10月15日より公開された、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『DUNE/デューン 砂の惑星』。想像をはるかに超える圧倒的ビジュアルセンスが話題を呼ぶ一方で、ヴィルヌーヴ監督とは2度目のタッグとなった作曲家ハンス・ジマーの劇伴にも高い評価が集まっています。
そこで今回はYouTubeで聴ける本作のサウンドトラックからおススメ楽曲をセレクトしつつ、25年以上ジマーの音楽を追い続けている筆者の目線から、いかに本作劇伴が“特異”であるのかご紹介していきましょう。
戦闘シーンで際立った“意外性”
ジマーはヴィルヌーヴ監督の前作『ブレードランナー 2049』(17)の劇伴も担当(ベンジャミン・ウォルフィッシュとの共作)していることから、新作で再びタッグを組むのは言うなれば自然な流れといえます。
さらに『DUNE/デューン 砂の惑星』の原作小説は10代だったジマーにとっての愛読書であり、いつか自身の手で音楽を担当する日のために、過去作を敢えて1作も観ていなかったとほどの筋金入りっぷり。ヴィルヌーヴ監督からの依頼を受けて盟友クリストファー・ノーラン監督の『TENET テネット』を断ったのだから、ジマーがどれほどの熱量をもって作曲に挑んだのか窺えるはずです。
その結果、完成したサウンドトラックが異次元レベルの完成度に至ったことは映画をご覧になった方ならご承知のとおり。ジマーのディスコグラフィでこれまでにないほど荘厳で得体の知れない力強さを宿した楽曲群に仕上がっていて、ヴィルヌーヴ監督のビジュアルセンスによって生まれた圧巻の映像をさらに格調高いものへと押し上げることになりました。
ジマーが織り成す音楽の世界観は、サウンドトラック1曲目「DREAM OF ARRAKIS」からその象徴が顕著に現れています。メロディー性を排して不規則なリズムを挿入し、さらにコーラスも交えることで感じるのは紛れもなく“不穏”な気配。
逆に言えば本作サウンドトラックには生命の躍動を感じさせるヒロイックな曲は存在せず、あるのはアラキス=砂の惑星に対する土俗的な未知の脅威(たとえば巨大な“サンドワーム”も然り)や死のイメージ、或いはアラキスを舞台に展開するアトレイデス家とハルコンネン家の争いがもたらす悲劇を想起させるものばかりです。
作品内でたびたび響き渡る重低音は、『ダークナイト』シリーズをはじめとしたノーラン作品にも共通している要素。そんなアプローチが“ハンス・ジマーらしい”と語られるのも近年のジマーサウンドを耳にしていれば納得ですが、筆者としてはサウンドトラック11曲目「ARMADA」に最もジマーの“らしさ”や“真髄”を感じるところがあります。
本曲はハルコンネン家による急襲シーンで流れる楽曲であり、物語の中ではアトレイデス家の命運にも関わる重大な局面。暗闇のなか巨大な爆炎が巻き起こる戦闘描写は本作のハイライトの1つですが、楽曲に耳を傾ければわかるとおり悲劇的な場面ながらバグパイプの音色が高らかに響き渡るという“意外性”を見せます。その意外性を生み出す采配こそ、ジマーの音楽センスや造詣の深さが垣間見える絶好の瞬間。またバグパイプに重なるドラムリズムもジマーが頭角を現した90年代以降一貫している打楽器とリズムスタイルをしっかり踏襲し、結果的に砂の惑星そのものや人類同士の抗争という原始的な構造にマッチしていました。
–{近作と比較しても明らかに“異質”}–
近作と比較しても明らかに“異質”
全体を通して神聖かつダークなトーンに覆われているサウンドトラックですが、その独創性は既に巨匠のレベルに達しているジマーがさらに映画音楽界において未知の領域に踏み込んだと言っても過言ではありません。
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ジマーといえば現在公開中の『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』の作曲も手掛けていて、こちらはジマー節とも呼べる勢いはどちらかといえば抑え気味(それでもギタリストのジョニー・マーとノリノリで鳴らしていますが)。新しいサウンドを生み出すのではなく、『007』が築き上げてきた世界観やジェームズ・ボンド役から卒業するダニエル・クレイグへの敬意を大前提としたスタンスが窺えます。
またジマーは昨年公開された『ワンダーウーマン 1984』(20)の作曲を担当しましたが、ワンダーウーマンのテーマ曲を含めたアクションスコアやドラマ性を強調した“泣き”のメロディ、パーカッシブなサウンドは直近の登板作品で最もジマー本来のスタイルに近かったように思えます。
