ジョン・ベルーシがこの世を去ってまもなく40年を迎えようとしています。
1970年代から80年代初頭にかけて大暴れした、まさに風雲児ともいえる型破りのコメディアン&俳優として世界的人気を博した彼が、1982年3月5日に33歳の若さで急死したとの訃報が入ったときの驚きは、今も忘れられません。
(ちょうど彼の新作主演映画『ネイバーズ』が日本公開される半月ほど前のことでした)
伝説のコント・バラエティ番組「サタデー・ナイト・ライブ」や、親友のダン・エイクロイドとコンビを組んだ“ブルース・ブラザーズ”などで、今もリスペクトされ続けるジョン・ベルーシ。
映画『ベルーシ』はそんな彼の生涯を追求したドキュメンタリーであり、心優しくも野心を抱き続けたひとりの男の破滅的かつ悲劇的、そして永遠のシンパシーを捧げたくなる逸品です。
と同時に当時を知る者のひとりとしては、1970年代のお笑いを中心とするエンタメ界の何某かの真実を巧まずして伝え得ているようにも思えてなりません。
映画『ベルーシ』の中で描かれていくもの
映画『ベルーシ』はジョン・ベルーシの生い立ちから死までを、『ビリー・アイリッシュ 世界は少しぼやけている』のR・J・カトラー監督が追いかけていくドキュメンタリー映画です。
制作には夫人のジュディス・ベルーシが全面協力しており、ベルーシが出演した作品の映像や画像などはもちろんのこと、プライベート映像や音声、また彼がジュディスに宛てた大量のラブレターなども公開。
さらにはタナー・コルビーがジョン・ベルーシの伝記本を執筆するためにインタビューしたさまざまな人々の音声や映像も本邦初公開されています。
ユニークな点としては、ベルーシの幼少期をはじめキャリアの重要ないくつかをアニメーションで描いていく手法が採られており、ちょっとしたドラマティックな情緒も感じられる作りになっています。
ジョン・ベルーシは1949年1月24日、アルバニア系移民の子としてイリノイ州シカゴに生まれました。(“移民”というレッテルには、彼も忸怩たる想いを抱き続けていたようです。ちなみに、俳優のジェームズ・ベルーシは弟にあたります)
幼い頃からモノマネが得意だったことから子供心にエンタメに憧れ、バンド活動などを実践。
英語を話せない祖母の愛情を目いっぱい注がれ、一方ではレストラン経営の真面目な父とはそりが合わず、母は女優志望で舞台に立ったこともある母もジョンの本質を理解できないままだったようです。
高校時代からジュディスと付き合い始め(現在の彼女が当時の想い出、それこそ初デートの模様まで語ってくれています。周囲からはお伽噺のようにラブラブの関係として印象的に映えていたようです)、同時にバンドや演劇などパフォーマーとしての活動に邁進。
こういった青春期を経て、1970年代に入って以降の彼の活動が徐々に成果を収めていき、1975年より始まった「サタデーナイト・ライブ」の初期オリジナルメンバーに選ばれていくわけですが、そこでのプロデューサーとの確執や、番組が始まって最初の頃はチェビー・チェイスに人気を独り占めされて嫉妬していた事実なども興味深いところではあります。
一方で人気がうなぎのぼりになっていくのと比例するように、ドラッグの摂取量が増えていくあたり、その後の悲劇を予見させてくれるものもあります……。
–{日本における当時の ジョン・ベルーシ人気}–
日本における当時のジョン・ベルーシ人気
米NBCで1975年10月11日よりスタートし、今なお続くコント・バラエティ番組「サタデー・ナイト・ライブ」が日本でも話題になり始めた理由のひとつには、ジョン・ベルーシがサムライの恰好をして解読不能の言葉を喋りながら日本刀を振り回す“SAMURAI”シリーズも大いにあったと確信しています。
これは黒澤明監督の名作時代劇『用心棒』(61)の三船敏郎を見て感銘を受けた彼が、ギャグとして登用したものでもありました。
(後にベルーシは『1941』で三船敏郎と共演を果たします)
「サタデーナイト・ライブ」という番組そのものはなかなか日本津々浦々で見られる状況ではありませんでしたが、ジョン・ベルーシの“サムライ”映像はSNSのなかった当時でも比較的目に触れる機会はあり、また番組そのものの興味がアメリカン・コメディに対する興味へと直結していく多くのファンを育んでいったことも間違いのない事実。
(1981年よりフジテレビ系列で放送開始されたビートたけしや明石家さんまら当時の若手お笑い芸人が多数出演した「オレたちひょうきん族」も、明らかに「サタデー・ナイト・ライブ」を意識して構成された番組でした)
そんな中、ジョン・ベルーシが映画初主演したジョン・ランディス監督の『アニマル・ハウス』(78)が1979年に日本公開されたときの驚きもまた、異様に忘れられないものがありました。
大学の格式高いクラブとお下劣極まるクラブの諍いを、ドタバタどころではない超破壊的ギャグの連発で繰り出すこの作品、とにもかくにも観客はジョン・ベルーシのハチャメチャな存在感にひたすら圧倒されまくってしまったのでした。
