デヴィッド・ボウイというロック・スターを扱った異色の音楽映画『スターダスト』の不思議な魅力

映画コラム

ここ20年ほどの音楽映画はかなり豊作で、史実を基にした物語、ドキュメンタリー、フィクション問わず良質な作品が数多く制作され続けている。

思いついたままざっと挙げてみるだけでも、チェス・レコードを舞台とした『キャデラック・レコード 音楽でアメリカを変えた人々の物語(08)、ブライアン・ウィルソンの半生を描く『ラブ&マーシー 終わらないメロディー(14)』、ミシェル・ペトルチアーニの『情熱のピアニズム(11)』、バックシンガーを取り扱った『バックコーラスの歌姫たち(13)』、ジョン・カーニーの『はじまりのうた(13)』『シング・ストリート 未来へのうた(16)』、エドガー・ライトの『ベイビー・ドライバー(17)』などなど、キリがないのでこれくらいにしておくが、とにかく山程あり、いずれも素晴らしい。

直近であれば『ボヘミアン・ラプソディ(18)』がスマッシュヒットしたし、翌年には『ロケットマン(19)』も公開された。

上記2作は、いわゆる「史実を基にした」伝記映画であり『スターダスト』もまた「事実にほぼ基づく物語」といったクレジットが入っている。

本作は、デヴィッド・ボウイが1970年にリリース(米国で先行リリース、英国では1971年)した『世界を売った男』を引っさげ、アメリカでプロモーション活動をしている時期から、『ジギー・スターダスト』のリリースまでを描く。

舞台となる時期の前後について少々補足しておきたい。ボウイは「ディヴィー・ジョーンズ・アンド・ザ・キング・ビーズ」や「ザ・マニッシュ・ボーイズ」などの名義を経てデヴィッド・ボウイに改名し、1967年にファーストアルバム『デヴィッド・ボウイ』をリリースする。

この頃、彼は舞踏家・俳優のリンゼイ・ケンプと出会い、ダンスクラスに通ってマイムなどを学び、この経験が後の「トム少佐」や「シン・ホワイト・デューク」、そして「ジギー・スターダスト」などのペルソナ制作に活かされることとなる。ボウイのマイムは劇中でも反復されるので、このあたりの背景は覚えておいて損はない。

1969年には『スペイス・オディティ』をリリースし、シングルカットされた表題曲は全英・米ともにチャート上位まで昇りつめた。

翌年、『世界を売った男』を発表し、1971年に『ハンキー・ドリー』をリリース。そして1972年に『ジギー・スターダスト』をドロップした。ボウイが作り出したロック・スター(ペルソナ)は次作『アラジン・セイン』にも引き継がれることとなる。

上述したとおり、本作は『世界を売った男』から『ジギー・スターダスト』のリリースまで、正確にはボウイが「ジギー・スターダスト」というペルソナを世に発表するまでを描いている。彼は『世界を売った男』のプロモーションでアメリカを訪れるが、『スペイス・オディティ』がヒットを記録したものの、歓待されることはなく、マーキュリー・レコードの宣伝担当、ロン・オバーマンと各地をドサ周りする羽目になる。

–{と、一見普通の音楽伝記映画に見えるが}–

と、一見普通の音楽伝記映画に見えるが

『ボヘミアン・ラプソディ』や『ロケットマン』を引き合いに出さなくとも、ロック・スターやポップ・スターを扱った伝記映画は「下積み→ヒット→苦悩→再起」や「下積み→苦悩→ヒット」のような構造をとることが多い。要はどこかで一度は「成功」する。

が、本作は「一度成功してから再度の成功直前まで」の谷間を描くので、サクセスストーリーが持つ爽快感のようなものはなく、「え、ボウイって『世界を売った男』のとき、アメリカじゃこんな扱いだったの?」といった「大好きなミュージシャンのアザーサイド」を見せられるような奇妙な捻れがある。ファンならばけっこうなショックを受けてしまう可能性すらあるかもしれない。

