<ウィレム・デフォーの魅力>闇と光のカリスマ性

俳優・映画人コラム

『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(C)2021 CTMG. (C) & TM 2021 MARVEL. All Rights Reserved.

2022年1月7日(金)、ようやく日本でも劇場公開された『スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム』。

SNS上では絶賛の声が相次ぐ中、ウィレム・デフォーの演技が凄いと盛り上がりをみせている。今回はウィレム・デフォーの演技の魅力について掘り下げていく。

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ウィレム・デフォーの原点は演劇から

ウィレム・デフォーの演技の出発点は演劇だった。ウィスコンシン州ミルウォーキーで演劇を学んでいた彼は前衛劇団Xに参加するため、学校を中退。1977年にニューヨークで実験的演劇を手がける劇場「ウースター・グループ」を設立する。

キャスリン・ビグロー長編デビュー作『ラブレス』(82)で映画役者として本格的にキャリアを歩むこととなった彼は、『ストリート・オブ・ファイヤー』(84)でのストリートギャングリーダー役や『プラトーン』(86)の地を這うように戦場を歩き両手を天にかかげながら倒れていく三等軍曹役などといった演技で注目されていく。

個性派役者として、多くの有名監督作品に出演しており、ジョン・ウォーターズ、デイヴィッド・リンチ、ラース・フォン・トリアーなどといった鬼才の作品からヴィム・ヴェンダース、テオ・アンゲロプロスといった巨匠作品まで手広く活動している。また、悪役のイメージが強いウィレム・デフォーだが、『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(17)や『セブン・シスターズ』(17)では善人を演じている。

グリーン・ゴブリン役で魅せる驚異の表情筋

『スパイダーマン』Spider-Man(R),Green Goblin(R),the Characters(R)&(C)2002 Marvel characters,Inc. All Rights Reserved.

『スパイダーマン』シリーズで彼は、2つの人格を演じ分けている。1つ目はノーマン・オズボーン。軍事企業「オズコープ」の社長である。彼は研究資金を他社に奪われる危機にあった。このままでは会社が倒産してしまう。そこで、彼は自らの身体でパワー増強剤の実験を行う。しかし実験は失敗し、人格は分裂。凶悪な側面を持つグリーン・ゴブリンが誕生してしまう。これが2つ目の人格だ。悪の人格に病んでいくオズボーンは、身体をゴブリンに乗っ取られていく。

ウィレム・デフォーは『スパイダーマン』(02)で既に魅力的な怪演を披露している。例えば、部屋でゴブリンの声が聞こえる場面。怯えるオズボーンが鏡を見ると、彼が語りかけてくる。恐怖に怯えた顔から一変、鏡に映るウィレム・デフォーは自信に満ちあふれ、不敵な笑みを浮かべている。ゴブリンの狡猾な顔をみせているのかと思うと急に表情が変わり、オズボーンの人格が一瞬、浮かび上がる。ゴブリンとオズボーンの掛け合いを表情と仕草でシームレスに切り替える姿は圧巻である。表情筋の豊かさに驚かされることだろう。

また、スパイダーマンに睡眠薬を吹きかけ、夜の屋上で誘惑をする場面。スパイダーマンが目を覚ます前に、マスクを外し正体を確認できたにもかかわらず、わざわざ夜になるまでゴブリンは待つ。ゴブリンは正論を語るスパイダーマンの頭を軽く小突き、社会の真理について教える。ウィレム・デフォーの人間味溢れる仕草が、滑稽に見えてしまうであろう場面に説得力を与えるのだ。マスクを被った者同士、対等に話し合うため敢えて夜まで待ったのだと。

『スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム』でパワーアップした二重人格性

『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(C)2021 CTMG. (C) & TM 2021 MARVEL. All Rights Reserved.

