【関連記事】『護られなかった者たちへ』レビュー:佐藤健が追われ、阿部寛が追う!東日本大震災がもたらした殺人事件と社会の闇
2021年10月1日より映画『護られなかった者たちへ』が公開される。
本作は中山七里の同名小説の映画化作品であり、後に記す社会問題を苛烈とも言える切り口で描いたミステリーだ。具体的な作品の魅力を、主演の佐藤健を筆頭に記していこう。
あらすじはこうだ。東日本大震災から9年後、全身を縛られたまま放置され餓死させられるという、凄惨な連続殺人事件が発生する。被害者はいずれも善人で人格者だと言われていた者たちばかり。その容疑者として浮かび上がったのは、出所したばかりの元模範囚の男だった。
端的に言えば「連続殺人事件の捜査」と「9年前の東日本大震災の出来事」が並行して語られる物語だ。その隔たりがある2つの時代の両方で登場する、連続殺人事件の容疑者となる男を演じたのが佐藤健。今回は、その役へアプローチそのものが凄まじい。
例えば、序盤の佐藤健が頭を掴まれ、顔の半分を泥水に押し付けられ絶叫するシーンは、当初の予定にはなかったという。これは現場で大量の水をまいてできた泥の水たまりを見た佐藤健本人が、「僕の顔を泥水に全力で突っ込んでください」と提案して生まれたそうだ。
さらに、佐藤健は原作に惚れ込み、準備の段階から脚本の細部に至るまで、瀬々敬久監督およびプロデューサーとディスカッションを重ねたという。自身が演じる役については「真っ直ぐすぎるからこそ、一度愛した者への愛情にも、普通の人も何倍ものエネルギー量がある。不器用で、熱くなったら止められない」というイメージを、瀬々敬久監督に話していたのだそうだ。
本編で観る佐藤健が演じる男は、他人を寄せ付けない佇まいと鋭い目力で、自ら孤独であることを望んでいるようでもあり、どこか狂気的でもある。だが、佐藤健の言葉にあるように、次第に「普通の人よりもはるかに大きな気持ちをぶつけてしまう」不器用さがあることもわかっていく。そのため、第一印象が怖くても、決して感情移入ができないわけでもない、絶妙なバランスのキャラクターになっていることが重要だ。
これまでも佐藤健はヒロイックな役だけでなはなく、人智を超えたパワーを手にする高校生を演じた『いぬやしき』(18)や、イヤなエリートサラリーマンに扮した『ハードコア』(18)など、下世話な言い方をすれば「ダークサイド」な役も好演してきた。今回は、人生に絶望しているかのような暗く重い雰囲気を醸し出しながらも、どこか一筋の光が差すような希望も感じさせる役となっており、ただでさえ人気も実力も日本トップクラスの佐藤健がネクストステージへと上がったかのような感動があった。
この役を下手に演じてしまうと狂気的すぎて感情移入できなくなったり、はたまた過度に親しみやすくなると「犯人なのか?それとも無実なのか?」と惑わせるミステリーとしての強度も弱くなってしまっただろう。この役ができるのは佐藤健しかいないと思わせるほどの熱演であり、それは間違いなく原作およびキャラクターへの理解と、並大抵ではない努力があってこそ成り立つものだった。
余談だが、佐藤健は後半のとあるシーンで、脚本の決定稿で「ただいま」となっていたセリフを、「おかえり」にしたいと要望を入れたのだという。ぜひ、実際の本編を観て、佐藤健がなぜそのようにセリフを変えたのか?と考えてみてほしい。それもまた、彼が作品、物語、キャラクターに対し感性を研ぎ澄ませてこそのものだったろうから。
–{阿部寛、清原果耶、林遣都の役にも注目}–
阿部寛、清原果耶、林遣都の役にも注目
もちろん、もう1人の主人公と言える刑事を演じた阿部寛も素晴らしい。冒頭の震災のシーンでは肌や衣服の汚しを徹底して、肌の裏側の見えない部分まで自分で濡らして本番に挑んだという。佐藤健と同じくスター俳優である阿部寛が、その佐藤健と好対照であり、かつ似ている(同じく震災を経験している)ところもある「合わせ鏡」とも言えるキャラクターにぴったりだった。
さらに実年齢よりも上の役も演じた清原果耶は凛とした存在感があり、阿部寛のバディとなる「不遜だが熱意もある」若手刑事を演じた林遣都も観客の目線に最も近い役として重要だ。その他も脇役に至るまで日本映画のオールスターキャストかと思うほどの豪華な配役で、特に永山瑛太、吉岡秀隆、倍賞美津子は鮮烈な印象を残すだろう。
そして、物語の中核に置かれている問題は「生活保護」。言うまでもなくそれ自体は、「健康で文化的な最低限度の生活」を保障するために必要なシステムだ。だが、劇中の連続殺人事件の謎を追う中で、生活保護にまつわる複雑な事情、それに対する葛藤や矛盾が描かれていくのである。
その中には「社会的スティグマ」もある。それは社会から烙印(スティグマ)を押されているかのような精神的負担を負ってしまう心理であり、そのために必要なはずの生活保護を受けずにいてしまうこともあるという。その他にも、日本では貧困に対する生活保護の受給率が低いこと、はたまた不正受給者の問題なども、それぞれわかりやすく語られている。
ただ、その生活保護にまつわるメッセージは、瀬々監督の演出のクセもあって不自然なまでに強く感じたシーンもある。プロパガンダとまでは言わないまでも、居心地が(良い意味で)悪くなったので、そこには賛否両論もあるだろう。
だが、そのメッセージ性の強さは、作り手が真摯にこの問題を考えているという証拠と言える。何より深刻に貧困が広がるコロナ禍の今、生活保護の問題を真正面から見つめた『護られなかった者たちへ』は、間違いなく「必要」な映画だ。ぜひ、劇場でご覧になってほしい。
(文:ヒナタカ)
–{『護られなかった者たちへ』作品情報}–
『護られなかった者たちへ』作品情報
【あらすじ】
東日本大震災から10年後、仙台市の保健福祉事務所課長・三雲忠勝が、手足や口の自由を奪われた状態の餓死死体で発見された。三雲は公私ともに人格者として知られ、怨恨が理由とは考えにくいが、物盗りによる犯行の可能性も低く、宮城県警の刑事・笘篠らの捜査は暗礁に乗り上げる。一方、三雲の死体発見の数日前、一人の模範囚が出所していた。男は過去に起きたある出来事の関係者を追っていた。男の目的はいったい何なのか。
【予告編】
【基本情報】
出演:佐藤健/阿部寛/清原果耶/倍賞美津子/吉岡秀隆/林遣都/永山瑛太/緒形直人 ほか
原作:中山七里
監督:瀬々敬久
脚本:林民夫/瀬々敬久
製作国:日本