とはいえ、熱狂的なファンであっても「デヴィッド・ボウイにもこんな時代があって、ポップ・スターとして大成するためには隠れた苦悩があったのだな」と陽性の反応をする人もいれば、極北においては「こんなもんデヴィッド・ボウイじゃない。いくら死人に口なしって言ってもよ」と陰性の反応をする方もいるだろう。

ドキュメンタリーやフィクションはさておき、史実を元にした音楽映画、とくにロック・ポップスターたちを扱ったものは、未だ関係者の多くが存命しており、資料なども豊富にある。なので考証をガッツリできる、というのが良作が次々と登場している理由のひとつだろう。だが、これは関係者存命で資料が豊富、さらには人々やファンの記憶があるなどの点から「ワキが甘けりゃボロクソ言われる」危険性が常にある。

これは描き方も同様で、どんなに事実を直視し、真摯に作ったとしても「大好きなミュージシャンの映画だと思って楽しみに観に行ったら、何だかバカにされた気分になってしまった」なんて反応をされる可能性も否定できない。

では本作はどうか。某トマトサイトのクリティック評価は芳しくないが、流し読みする限り、不満点のほとんどは「ジョニー・フリンがそこまでデヴィッド・ボウイに似ていない」と「デヴィッド・ボウイの楽曲が使用されない(許可が取れなかったので)」の2つに集約される。

前者に関しては、全てに同意することはできない。アンディ・ウォーホルのファクトリーでポートレート撮影をするシーンは比較的似ていると思うし、動きも割と完コピに近い。そもそも最近は「似すぎている」作品も多いので、「似ていなければいけない」といった思い込みの力も作用しているような気がする。さらに題材が、あのデヴィッド・ボウイなので指摘されやすい(あるいは、指摘したくなる)のは仕方がないだろう。

後者の指摘に関しては、全面的に同意もできるし、逆に否定もできる。肝心要のシーンでデヴィッド・ボウイの名曲がかかる。それは最高だし感動するだろう。ドサ周り最中のどうしようもないライブ会場だって、ボウイの曲を弾き語れば「伝説を目撃した」ような気分にもなれるだろう。

だが、本作はデヴィッド・ボウイの楽曲が「使えなかった」という制約の結果、まったくエモくなく仕上がっている。「ここぞ」とばかりに名曲を使用し、エモさフルテンで大いに興奮させ、泣かせる伝記音楽映画がほとんどのなかで、エモさが皆無なのはかなり新鮮だと言っていいし、それがまた「谷間」の物語を補強しているように思えてならない。「世界的に有名なロック・スターを扱った伝記映画なのに、まったくエモくなく、萌えもしない」という一点だけでも、上記の指摘を打ち消すに十分な魅力がある。

「スターダスト(星屑)」とは、散らばって光るたくさんの小さい星、という意味である。デヴィッド・ボウイは、その星屑のひとつに「ジギー」と名を付け、今でも語り継がれる「ジギー・スターダスト」を生み出した。本作もまた陽性・陰性の反応はどうあれ、無数の星のひとつとくくってしまうにはもったいない、語られるべき価値をもっている映画であると思う。

(文:加藤広大)

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–{『スターダスト』作品情報}–

『スターダスト』作品情報

【あらすじ】
1971年、『世界を売った男』をリリースした24歳のデヴィッドはイギリスからアメリカへ渡り、マーキュリー・レコードのパブリシスト、ロン・オバーマンと共に初の全米プロモーションツアーに挑む。しかしこの旅で、自分が全く世間に知られていないこと、そして時代がまだ自分に追いついていないことを知る。ヴェルヴェット・アンダーグラウンド、アンディ・ウォーホルとの出会いやファクトリーなど、アメリカは彼を刺激した。兄の病気もデヴィッドを悩ませていた。いくつもの殻を破り、やがて彼は世界屈指のカルチャー・アイコンとしての地位を確立する最初の一歩を踏み出す。 

【予告編】

【基本情報】
出演:ジョニー・フリン/ジェナ・マローン/デレク・モラン/アーロン・プール/マーク・マロン

監督:ガブリエル・レンジ

脚本:クリストファー・ベル/ガブリエル・レンジ

上映時間:109分

映倫 PG12

製作国:イギリス/カナダ