2021年映画産業分析:『ARASHI 5×20 FILM』と『滝沢歌舞伎』が示した映画館の生き残る道

映画ビジネスコラム

『ARASHI Anniversary Tour 5×20 FILM “Record of Memories”』©2021 J Storm Inc.

先日、2021年の日本映画産業統計が日本映画製作者連盟(映連)から発表されました。2021年も、2020年から続く新型コロナウイルスの流行状況に振り回された格好となりましたが、希望は微かにでも見えてきたのでしょうか。

結論から言えば「昨年より興収は伸びたが、長いトンネルからまだ抜け出せたとは言えない。そして映画産業の不可逆の構造変化が鮮明になり、映画館も対応していく必要がある。」ということがわかってきました。

>>>【関連記事】SNSは映画興行を左右するか。2018年に得た結論は「YES」

>>>【関連記事】2020年 映画産業分析:コロナに耐えた東宝&配信を巡る「2つ」の現象

>>>【関連記事】<2021年総括>映像コンテンツ産業10大ニュースを今ここで振り返る

全体では下から2番目、しかし邦画は上から3番目

2021年、全国の映画館の年間興行収入は、1618億円。2020年対比で113%の成績となり、若干の回復傾向が見られます。しかし、2000年以降では過去最低から2番目に低い数字となっており(過去最低は2020年)、苦しい状況が続いています。

コロナ前の2019年の2611億円と比較すると62%の成績であり、いまだに1000億円近くの開きがあります。

不振の最も大きな要因は洋画です。ハリウッド映画メジャーの作品群が公開延期、もしくは公開されずに配信に流れてしまう傾向が続いており、洋画のシェアが20.7%と低迷しています。

それでも回復傾向を維持できたのは邦画の好調です。洋画とは対照的に、邦画は2000年以降で過去3番目に高い成績を記録しており、邦画だけならコロナ前の水準をある程度回復しているといえます。

大ヒットの目安と言われる興収10億円超えの作品は邦画で32本が達成、これは2019年の40本には負けますが、2018年の31本を超える数字であり邦画については問題ない数字とさえ言えるのかもしれません。

しかも、この成績は期待の新作、例えば『シン・ウルトラマン』や『映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争 2021』などが公開延期となっての数字なので、これらの作品がもし公開されていれば、もっと伸びていた可能性があります。

しかし、それでも全体で見れば上記の通り厳しい数字。それだけ洋画が欠けた穴が大きいのです。

–{洋画の生殺与奪の権は誰が持っているか}–

洋画の生殺与奪の権は誰が持っているか

上から3番目の好成績だった邦画に対して、洋画はなんと前年比98.7%で2020年を下回ってしまいました。回復どころか悪くなっています。

これは、2020年の中盤から続いている、話題作の公開延期が続いていることが大きいと思われますが、洋画最大手のディズニーと映画館の軋轢も大きな要因になっているでしょう。

2021年3月にディズニーの新作アニメーション映画『ラーヤと龍の王国(以下ラーヤ)』が公開されました。ディズニーは、2020年に本格稼働した配信サービス「ディズニープラス」への注力とコロナ禍が重なったこともあり、事業全体を配信に傾注する動きを見せていました。

例えば2020年には、実写映画『ムーラン』が数度の公開延期から劇場での公開を取りやめ、ディズニープラスで配信されることになりました。

しかし、映画館は延期されてもいずれ上映すると考えていたので、予告編をいっぱい流していました。そのため、映画館は結果的にディズニープラスの宣伝をタダでしていたような状態となり、観客を奪われたと感じていました。同じようなことが「ソウルフル・ワールド」でも起こり、全興連(全国興行生活衛生同業組合連合会)がディズニーと今後の上映について協議されることとなりました。

こじれた結果『ラーヤ』はなんとか劇場公開されたものの、公開規模が縮小されることになりました。3月5日の封切時、約250館で始まりましたが、コロナ前のディズニーの新作なら350から400に近い館数で上映されていたはずです。

ディズニー配給作品は、それ以降もいくつか話題作を公開していますが、思ったような成績が上がっていません。11月の『ミラベルと魔法だらけの家』の際には、約370館で封切を迎えています。しかし、この作品も日本では興行が低迷し10億円を超えていません。

そして、2022年3月に公開を予定していたピクサーの最新作『私ときどきレッサーパンダ(以下レッサーパンダ)』が公開を取りやめ、ディズニープラスで配信されることが決まりました。この作品も映画館で予告編が何度も流されていた作品で、全興連はついにディズニーに、これまでの予告編分のシネアド(スクリーンで流れる広告のこと)分の宣伝広告費を個別に請求する可能性を示唆する抗議文を送るまでの事態になりました。

ディズニーの公開中止および延期の決定は、基本的に米国本社の決定です。日本法人のウォルト・ディズニー・ジャパン独自の決定ではありません。

日本人の我々には、なかなか米国本社に対してアクションを取りづらいという状況があります。実は、洋画系の日本法人はだいたいどこも同じような状態で、米国本社の意向で決まります。

