2021年12月24日より映画『キングスマン:ファースト・エージェント』が公開される。
結論から申し上げよう。本作はあまりの面白さに涙が出てくるほどの万人が楽しめる(後述する理由で特に中学生に観てほしい)エンターテインメント&アクション映画の傑作だった。シリーズ最高傑作であることも断言しよう。
前々と前作にあたる『キングスマン』(14)と『キングスマン:ゴールデン・サークル』(17)を観ていなくても全く問題なく楽しめる、スパイ組織の「誕生秘話」にして「前日譚」な内容だ。それらを観た人にもシリーズに通底する楽しさと、期待のハードルを軽々と超えるブチ上げアクションに大盛り上がりできるだろう。つまりは、ご新規さんにもファンにも嬉しい作りとなっているのだ。
そのように予備知識を全く必要としないストレートな面白さがあると同時に、史実を踏まえた作劇や設定もあるため、歴史好きにはさらに美味しくいただける要素も目白押し。それでいて歴史や戦争に詳しくなくても楽しめる上に「もっと歴史を学びたくなる」映画でもある。深掘りをすればするほど、噛めば噛むほど味わい深い内容にもなっているのだ。
なお、本作の当初の公開予定日は2019年11月15日だったが、初めは20世紀フォックス買収の影響で、その後には新型コロナウイルスの影響で幾度となく公開延期の憂き目にあっていた。それだけ待たされたことも大いに報われる、素晴らしい内容になっていることにも感動を禁じ得なかった。
とにかく、ただただ大興奮できる最高のアクション映画を観たい方は『キングスマン:ファースト・エージェント』を観に行ってくれ!以上!……で終わってもいいのだが、ここではさらに本作がなぜこれほどの面白さに満ち満ちているのかを、本編の核心的なネタバレに触れない範囲で解説していこう。とはいえ、見所については記しているので、全く内容を知らないまま観たいという方は、先に劇場へと駆けつけてほしい。
1:歴史好きな中学生の妄想が実現!ラスプーチンが超強い!
本作は、あらすじからなんだかスゴい。時は1914年、「闇の狂団」が世界大戦を引き起こそうと欧州各国へ刺客を送り込んでおり、イギリス名門貴族であるオックスフォード公がその企みを阻止すべく仲間と共に立ち上がる、というものなのだ。
主人公たちが「英国紳士スパイチーム」で、敵が「闇の狂団」という設定の時点で、良い意味での無邪気さがありありと伝わってくる。しかも、歴史上の人物が超クセの強い敵として立ちはだかり、それら相手のキレッキレのアクションが展開していく。下世話な言い方をすれば「ぼくのかんがえたさいきょうのれきしあくしょん」であり、歴史が大好きな中学生の妄想を実現したかのようなお腹いっぱい夢いっぱいな内容と言って差し支えない。
具体的にコイツは強い!な敵として登場するのは、「怪僧」と呼ばれたグリゴリー・ラスプーチンである。影ではペテン師だとは噂されながらも、長い髭をたくわえた異様な容姿も含め人々の注目を集め、ロシア皇帝ニコライ2世の宮廷で大きな影響力を持ち、品のない食べ方をする大酒飲みで女たらしだった……という実際の人物像が本作でも大いに反映されており、人智を超えた能力で巧みにロシア皇帝の家族、それどころか主人公チームまでを手中にしようとうとする。そして、キレキレのコサックダンスの動きと共に、ナイフや剣の殺人技を繰り出すのだ!
このラスプーチンのアクションは公式に映像が解禁されているが、できれば劇場で最初に目撃していただきたい。「俺が知ってるラスプーチンは悪いヤツだけどちょう強ぇえええんだよぉおおおお!」な、まさに中学生的な発想(超褒めている)を全力でやりきっていることこそ、この『キングスマン:ファースト・エージェント』の最大の意義と言っても過言ではないのでないか。ちなみに筆者は吹き替え版で観たのだが、ラスプーチン役の山路和弘のドスの効いた声と演技も最高である(そして全体的な吹き替えのクオリティそのものも素晴らしい)。
なお、ラスプーチンを演じたリス・エヴァンスは撮影前に5か月間のトレーニングを行っており、マシュー・ヴォーン監督とスタントチームはコサックダンスの他にも柔術や空手も融合した格闘技を考案して実践させたという。とにかく、瞬きするのも惜しいほどの「ラスプーチンのダンスアクション」を堪能してほしいと願うばかりだ。
さらに、ラスプーチン以外の実在の人物も、妖艶な女二重スパイのマタ・ハリ、預言者を騙る占星術師のエリック・ヤン・ハヌッセン、伝説の陸軍元帥キッチナー伯爵、アレクサンドラ皇后、ウッドロウ・ウィルソン大統領、アルトゥール・ツィンメルマン、フェリックス・ユスポフ、ガヴリロ・プリンツィプなどなど……革命家や国王や女王や暗殺者などよりどりみどり。脇役であってもかなりの存在感を見せているので、実際の彼らのことをもっと知りたくもなってくるだろう。こんなにワクワクしながら歴史の勉強ができることは、今までにはなかったと断言できる。
–{ありがとうPG12指定!一触即発のバトルを堪能せよ!}–
2:ありがとうPG12指定!一触即発のバトルを堪能せよ!
