『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』ネタバレなし!知ってほしい「マルチバース」の定義や面白さを科学者の野村泰紀先生が解説

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大ヒット公開中の『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』は絶賛の嵐で迎えられている。現在、映画情報サービスのIMDbでは8.8点、Rotten Tomatoesでは批評家94%にオーディエンス98%という、圧倒的な支持率を獲得。全米の週末3日間における興行収入の2億6013万ドルはコロナ禍における最高記録だ。全米でのオープニング興行収入歴代第3位と報じられてもいたが、さらに更新されたその最新数字では『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』を抜き歴代2位となった。

本作のキーワードの1つに「マルチバース」がある。宇宙を意味する「ユニバース」が“ひとつ(Uni)”の宇宙(verse)であることに対して、多く(Multi)の宇宙が存在することを示した言葉だ。予告編でもわかる通り、本作にはこれまでの『スパイダーマン』の映画シリーズのヴィラン(悪役)たちが、異なる宇宙ことマルチバースからやってきたという設定があるのだ。

そもそものマルチバースの定義とは何か?フィクションの存在ではなく、科学的に現実で存在し得るものなのか?どのような歴史の上に提唱されてきたのか?それらの疑問を、カリフォルニア大学バークレー校教授であり、マルチバース研究の第一人者である野村泰紀先生に訊いた。科学者としてのマルチバースへの思い入れは、とても興味深く示唆に富むものだった。本作の理解の一助に、そして科学研究の魅力の一端を知っていただければ幸いだ。

【参考記事】マルチバース宇宙論を提唱。宇宙の不思議を解き明かす。
 

タイムマシンはあり得なくても、マルチバースは存在し得る?

――ネタバレのない範囲で、『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』を観たご感想をお願いします。

ものすごく面白かったです! メインはマルチバースという設定よりも、「人間の話」であり「成長の話」でしたね。最後の方は涙がずっと出ていてマスクが濡れていたので、エンドロールが長くてホッとしていました。

実は『スパイダーマン』の映画はあまり観たことがなくて、本作も「アクションが爽快な水戸黄門」みたいな映画かと思っていたのですが、良い意味でぜんぜん違いました。これまでの『スパイダーマン』のシリーズを観たファンであれば、細かいセリフにさらに感涙できると聞いていたので、そこは悔しいですね。

――早速本題ですが、まずマルチバースとはどのように定義づけられるものなのでしょうか。

マルチバースという言葉に厳密な定義はなくて、人によって考えているものが異なったりもします。でも、サイエンスというものは、わかっていないことがある、ボヤッとしているところがあることも、実は楽しいところでもあるんです。どんなにドラマティックな理論でも、全部が解明されていたら、プロのサイエンティストとしては仕事がなくなってしまいますよね。マルチバースはそういうわけではなく、まだ発展途上の理論です。

――それでも、マルチバースがどういうものであるか、基本的な考えや視点などはありますでしょうか。

基本的には「僕らが今まで全宇宙だと思っていたものは、世界の全てではなくて、それ以外にもいろいろとある」ということですね。バリエーションとしては、例えば映画でよく使われている「他の宇宙では歴史が異なっている」というのがあります。僕の彼女が死んでしまったけど、違う世界では生きているとか、そういう異なった歴史の宇宙が存在するという考え方ですね。今の物理の知見ではそれは十分にあり得ます。

――現実でマルチバースを誰も見たことがない、わからないものなので、いろいろなバリエーションの説があるということですよね。

そうですね。他にも宇宙の法則すら違ったり、光や原子なども存在しないなど、全く異なる宇宙があるという考え方もあります。僕らは3次元という縦横高さがある世界に生きていますが、4次元とか5次元とかの次元の数さえ違う宇宙が存在するかもしれないという説もあります。もちろん創作物では、人間がいないとか、原子がないとか、そういう設定はあまり使えないと思いますけどね。そうしたバリエーションのどれが正しいとか、他の宇宙にどれだけ違うものがあるかとかは、まだ完全にはわかっていません。

――マルチバースは「こういうのがあったらいいな」と想像するだけのものではなく、科学的に実在し得ると証明されているのでしょうか。

ちょっと話はズレますが、タイムマシンで過去に行くことを想像するのは楽しいですよね。しかし、僕たちサイエンティストは本当の意味で過去に行くことはできない、今の理論では無理だと考えています。サイエンスというのは、その時々の「最も確からしい考え」を数式にまとめたものであり、それを念頭に置いて言えば、今の物理理論では過去には行けないことがはっきりしています。

