一組の男女から繰り広げられる、幸せだった、しんどかった、決して戻ることはできないあの頃。
ラブストーリーで描かれがちなこの架空の物語に、なぜ私たちはこうも一喜一憂してしまうのだろうか。
『ちょっと思い出しただけ』も紛れもなく、過去の恋愛を「ちょっと思い出してしまう」傷心映画でした。
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とある1日だけを6年分遡って『ちょっと思い出しただけ』
なによりも注目したいのが、『ちょっと思い出しただけ』というタイトル。
葉(伊藤沙莉)が偶然にも照生(池松壮亮)を見かけてしまったことから、走馬灯のように蘇る6年間。
葉にはすでに、守り抜かなければならない“今”がある。ちょっと思い出したその勢いで“戻る”わけにはいかないのだ。とはいえ、忘れることは絶対にできないから、そっと心の奥にしまっておく。わずかながらの強がりによる、「ちょっと思い出した“だけ”」。
(C)2022「ちょっと思いだしただけ」製作委員会
“楽しかったあの頃”を反映する系のラブストーリーは、現在〜過去<出会い〜別れ>〜現在の順で描かれることが多い。
対して本作品は、現在〜過去<別れ〜出会い>〜現在の順で描かれており、客観的に観ている私たちは答え合わせをするように遡り、そして現在に戻ってくる。
コロナ禍の変遷や、照生と泉美(河合優実)の関係性やミュージシャンの男(尾崎世界観)との繋がりなど、過去を追うのではなく遡るからこそより没入できる世界が、ここには存在する。
この描かれ方は、『ボクたちはみんな大人になれなかった』によく似ている。
SNSの利便性が仇となる『ボクたちはみんな大人になれなかった』
(C)2021 C&Iエンタテインメント
『ちょっと思い出しただけ』を観た日の夜は、言うまでもなく『ナイト・オン・ザ・プラネット』を観た。インスパイアを受けている部分が顕著にわかって、より『ちょっと思い出しただけ』のことが好きになった。
翌日、『ちょっと思い出しただけ』を観てちょっと思い出した『ボクたちはみんな大人になれなかった』が観たくなり、公開時ぶりに観返してみた。
彼女目線で遡られていた『ちょっと思い出しただけ』に対して、彼目線で遡られる『ボクたちはみんな大人になれなかった』。
だが、前述の通り“物語の時系列”と、“忘れられない女性”という部分には通じる部分がある。そして妙なことに、『ボクたちはみんな大人になれなかった』でも“忘れられない女性”を演じているのが伊藤沙莉なのだ。
(C)2021 C&Iエンタテインメント
かおり(伊藤沙莉)と出会った当初はまるで『モテキ』の幸世くんばりのこじらせ童貞だった佐藤誠(森山未來)。破天荒な彼女にどんどん惹かれていくも、ある日突如として姿を消してしまう。
そんな人が、Facebookの“知り合いかも”に出てきたら。時には微笑ましい気持ちにさせてくれるこの機能のことを、誰しもが嫌いになるだろう。
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伊藤沙莉が演じる“彼女役”に全男子、大打撃。
(C)2022「ちょっと思いだしただけ」製作委員会
これまではどちらかというと、サブキャストの中で異彩を放つ印象が強かった伊藤沙莉。
『ボクたちはみんな大人になれなかった』『ちょっと思い出しただけ』で、“男性にとっての忘れられない女性”というヒロインを演じたことから、その印象は一変した。
伊藤沙莉が演じる元カノ役は、世の男性たちにとって爆弾級のトラウマとなる危険性がある。ーー彼女の親近感がそうさせるのだ。
(C)2021 C&Iエンタテインメント
日本人の推し文化に、親近感という要素は欠かせない。ほら、AKB48のコンセプトだって「会いに行けるアイドル」だし。この要素が強ければ強いほど、人は沼にハマるのだと思う。
伊藤沙莉が持つ物怖じしない愛嬌の良さ、愛らしいハスキーボイス、見た目からは想像もできないパワフルさ……太陽のような存在感を放ちながらも、いい意味で「高貴な女優っぽさ」がない。
だからこそ、伊藤沙莉が演じる元カノ役にはリアリティがある。
「うわ、これ、もう、ほぼ前の彼女じゃん」という伊藤沙莉トラウマ現象が沸き起こるに違いない。
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–{おすすめしたい“古傷えぐられ系映画”3本}–
『ちょっと思い出しただけ』から『ボクたちはみんな大人になれなかった』を観返したことによって、『花束みたいな恋をした』『明け方の若者たち』『劇場』のことをちょっと思い出してしまった。
私はこのような作品たちのことを、古傷えぐられ系映画と名付けることにする。これにより傷心が止まらないので、この場を借りて成仏させてほしい。