もちろんアクションはラスプーチンとのバトルだけではない。序盤は当時の戦況や各国の緊張の解説が多いので、ともすると退屈にも思えてしまいそうなところだが、そこにも「いつ重要人物が暗殺されるのかがわからない」というハラハラが打ち出されているし、各国の戦況もリアルな映像で提示されているので、わかりやすく飽きさせない。
クライマックスの「ギミック」が満載かつ、位置関係がわかりやすく、一瞬判断を誤ったほうが負ける、高所を舞台にしたからこそハラハラドキドキがある。なぜ勝てるかのロジックもしっかり積み立てられていたアクションは、まるでスティーブン・スピルバーグ監督の『インディー・ジョーンズ』シリーズのようでもあった。同時にどれとも似つかないようなオリジナリティも担保されていていて、アクションそのもののキレ味とケレン味のダブルパンチは、さすがは『キック・アス』(10)のマシュー・ヴォーン監督だ!と心からの喝采を浴びせたくなった。
さらに嬉しいことがもう1つある。それは本作の日本でのレーティングがPG12指定(12歳未満の鑑賞には保護者の指導や助言が適当)止まりになったこと。映倫の審査基準では「銃器・刀剣による殺傷・出血の描写がみられる」が挙げられており、その過激さは決してただ残虐なだけでなく、後述する反戦へのメッセージにもつながっており、間違いなく作品に必要なものだった。
それでいて『キングスマン』(R15+)の「流れる音楽を二度とまともに聴けなくなる不謹慎な大殺戮」や、『キングスマン ゴールデン・サークル』(PG12)の「美味しいハンバーガー」までの露悪さはない(筆者はそれはそれで好きだが)。今回の残酷描写そのものは、だいたい『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』(20)と同じくらいの、しつこいものではないと答えられるので、過度にグロいのが苦手という方にもおすすめだ(ついでに言えば、悪人たちの会議シーンは、どこか『鬼滅の刃』の「パワハラ会議」に似ている)。
何より、これまで語ってきた通り、本作の無邪気さや楽しさに加えて、歴史をもっと勉強したくなる内容を思えば中学生にこそ観てほしいと思える内容であったので、このレーティングの判断に「ありがとう!」と感謝を告げたくなるのだ。それでいて、「始まりも、超過激」というキャッチコピーは伊達ではなく、全年齢指定ではできない、良い意味でショッキングで鮮烈なアクションもたっぷりあるのもたまらない。
しかもクセが強いのは、ラスプーチンを筆頭とした実在の人物だけじゃない。フィクションである主人公チームも、ものすごく魅力的な人物ばかりだ。簡単に紹介していこう。
オックスフォード公(レイフ・ファインズ): 自らのネットーワークのみならず洗練された戦闘力を駆使して、人知れず闇の狂団と戦う最強の英国紳士。その一方で平和主義者であり、愛する息子コンラッドが戦地へ赴くことを強く反対する。
◆オックスフォード公
(#レイフファインズ)一度は決して人を傷つけないと誓った
平和主義のイギリス名門貴族??自らの諜報網や戦闘力を駆使して
人知れず闇の狂団と戦う。スパイ組織”#キングスマン“の礎を築き
息子もその世界へ誘うことに―。 pic.twitter.com/GprlYUZnwT— キングスマン (@kingsmanjp) December 5, 2021
コンラッド(ハリス・ディキンソン):オックスフォード公の息子で、父と執事たちに愛情をこめて育てられた、正義感に溢れた青年。戦地に赴くことを許さない父に反発するが、やがて極秘のスパイ活動へと参加する。
◆コンラッド
(#ハリスディキンソン)幼き頃に母を亡くし、
父と執事たちに
愛情をこめて育てられた。戦地に行くことが
自分の使命と信じるが
父オックスフォード公は
愛ゆえに反対―。そんな父に反発しながらも、
共に“#キングスマン”への道を歩む? pic.twitter.com/kPTFz3cktI— キングスマン (@kingsmanjp) December 7, 2021
ポリー(ジェマ・アータートン):スパイ組織を支える女執事。表向きは使用コンラッドの世話役だが、実質的に主人とほぼ変わらない発言力と存在感を持つ。射撃の腕は抜群。
◆ポリー
(#ジェマアタートン)オックスフォード家に仕える
家庭教師でコンラッドの世話役。
しかし、家の主人的な
発言力と存在感を放つ。射撃の腕はピカイチで
オックスフォード公&
コンラッドと共に#キングスマン を支える
重要な仲間である?️♀️ pic.twitter.com/KgVw95xmaT— キングスマン (@kingsmanjp) December 9, 2021