人情の仮面を盾に確実にスパイダーマンを追い詰めるゴブリンの姿は『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』でも発揮されている。ゴブリンは研究者であるノーマン・オズボーンから生み出された怪物なので、トライ&エラーの精神を引き継いでいる。

水平方向の移動と攻撃が得意なゴブリンに対し、下方向からの攻撃を繰り出すスパイダーマン。最初の戦闘では、その噛み合わせの悪さから一旦戦線を離脱した。2回目の戦闘では、火災現場にスパイダーマンをおびき寄せる。空中戦においてスパイダーマンの方が有利だと判断した彼は、水平方向の攻撃を活かせる建物内に舞台を移した。しかし、飛び道具を使用した戦い方によりスパイダーマンに逃げられてしまう。

異次元に飛ばされたゴブリンは、スパイダーマンがピーター・パーカーである状態を狙って攻撃する。廊下でピーター・パーカーを掴みながら床ごと突き落とすのだ。下方向からの攻撃を苦手とするゴブリンは、下方向への攻撃でもって弱点を克服しようとしている。また肉弾戦に持ち込むことで、逃亡を阻止するのである。

ウィレム・デフォーの演技によって、この狡猾なトライ&エラーに説得力が帯びてくる。遠心分離機にかけられたように、恐怖に怯える側面と、自信がみなぎる側面に人格が分かれてしまったオズボーン。前者では、人畜無害な仕草でピーター・パーカーに助けを求める。彼の研究者としての精神に胸打たれたオズボーンは協力的だ。しかし、ひとたびゴブリンの顔をみせると、そこにはオズボーンとしての優しい顔はない。骨格レベルで尖った邪悪な顔をみせるのだ。

Netflix

ウィレム・デフォーは、ゴブリンや『Death Note /デスノート』(17)のリューク役などといったマンガのキャラクターからT・S・エリオット(『愛しすぎて 詩人の妻』)やフィンセント・ファン・ゴッホ (『永遠の門 ゴッホの見た未来』)などといった歴史上の人物、さらに『最後の誘惑』(88)ではイエス・キリストを演じている。

次からは、闇のウィレム・デフォー、光のウィレム・デフォー、そしてアベル・フェラーラ映画でのウィレム・デフォーについて掘り下げていく。

–{闇のウィレム・デフォー}–

闇のウィレム・デフォー

『ストリート・オブ・ファイヤー』(C)1984 Universal Studios. All Rights Reserved.

ウィレム・デフォーはヴィランのイメージが強い。そのイメージを決定づけた作品は『ストリート・オブ・ファイヤー』だろう。エレン・エイムの凱旋ライブ。「ノーホエア・ファスト」のメロディが会場を熱く燃え上がらせる中、ストリートギャング「ボンバーズ」が忍び寄る。全身で歌うエレン・エイムを客席の闇からじっと見つめるリーダー・レイヴン。この不気味な表情は一眼で不吉な予感を抱かせる。トム・コーディ一味にボンバーズのアジトが襲撃され、業火に燃える中、レイヴンは大胸筋を強調した独特な姿で現れる。

滑稽なシーンになってしまうところを、リーダーとして堂々とした振る舞いをすることでその場にカリスマ的なオーラが流れる。ヴィランとしての華をみせつけるのだ。自信を持った立ち振る舞いをすることで、ツッコミどころある場面を魅力的にさせる。

また、表情で場の空気を支配できる特徴を活かしてデヴィッド・クローネンバーグ『イグジステンズ』(99)では闇商人ガスを演じている。背骨にバイオポートとよばれる専用器具を取り付けることとなったテッド・パイクルがガスのもとを訪れる。この時のウィレム・デフォーのニヤリとした表情は一目で「ロクなことが起こらない」と思わせる。

Netflix

『Death Note/デスノート』では死神リュークの声を演じている。ここでは不気味な笑い声と、グリーン・ゴブリン役で培った悪の甘き香りを匂わせる話し方でライト・ターナーを誘惑している。

このようにウィレム・デフォーは声と表情で登場人物だけでなく、観客の心も闇へと誘うのである

–{光のウィレム・デフォー}–

光のウィレム・デフォー

『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』 (C)2017 Florida Project 2016, LLC.

一方で、善人を演じることもある。『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』ではモーテルの管理人役を演じている。モーテル「マジック・キャッスル」には貧しい家庭が住んでおり、無邪気にモーテル周辺で遊びまわる子どもたちを見守っている。アイスをこぼす子どもたちに呆れながらも、その目には優しさがある。不審者が敷地に現れると、子どもたちの目に触れぬ場所に連れ出し撃退する。優しい表情から、一気に怒りの表情をみせる瞬発力をみせている。

『セブン・シスターズ』(C)SEVEN SIBLINGS LIMITED AND SND 2016     

同年に製作された『セブン・シスターズ』でも同様の瞬発力をみせている。人口過剰により一人っ子政策が行われる近未来で、7つ子を守ろうとするシングルファーザー役を演じている。子どもたちを守るために、家を改造し、教育をほどこす際の献身的な眼差し。しかし、ひとたび玄関を叩く音を聞くと銃を持ち出し、殺し屋としての構えでもって扉ににじりよる。優しさゆえに厳しい表情をみせていくのだ。オーラを瞬時に切り替え、場の空気を変容させる演技は観る者の興味を惹く力がある。