しかし、マルチバースはタイムマシンとは違って、方程式を見るとそれが起こり得るどころか、「どうもこういうことが起こっているらしい」と考えたほうが自然だと、一部のサイエンティストたちは考えているんです。

――タイムマシンは理論上に不可能であるのに対して、マルチバースは「存在していると考えたほうが自然」になっているというのは面白いですね。

かなり昔のコミックからパラレルワールドや別の宇宙が存在するということは描かれていましたが、今はいろいろな情報を統合してみると「どうもマルチバースは本当にあるんじゃないか」となっていることが新しいんですよ。ちなみに、未来に行くタイムマシンは理論的には可能です。

地球と同じように、我々がいる宇宙も奇跡的な存在かもしれない

――科学的な知見から、マルチバースに最新のアップデートが加えられたということでしょうか。

はい。その結果、ほとんど「マルチバースになってないとおかしい」ということになっています。何しろ、マルチバースが存在していないと、僕たちの宇宙、ユニバースの説明ができないんですよ。

例えば、宇宙の中で僕たちが住む地球はものすごく良くできています。太陽からの距離、サイズ、重量などがピッタリと条件に当てはまらないと、これほどまで豊かな、何百万種類という生命体ができて、森があって湖があるという星は生まれない、普通に考えたらそうなるはずがないんです。液体窒素だらけとか、せいぜい砂漠だけとか、灼熱地獄になったりするのが普通ですから。

「地球は神様がいたからこれほどまでの条件が整っている」と考えたくなるくらいですが、現代に生きる僕たちはこれをもう不思議とは思っていません。なぜかといえば、僕たちの銀河の中だけでも、何百何千万の惑星があるから、その中にはうまく条件の整ったものもあるだろうからです。そして、そういう奇跡的な条件が揃っているところにだけ僕たちのような高等生命体が生まれるので、その者たちから見たら自分たちの住む星はかならず奇跡の星に見える、ということだからです。

――地球がたくさんある星の中で奇跡的に条件が揃っているように、私たちがいる宇宙もまた他のたくさんある宇宙の中の1つの奇跡的な存在だという考え方なのですね。

その通りです。この宇宙もまた、うまく条件が揃ったからこそ、百何種類の原子など、複雑で豊かな世界を作る要素ができたということがわかってきました。もしも宇宙が1つしかなかったら、誰かがピッタリ調整してくれない限り、それこそ神様でもいない限り、僕たちがいる宇宙の構造自体が理解不能なんです。でも、他にも宇宙がいっぱいあると考えれば、僕たちの宇宙を説明するのに、神様はいなくても構わないのです。

先ほどの地球の例と同じく、種類がちょっとずつ違う宇宙が山ほどあれば、ほとんどのところには何も起きないけれど、たまたまうまく行ったところだけ、複雑な星や銀河、生命までできてしまう。山ほどあれば1つくらいは奇跡的なものがある。その1つのところに僕ら自身がいて、周りを見るとものすごく奇跡的である、少なくともそう見えるということになっているようなのです。

――そう考えると、マルチバースの存在はとてもロマンティックですね。それが理論的に証明されつつある、ということも素敵です。

でも、昔はマルチバースの理論はサイエンティストの間では信じられていなかった。それどこか無視されていたんです。実際、僕が十数年ほど前にマルチバースの話をしたときも、「はい、哲学の話をありがとうございました」って感じでした。ところが、ここ20年ほどの宇宙観測を経て「世の中がうまくできすぎている」ことがわかってきたんです。マルチバースそのものの研究というよりも、その他の様々な観測を重ねるうちに、マルチバースの理論を持ち出さなければ理解できない事実が積み上がってきた、という感じですね。さらに、そういう目で数十年前からある理論を見直したら、そこに「宇宙がたくさんある」という結論がすでに入っていたことにも気がついたんです。

――もう何十年も前にマルチバースは証明されていたはずなのに、多くの人がそれを見ようともしなかったという歴史があったのですね。

証明というわけではないですが、いくつか証拠が積み重なってきています。マルチバースのアイデア自体は70年代とか80年代に言っている人はいました。それが今世紀に入ったあたりから、観測事実をもとにして、いろいろなサイエンティストたちがちょっとずつ足していって、僕もいくつかを発表してきて、理論が発展していったんですね。亡くなってしまいましたけど、スティーブン・ホーキング博士もマルチバースを提唱していましたよ。マルチバースが本当に存在するのかと問われれば、サイエンティストの良心に従って言えば、正直なところわかりません。しかし、「バイアスなしに法則をみていけば、宇宙がたくさんあるというのがいちばん自然」ということです。

–{マルチバースが信じられなかったのは、繰り返された「固定観念」から?}–

マルチバースが信じられなかったのは、繰り返された「固定観念」から?

