2021年12月19日(日)、東京会場(国立新美術館)での「庵野秀明展」が閉幕しました。
最終日は当日券が13時に完売するほどの人気っぷり。
#庵野秀明展チケット完売情報
大変好評につき、本日分の販売は全て終了しました。— 庵野秀明展 (@annohideakiten) December 19, 2021
2021年10月1日(金)から開幕した本展。
筆者は事前に予約した日時指定券で2021年12月18日(土)に入場できましたが、チケットの予約が開始された当日(2021年12月4日)に筆者がアクセスした夕方頃には既に16時30分までのチケットが完売されていました。(12月18日は最終日前日のためすんなり予約できるだろう、という考えは完全に甘かったと反省……!)
そんな庵野秀明展は、「庵野秀明をつくったもの」「庵野秀明がつくったもの」「そして、これからつくるもの」という3つのコンセプトで構成されており、一周すると、庵野氏の過去・今・未来を知ることができます。
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庵野秀明とは何者?
庵野氏は『エヴァンゲリオン』シリーズや『シン・ゴジラ』(2016)など多数の作品のアニメーターであり監督であり脚本家でありプロデューサーであり……一口に〇〇な人だ!と言えない人物。
総監督・企画・脚本・エグゼクティブ・プロデューサーを務めた最新作『シン・エヴァンゲリオン劇場版』(2021)では興行収入100億円を突破、総監督・脚本を務めた『シン・ゴジラ』では82億円を超えるなど、庵野氏が生み出してきた作品はこれまで多くの人を魅了し続けてきました。
そのため、観たことはないが作品名は聞いたことがある、という方も多いのではないでしょうか?
かくいう筆者も、前職はアニメーションの制作会社で制作進行職として働いていたにも関わらず、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズや『シン・ゴジラ』しか履修できていない状態で臨んだ本展。それでも大満喫できたうえ、もっと庵野秀明について知りたい、作品に触れてみたい、と思うようになりました。
とくに印象的だったのはたくさんの画コンテやレイアウト用紙、タイムシート、企画案などの展示。前職で触れてきたというのもあり、細部まで食い入るように見てしまいました。
そこで見えたのは、表現者・庵野秀明の人柄や作品に対する覚悟です。
ここからは、元アニメーション制作進行職である筆者が庵野秀明展を通してみえた筆者なりの「庵野秀明像」を紹介していきます。
–{表現者・庵野秀明像1:作品に対する敬意が強い}–
表現者・庵野秀明像1:作品に対する敬意が強い
先ほど説明した通り、庵野氏の過去・今・未来がわかる本展。
まず最初は「庵野秀明をつくったもの」のパートから始まります。
ここでは、『ウルトラマン』(1966)、『仮面ライダー』(1971)、『宇宙戦艦ヤマト』(1974)など庵野氏が少年時代に夢中になり、影響を受けたアニメ・特撮作品や漫画の立体造形物、原画など制作関連資料がずらりと展示されています。
その膨大な制作関連資料に多くの人が圧倒されるでしょう。
とくに、庵野氏と同世代で、1960〜70年代の特撮を見て育った方にとっては宝の山と言っても過言ではありません。筆者と一緒に本展に訪れた父(1967年生まれ)も感動して目頭が熱くなっていました。
少年時代に触れた作品たちが庵野氏の心を揺さぶり、大きな影響を与えたのは間違いありません。
例えば、庵野氏が大阪芸術大学在学時に企画や総監督を務めたアマチュア特撮映画『DAICON FILM版 帰ってきたウルトラマン』(1983)では、原作の『ウルトラマン』シリーズに寄せて精巧なミニチュアセットを用意して撮影。衣装やカラータイマーまでこだわったうえに、ストーリーもハードに作りこまれ、アマチュア離れしたクオリティーだったと言います。
こうした作品を観て感じたのは、庵野氏は原作の『ウルトラマン』への敬意や、生み出すものへのこだわりがとにかく強いということ。
1カットごと細部まで手を抜かずに作りこんでいるため、1つの作品になった時に人々をあっと驚かせるようなクオリティの作品が出来上がります。
作品に対する敬意は、2022年5月13日に公開する映画『シン・ウルトラマン』でも如実に現れています。この作品では、『ウルトラマン』シリーズでウルトラマンをはじめとするキャラクターや怪獣、メカ、防衛隊のコスチュームや基地のセットをデザインした成田亨氏の意志を汲み取り、成田氏が描きたかったオリジナルの『ウルトラマン』を再現したそうです。
公式サイトでは『シン・ウルトラマン』への庵野氏の意気込みが綴られています。
庵野氏の作品に対する情熱や敬意が存分に伝わってきた庵野秀明展。
庵野氏がアマチュア時代に制作した映像の一部が観れるうえ、衣装や画コンテも飾ってあるので、訪れた際はぜひ近くで観てみてください。
