監督のツイッターをきっかけに映画化が実現!『かそけきサンカヨウ』原作者・窪美澄×今泉力哉監督インタビュー

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2021年10月15日(金)より公開される映画『かそけきサンカヨウ』。

『ふがいない僕は空を見た』などで知られる作家・窪美澄の短編集『水やりはいつも深夜だけど』より、同名作と『ノーチェ・ブエナのポインセチア』の二篇を『愛がなんだ』の今泉力哉監督が映画化。父と二人で暮らす環境の中で早く大人にならざるをえなかった女子高生・陽の葛藤や恋を描いた物語で、キャストには志田彩良、井浦新、鈴鹿央士らが名を連ねている。

今回、シネマズでは原作者・窪美澄氏とメガホンをとった今泉力哉監督にインタビュー。映画化にあたっての思いや制作時のエピソード、そして、両名の青春時代についても語ってもらった。

「今泉監督であれば、思っている以上のものを絶対作ってくれる」

——今泉監督は、もともと窪先生の小説を映像化したかったとのことですが、数ある作品の中から『かそけきサンカヨウ』を選んだ決め手は何だったのでしょうか?

今泉力哉監督(以下今泉):原作を読んだときに、まず父親と娘が一緒に暮らす家の静かな時間や流れる空気がとても魅力的に思えたんです。その後の展開も、父親の再婚で新しいお母さんと連れ子の女の子が来てちょっと騒々しくなって、そこで普通なら主人公の陽が新しい家族にちょっと嫌な気持ちや憎悪を持つと思うんですが、このお話では、陽がある種の葛藤がありつつも妹にどこか愛情も感じている。

(C)2020 映画「かそけきサンカヨウ」製作委員会

本当のお母さんに対しても「(出て行ったのは)なんでだったんだろう?」と思う一方、ある種の憧れや親しみを抱いていて、衝突や葛藤を物語の筋としてわかりやすく書くのではなく、もっとこう曖昧だったり小さな悩みみたいに描いているところにすごく惹かれましたね。

——今回、『かそけきサンカヨウ』と連作になっている『ノーチェ・ブエナのポインセチア』を合わせて一本の映画として作られていますね。

今泉:これは、『愛がなんだ』でもご一緒した脚本家の澤井香織さんやプロデューサーと話していく中でそうなったんです。主人公の陽が抱える家族の悩みは映画の前半で一つ解決してしまう。なので、陽と心臓の悩みを持つ陸の恋愛的な感情や思いの距離感、そして、沙樹という女の子との関係性も膨らませて、1本の映画にするのがいいのではないか…といった感じで、2つの話を合わせた構成になっていきました。

(C)2020 映画「かそけきサンカヨウ」製作委員会

——窪先生は映画化の話を聞いたとき、まずどう思われましたか?

窪美澄(以下窪):今泉監督が以前から私の作品を「映画にしたい」とツイッターでつぶやいてくださっていたので、予感はあったんです。だから、お話が来たときは「この話で来ましたか…」という感じもありつつ、うれしかったですね。

——では、窪先生の方でも映画化に際して迷いなどは特になかった、というところでしょうか?

窪:まったくなかったですね。今泉監督であれば私が思っている以上のものを絶対作ってくださると信頼を置いていたので、そこは大丈夫でした。

——撮影中、窪先生も現場の方には行かれましたか?

窪:一度行きました。そのときは陽の家のシーンだったんですが、お家を見た瞬間に物語の空気感が流れているのがわかって、きちんと映画が出来上がっているなあ…と実感しましたね。

——確かに、映画の中で陽と家族が暮らす家はとてもいい雰囲気がありますよね。家や部屋の作りなども今泉監督はかなりこだわられたのでしょうか?

今泉:そうですね。ロケハンをして場所を探しつつ、どのくらいの大きさなのかとか考えて、あとは家の温度感ですね。洋室にするか和室にするか冷たくするのか…みたいなところで、陽の家は彼女と父親が住んでいてそんなに冷たい家ではないだろうし、陸の家もおばあちゃんが一緒に住んでいるから…と、あまり極端なほうにはふらず、温かみのある空気とか部屋自体を冷たくしすぎない感じを美術さんと相談して作っていきました。

——キャストの方々についてもお聞きしたいと思います。主演の志田彩良さんをはじめとする役者さんたちに今泉監督から何か求めたことはあったのでしょうか?