ショーラ(ジャイモン・フンスー) :かつてアフリカの戦士だった執事。オックスフォード公とは主従の関係にありながらも、厚い友情関係にもある。
◆ショーラ
(#ジャイモンフンスー)オックスフォード家に仕える執事。
オックスフォード公とは
主従の関係にありながらも
友情関係にある。かつて
アフリカの戦士であったことから
オックスフォード公の右腕として
ナイフを武器に果敢に戦う?️#キングスマン pic.twitter.com/xuWbndM0cy— キングスマン (@kingsmanjp) December 11, 2021
味方となる実質的なメンバーはたったのこの4人。彼らがどのような行動を取り、カリスマ性だけでなく戦闘力も抜群なラスプーチンと強固な関係を結んだ悪党ども(実在の人物)にどう立ち向かっていくか? それを楽しみにしてほしい。
–{反戦のメッセージが切実かつダイレクトに響く理由}–
3:反戦のメッセージが切実かつダイレクトに響く理由
そのような「中学生が妄想する歴史アクションを最大級のお金と最高峰のスタッフとキャストで実現した」贅沢な無邪気さがありながらも、実際の悪しき歴史への「カウンター」にもなっているというのも、『キングスマン:ファースト・エージェント』の素晴らしいところだ。何しろ劇中でははっきりとした戦争への批判があり、戦争で多くの血が流され、命がむやみに失われていくことの悲劇も描かれているのだから。
それに伴う「親子の軋轢」の物語も面白く、また感情移入しやすいものに仕上がっている。主人公であるオックスフォード公は毅然として戦争に反対し、だからこそ秘密裏に戦況の悪化を防ぐためのミッションに息子のコンラッドも動向させるのだが、そのコンラッド自身は正義感の強さから、勃発してしまった第一次世界大戦の兵士として戦うことを何よりも熱望しているのだから。
本作と精神性が似ているのは、クエンティン・タランティーノ監督の『イングロリアス・バスターズ』(09)だろう。こちらは現実のナチス・ドイツの悪逆的な行為に対して、フィクションで思いっきり「復讐」をするという内容だった。『キングスマン:ファースト・エージェント』では、ただただ息子の身の安全を願う父と、1人の兵士として戦争で成果をあげようとする息子という、戦争時には普遍的に多くあったであろう親子関係を通じて、やはり「現実の戦争に対してフィクションの物語で対抗するように」反戦のメッセージを突きつける内容になっていたのだ。
それでいて、戦争をただ悲劇として扱うだけでなく、「いとこ同士の権力者3人(演じているのは全員トム・ホランダー)が子どもの頃のケンカの延長上に戦争をやっている」というシニカルな視点も入っている。もっと下世話な言い方をすれば「戦争ってバカだぞ!」とさえ思えるからこそ、たくさんの命の失われることへの悲劇がより相対的に際立つようにもなっているのだ。
さらには、世界の多くを侵略・支配してきたイギリスの歴史そのものへの自己批判的な言及もある。だからこそ「英国紳士として」正しい人物としてありたいと願う、主人公のオックスフォード公の信念もより痛切に感じられた。さらに「円卓の騎士」への言及は、イギリス人としての誇りも象徴するものとして受け取った。
劇場でぜひ見て欲しいのは、塹壕近くでの戦闘シーンだ。大迫力で、無慈悲に命が失われる戦地の過酷さをリアルに伝えることにも成功しており、それは少し前の『1917 命をかけた伝令』(19)とも、なんら遜色のないクオリティでもあった。戦地のみならず、当時の衣装や装飾にも妥協が全くない「再現」があるからこそ、それらはより「実際にあったこと」として体験できる。
そして、そのような戦争への批判があってこそ、『キングスマン』というシリーズならではのケレン味たっぷりのアクションがより痛快に感じられるようになる、という構図もある。「表の顔は高貴なる英国紳士」だが「裏の顔は世界最強のスパイ(になるまで)」という設定の面白さは、不自由で先行きの見えない戦争時には、より必然性もあるし切実に感じられる。シリーズで通底していた「世界滅亡を防ぐために裏で活躍したヒーロー」が、もっともダイレクトにカッコよく響いたのだ。
もちろん、戦争という背景を抜きにしても、穏やかそうに見えるジェントルマンが、いざという時にはスタイリッシュに強敵を倒すというギャップは、それだけでものすごく楽しい。最強の敵に立ち向かう前に、チームで智略を練る(それが決して上手くいくわけでもない)様にもワクワクできる。アクションとドラマ、その両面でエンターテインメント性を存分に打ち出した『キングスマン』の魅力が、第一次世界大戦を背景にした前日譚で、最大限に発揮されたというのも嬉しくって仕方がない。
–{エンドロール始まってすぐの「おまけ」もお見逃しなく!}–
まとめ:エンドロール始まってすぐの「おまけ」もお見逃しなく!