–{表現者・庵野秀明像2:作品制作へのこだわりが凄まじい}–
表現者・庵野秀明像2:作品制作へのこだわりが凄まじい
「庵野氏がつくったもの」のパートでは庵野氏が原画マンや監督を務めた作品の原画や画コンテ、企画書、デザイン案、エピソード構成案、脚本などが展示されています。
月並みな表現ですが、こんなにも描き続けたから今の庵野氏があるのか、というほどものすごい量の資料で溢れていました。
どれも共通しているのが、たとえラフ画だとしても、全て丁寧に細かく描写しているということ。
例えば、原画マンを務めた『超時空要塞マクロス』(1982〜1983)では、メカのバーニアやアーマー、胸のデザインなど細かい箇所も鮮明に描いています。
『風の谷のナウシカ』(1984)の巨神兵は、一瞬観ただけでぎょっとするようなダイナミックな原画になっているのが印象的でした。
そして、監督・脚本・画コンテ・原画を務めた『トップをねらえ!』(1988〜1989)の庵野氏が作成した「マシーン兵器参考資料」を見て注目したのは、指示が明確な点です。マシーン兵器の特徴の説明のほか、(実在するキャラクター)〇〇のように仕上げてください、武器はこの長さまで伸びます、など。アニメーターへの指示が具体的なため、作画に関しては素人の筆者でも、そのキャラクターをどんなイメージで描いていけばいいのかが理解できました。
また、監督・企画・原作・脚本・画コンテ・メカ作画監督を務めた『新世紀エヴァンゲリオン』(1995〜1996)でも、エヴァンゲリオンに対するデザイン、ディテールはもちろん、長距離輸送機やネルフ本部発令所、シンジの「スーパー・デジタル・オーディオ・テープ」といった小道具まで多岐にわたる設定の指示を出しています。
作画に任せる、といったスタンスではなく自らが描いて見せることで、より解像度の高い指示を伝えている印象を受けました。それほど、庵野氏の中には明確なイメージが出来上がっていたのだと思います。
こうした展示物を通して、庵野氏の作品に対する愛やこだわりを感じ取りました。
–{表現者・庵野秀明像3:愉快さも備えている}–
表現者・庵野秀明像3:愉快さも備えている
庵野秀明像1、2では庵野氏が作品に対していかに情熱があるかについて書いてきましたが、庵野秀明展で展示されている作画用紙や画コンテの中には思わずクスッと笑ってしまうような愉快な落書きもありました。
例えば、大学時代に制作し、監督・作画を務めた自主制作8ミリフィルムアニメーション「水たまり」(1980)では、自分が描いた画コンテの最後のコマに「またもやつまらん話だナァ…」「その割には手間をくいそう…」というコメントと、恐らく自画像だと思えるイラストを添えていました。
同様のイラストを『DAICON FILM版 帰ってきたウルトラマン』の画コンテの最後のコマにも描いていたことから、アマチュア時代の庵野氏にとって画コンテの最後に自分のイラストを添えることは流行りのひとつだったのかもしれません。
その他、庵野氏が原画マンとして携わった『風の谷のナウシカ』での落書きも印象的でした。
真っ白なレイアウト用紙に大きく「目標 本当に2日で1CUT」「みなさま私の原画はおわりました!」といった落書きのほか、『仮面ライダー』やバイク、女の子のキャラクターなど『風の谷のナウシカ』とは全く関係ないイラストまで描いてあり、庵野氏の愉快な一面が見えた気がします。
そんな庵野氏に対し、「ナウシカ期待の原画マン!!」「あんのさんガンバレ。くじけるな!!」といった激励や「らくがきしている時間があったら1cutでも原画を上げてください」など辛辣なコメントも添えられていて、現場の臨場感や切迫感も伝わってきました。
そして、落書きの中には監督・宮崎駿氏のものもありました。「ねすぎる」「はやくカットあげろ」といったコメントや庵野氏と思われる人物のイラスト、2人の写真まで展示されていたのが印象的です。
作画に対して真摯に向き合う真面目な面だけでなく、愉快な面も備わっているのが表現者・庵野秀明の個性のひとつなんだと思います。
–{表現者・庵野秀明像4:葛藤しながら選択し続ける}–
表現者・庵野秀明像4:葛藤しながら選択し続ける
高校で美術部の部長を務める側ら、文化祭展示用で実写特撮やセルアニメなどを作り始め、アニメーターや監督としての片鱗を見せていた庵野氏。
大学時代に画コンテ・メカ作画監督・原画を務めた、サブカル系のコンベンション「第20回日本SF大会(DAICON Ⅲ)」のオープニングアニメーションをきっかけに「スタジオぬえ」の河森正治氏から『超時空要塞マクロス』(1982〜1983)へアニメーターとして勧誘され、プロデビューを果たします。
『風の谷のナウシカ』© 1984 Studio Ghibli・H
その後、『風の谷のナウシカ』で最重要と言える巨神兵のシークエンスの原画を宮崎駿氏から任せられるなど順調にアニメーターとしてのキャリアをスタートし、『トップをねらえ!』『ふしぎの海のナディア』(1990〜1991)では監督を務めるなど、着実に実力をつけていきました。