今泉:みなさんが脚本を読んで演じてくれるままに撮っていたので、あまり細かい演出はしなかったですね。特に志田さんは何度かご一緒して自分の作品の温度を知ってくれているし、自分も彼女の芝居の空気がわかっていたのですごく楽でした。

陸役の鈴鹿央士さんは初めてでしたが、映画の中のトーンがすごく自然に彼の中から出てきて、ご本人が持っているある種の幼さみたいなところもすごく魅力になったかなと思います。沙樹を演じた中井友望さんも、独特な空気感があって非常にはまっていましたね。

(C)2020 映画「かそけきサンカヨウ」製作委員会

——窪先生はキャストのみなさんにどんな印象を持たれましたか?

窪:まったく違和感がありませんでしたね。父親役の井浦新さんをはじめ、私の想像以上にみなさん役になりきっていて、よくぞこんなに揃えてくださったと思いました。特に菊池亜希子さんは初めて演技を拝見したんですけれど、見事に美子さんになっていて自然体の演技が素晴らしかったです。

物語のモチーフ「サンカヨウ」は、繊細で儚さのある花

——本作のモチーフは「サンカヨウ」という花ですが、窪先生はなぜこの花で物語を書こうと思われたのでしょうか?

窪:このお話が入った「水やりはいつも深夜だけど」という短編集は植物をモチーフにしたタイトルで書いていて、最初の頃は私が植物を探してきたんですが、途中でネタが切れてきたんですよね(笑)。それで、編集さんにも相談して探していただいたのがサンカヨウでした。この花がすごくいいねという話になって、私がつけた「かそけき」という言葉と合わせたタイトルで、少女の心の動きを丹念に追っていく話を書いてみたい…というところから始まりました。

(C)2020 映画「かそけきサンカヨウ」製作委員会

——今泉監督は、サンカヨウの花にどんな印象をもたれましたか?

今泉:僕も植物には詳しくないので原作を読んでその存在を知ったのですが、すごくきれいで繊細な花だなと。そもそも植物は花が開くのが一瞬で、サンカヨウはさらに条件が整ったときだけ透明になる…という儚さがあり、細やかな心情を描くお話とすごくリンクしているなと思いました。

——劇中のサンカヨウの花は、どのように撮影されたのでしょうか?

今泉:撮影場所は長野か尾瀬のほうだったと思います。季節的に咲いている場所がそのあたりしかなくて、クランクインの前に撮ったものなんです。

通常は、人物が絡まない撮影でもスタッフにお任せすることはなく、自分で撮影現場に行くのですが、当時あまりに疲れきっていて、「行くよ」って言ったんですが、カメラマンや助監督に「今泉はクランクイン前の準備に集中しろ」と言われて行かせてもらえず…(笑)。なので、現地で撮った素材をその場ですぐ送ってもらって確認するリモート撮影で、いろいろなパターンのサンカヨウを撮ってもらいました。

窪:私も実はサンカヨウの花を写真でしか見ることができていなかったんです。なので、映画の大画面であの花を見たときはとても感動しましたね。

(C)2020 映画「かそけきサンカヨウ」製作委員会

–{作品作りのうえで、2人が大切にしていること}–

それぞれの高校時代を振りかえる…創作への思いは?

——本作は高校生たちの物語ということで、今日はお二人の高校時代のお話をぜひ聞きたいと思います。どんな青春時代を過ごされてきましたか?

今泉:自分は男子校だったんですよね。当時、恋愛経験が本当になくて、中学校のときに好きだった人を高校卒業までずっと好きでいました。その好きだった子は別の共学の高校に通っていて。自分は卓球部だったんですが、いろいろな高校が集まる大会に出たときにその共学で彼女が人気だという話を聞いて、「そら、そうだろうよ」とニヤニヤしていました(笑)。

窪:私も女子校でした。美術部じゃないけれど美術選択で、それこそ陽ちゃんみたいにデッサンを描いていました。わりと地味な女子高生で明日をも知れぬ感じでしたね。絵か小説かわからないけれど何かを創造したい、という思いがふつふつとマグマのように自分の中にたまっている…そんな青春時代だったと思います。

——お二人は、当時から映画や小説の方向に進みたい思いなどはあったのでしょうか?

