<Netflix 浅草キッド>若き北野武が迎えた「人生の転機」が心に染みる

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日本屈指の知名度と人気を誇るお笑い芸人の“ビートたけし”であり、映画監督としては世界的な巨匠となった北野武。

そんな彼の原点は浅草の演芸にありました。

大学をドロップアウトして、“まだ何者でもない”存在だった北野武の人生はひとりの喜劇人との出会いから、大きな人生の転機を迎えます。

その瞬間を切り取ったのが劇団ひとり監督によるNetflixオリジナル長編の『浅草キッド』です。

舞台は北野武がまだ何者でもなかった、1960年代の浅草

戦前から、東京の娯楽の中心地であり、映画・演劇・寄席・演芸さらにはストリップや場外馬券売り場などなどオトナの遊びまで何でもそろっていた浅草。

しかし、テレビという新しいメディアの普及に伴ってその勢いに大きな影が差すようになってきます。

そんな中、浅草で生のコントとにこだわり続ける男がいました。その男の名は深見千三郎(演:大泉洋)。

ストリップ小屋の浅草フランス座を拠点にストリップの幕間でコントやタップダンス、漫談で客の心をつかみ続けてきました。

このフランス座では渥美清やコント55号(萩本欽一・坂上二郎)、東八郎といった後の大スターが若きに日に腕を磨き、やがてテレビや映画に巣立っていきました。

弟子が巣立っていく様を見つめてきた深見は、テレビでは芸が小さくまとまり過ぎるという持論があり、フランス座での舞台にこだわり続けていました。

自分の芸の在り方にこだわりを持つ深見の笑いは素晴らしく、フランス座の踊り子たちの人気もありました。

それでも“日本の娯楽の在り方”が舞台での笑いから、テレビでの笑いに徐々にが変わっていき、フランス座の経営が苦しくなっていきます。

そんな時、フランス座に大学をドロップアウトした一人の青年がやってきます。

その名は北野武(演:柳楽優弥)。

のちの大人気お笑い芸人のビートたけしであり、今や巨匠と呼ばれる映画監督となった彼が“まだ何者でもなかった”青年“タケ”と呼ばれていた頃のことです。

映画『浅草キッド』はこの二人の不思議な師弟関係と、日本の“娯楽の変遷”を切り取っていきます。

監督・劇団ひとり×主演・大泉洋のコンビに柳楽優弥が合流

『浅草キッド』のメガホンを取ったのは、浅草を中心とした東京の演芸を強いリスペクトを持ち続ける劇団ひとり。

自身がお笑い芸人になるきっかけになったところか始まりビートたけしへの尊敬の念も公言する人物です。

作家、脚本家、エッセイストとしても活躍し2014年の『青天の霹靂』で、監督デビューを飾っています。

この『青天の霹靂』の時に主演を務めたのが大泉洋で、『浅草キッド』ではこの監督・主演コンビが再結成されたことになります。

ご存知の通り、大泉洋という人は俳優というフィールドに所属しているという一方で、芸人顔負けの話芸の持ち主。

お笑い芸人のへのリスペクトは持ちつつも、その場その場で全力でお笑いを取りに行くタイプの人です。

また、(笑いの要素が強い)舞台人としてキャリアをスタートさせたことも今回の深見千三郎を演じるのに最適と言えるでしょう。

そして、もう一方の主役であるビートたけしを演じるのは柳楽優弥。

漫才ブームの遥か以前、まだ何もでもない駆け出しの“タケ”を演じています。

劇中ではまだ何者でもない男ではありますが、今となっては日本中・誰もが知っているお笑い芸人であり映画監督でもあるビートたけし/北野武を演じるプレッシャーはかなりあったと思いますが、それをはねのけて見事にやってのけました。

現代のビートたけしの姿で登場するときは(特殊メイクのおかげもありますが)一瞬本当に“本人なのでは?”を思ってしまうほどのそっくりぶりです。

横顔のシルエットなど見ると柳楽優弥だとわかるのですが、一瞬ドキリとするほど似ています。

この二人のテンポの良い芝居と劇団ひとりの脚本のテンポの良さが相乗効果を生んで映画を魅力的なものに仕上げています。

–{脇を固める実力派と意外な人物の好演}–

脇を固める実力派と意外な人物の好演

映画『浅草キッド』の最大の魅力はなにより大泉洋演じる深見千三郎と柳楽優弥演じる“タケ”の絶妙な掛け合いですが、脇を固めるキャストもとても魅力的です。

深見の妻でフランス座の踊り子で、まとめ役の麻里を演じるのは鈴木保奈美。

改めて言うまでもなくトレンディドラマ時代からありとあらゆるジャンル・キャラクターを演じてきた人ですが、今回も江戸っ子の血筋を引いた姉さんを時に逞しく、時にはかなげに演じています。