先述した通り、これまであまり庵野氏の作品を観てこなかった筆者ですが、庵野氏と言えば『エヴァンゲリオン』シリーズや『シン・ゴジラ』といったヒット作を生み出しているイメージが強く、庵野氏のことをいわゆる「天才」だと思っていました。自分の作りたいことだけに集中し、周りからの批判はあまり気にしないようなタイプなのかもしれない、と。
ですが庵野秀明展を通して庵野氏について知るうちに、そうした筆者の考えは思い込みだったと知りました。
というのも、当時大ヒットした『新世紀エヴァンゲリオン』放送後、予想外のラストシーンに賛否両論を呼び、庵野氏はアニメ業界やアニメファンからの痛烈なバッシングを受けてモチベーションを失い体調不良に陥ったそうなんです。
その後、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版』の制作を開始し、『彼氏彼女の事情』(1998)を手がけたのち、アニメからしばらく距離を置くようになりました。
しかし、それでアニメ業界から完全に退く、とはならないところが庵野氏。
自分自身のため、そしてアニメ業界のためにもなると判断し、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』を始動。同時に「スタジオカラー」を立ち上げます。
『エヴァ』でアニメを離れ、『エヴァ』で再びアニメに戻ってくる。
その選択には自分たちが見えない苦悩や葛藤があったと思います。ですが、その時にその決断を下した庵野氏こそリアルに生きる人間としての「庵野秀明」を感じました。
葛藤と共存し続けた監督だからこそ、人々の心を揺さぶる作品を生み出せるのだと思います。
–{表現者・庵野秀明像5:アニメを持続可能な文化にするために貢献}–
表現者・庵野秀明像5:アニメを持続可能な文化にするために貢献
アニメと特撮文化の継承には、原画やミニチュアなど「中間制作物」を保存することが大切です。
これらから、映像がどのように作られたかが分かり、作り手が込めた精神性や、芸術的価値、魅力の源泉を知り、研究することも可能になります。#ATAC #アニメ特撮アーカイブ機構https://t.co/tgOk9r7bLz
— ATAC:アニメ特撮アーカイブ機構 (@Info_ATAC) December 18, 2021
庵野秀明展の最後を飾るのは、「そして、これからつくるもの」を紹介するパート。
筆者が印象的だったのは、庵野氏のアニメ・特撮文化を次世代に引き継ぐための取り組みです。
庵野氏は「アニメや特撮映像の職人的な技術と宿っている魂を次世代に伝え、残しておきたい」という思いから2017年に特定非営利活動法人アニメ特撮アーカイブ機構(ATAC)を設立。理事長に就任しました。
ATACは、アニメの画コンテや原画、特撮のミニチュアやデザイン画など、映像制作過程で作られる「中間制作物」を収集・保管し、整理したうえで展示や出版など非営利目的の範囲での利活用を目的としています。
アニメと特撮の文化とそのエッセンスを後世に伝え、継承するATACの活動は、庵野氏にとってはアニメや特撮への「恩返し」に位置づけられるとのことでした。
また、2017年7月には映像作品の制作に携わる人材育成に注力したアニメ・CG制作会社「PROJECT STUDIO Q,INC.」を株式会社カラー、株式会社ドワンゴ、学校法人麻生塾の3社で共同設立します。
先人たちの技術や魂を次世代に伝え、アニメ・特撮という文化をこの先ずっと残していこうという庵野氏の強い想いが感じられる取り組みたちです。
影響を受けた作品群、自分が制作した作品群、そしてこれから作られるであろう作品群すべてに敬意を示し、守っていくのが表現者・庵野秀明の在り方なのだと感じました。
庵野秀明展は、今後地方を巡回予定
庵野氏の作品をそこまで詳しく触れてこなかった筆者ですが、膨大な資料や映像を目にして庵野氏のさまざまな人物像を知れた本展。
庵野氏の作品ファンはもちろん、アニメや特撮ファンにとっても満喫できる空間であることは間違いありません。
庵野秀明展は、2月から大分、大阪、山口の順に巡回する予定です。
東京会場に行けなかった方はもちろん、あの空間をもう一度味わいたいという方はぜひ会場まで足を運んでみてくださいね。
■庵野秀明展ホームページ
■庵野秀明展巡回情報
大分会場
会期 : 2022年2月14日(月)〜4月3日(日)
会場 : 大分県立美術館
大阪会場
会期 : 2022年4月16日(土)~6月19日(日)
会場 : あべのハルカス美術館
山口会場
会期 : 2022年7月8日(金)~9月4日(日)
会場 : 山口県立美術館
※上記以降も、追加巡回を順次調整中とのこと。
<参考>
庵野秀明展 展覧会図録
(文:きどみ)
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