『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』と『DUNE/デューン 砂の惑星』が公開延期の憂き目にあっていなければジマーは同時期に大作3本を担当していたわけですが、それぞれ性質・アプローチが根底から異なった3タイトルの音楽を比較してみるのも1つの楽しみ方。
喜ばしい反面、ちょっと働きすぎでは……と心配にもなりますが。
話を『DUNE/デューン 砂の惑星』に戻すと、確かに重低音を響かせた楽曲群はノーラン作品の音楽に通じるところがあります。一方でこれは推測でしかありませんが、『ブレードランナー 2049』で久々にチームを組んだリドリー・スコット作品の音楽も意識しているような気配も。
そもそもヴィルヌーヴ監督の画作りが随所でリドリー作品の“美しさ”を彷彿とさせるところがあり、音楽にもその影響が及んだ可能性は否定しきれません。たとえば民族性を想起しやすいアルメニアの管楽器ドゥドゥクの音色が時おり響きますが、ジマーはリドリー監督作『グラディエーター』(00)でドゥドゥクを多用した過去が。また『グラディエーター』と『ブラックホーク・ダウン』(01)で美声を披露したリサ・ジェラルドが、本作でもボーカリストとして参加しているのは果たして偶然でしょうか。
またジマーが “地球の音楽”ではなく“砂の惑星の音楽”を念頭に置き、月日をかけて新しい楽器と音色を生み出した点にも注目。そもそもジマーは、異国を舞台にした作品では「その国の音で演奏する」というスタンスを1989年のリドリー監督作『ブラック・レイン』の段階で明確にしています。
さらに『ブラックホーク・ダウン』ではアメリカ側をデジタルサウンド、ソマリア側を民族楽器に分けることで映像に加えて聴覚でも対比構造を鮮明化。その発展形に位置するのが本作です。
畏怖の念すら感じられる女性コーラスが観客を砂の惑星へと誘いつつ、新たに作り出された音色を含むオーケストラが砂の惑星という土俗感(極端に言えばデジタル機器が排された砂の世界)を、そして民族楽器が砂の惑星を舞台にした登場人物たちの“業”を表現しているようにも感じられました。
–{どこまでも広がる砂の惑星の音楽}–
どこまでも広がる砂の惑星の音楽
振り返ってみると、本作は予告編の音楽からまさに異色尽くし。映画の予告編では本編音楽ではなくトレーラーミュージックをあてがうケースがほとんどですが、本作ではジマーによるピンク・フロイドの「Eclipse」カバーバージョンを使用。重々しい本編音楽とは異なるバンドタイプのサウンドを響かせながら、壮大なコーラスを取り入れることで作品の世界観を損なうことなくマッチさせているのがお見事というほかありません。
また本編サウンドトラックとは別に、2枚組でリリースされた「THE DUNE SKETCHBOOK」も必聴。こちらは本編に使用された楽曲ではなく、作品にインスパイアを受けて制作された楽曲が収録されています。とはいえ本編に負けず劣らずの本気の出しっぷりで(本当に原作が好きなんだなあ、ジマーさん……)、特に「MIND-KILLER」の迫力はニール・ブロムカンプ監督と組んだ『チャッピー』やノーラン監督の『ダンケルク』を彷彿とさせる、尖りに尖ったデジタルビートに圧倒されるはずです。表現が正しいかはわかりませんが変則的なリズムが“面白い曲”であり、確かに本編で使うと浮いてしまっていたかも。
映画音楽界の最前線を走り続けるハンス・ジマー。
そんな名コンポ―サーが長年の夢を最善のかたちで叶えることになった『DUNE/デューン 砂の惑星』を、映像はもちろん音楽も全身で浴びるためにぜひ音響システムが整った劇場での鑑賞をおススメします。
(文:葦見川和哉 )
–{『DUNE/砂の惑星』作品情報}–
『DUNE/デューン 砂の惑星』作品情報
【あらすじ】
人類が地球以外の惑星に移住し、宇宙帝国を築いていた西暦1万190年、1つの惑星を1つの大領家が治める厳格な身分制度が敷かれる中、レト・アトレイデス公爵は通称デューンと呼ばれる砂漠の惑星アラキスを治めることになった。アラキスは抗老化作用を持つ香料メランジの唯一の生産地であるため、アトレイデス家に莫大な利益をもたらすはずだった。しかし、デューンに乗り込んだレト公爵を待っていたのはメランジの採掘権を持つハルコンネン家と皇帝が結託した陰謀だった。やがてレト公爵は殺され、妻のジェシカと息子のポールも命を狙われることとなる。
【予告編】
【基本情報】
キャスト:ティモシー・シャラメ/レベッカ・ファーガソン/オスカー・アイザック/ジョシュ・ブローリン/ステラン・スカルスガルド/ゼンデイヤ/シャーロット・ランプリング/ジェイソン・モモア/ハビエル・バルデム ほか
原作:フランク・ハーバート
監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
脚本:エリック・ロス/ジョン・スペイツ/ドゥニ・ヴィルヌーヴ