続けて彼は『JAWS』(75)『未知との遭遇』(77)で時の人となっていたスティーヴン・スピルバーグ監督の戦争コメディ映画『1941』(79/日本公開は80年3月)でも象徴的キャラクター、たったひとりで日本軍と戦おうとする米軍パイロットのワイルド・ビル・ケルーソを怪演。
真珠湾攻撃に伴う日米開戦直後のアメリカ西海岸を舞台に、もはやどこまで笑っていいものやらわからないほど破壊の限りを、アメリカ人も日本人もギャグとしてやり尽くすぶっ飛びまくったイカレポンチな内容は(しかも戦争映画なのに誰も死なない!)、今なおスピルバーグの大失敗作、もしくは黒歴史と揶揄されることもありつつ、2015年の『ガールズ&パンツァー劇場版』で大いにリスペクトされるなど、実は多くの隠れファンも得ています。
そしてベルーシがダン・エイクロイドと共に音楽的興味から結成したブルース・R&B・ソウルのリバイバル・バンド“ブルース・ブラザーズ”が全米で大評判になるとともに、その劇場用映画『ブルース・ブラザーズ』(80/日本公開は81年3月)が公開。
この時期がジョン・ベルーシの人気のピークだった印象もあります。(81年にはエイクロイドとともに来日し、吉祥寺のライブハウスで日本人バンドともセッション)
ただしベルーシ自身はこの時期、従来のイメージからの脱却に腐心すると同時に、ドラッグの魔力に苦しみ続けていたことが、映画『ベルーシ』を見ることで大いに理解できます。
それはベルーシが死去しておよそ半月後の1982年3月20日に日本公開されたジョン・G・アヴィルドセン監督作品『ネイバーズ』(81/ベルーシの遺作)の内容と出来栄えからも明らかでした。
狂気の隣人夫婦(ダン・エイクロイド&キャシー・モリアーティ)が引っ越してきたことから始まる神経衰弱的な騒動をブラックなギャグの連発で描こうとしつつ、全く笑えないコメディ映画。
しかも、その中で意外にもベルーシは狂気を仕掛ける側ではなく、仕掛けられて疲弊する側の主人公を演じていたのです。
これを見たとき、ベルーシはイメチェンを図ろうとしていることを察知できたものの、あまりの中身のつまらなさに閉口し、さすがにこれが彼の最後の映画では可哀そうすぎる……などと長年思っていたら、映画『ベルーシ』の中でベルーシとアヴィルドセン監督とまったく息が合わなかったなどの舞台裏も語られ、やはり失敗作には失敗するだけの理由が絶対にあることを改めて痛感させられてしまいました。
さらにその後で日本公開された『Oh!ベルーシ絶体絶命』(81/日本公開は82年4月24日)は、敏腕記者(ベルーシ)とマスコミ嫌いな鳥類学者(ブレア・ブラウン)のロマンティック・ラブ・コメディでした(こちらは佳作)。
『ネイバーズ』よりも先に作られていたこの作品、マイケル・アプテッド監督はベルーシのことを映画『ベルーシ』の中で絶賛しています。
映画『ベルーシ』は、少なくともジョン・ベルーシが活躍し、嵐のようにこの世を去った時期のことをリアルタイムで知る身からすると、単なるノスタルジーを越えた人間の成功の裏側に潜む闇がもたらす哀しさもさながら、その苦難と対峙しながら今なお世に残る作品群を残し続けたエンタテイナーとしての誇りと執念みたいなものへの敬意を怠ることもできません。
今回、映画『ベルーシ』の中に登場する彼のさまざまなギャグの数々は、もうそれだけで大笑いで、それらのショットを見るだけでも、本作は今の日本のお笑いとは大いに異なるテイストを描出し得たものとして必見ではないかと思われます。
そして何よりもジョン・ベルーシそのものの、パフォーマンスを離れたところでの人間としての魅力!
もし彼が生き続けていたら、アメリカの、そして世界のお笑いは、エンタメはどう変わっていったのか?
本作を見ながら、ふと想いを馳せてしまった次第です。
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(文:増當達也)
–{『ベルーシ』作品情報}–
『ベルーシ』作品情報
ストーリー
アメリカ・イリノイ州で幼少期を過ごし、コメディアン、ミュージシャン、俳優として成功を収めながらも、人気絶頂の1982年、33歳の若さで薬物の過剰摂取により亡くなったジョン・ベルーシ。破天荒だが憎めないキャラクターで人気を博し、アメリカン・コメディ界に革命を起こした天才だ。嵐のように駆け抜けたその人生を、愛のある目線で辿っていく。アルバニア移民の家庭に生まれ、よそ者と見られることに対する処世術と成功への願望からか、幼少期に自然とユーモアを身につけたベルーシ。学生時代にはバンド活動や寸劇を行うグループの中心人物として、周囲の人々を楽しませる存在となる。その後、シカゴの即興コメディ劇団からキャリアをスタート。その成功を機に、ニューヨークに拠点を移す。舞台やラジオ、TV、映画と活躍の場を広げ、ライブアルバムを発売すれば大ヒットに。話題が話題を呼び、あらゆるジャンルで大成功を収める。しかし、あまりにも早くアメリカン・コメディの象徴的存在となったことで、彼には大きなプレッシャーがのしかかってくる……。
予告編
基本情報
インタビュー:ジョン・ベルーシ、ダン・エイクロイド、キャリー・フィッシャー ほか
監督:R.J.カトラー
公開日:2021年12月17日(金)
製作国:アメリカ