2021年10月16日より東京ユーロスペースを皮切りに、「そしてキアロスタミはつづく」と称した イラン映画界の名匠アッバス・キアロスタミ監督の生誕81年、没後5年を記念して、7作品のデジタル・リマスター版特集上映が開催されます。
「生誕81年」とはちょっと半端な数字に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、これはもともと2020年の生誕80年に寄せてフランスのパリで彼の回顧展開催に合わせて日本での劇場公開が企画されていたものの、ご承知のように世界的コロナ禍で延期。
それでも没後5年の今年に何とか回顧展が開催され、これを受けて日本でも企画が再始動し、実現に至ったものです。
今回は彼の監督キャリアの初期作品を中心としたラインナップが組まれていますが、いずれもパリのmk2、ニューヨークのクライテリオンコレクションなどで2年の月日をかけて4Kもしくは2Kリマスター修復されたマスターを用いての2K上映。
では、アッバス・キアロスタミ監督及びその世界とはいかなるものなのか、今回のラインナップを眺めながら振り返ってみることにしましょう。
アッバス・キアロスタミの激動の中の栄光のキャリア
まずはアッバス・キアロスタミの人生のキャリアから。
彼は1940年6月22日、イランのテヘランで生まれました。
幼いころから絵画に興味を持ち、18歳でグラフィック・アートのコンテストで優勝。
テヘラン大学美術学部を卒業後はグラフィックデザインやCF監督として活動していましたが、1969年に児童少年知育会の映画部門を創設し、そこで最初の短編映画『パンと裏通り』(70)を手掛けて映画監督デビューを果たし、以後映画監督としての活動を本格的に始めていくようになりました。
当時のイランは米英の強い支持を受けたパフラヴィー朝皇帝による独裁政治が行われていましたが、1978年に大規模な反政府デモが発生し、それは1979年のイラン・イスラーム革命へと繋がり、パフラヴィー皇帝は国外追放され、アヤトラ・ホメイニ師を元首にイスラーム共和制を採用するイラン・イスラーム共和国が樹立。
1980年には隣国イラクとの戦争が勃発し(~1988)、国内では改革派と保守派の対立が激化していきます。
ホメイニ師は世俗主義者や社会主義者をカーフィル(イスラームの敵)とみなして弾圧するなど事実上の宗教独裁体制を敷きますが、こうした中でキアロスタミ監督は厳しい検閲の網を潜り抜けながら1987年『友だちのうちはどこ?』を発表し、テヘランで開催されたファジル国際映画祭で審査員特別賞及び最優秀監督賞を受賞、1989年ロカルノ国際映画祭では銅豹賞・FIPRESCI賞特別賞・エキュメリック審査員特別賞を受賞し、一気に世界へ躍り出ます。
日本ではミニシアター・ブームのさなか1993年に公開され、キネマ旬報ベスト・テン第8位に輝くとともに、アッバス・キアロスタミの名は深く映画ファンの胸に刻み込まれたのでした。
その後も『そして人生はつづく』(92)『オリーブの林を抜けて』(94)と好評を博し、1997年の『桜桃の味』はカンヌ国際映画祭パルムドールを、1999年『風が吹くまま』はヴェネツィア国際映画祭審査員賞特別大賞を受賞し、世界的名匠の地位を不動のものにしていきました。
–{キアロスタミの道は永遠につづく}–
キアロスタミの道は永遠につづく
今回の特集上映企画「そしてキアロスタミはつづく」は、こうした彼の20世紀後半の作品がラインナップされています。
●『トラベラー』(74)
サッカー好きな少年が、テヘランで開催される試合を見に行きたいがために嘘も盗みもお構いなしにお金を集め、ついにテヘランまで赴きますが……
●『友だちのうちはどこ?』(87)
同級生のノートを間違って家に持ち帰ってしまった少年が、「ノートを忘れたら退学」という先生の言葉を思い出し、遠く離れた同級生の家へ向かいますが……。
●『ホームワーク』(89)
キアロスタミ自らインタビュアーとなり、小学校の生徒や親たちへ「宿題」などの質問を繰り出しながらイランの教育問題を浮き彫りにしていくドキュメンタリー。
●『そして人生はつづく』(92)
1990年にイラン北部で起きた大地震に伴う『友だちのうちはどこ?』出演者の安否を確認しに、キアロスタミが我が子を連れて現地へ赴くさまを俳優を用いて描出。
●『オリーブの林をぬけて』(94)
『そして人生はつづく』の中で、地震の数日後に結婚した若いカップルの過去を基に、キアロスタミが虚構=映画と現実を錯綜させながら描いていく映画内映画。
●『桜桃の味』(97)
人生に絶望した中年男と、巨額の報酬で彼の自殺幇助のお願いを持ちかけられた人々のやりとりの中から、やがて生きる喜びと人生の美しさが……。
●『風が吹くまま』(99)
独自の葬儀を行うクルド系の小さな村を極秘の取材目的で訪れたテヘランのTV局クルー。しかし、なかなか死者が出ないことに苛立っていき……。
これらの作品群のうち、『トラベラー』から『そして人生はつづく』までは、容易に共通の流れを見出すことが出来ます。
それは「子ども」という存在です。
もともとキアロスタミ監督は子どもが好きで、同時に小津安二郎監督作品を敬愛していることも合わせて(彼は2003年に『5five~小津安二郎に捧げる』なるドキュメンタリー映画も監督)子どもに対する興味は並々ならぬものがありました。
同時に、特にイラン革命以降は相当に厳しい検閲が成されていく中で、子どもをモチーフにしたものは比較的通過しやすいことなどから、彼は『友だちのうちはどこ?』を企画し、それが通過して表に出ることが成されたことによって世界的名声を得ることが出来たわけです。
また『友だちのうちはどこ?』『そして人生はつづく』『オリーブの林をぬけて』はそれぞれ関連性のある数珠つなぎで導かれた“ジグザグ道”三部作とも“コケール・トリロジー”とも称されています。
さらには活動初期から顕著なドキュメンタリーと虚構のドラマを融合させた作りも“ジグザグ道”三部作で一層露になっていくのでした。
もっとも、こうした彼のタッチは子どもの出てこない『桜桃の味』『風が吹くまま』あたりから微妙に変わっていき、今回は上映されない21世紀に入ってからの作品群、たとえば2010年のフランス・イタリア合作『トスカーナの贋作』ではジュリエット・ビノシュ、2012年の日本・フランス合作『ライク・サムワン・イン・ラブ』(長編劇映画としては遺作)では高梨臨、加瀬亮などその国の俳優陣を用いて、アダルトな「愛」についての映画を構築しています。
どちらもイラン国内では実現不可能なもので、その伝ではジグザグ三部作などで世界的評価を得た彼は、21世紀に入って新たな創作の目標を見出しての海外進出だったのかもしれません。
2016年、彼は続いて中国ロケでの新作を準備していましたが、同年7月4日、ガン治療のために訪れていたパリの病院で急逝。
76歳でした。
詩人、写真家としても著名で、そうした才能をフルに活かしたドキュメンタリーや実験映画も多数発表し続けたアッバス・キアロスタミ監督。
今回の上映はそんな彼の原点を知るに最適なラインナップでもあります。
この機会にぜひ、人生の真実にあふれた世界をご堪能ください。
そう、アッバス・キアロスタミの道は永遠につづくのです。
(文:増當竜也)
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