窪:私は当時小説を書いてはいなかったんですが、本をめちゃめちゃ読んでいました。新潮文庫をガサッと買ってきて全部読むとか三島由紀夫を全作読むみたいなことをずっとやっていたんです。ただ、当時は、小説を書きたいけれど、ぼんやり書きたいと思っている自分と大小説家との差があまりにもありすぎて、自分は小説家になんてなれるわけなんてない…とずっと思っていましたね。

今泉:小学生から高校生になるまで、映画が好きでたくさんレンタルビデオで見ていて。大学に進学する際に映画を作る方に行きたいと思いました。ただ、進学校だったので、芸術系の進路に進む人なんてほぼいないし、美術の成績もよくなかったので「え、力哉が芸術系行くの?」と友だちに笑われる感じでした。当時は全然絵も描けなかったんです。でも、下手でも好きだったので、そっちの方向に進みました。

——改めて本作を見ると、多感な高校生の家族の問題や恋愛など描き方によっては生々しいドラマになりかねないものを、原作、映画ともに非常にみずみずしい物語に仕上げているのを感じます。お二人はそれぞれ作品を作るときにどのようなことを大切にされたのでしょうか?

窪:私は、子どもだから幼いとか子どもだから何も知らないみたいなことは書くのは絶対にやめようと思っていました。大人になっても迷うし、子どもが迷うのは当然。なので、お話の中に子どものほうが大人よりも物事をわかっていて立場が逆転するような場面も入れていて、どちらが上でも下でもないよ…というのが、物語を通して伝えたかったことでもあります。

今泉:みずみずしい作品になったのは、キャストやスタッフに助けられた部分もあると思うんです。生々しさという点でいうと、ドラマをベタな方向で作ってなかったり、あとは前述したように登場人物たちの葛藤がいわゆるわかりやすいものではないので、そこは原作にある空気を丁寧に作っていきました。

人によっては大したことじゃないと思われるようなことでも、当人にとっては大きなことだったりする、そんな見過ごされそうな問題を描こうと思っていて、そのあたりは明確な衝突などにせず描けたとは思っています。陽たちの恋愛についても、客観的に見て話すキャラクターもいて、ぶつかるのではなく相手を思いやる優しい側で作れたかなというのはありますね。

(C)2020 映画「かそけきサンカヨウ」製作委員会

——では最後に、映画を楽しみにしている方々にそれぞれメッセージをお願いします。

窪:この映画を見たときに、優しさとか誠実さとか自分の中にあるいいところをもう一回思い出させてくれる感じがしたんです。なので、ちょっとした閉塞感を覚えていたり人間関係が煮詰まっていたりする方は息抜きみたいな感じで見てもらえたら、すごく豊かな時間を過ごせると思います。たくさんの方に見ていただきたいです。

今泉:もうほぼ全部言われました(笑)。今、本当に苦しい状況が続いていて、映画館に行くのもそれぞれの判断になってしまっていますが、いろいろなことに気をつけて健康第一でありつつも、この作品を見て心がほぐれてくれたらいいですね。窪さんの小説のファンの方や、「ドラゴン桜 」に揃って出演を果たした二人(志田彩良・鈴鹿央士)のファンの方、もちろん井浦新さんや他の俳優をきっかけにしてくださってもいい。何かのきっかけで映画に出会ってもらった人たちが、見終わってちょっとあったかい気持ちになってくれたらなと思います。

(撮影/HITOMI KAMATA、取材・文/田下愛)

–{『かそけきサンカヨウ』作品情報}–

ストーリー

高校生の陽(志田彩良)は、幼い頃に母・佐千代(石田ひかり)が家を出て、父・直(井浦新)とふたり暮らしをしていたが、ふたり暮らしは終わりを告げ、父の再婚相手である美子(菊池亜希子)とその連れ子の4歳のひなたと4人家族の新たな暮らしが始まった。そんな新しい暮らしへの戸惑いを、陽と同じ美術部に所属する陸(鈴鹿央士)に打ち明ける。実の母・佐千代への想いを募らせていた陽は、絵描きである佐千代の個展に陸と一緒に行く約束をする。

予告編

作品情報

志田彩良 / 井浦 新 
鈴鹿央士 中井友望 鎌田らい樹 遠藤雄斗 
石川 恋 鈴木 咲 古屋隆太 芹澤興人
海沼未羽 鷺坂陽菜 和宥 辻 凪子 佐藤凛月
菊池亜希子 / 梅沢昌代 西田尚美 / 石田ひかり 
監督:今泉力哉    
主題歌:崎山蒼志「幽けき」(Sony Music Labels)
原作:窪美澄『水やりはいつも深夜だけど』(角川文庫刊)所収「かそけきサンカヨウ」
脚本:澤井香織  今泉力哉   
音楽:ゲイリー芦屋
配給:イオンエンターテイメント