皆さんは、マーベル・スタジオのオリジナルドラマシリーズ『ムーンナイト』の監督過去作やカメルーン映画、2021年のベルリン国際映画祭受賞作などがNetflixで配信されていることをご存知だろうか?
Netflixでは毎週のように世界中から魅力的な作品が配信されている。そうなると、どうしても埋もれてしまう作品があるもの。
今回はNetflixに埋もれている名作を「5本」紹介する。
1:『護送車の中で』
アメリカ映画界では新気鋭の監督に、大作のメガホンを託す傾向がある。『ノマドランド』のクロエ・ジャオは『エターナルズ』を手掛けた。また、ニュージーランドの監督タイカ・ワイティティは『シェアハウス・ウィズ・バンパイア』で注目されて以降、『マイティ・ソー バトルロイヤル』を手掛け、バンド・デシネ(フランス語圏のコミック)「アンカル」の監督に抜擢された。
エジプトにも見出された監督がいる。
それはモハメド・ディアブだ。
彼はマーベルのドラマシリーズ『ムーンナイト』(2022年3月30日にディズニープラスで配信)の監督である。利己的な男が何度も同じ日を繰り返すタイムリープ映画『Congratulations』などの脚本を手掛け、2010年の『Cairo 678』で監督デビューを果たす。スリやナンパに悩まされる女性が復讐の鬼となり、満員電車で男性の急所を攻撃する。エジプト女性版『狼よさらば』といった作品となっている。
そんな彼の監督2作目『護送車の中で』がNetflixで配信されているのだ。2013年のエジプトクーデターを描いた本作は、護送車の中だけで警察と市民の戦いに巻き込まれるジャーナリストの手汗握る脱出劇が描かれている。
護送車に2人のジャーナリストが押し込められる。彼らは窓から助けを求めるが、誤解されて石を投げつけられる。それを見ていた警察は、石を投げた群衆も護送車に押し込む。老若男女が詰め込まれた護送車。連絡手段は青年が持っている携帯電話とジャーナリストが隠し持つスマートウォッチだけ。
なんとか脱出を試みるが、いつの間にか護送車は市民に取り囲まれ、緑の光線や花火、石を投げつけられ窮地へと追いやられていく。護送車に乗っている人は味方であるにもかかわらず、ヒートアップした戦いに飲み込まれて、身動きができなくなっていく怖さが90分ノンストップで続く作品である。
本作を観ると、『ムーンナイト』は社会問題を過激なアクションで斬り込んでいくタイプの作品だと期待することができる。モハメド・ディアブは今後要注目の監督といえよう。
–{『2:漁村の片隅で』}–
2:『漁村の片隅で』
『護送車の中で』も含めNetflixにはアフリカ映画が充実している。ナイジェリア映画だけでも2022年1月時点で20作品もあり、「ノリウッド」と検索することで簡単に作品を楽しめる。珍しいところではカメルーンの映画が配信されている。
カメルーンは400以上の言語が国内で話され、政府が長年、映画製作に援助をしていなかったこともあり、映画が作られにくい環境である。なのでアフリカの映画を追っている筆者でも『漁村の片隅で』が初めてのカメルーン映画観賞となった。
話はカメルーンの漁村を舞台に、学校に通いたい女の子エカと全力で止めようとする父、そして村人との関係を描いている。ノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイに憧れ、学校に通いたいとお願いするエカに対して村人は「勉強すると怠け者になるぞ」と言葉の呪いをかける。
父は周囲にヘコヘコしながら生きており、頭がよくないことにコンプレックスを抱いている。エカが勉強できると、自分が優位に立てる場所がなくなってしまうと考え、彼女を抑圧してしまう。
エカが厳しい状況ながらも勉強をしたい一心で、校舎の穴から授業に参加する姿に思わず涙がでる。
アフリカ映画やカメルーンに興味がある方へオススメしたい1本だ。
–{3:『コップ・ムービー』}–
3:『コップ・ムービー』
今後アメリカで大作を撮る監督は誰かと考えた際に、メキシコのアロンソ・ルイスパラシオスを挙げたい。彼は長編映画3本全てでベルリン国際映画祭を受賞している注目の監督だ。彼が第71回ベルリン国際映画祭(21)で芸術貢献賞を獲った『コップ・ムービー』もNetflixで観ることができる。本作はメキシコ版警察24時ともいえる作品だ。
無線に連絡が入り、女性警官であるテレサが現場に向かう。そこには男が立っており、止まりなさいと言っても聞かず、ジワジワと近づく。銃が飛び出すのかと思うと携帯電話である。どうも女性のお産が始まったのだが救急車が来ていないらしい。彼女は出産の手伝いをすることとなる。タイトルから想像する警察物語とは異なった始まりをする本作。