――マルチバースの存在は、言葉は良くないとは思いますが「状況証拠」が揃っているような印象を受けました。

まさにそういうことですよ。マルチバースについて「ものとして直接見られる訳じゃないから科学にならない」という批判をしている人もいましたが、まともにサイエンスを学んでいる人なら反論できます。

例えば「恐竜の骨の化石は発見されたけど、あなたは実際に恐竜見たことがあるのか」とか「ビッグバンから宇宙が始まったというけど、あなたはビッグバンをここで作ったことあるのか」とか問われることと、ロジックとしては同じです。状況証拠を重ねてみて、宇宙は現在膨張している、だから昔はもっとぎゅうぎゅうだったはずだと考えて、ビッグバン理論は提唱されたのですから。マルチバースも同様に、状況証拠や現在の物理の理論をみるに「そうなっていなければおかしい」ということで出てきたわけです。見たことも、行ったこともなかったとしても、「今のところはこれがもっとも自然」ということは、サイエンスがいつもやっていることなんですよ。

――恐竜の化石は恐竜が存在した物的証拠とも言えるかもしれませんが、それでも恐竜の生態などにはバリエーションがあったりしますから、確かにマルチバースにおける状況証拠とも大きな差はないかもしれないですね。

いちゃもんをつけるだけなら、恐竜の骨の化石が見つかったとしても「これはUFOが来て埋めたんじゃないか」と言ったりもできますからね。恐竜の足跡が見つかっても「それは宇宙人が作ったんだよ」とか、化石が必ず特定の地層から出てきたとしても「宇宙人がわざとその地層にだけ埋めたんだよ」とか、そんなことを言い出したらキリがありません。それは恐竜だろうが物理だろうが考古学だろうが同じはずなのに、昔はマルチバースについて、まともなはずのサイエンティストが、似たようなことをたくさん持ち出してきていました。

その昔、天動説か地動説かという議論でも「そんなはずはない!」と相手を断固として認めず、弾圧されてきたこともありましたよね。ガリレオ・ガリレイの時代のバイアスはものすごく強かったでしょうし、自分がやってきたことと比べるのはおこがましいですが、それに似たことがマルチバースでも起こっていたのだと思います。キリスト教を布教するときのパウロのように全ての苦難を跳ね除けてとまで言う気はないですが、やはりマルチバースの体制が受け入れられなかった時代を見てきたので、今の状況には隔世の感があります。

――先ほどビッグバンの話がありましたが、マルチバースは科学的にそれと同じくらい確かなものになりつつあるということですよね。

そうなりつつありますけど、まだまだビッグバンのレベルには到達していないですね。実はアルベルト・アインシュタインも「宇宙は未来永劫あるに決まっている、ビッグバンなんてあるはずがない」と考えていたこともあったんですよ。でも、その後に観測で、実は現在の宇宙は広がっていっていることがわかって、アインシュタインは「生涯最大のミステイク」と言ったそうです。アインシュタインほどの天才でも、自分の書いた方程式が宇宙が膨張していることを示していたのに、それを信じることができなかったんです。ビッグバンはもう当たり前のこととして小学生でも学んだりしていますけど、たった100年前に世界トップのサイエンティストが信じることができなかったという歴史があった。さらに300年前には、地球が世界の中心にあるのは間違っていると言っただけで火炙りになった人もいたんです。

――やはり人間には積もり積もった固定観念があるんでしょうね。

ただ、自分の論理や考え方が間違えていたと気づいたら、それを捨てたりアップデートできるというのは、サイエンティストの良いところかもしれませんね。僕自身そうした過程を目の前で十何年も見てきたので、マルチバースという言葉が映画の中にまで使われるようになったのは、ただただ嬉しいです。よく「映画の中でマルチバースという概念が登場することをどう思われますか?」と質問されるのですが、「いやいや、嬉しい以外の感想はないですよ」と答えています。

フィクションと実際のマルチバースの違いとは?