とりわけ、昨今は映画会社の大型買収があり、寡占が進んでいます。ただでさえアメリカの会社のことなので、日本からはどうすることもできない状況になってきています。

アニメ「鬼滅の刃」21話より ©吾峠呼世晴/集英社・アニプレックス・ufotable

いわば、洋画に関しては生殺与奪の権を、海の向こうに握られている状況と言えるでしょう。冨岡義勇さんに怒られそうです。

配信サイトはローカルによってIP制限をしているので、世界一斉に配信する必要はないし、実際にどこの配信サイトも地域ごとに権利の保有状況が異なるので、制限をかけながらやっています。

それに、ディズニープラスのサービス圏外の国では『レッサーパンダ』は劇場公開するそうですし、ならば、映画館が機能している日本も劇場公開してもいいのではないでしょうか。洋画各社には、それぞれの国のニーズに沿った柔軟な対応を期待したいです。

そのために日本人の観客としてできることは、ニーズがあるということを示す、つまり映画館に観に行くことを続けるしかないでしょう。

–{映画が映画館の外に出ていくなら……}–

映画が映画館の外に出ていくなら……

ディズニーの配信シフトは鮮明であり、有力な企画がNetflixをはじめとする配信で続々実現している現実を踏まえると、洋画の興行はもうコロナ前の水準に戻らないかもしれません。『レッサーパンダ』は最初に劇場公開の予定だったため抗議される事態となっていますが、最初から配信のみであれば、映画館に言えることは何もありません。

この配信シフトによる恒久的な洋画の穴は「何か別の興行の柱を作って埋めるしかないのではないか」と2020年の総括記事でも筆者はそう提案しています。

2021年、その1つの答えとなるかもしれないコンテンツが2作品ありました。

『ARASHI Anniversary Tour 5×20 FILM “Record of Memories”』©2021 J Storm Inc.

嵐のライブ映画『ARASHI Anniversary Tour 5×20 FILM “Record of Memories”(以下ARASHI 5×20 FILM)』と、舞台を映画館で上映する『滝沢歌舞伎 ZERO 2020 The Movie(以下滝沢歌舞伎)』です。

前者はライブを映画館で上映し、後者は舞台を映画館で上映したものです。一応、映画と銘打たれていますが、実態は「非映画系コンテンツ(ODS)」と言っていいでしょう。

とりわけ『ARASHI 5×20 FILM』は45億円を超える成績を残し、実写映画トップを獲得。ライブ映画がトップを獲得したのは初めてのケースです。『滝沢歌舞伎』も20億円超えの大ヒット。

これらの非映画系コンテンツは、映画館の興行を支える新たな柱になり得る可能性を示したのではないでしょうか。

両方ともジャニーズ関連のコンテンツであり、特に嵐は2020年で活動休止という特別な状況だったことも興行を後押ししたと思います。どちらも広範なファン層に支えられており、観客の満足度は非常に高く、レビューサイトでは高評価を記録しています。

(C)2020「滝沢歌舞伎 ZERO 2020 The Movie」製作委員会

映画館が映画以外のコンテンツに頼るのを良しとしない人もいるかと思いますが、ニーズは明らかにあるわけです。舞台やコンサートを撮影する技術やノウハウも発展しており、映画館で見せるコンテンツとして、満足度の高いものもたくさん出てきています。

この原稿を書いている現在、舞台『刀剣乱舞』が映画館で上映されています。これらの人気舞台は、チケットを取るのも大変です。本当は何回でも見に行きたいけどチケットが撮れないと嘆くファンもいるでしょう。映画館で上映されるなら、より多く鑑賞できます。

筆者がこれまで見てきた非映画系のコンテンツでは劇団☆新感線の「ゲキ×シネ」シリーズが強く印象に残っていますが、個人的には藤原竜也がハリー・ポッターを演じる舞台や、野村萬斎の狂言『鬼滅の刃』などを、クローズアップで演者の一挙手一投足を大きな画面で観てみたいなと思っています。

舞台演劇を大スクリーンで観る体験は、生の観劇とは異なる魅力があると思っています。

筆者の場合は年齢を重ねて、生の音楽ライブに行って飛んだり跳ねたりする元気がなくなってきたので、映画館で座って観られるぐらいが丁度良いんですよね。そういうニーズもあるんじゃないかと思います。マジで翌日、筋肉痛で動けなくなります。

現在の映画館を取り巻く問題は、映画というコンテンツが、配信をはじめとする映画館の外に出ていってしまっていることです。それは、時代の変化であり不可避の部分があります。なら、映画館はその時代の変化に対応するために、映画以外のコンテンツを積極的に呼び込むのもアリなのではないでしょうか。

映画館は、その場所と音響などの高スペックが魅力。それを活かせるコンテンツは映画以外にもたくさんあるはずです。そうして、多くの人に映画館の魅力に気づいてもらった先に映画文化の存続と発展もまたあるのではないでしょうか。

映連の島谷会長は、2022年の展望について「邦画・洋画ともにいい作品が揃っている当たり年」だと述べています。なんにせよ、それらの作品が無事に公開されることをまずは願います。そして、映画館も生き残るために、新しい試みにどんどんトライしていってほしいと思います。

(文:杉本穂高)