『ドリームプラン』アカデミー賞堂々6部門ノミネート作品の“意外”な面白さを解説

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2022年2月23日(水・祝)より、『ドリームプラン』が公開される。本作は第94回アカデミー賞にて、作品賞、主演男優賞、助演女優賞、歌曲賞、脚本賞、編集賞の堂々6部門にノミネートされた。

本作の目玉は、世界最強のテニスプレーヤー姉妹のビーナス&セリーナ・ウィリアムズ、その実父であるリチャードの「実話」を描いていること。それでいて、通常のスポ根ものや感動ドラマと思って観てみると、意外な内容に驚く映画でもあったのだ。さらなる魅力を記していこう。

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1:『ハンコック』にも近い「正しくない」人物に見えるウィル・スミスの凄み

あらすじはこうだ。リチャード・ウィリアムズ(ウィル・スミス)は優勝したテニスプレイヤーが4万ドルの小切手を受け取る姿をテレビで見て、自分の娘たちをテニスプレイヤーに育てることを決意する。テニスの経験がないリチャードは独学でテニスの教育法を研究し、78ページにも及ぶ計画書を作成。娘たちにコーチをつけるための行動に出るのだが……。

ビーナス&セリーナ・ウィリアムズは、テニスに詳しくない人でも知っている有名選手だが、その父親がテニス未経験者で、娘たちに訓練をつけようと奔走したという事実から、すでに意外に感じる方が多いだろう。

だが、それ以上の衝撃は、主人公である父親のリチャードが、劇中で「正しくない」人物にも見えることだった。何しろ自分勝手な行動を繰り返すため、娘をテニスプレイヤーに育てるための厳しい采配にしても「やりすぎ」に感じるし、父親はもちろん人間としても嫌悪感すら抱きかねないほどなのだ。

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有名選手に迷惑がられようとも、タダでコーチをしてもらおうとしつこく交渉するのは序の口。指導中にコーチへ口ごたえし、興味を持ってくれる人にも挑発的な程度を取ってくるし、妻から自分勝手な態度を咎められるとふてくされてとんでもない行動に出るし、一緒にアニメ映画『シンデレラ』(50)を観た解釈を一方的に家族に押し付けてくるし、近所から娘たちへの虐待すら疑われる。娘を不遜な若者から守ろうとする親心を超えて、もはや人殺しさえもしかねない危うさまでも感じる。「もはや娘のためなんかじゃなく、自己満足かカネのためにやっているんじゃないか?」という疑惑も持ってしまう。さらには、ジュニア選手として真っ当に歩めるはずだと誰もが思う道を、彼は断固として反対するのだ。

主人公のリチャードは日本語の「破天荒」にも言い換えられるだろう。破天荒の本来の意味は「それまでだれもできなかったことを成し遂げること」であるが、誤用である「豪快で大胆な様子」を指して使われることも多い。リチャードは、そのどちらもが当てはまる。周りから不可能と言われることを成し遂げるだけでなく、大胆すぎる行動のせいで周囲はもちろん家族からも嫌われ者になっていくのだから。

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もちろん、その作劇上の嫌われ者ぶりは完全に意図的なものであるし、イヤなやつのままで映画が終わるわけがない。リチャードの自分勝手な行動は劇中で大いに非難されるし、彼が「そうなってしまった」理由もしっかり描かれている。彼が人種差別を受けてきたことはKKK(白人至上主義団体)についての言及からもわかるし、客観的な事実だけを捉えればイヤなやつに見えたとしても、言葉の端々から「それだけでない」人間味を感じることができる。世界最強のテニスプレイヤー姉妹を育てるという結果以外にも、彼個人の「成長」も見て取れるだろう。

そんなリチャードをウィル・スミスが演じ、そしてアカデミー賞の主演男優賞にノミネートされるほどに絶賛されているのだ。過去にウィル・スミスはスーパーヒーロー映画『ハンコック』(08)でも嫌われ者を演じていたが、今回はそれ以上に複雑な内面を感じさせる表情に注目してほしい。現実でスーパースターのウィル・スミスが、それとは正反対に見える人物を演じ切っていることそのものに、俳優としての凄みを感じさせる。

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なお、『ドリームプラン』という邦題は、劇中でリチャードが事あるごとに自身のプランを掲げているため、決して的外れではない。だが、原題が「King Richard」であることにも注目してほしい。主人公の名前に「王様」を冠しているのは、独裁者のような自分勝手な振る舞いだけでなく、破天荒な采配によって新たな道を切り開いた姿も指しているのだろう。