――『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』で提示されるマルチバースは、野村先生の理論と合致されているものなのでしょうか。

もちろん、科学的には無理はありますよ。例えばマルチバースをこんなに簡単に行ったり来たりできるとは思わないです。もしマルチバースがほんとうにあったとしても、僕たちの周りに普段知覚できる形で現れてはいませんよね。それを現出させた時点で、フィクションとして誇張はしているわけです。

でも、これはエンターテインメントですからね。サイエンティストが本作で起こったことを「こうではない」とひとつひとつ論じることはできますが、それは野暮というものでしょう。フィクションでどのようにマルチバースを表現するかということにおいては、映画を作っている方のほうがプロなのですからね。

僕としては、マルチバースの概念を元に、根源的な人間としてのテーマを持つ映画が作られたことが、ただただ感無量です。一時はイロモノとさえ思われていたようなマルチバースという概念を、どうやって一般の人に魅力的に伝えて行けばいいか、ということは僕もずっと考えてきていたのですが、やはりエンターテイメントを作る人というのはその道のエキスパートなのだと思いました。ただ、サイエンティストは自分のイマジネーションのみで作り上げたものを科学として語ることはできませんから、役割が違うということなのでしょうね。

――劇中のマルチバースの使われ方で面白いと思ったことはありますか。

サイエンティストとの視点とは違いますが、こういう風にマルチバースを使うんだ、映画の作り手はこういう考えが好きなんだなと、ただ楽しんでいましたね。例えば、異なる次元を表現する時に「鏡」を使っていましたね。僕たちは次元というのはもっと本質的なもので、鏡などはただこの宇宙にたまたまある何番目かの原子でできた物質にすぎないと思うのですが、エンターテインメントとして表現するとああいうふうになるんだなと感心しました。

――本作から、もっと深くマルチバースの考えに浸ったり、科学研究に興味を持ってもらえたら、野村先生としても嬉しいですよね。

本当にその通りです。『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』はエンターテインメントとしてすごく楽しかったので多くの方に観てほしいですし、さらに実際のマルチバースというものはどういうものなんだろうと、サイエンスにも興味を持ってもらえたら嬉しいです。その中でもベストな選択肢は僕の本だと思いますけど(笑)。少しでもそういう人が増えたら嬉しいですし、そうでなくても、ただマルチバースを扱った作品が生まれていることがすでに嬉しいですけどね。

――『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』という、タイトルから「マルチバース」が入っている映画の予告編が公開されていましたが、野村先生はどのような内容になっていくと思いますか。

宇宙に起こった混乱を、ドクター・ストレンジが彼なりに解決していく物語になるのだろうと思います。何よりマルチバースを操れるドクター・ストレンジ自身の話になるのですから、マルチバースをさらにイマジネーション豊かに表現してくれるのだろう、深掘りをしてくれる内容になるのだろうと、とても期待しています。

公式サイトでも野村先生をはじめとした4人の専門家によるマルチバースの解説が掲載されているので、合わせて参照してみてほしい。
 
『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』は大ヒット公開中。野村先生の言うように、エンターテインメントとして楽しめるのはもちろん、マルチバースという概念やそのものにも興味が持てる内容でもあるだろう。そのマルチバースの歴史に、科学者たちが繰り返してきた固定観念とぶつかり合う様があったとしても、発展し進歩してきたことにロマンを感じられたインタビューだった。そのことを、映画と合わせて思い返してみても楽しいだろう。

(取材・文=ヒナタカ)

–{『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』作品情報}–  

■『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』作品情報

ストーリー

ピーター(トム・ホランド)はミステリオ(ジェイク・ギレンホール)を倒したものの、デイリー・ビューグル紙がミステリオの遺した映像を世界に向け公開。ピーターがスパイダーマンであることが暴かれ、ミステリオ殺害の容疑をかけられてしまう。ピーターは大切な人に危険が及ぶことを危惧し、共にサノスと闘ったドクター・ストレンジ(ベネディクト・カンバーバッチ)に自分がスパイダーマンだと知られていない世界にしてほしいと頼む。しかしドクター・ストレンジが呪文を唱えたところ、時空が歪み、マルチバースの扉が開かれてしまい……。

出演

トム・ホランド/ゼンデイヤ/ベネディクト・カンバーバッチ/ジョン・ファヴロー/ジェイコブ・バタロン/マリサ・トメイ/アルフレッド・モリーナ

監督

ジョン・ワッツ

脚本

クリス・マッケナ、エリック・ソマーズ

製作

ケヴィン・ファイギ、エイミー・パスカル

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