もう一人のヒロイン、千春を演じるのが門脇麦。歌い手を目指していましたが、気が付けば踊り子にというキャラクターです。

共に駆け出しの“タケ”とは励ましあう仲です。門脇麦は映画『さよならくちびる』でも歌声を披露していましたが、今回も味のある歌唱シーンを披露しています。

これまでのアーティスト活動は限定的なものだけになっていますが、もっと歌声を披露して欲しいと改めてこの作品で感じました。

また、監督の劇団ひとりがその演技を絶賛しているのが、柳楽優弥演じる“タケ”が深見のもとを離れ漫才コンビ“ツービート”を結成する相方のビートきよしを演じたお笑い芸人のナイツの土屋伸之。

物語の中盤以降“タケ”は深見のもとを離れ“ツービート”を結成し、漫才ブームの中心的な存在となります。

監督の劇団ひとりはこの中盤以降の漫才のシーンに“リアリティ”を求めてナイツの土屋にビートきよし役をオファー。

嘘が入ると一気に偽物感が出てきしまうと考えた劇団ひとりは、漫才シーンを重要視し、柳楽優弥とは念入りな漫才のリハーサルを行ったと言います。

最初はうまくリズムが出ずに苦しんだそうですが、土屋が合流したことで、一気にテンポが良い“ツービートの漫才”を作り上げることができたとのことです。

また、この漫才のリアリティを与えるだけで充分だと思っていた土屋の存在ですが、ビートきよしとして味のある演技を披露し、共演者も絶賛してます。

俳優業で目立った活動のない土屋ですが、お笑い芸人がいい味を出す俳優になることは多々あるので、今後に注目です。

ラストの浅草愛にあふれた長回しショットは感動の一言

ラストにはビートたけしとなった“タケ”がフランス座を訪れるシーンが描かれます。

ビートたけしによる映画のおおもとになった楽曲「浅草キッド」をバックに華やかであったころ、“タケ”が過ごしたフランス座の人々の賑やかな日々が描かれます。

「浅草キッド」の歌詞とビートたけしの唄声が心に染みる一本です。

Netflix作品ということで190以上の国と地域で配信されることになります。日本ならではの娯楽文化のあり方などが伝わるのか不安もありますが、“世界のキタノ”の原点を知る最良の機会になるので、広く見られることを期待します。

(文:村松健太郎)

–{『浅草キッド』作品情報}–

『浅草キッド』作品情報

【あらすじ】
昭和40年代の東京・浅草。大学を辞めてフランス座のエレベーターボーイをしていたタケシ(柳楽優弥)は、数々の人気芸人を育ててきた深見千三郎(大泉洋)に弟子入りを懇願。ぶっきらぼうだが、独自の世界観を持つ深見からタップダンスやコントの技術、裏方としての進行、「笑われるな、笑わせろ」といった芸人の矜持に至るまで、「芸ごと」の真髄を叩き込まれていく。「芸人だったらいつでもボケろ」という深見の教えに従い、弟子として行動を共にする中で笑いのセンスを磨くタケシは、歌手を目指す踊り子の千春(門脇麦)や深見の妻・麻里(鈴木保奈美)に見守られ、飛躍的に成長する。だが、テレビの波に押され、フランス座の客足は減り、経営も悪化していく。そんななか、「外で勝負したい」と考え始めたタケシは、フランス座の元先輩のキヨシ(土屋伸之)に誘われ、漫才コンビ「ツービート」を結成。猛反対を押し切って深見の元を飛び出し、徐々に人気を獲得していく。その一方、時代の流れの中で苦境に立たされる深見。そんなある日、対照的な師匠と弟子の運命が再び交錯する――。

【予告編】

【基本情報】
原作:ビートたけし「浅草キッド」

監督・脚本:劇団ひとり

主題歌:桑田佳祐「Soulコブラツイスト〜魂の悶絶」(タイシタレーベル / ビクターエンタテインメント)

出演:大泉洋/柳楽優弥/門脇麦/土屋伸之/中島歩/古澤裕介/小牧那凪/大島蓉子/尾上寛之/風間杜夫/鈴木保奈美