–{映画でしか成し得ない感動がある}–

2:映画でしか成し得ない感動がある

実話を描いた作品において、「正しくない」人物に見える主人公像を設定することは、ある種の挑戦であるし、だからこそ『ドリームプラン』は意義の大きい映画になったと断言する。『ソーシャル・ネットワーク』がそうだったように、イヤなやつに見える主人公でこそ描けた物語があるし、そこにはワイドショー的に恣意的に受け手を誘導しない「映画」という媒体ならではの面白さもあるのだから。

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言うまでもなく、リチャードが世界最強のテニスプレーヤー姉妹のビーナス&セリーナ・ウィリアムズを育てあげたことは、とんでもない偉業だ。その正しさは、新聞の記事やインタビューなどでも紹介されてきただろう。

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だが、リチャードに限らず世界中のあらゆる偉業の過程には、良し悪しさえも人によって異なる、はたまた客観的には完全に間違っているとも思える、さまざまな価値観が表れた出来事があるはずだ。それらを『ドリームプラン』では包み隠さず、真正面から描いているとも言える。

そもそも、筆者はここまでリチャードをイヤな主人公に見えると書いてきたが、あくまで主観的に「見える」ということでもあり、人によってその印象もまた異なるだろう。彼のことを最初から最後まで、「自らの信念を貫き通した人間だ」と心から思える方もいるはずだ。

また、本作が秀逸なのは「イヤなやつに思えていた主人公が実は正しかった」という、印象の「ひっくり返し」をしないことにもある。前述したようにリチャードがやってきたことは客観的には自分勝手にも見えるため、終盤にそれまでの行動を単純に肯定してしまっては、「世界一の選手を育てるためには自分勝手でも構わない」という鼻持ちならない結論にもなってしまいかねないだろう。

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では、劇中でイヤなやつにも見えていたリチャードは父親として、人間として、どんな成長をするのだろうか? 娘の試合を「どこで」見ていただろうか? 最終的に手にしたものは、なんだったのだろうか? それはぜひ本編を観て確認してほしい。そこにも単純な良し悪しだけでは推し量れない、言語化がそもそもできない、新聞の記事やワイドショーなどでも絶対に表現できない、複雑な人間の心理や感情を知ってこその、映画でしか成し得ない感動があった。同時に、それは夢を持つ人には福音となる、尊いメッセージにもつながっていたのだ。

その映画でしか成し得ない感動が生まれたのは、脚本や撮影や美術や編集や演出など、さまざまな要素が最高レベルのクオリティであるためだ。ウィル・スミスはもちろん、助演女優賞ノミネートのアーンジャニュー・エリスとの激しい感情のぶつかり合いも大きな見所であるし、キャストそれぞれが二度と忘れられないほどのインパクトがある。歌曲賞ノミネートのビヨンセ書下ろしの新曲「Be Alive (From KING RICHARD)」も深い余韻を与えてくれるだろう。

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最後に余談であるが、幼いビーナス・ウィリアムズを演じたサナイヤ・シドニーは左利きだった。だが、右利きだった実際のビーナスのようなプレーをするために、月曜から金曜のトレーニングでは、厳格な食事と運動だけでなく、全米オープンやウィンブルドンなどの主要なトーナメントでのビーナスの試合映像を何時間も見続けたのだという。その本気を超えて、本物になろうとした努力の甲斐があるテニスのプレーもまた、スクリーンで堪能してほしい。

(文:ヒナタカ)

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–{『ドリームプラン』作品情報}–

『ドリームプラン』作品情報

【あらすじ】
優勝したテニスプレイヤーが4万ドルの小切手を受け取る姿をテレビで見たリチャード(ウィル・スミス)は、娘たちを世界最強のテニスプレイヤーに育てることを決意。テニス未経験の彼は、姉妹が生まれる前にテニスの教育法を独学で研究し、世界チャンピオンにする78ページの計画書を作成する。お金もコネもなく練習するのも劣悪な環境下、途方もない困難に直面し、周りからの批判を受けながらも、ビーナス(サナイヤ・シドニー)とセリーナ(デミ・シングルトン)と共に“ドリームプラン”を実行し続けた。その常識破りのプランで、いかにして2人の娘が世界の頂点に上り詰めるのか……? 

【予告編】

【基本情報】
出演:ウィル・スミス/アーンジャニュー・エリス/サナイヤ・シドニー/デミ・シングルトン/トニー・ゴールドウィン/ジョン・バーンサル

監督:レイナルド・マーカス・グリーン

映倫:G

製作国:アメリカ