金子修介監督の時代劇大作『信虎』が2021年11月12日より全国公開されます。
戦国武将・武田信玄の父で80歳を超える老齢の武田信虎(寺田農)を主人公に据えるという、異色中の異色ともいえる作品ではありますが、本作の製作総指揮・企画・共同監督・脚本・美術・装飾・編集などを手掛けた宮下玄覇の映画化に寄せる執念と、そこに意気を感じた金子監督の映画的才覚が見事に融合した作品ともいえるでしょう。
そしてこの作品、実にさまざまな映画的記憶が埋め込まれている意味でも、映画ファンは心の中でどよめきまくること必至の作品でもあるのでした!
黒澤映画『影武者』の想いと特撮映画&ドラマの俳優たち
まずは、本作の主人公・武田信虎の実子・武田信玄といえば戦国武将の中でもトップクラスの人気キャラクターですが、そんな彼の影武者の数奇な運命を描いた黒澤明監督の超大作『影武者』(80)を金子監督はこよなく愛しており、公開当時賛否真っ二つに割れた際も断固賛辞の側に回っていたとのこと。
それゆえ今回はどこかしら『影武者』を意識しながらの演出だったようで、「撮影現場では頭の中で『影武者』の音楽がずっと流れていた」とは監督ご本人の弁でもあります。
しかも『影武者』の音楽を担当した池辺晋一郎が、今回の音楽を担当!
池辺氏自身、今回のオファーは「必然的な結果だったような気がします」とコメントしており、久々に武田家にまつわる楽曲の数々をノリに乗って作曲することになりました。
さらには『影武者』で織田信長を演じて人気を博した隆大介が、今回は信虎の忠臣・土屋伝助を好演しています。
惜しくも本作が遺作となりましたが(映画の終わりには、彼への献辞が捧げられています)、現場では金子監督とも意気投合し、休みの合間には『影武者』のエピソードをいろいろ話してもらえたりしたとのことでした。
今回、武田信玄および彼にそっくりな弟・信繁に扮するのは永島敏行です。
永島敏行といえば、何といっても金子監督の代表作『ガメラ2 レギオン襲来』(96)の主演男優!
そして本作は、同じく平成ガメラ・シリーズになくてはならない顔でもある螢雪次朗や渡辺裕之をはじめ、金子映画にゆかりの俳優が多数集結!
その中には金子映画『ポールダンシングボーイ☆ず』(11)で映画デビューした荒井敦史も含まれていますが、今回の彼の役どころは武田信玄の息子で武田家を滅亡へ向かわせる武田勝頼という大役なのでした!
あと、ガメラ繋がりで行くとこの作品、何気に特撮映画やドラマに出演して印象深い俳優たちも多数出ています。
隆大介も「ウルトラマンダイナ」(97~98)で主人公アスカ・シンの父カズマ役の印象が鮮やかでしたが(ちなみに彼は若い頃“ウルトラマン”とあだ名されていたとのことです)、そのウルトラ・シリーズはもとより円谷プロ作品を語るときに欠かすことのできない名優・堀内正美、「生物彗星WoO」(06)が可愛かったけど今回はさらにキュートな谷村美月。
他にも二代目・宇宙刑事ギャバンの石垣佑磨、『ゼイラム』2部作(91・94)の井田國彦、「ウルトラマンコスモス」(01~02)の杉浦太陽、「仮面ライダークウガ」(00)の葛山真吾(金子監督の2001年作品『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』にも出演)、「ウルトラマンティガ」(98)などスーツアクター出身の北岡龍貴……。
そして『ゴジラ対ヘドラ』(71)の剛たつひと(というよりも、彼の場合、昭和の熱血明朗「青春!」ドラマ・シリーズの先達でもあった寺田農に続く、気のいい不良学生役があまりにも有名ですね)など、もう名前を記しているだけで楽しくて楽しくて仕方のない自分がいるほどです。
話が本筋に戻しますと、武田信玄のライバル上杉謙信に扮しているのは、何と角川映画超大作『天と地と』(90)で謙信を演じた榎木孝明で、彼自身久々に、そして再び謙信を演じるということで、かなり身震いしたとのことでした。
(あ、彼も雨宮慶太監督の1997年特撮時代劇映画『タオの月』では喜々として悪役を怪演していました!)
–{昭和・平成・令和と駆け抜ける名優・寺田農ならではの貫禄!}–
昭和・平成・令和と駆け抜ける名優・寺田農ならではの貫禄!
ちょっと遠回りしてしまいましたが、いよいよ本作の主演男優についてお話ししましょう。
今回、武田信虎を演じるのは寺田農!
『肉弾』(68)などの岡本喜八や『帝都物語』(88)などの実相寺昭雄、『セーラー服と機関銃』(81)などの相米慎二といったツワモノ監督作品の常連俳優であるとともに、規模の大小を問わず現在まで旺盛に映画やドラマ出演を続けている名優です。
今話題のドラマ「日本沈没-希望の-ひと」の小松左京・原作を筒井康隆がパロディにした同名ナンセンス小説の映画化『日本以外全部沈没』(06)では田所博士を演じていました!