『花束みたいな恋をした』両者目線での振り返り、傷口に塩。
(C)2021「花束みたいな恋をした」製作委員会
偶然の再会をキッカケに鮮明に思い出される、忘れられない5年間。
そして、古傷えぐられ系の発端は間違いなく本作品である。坂元裕二様、完敗です。
出会ったタイミングや年齢、共通しすぎている趣味嗜好から、恋人になる以外の選択肢はもはやなかった麦(菅田将暉)と絹(有村架純)。
タイトルと冒頭のシーンから、それはすでに過去となっていることはすぐに見て取れる。
「絶対結婚するはずだったのに、なんで?」と叫びたくなる二人の関係性は、自身の過去の恋愛とダブり、観終わった後はとんでもない喪失感に駆られる。
……神様、お願いだから、これ以上ぶり返さないで。
麦と絹・両者の目線で振り返っているあたりも、男女の価値観の違いが如実に現れ、それぞれからの多大なる共感を生むポイントだ。
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『明け方の若者たち』絶対に続かない、叶わない恋が暴かれる
(C)カツセマサヒコ・幻冬舎/「明け方の若者たち」製作委員会
終わりがあるとわかっている恋ほど、盛り上がるのはなぜだろう。
幸せになれないと気付いているくせにその道を選ぶ人間ってば愚か。でも、それが恋愛ってやつなんだ、きっと。
<僕>(北村匠海)目線で描かれる、眩しいほどに苦しい不毛な恋愛。
<彼女>(黒島結菜)のことを「最低!!!」と罵る人は多いかもしれない。そして、それはそれでいい。
ただ、『明け方の若者たち』を観た人は絶対にスピンオフ『ある夜、彼女は明け方を想う』も観てほしい。
>>>Amazon Prime Videoで『ある夜、彼女は明け方を想う』を観る
『ある夜、彼女は明け方を想う』を観ることで、<彼女>への見方が180度変わるはず。
もちろん、世間的にやってはいけないことであるのは事実。でも、<彼女>の心の弱さを引き出してしまう相手も相手なわけで、この夫(若葉竜也)はまさにそういう人。
空港のエスカレーターで指輪を外すあのシーンを、私は一生忘れない。
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『劇場』プライドが高いヒモと超奉仕系女子の対比がキツすぎる
(C)2020「劇場」製作委員会
窮地に追い込み、自分とは一緒にいられない状況になって初めてわかる彼女の大切さ。もっとはやくに気付けていたら。
そう、「手遅れだ」とわかったときには、もう遅い。
とにかく永田(山崎賢人)のプライドの高さに終始呆れ果てる。たとえイケメンでもここまでクズだとどうしようもない。そして、なぜこんなヤツに沙希(松岡茉優)はここまで惚れ込んでいるのか。観れば観るほどにわからない。
沙希の部屋に転がり込んでるくせに「人ん家の光熱費を払う理由がわからん」と衝撃発言をする永田も永田だが、「たしかに人んちの光熱費払う人とかいないよね〜ウケる」とニコニコと同意してしまう沙希も沙希。
こんなにもちぐはぐな2人が、うまくいくはずがない。
……なんだけど、そんなダメ男に惹かれる沙希の取り繕っている姿に時折共感してしまう自分がいる。これ、人を情緒不安定にさせる天才的作品かもしれない。
永田目線で描かれているように見せかけて、最終的には沙希が観劇していた一本の舞台のようにまとめられている『劇場』。ラストシーン、涙が止まらなかったことはここだけの話にしておきたい。
注:ラブストーリーに浸るその前に
彼の誕生日を軸とした2人の6年間、2020年〜1995年を遡るある男の25年間、終電後に恋に落ちた2人の忘れられない5年間、青年を蝕む沼のような5年間、演劇が繋ぎ止めていた2人の7年間……いろんな形の恋がある。
深い感動と共感を呼ぶこれらのラブストーリーに、みしみしと沈み込んではいけない。あくまでも「私にもこんなこと、あったなぁ」と受け流すくらいの気持ちで俯瞰して観ないと、後戻りできなくなるから。
……でも、今が幸せであっても、“ちょっと思い出す”くらいは許されるよね。
(文:桐本絵梨花)
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–{『ちょっと思い出しただけ』作品情報}–
『ちょっと思い出しただけ』作品情報
ストーリー
怪我でダンサーの道を諦めた照生(池松壮亮)と、その彼女でタクシードライバーの葉(伊藤沙莉)。めまぐるしく変わっていく東京の中心で、何気ないある一日が流れていく。特別な日も、そうでない日もあるが、決して同じ日は来ない。二度と戻れない愛しい日々を、ちょっと思い出す……。
予告編
基本情報
出演:池松壮亮/伊藤沙莉/河合優実/尾崎世界観/國村隼(友情出演)/永瀬正敏
監督:松居大悟
公開日:2022年2月11日(金)
製作国:日本