実は、ドキュメンタリーなのである。この映画では、役者に警察の日常を演じさせているのだ。なので警察物語のプロットをなぞりながらも突如現れる、現実的シチュエーションに生々しさを感じる。
本作が面白いのは、役者が演技の勉強のために警察学校に入るドキュメンタリーパートがある点だ。ここでは、リボルバー銃を撃とうとするが、緊張のあまり中途半端にトリガーを引いて発砲されない様子がカメラに収められている。警察物語は悪に迫る時にスリルを感じるが、本作では銃のトリガーを引く場面にこそスリルがある。
これは現実でも、銃を初めて撃つ時に緊張する真実を捉えている。警察物語あるあるを描きながらも真のコップ・ムービーを目指していく意欲作となっている。
アロンソ・ルイスパラシオは一貫してジャンルを横断する作品を作っており、前作『Museo』ではモラトリアム青春ものから、ジャン=ピエール・メルヴィル『仁義』を彷彿とさせる静かな犯罪もの、そしてロード・ムービーへ次々と作風を変えていった。今後、マルチバース展開していくマーベル映画の監督に抜擢されるのではと期待している。
–{4:『AIに潜む偏見:人工知能における公平とは』}–
4:『AIに潜む偏見:人工知能における公平とは』
昨今、AIによる機械学習が注目されている。2022年2月26日(土)ユーロスペースほかにて公開の『チェチェンへようこそ-ゲイの粛清-』は、ゲイ狩りが横行するチェチェン共和国から脱出する者を追ったドキュメンタリーだ。
本作では、当事者を保護するためにディープフェイクが用いられ、AIにより自動生成された顔を亡命者にはめ込んでいる。言われないとディープフェイクが使われているかわからないレベルの編集により本作は、第93回アカデミー賞視覚効果賞のショートリストに選出された。
Netflixには機械学習に関する怖いドキュメンタリーがある。『AIに潜む偏見:人工知能における公平とは』は中立公正であるはずのAIが、偏った結果を提示してしまう危険性を唱えている。
大学で顔認証技術を使った課題作成に取り組んでいる黒人女学生。しかし、なかなか顔を認識してくれない。このことに疑問を思って調査すると、顔認証の精度に偏りがあることが判明する。
映画はこの学生と共に、類似事象を追っていくなかで段々とあることに気づかされていく。それは、AIが偏見のある現実社会を複製していることである。実際に、マイクロソフトが開発したおしゃべりボットが差別的発言をするようになった事件を目の当たりにするとSF映画の恐怖は、すぐそばにあることに気づかされる。
エンジニアはもちろん、ジェンダー論に関心ある方は必見のドキュメンタリーである。
>>>『AIに潜む偏見:人工知能における公平とは』Netflix配信ページはこちら
『ロニー・コールマン:偉大なる王者』
「大胸筋が歩いている!」
彫刻のように引き締まった筋肉で覆われた巨人、ロニー・コールマンの雄姿を目の当たりにすると、誰しもそう叫びたくなるだろう。ロニー・コールマンは、ミスター・オリンピア8連覇を達成したボディビルダーだ。
そんな彼は、激しいトレーニングによって身体に負荷がかかり、今や松葉杖での生活を余儀なくされている。ロニー・コールマンの軌跡を追ったこのドキュメンタリーは、あまりボディビルダーに詳しくなくても涙こみ上げてくるものとなっている。
見た目の豪快さに反して、彼は勤勉で優秀である。大学では、アメフトをしながら会計学の勉強に励み優秀な成績で卒業した。しかし、職に恵まれずピザ屋で働き、毎日まかないのピザを食べる生活を送っていた。ここで彼の頭の良さが発揮される。まかないのピザに飽きた彼は、近くのファストフード店で働いている者に「お前、飽きただろ?交換しないか?」と持ちかけるのだ。このビジネス取引のセンスが後にサプリ事業へ繋がっていく。
一方、ボディビルダーとしての活躍も重厚に語られる。ミスター・オリンピア8連覇の快挙を成し遂げたが、回を重ねるごとに身体に無理が生じていた。それを一番知っていたのは、ライバルのジェイ・カトラーだ。
彼は長年、ロニー・コールマンに勝てなかった男。そして、彼の9連覇を止めた男である。通常だったら嬉しいはずの勝利。しかし、彼は嬉しくなさそうだ。彼の口から語られるその理由を聞くと魂が揺さぶられる。
スポーツ映画好きにイチオシなドキュメンタリーである。
>>>『ロニー・コールマン:偉大なる王者』Netflix配信ページはこちら
5作品とも観応え抜群の作品。Netflixの膨大な作品数に迷ってしまったら、これらの作品に挑戦してみてはいかがでしょうか?
(文:CHE BUNBUN )