そう、彼もまた特撮ものに欠かせない存在であり、最近では「仮面ライダーW」(09~10)の悪役も印象的でしたね。
そんな寺田農ですが、実は映画に主演するのは相米慎二監督が唯一手掛けた日活(当時はにっかつ)ロマンポルノ作品『ラブホテル』(85)以来のことで、とかく若い美男美女を主役に据えた企画しか通らない今の日本映画界の中で、これは画期的であるとともに、昭和から平成、令和と演じ続けてきた彼ならではの誇りと貫禄、そして老境に入って久しい主人公の狡猾ないかがわしさまで忍ばせる名演なのでした。
この作品、実は会議のシーンが結構多く、また今回はプロデューサーのこだわりで当時の固有名詞などを意図的に用いた脚本が構築されていて、時代劇に慣れてない人は何を言ってるのかわからなくなるのではないかと懸念してしまうほど(そのため劇中はテロップで原語解説がかなり挿入されますが、正直これは逆に煩わしいかな)。
しかし、これでは映画の体を成せないのでは?といったこちらの不安は、寺田農の見事な貫禄と明晰な口跡によってことごとくクリアされていきます。
もともと彼はドキュメント番組のナレーターとしても大ベテランで、また『天空の城ラピュタ』(86)の悪役ムスカといえば、相当数の方々が「おおっ」と思われることでしょう。
本作はそんな寺田農ならではの威厳と説得力に満ちた台詞回しの数々で、並の俳優だとだれてしまいがちなシーンを見事に引き締めるとともに、権力抗争ドラマとしての資質を大きく際立たせていきます。
金子修介監督も、ここではいわば『仁義なき戦い』(73)会議版とでもいったエネルギッシュな演出を施すことで、一種異様なまでの迫力がみなぎる名場面となりました。
またこの信虎さま、何と超能力を使います!?
というか、実際は催眠術みたいなものなのでしょう。
彼はこの秘術を駆使して周囲の者らを従わせていくのですが、そのいかがわしい雰囲気が実に素晴らしい!
そう、本当にこの主人公、いかがわしくて狡猾で、「そりゃあ、息子から追放もされるわな」と納得できてしまうほどのクセモノなのですが(まあ、親子の骨肉の争いのドラマってよくありますけど、ここでは何と爺と孫が紛糾しまくる!?)、寺田農はそんな信虎を活き活きと演じきることで、どこかしら不可思議な人間的魅力を醸し出しているのでした。
だからこそ、信虎の周りには出来た家来がたくさんいるのですが、やはりどこか信虎のツメが甘いのでしょうか、割かしどんどん死んでいったりします。
(そもそも今回のお話は、信虎自身が武田家に再び必要とされていると勘違いしてしまったことから始まる悲劇でもあるのでした……)
しかしそのとき、信虎が彼らに投げかけるのは「大義!」の一言!?
まさにこれこそが戦国時代ならではの過酷さであり、非情さであり、それを見事に体現しているのが寺田農なのでした。
しかし一方では、そんな戦国時代の機運に唯一逆らい続ける存在がいます。
谷村美月扮する信虎の末娘・お直です。
彼女は当時の風潮をいわば現代的な目線で批判し続ける存在としても屹立しており、まさに金子監督の意思を体現するキャラクターともいえるでしょう。
何よりも、女優を美しく捉えることにかけて右に出る者のない金子監督なので、ここでのわがまま言い放題(!?)のお直も次第に可愛らしく映えまくっていくとともに、権力のために殺し合う世界に対するアンチテーゼとして見事な存在感を発揮しています。
ちなみにスタッフの撮影・上野彰吾と照明・赤津淳一は日活撮影所時代からの金子監督の同胞であり、また両者は『天と地と』の現場にも就いていたという、やはりいろいろな意味でこの作品、武田信玄とどこかしら関わりのある人材で構成されているのでした。
実は金子監督も、川中島の合戦で暗躍したくノ一を主人公にした池波正太郎の時代小説「蝶の戦記」映画化を目論むも、果せなかったという痛恨のキャリアがあったのでした。
今からでもこの企画、再始動できないものか!
そのためにも、従来の日本映画の常識を打ち破る『信虎』の大ヒットを今は祈ってやみません。
(文:増當竜也)
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–{『信虎』作品情報}–
『信虎』作品情報
【あらすじ】
武田信虎入道(寺田農)は息子・信玄(永島敏行)に甲斐国を追放された後、駿河を経て京で足利将軍に仕えていた。元亀4年(1573年)、すでに80歳になっていた信虎は、信玄の上洛を心待ちにしていたが、武田軍が国に兵を引き、信玄が危篤に陥っていることを知る。武田家での復権の好機と考えた信虎は、家老の土屋伝助(隆大介)と清水式部丞(伊藤洋三郎)、末娘のお直(谷村美月)、側近の黒川新助(矢野聖人)、海賊衆、透破(忍者)、愛猿・勿来(なこそ)などを伴い、祖国・甲斐への帰国を目指す。途中、織田方に行く手を阻まれるも、やっとの思いで信濃高遠城にたどり着いた信虎は、六男・武田逍遥軒(永島敏行・二役)に甲斐入国を拒まれる。
【予告編】
【基本情報】
出演:寺田農/谷村美月/矢野聖人/荒井敦史/榎木孝明/永島敏行/渡辺裕之/隆大介/石垣佑磨/杉浦太陽/葛山信吾/嘉門ツオ/左伴彩佳(AKB48)/柏原収史 ほか
監督:金子修介/宮下玄覇
脚本:宮下玄覇
上映時間:135分
映倫:PG12
製作国:日本