あえて気になることを挙げるのであれば、後半の展開だろう。マシュー・ヴォーン監督は良くも悪くも観客を「裏切る」展開をよくやる方なのだが、今回は正直に言って気に入らない方も当然出てくると思う。その後のクライマックスにつながる動機とも、感情としては一致しているが、目的との多少の齟齬も出てきていることも否めない。個人的にこれは主人公チームの内面や価値観を描くために必要だったと肯定したいし、怒る方が多かった『キングスマン:ゴールデン・サークル』のサプライズと比べると遥かに誠実だとは思うのだが、やはり賛否両論は呼ぶだろう。
なお、マシュー・ヴォーン監督自身は、これまでの『キングスマン』シリーズとは違うことをやりたい、大掛かりで壮大なアドベンチャー作品にしたい、『アラビアのロレンス』(62)のような叙事詩でありながら退屈しないジャンルの映画を盛り上げたい、という気概があったのだそうだ。
しかも、マシュー・ヴォーン監督は過去にも『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』(11)でも、現実にあったキューバ危機の時代に、フィクションのスーパーヒーローが大活躍する映画も手がけていた。つまり、実際の歴史と、フィクションの設定およびアクションを掛け合わせる作風は監督の十八番のようなもの。今回も全力にそこに取り組んだがゆえに、とんでもなく面白い映画になった、というわけなのだ。
全編がアクションとドラマを両立させたエンターテインメント作品として「あー!めっちゃ面白かった!!」と大満足で観終わることができたその後、エンドロールが始まってすぐに、とんでもない「おまけ映像」があった。スーパーヒーロー映画でもこうしたエンドロール後の映像はニヤニヤできるものだったが、これまで挙げた『キングスマン:ファースト・エージェント』の特徴を踏まえれば、これは「うおおお!やったーーー!」とさらに大興奮できるものだったのだ。
ちなみに『キングスマン:ゴールデン・サークル』に続く、現代を舞台にした『キングスマン』シリーズ第3作の撮影は2022年9月より開始される予定で、この『キングスマン:ファースト・エージェント』はその第3作に向けて「種を蒔く」作品でもあるのだそうだ。こちらも待ち遠しくて仕方がない! 英国紳士スパイたちの活躍を大期待すると共に、さらなるシリーズの広がりもぜひ追ってみてほしい。
(文:ヒナタカ)
–{『キングスマン:ファースト・エージェント』作品情報}–
『キングスマン:ファースト・エージェント』作品情報
【あらすじ】
1914年、第一次世界大戦勃発の危機が迫るヨーロッパ。大国間での陰謀が渦巻き、不穏な空気が漂っていた。英国貴族のオックスフォード公(レイフ・ファインズ)は息子コンラッド(ハリス・ディキンソン)を連れて、高級紳士服テーラー“キングスマン”を訪れる。国家に属さない秘密結社の最初の任務は、世界大戦を密かに操る闇の狂団に立ち向かい、人類を破滅から救うことだった……。
【予告編】
【基本情報】
出演:レイフ・ファインズ/ハリス・ディキンソン/リス・エヴァンス/ジェマ・アータートン/ジャイモン・フンスー ほか
原作:マーク・ミラー/デイヴ・ギボンズ
監督:マシュー・ヴォーン
脚本:マシュー・ボーン/カール・ガイダシェク
上映時間:131分
映倫:PG12
製作国:アメリカ