い世代には、夢がないと言われる。しかし、そうだろうか? 本当に夢を持っていないのだろうか? 本当は、SNSを始めとする”世間”からの声をキャッチしすぎて「夢なんて持たないほうが安心だ」と思い込んでいるのではないか?
ムーンを含め、自分の”得意”や”好き”に正直になって努力するキャラクターたちを見ていると、夢を追うことは何も恥ずかしいことじゃないんだと思えてくる。失敗や挫折は怖いけれど、それあってこその挑戦なんだと勇気をもらえる。
自分で自分を信じる力。SNS社会に浸りきった私たちにとって、忘れてはならないことだ。
また、本作には、何度も夢を志し何度も諦めかけるムーンたちに向かって、容赦ない言葉を浴びせる者も登場する。「負け犬だ」「力不足だ」ーーそんな言葉たちはそのまま、現実世界に生きる私たちへの心ない言葉に変換されてもおかしくない。
夢や目標を持ち、行動を起こしても、目の前に立ちはだかる言葉たち。
「やっても無駄だ」
「現実を見ろ」
「できるわけない」
言葉の力は強大だけれど、ムーンたちは教えてくれる。そんな言葉は、受け取りさえしなければなかったことになるのだ、と。他人が何を言ったって気にするな、自分の価値を他人に決めさせるな、と。
SNSが普及したことによって、私たちは格段に発言しやすくなった。それは裏を返せば、他人の発言も簡単に受け取りやすくなったことを意味する。しかし私たちは、受け取る言葉を取捨選択できることを忘れてはいけない。
受け取る必要のない言葉は、受け取らなくてもいい。悪意ある言葉であればなおさらだ。都合のいいことだけを耳に入れて生きろというのではなく、まずは自分の声を聞くことが大切なのだ。
『SING/シング:ネクストステージ』は、これからも続くであろうSNS社会を生き抜く至言が詰まった、上質エンターテイメント映画である。
(文・北村有)
–{『SING/シング:ネクストステージ』作品情報}–
『SING/シング:ネクストステージ』作品情報
【あらすじ】
ロジータ、アッシュ、ジョニー、ミーナ、グンターは地元で大人気となり、バスターが劇場支配人を務めるニュー・ムーン・シアターは連日大賑わい。バスターはさらなる大きな夢として、エンターテイメントの聖地レッド・ショア・シティにあるクリスタル・タワー・シアターで新しいショーを披露することを思い描き、彼らはクリスタル・エンターテイメント社の冷酷な経営者ジミーのオーディションに臨むことに。そこでグンターがジミーの気を引くために、伝説のロック歌手クレイ・キャロウェイを出演させることを提案。しかしクレイは長らく表舞台から遠ざかり、隠遁生活を送っていた。バスターたちはクレイの復帰作となる誰も見たことがないようなスペクタルなショーを開催するため、人生最大の挑戦をしていく。
【予告編】
【基本情報】
出演:マシュー・マコノヒー/リース・ウィザースプーン/スカーレット・ヨハンソン/タロン・エガートン/トリー・ケリー/ニック・クロール/ボビー・カナヴェイル/ホールジー/ファレル・ウィリアムス/ニック・オファーマン/レティーシャ・ライト/エリック・アンドレ/チェルシー・ペレッティ/ボノ(U2) ほか
日本吹替版:内村光良/MISIA/長澤まさみ/大橋卓弥(スキマスイッチ)/斎藤司(トレンディエンジェル)/坂本真綾/田中真弓/akane/大地真央/ジェシー (SixTONES)/アイナ・ジ・エンド/木村昴/山寺宏一/大塚明夫/井上麻里奈/山下大輝/林原めぐみ/稲葉浩志 ほか
監督:ガース・ジェニングス
脚本:ガース・ジェニングス
製作国:アメリカ