光のウィレム・デフォーとしてカリスマ性を提示した作品には『仮面の真実』(03)がある。逃亡する修道僧ニコラスが出会う劇団のボス役を演じている。劇団員としての経験がここでは活かされており、舞台の上で演じている姿と劇団のボスとしてのカリスマ性を使い分けている。

特にボスとしての演技が魅力的であり、自ら舞台に立ち仲間に指示を出すリーダーシップ、怯えるニコラスに手を差し伸べ、彼と同じ目線で勇気付けるきめ細かなマネジメント能力を表現している。ヴィランを演じることが多い彼だが、この作品を観ると理想の上司だと思わずにはいられないだろう。

–{アベル・フェラーラ映画のウィレム・デフォー}–

アベル・フェラーラ映画のウィレム・デフォー

日本ではあまり知られていないのだが、ウィレム・デフォーは『天使の復讐』(81)で知られるカルト映画監督アベル・フェラーラ作品によく出演している。どの作品も一筋縄ではいかないキャラクターに挑戦しているのだ。

『4:44 地球最期の日』(C)2011 SO SUAVE, LLC AND WILD BUNCH S.A. ALL RIGHTS RESERVED.

『4:44 地球最期の日』(11)では、地球滅亡まであと1日となった世界でのひと時が描かれている。ウィレム・デフォー演じる男はジャクソン・ポロックを意識した絵を描いたり、オンラインで遠く離れたアーティストと話し合ったり、瞑想したりしている。終わりゆく世界の中で自我を保とうとしているのだ。この映画での演技は、コロナ禍での生活を予言したかのようなリアルさを持っており、祈りを捧げながらも去りゆく時間の中に身を投じようとする生への渇望が感じ取れる。

『Go Go Tales』(07)では火の車経営のストリップクラブのオーナー役を演じている。一発逆転を狙って宝くじに挑戦し、億万長者となるものの、肝心な宝くじを無くしてしまう。借金の取り立てに追われたり、ストリップクラブの揉め事を解決したりしながらショーを盛り上げていく。飄々と立ち振る舞うウィレム・デフォーの姿は、集大成ともいえ、追い詰められた彼が演説する場面は圧巻といえよう。

『ソドムの市』(75)で知られるピエル・パオロ・パゾリーニ監督が殺害された事件を描く『Pasolini』(14)では、スキャンダラスな事件とは裏腹に静かに死の瞬間まで続く日常が捉えられている。ウィレム・デフォーはパゾリーニ監督の前衛的で過激なイメージを払拭する冷静な仕草を演じている。

『TOMMASO』(19)では、イタリア語の先生との情事に明け暮れるアーティストの男を演じている。妻が不倫をしていることを疑い始めたことにより現実と虚構が曖昧になっていく姿を描いた本作では、「俺は『甘い生活』のアメリカ版リメイクを作りたいんだ。」と饒舌に話す一方で、妻が自分のいない間に何をしているのか不安を抱き精神が乱れていく激しい情緒の浮き沈みを怪演している。

『永遠の門 ゴッホの見た未来』(C)Walk Home Productions LLC 2018

ウィレム・デフォーは『永遠の門 ゴッホの見た未来』で第75回ヴェネツィア国際映画祭で男優賞を受賞している。内なる狂気と対峙し続けるゴッホを演じた彼。その源流はアベル・フェラーラ映画における混沌の中で自分の内面を見つめる演技にあったといえよう。

『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』『ナイトメア・アリー』『THE CARD COUNTER』に期待

(C)2021 20th Century Studios. All rights reserved.

日本では2022年1月28日(金)よりウェス・アンダーソン監督作『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』が公開される。本作でウィレム・デフォーは裏会計士役を演じているとのこと。

また、2022年3月25日(金)にはギレルモ・デル・トロのサスペンススリラー『ナイトメア・アリー』が公開される。ポール・シュレイダー『The Card Counter』では少額稼いでは逃げる賭博師の前に現れる敵として登場する。

2022年は闇のウィレム・デフォーが堪能できる年となりそうだ。

(文:CHE BUNBUN )

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