森川葵&菅田将暉主演のお宝映画『チョコリエッタ』+風間志織監督が紡ぐ”せかいのおわり”の世界

ニューシネマ・アナリティクス

■増當竜也連載「ニューシネマ・アナリティクス」

2021年9月24日より東京アップリンク吉祥寺を皮切りに、高校時代より8ミリフィルムで自主映画活動を開始し、「天才少女の出現」として注目を集めてきた風間志織監督特集が開催されます。

今回は21世紀に入って以降に彼女が発表した3作品が上映されますが、この中でおおっと目に留まったのが『チョコリエッタ』。

2014年に完成し、2015年1月に公開された作品ですが、実はこれ、2021年(即ち今年!)を想定して作られた作品なのです。

そしてさらに、主演が今をときめく森川葵と菅田将暉!

若き日の(といっても7年前ではありますが!?)ふたりの瑞々しくも切ない青春の躍動感をとくと堪能できる、まさにお宝映画としても逸品のおススメ作品なのです!

思春期のほろ苦さを体現『チョコリエッタ』

『チョコリエッタ』は直木賞作家・大島真寿美の長篇小説を原作に、その時代設定を2011年東日本大震災&原発事故から10年後の2021年として手掛けた作品で、風間志織監督としては初の原作ものとなりました。

主人公は16歳の高校生・知代子(森川葵)。

彼女は幼いときに母(市川実和子)を事故で亡くしています。

生前の母から「チョコリエッタ」と可愛く優しく呼ばれていた知代子は、愛犬のジュリエッタを心の支えに生きていましたが、そのジュリエッタも他界して数か月過ぎました。

家の中に置かれたままの空っぽの犬小屋のように、知代子の心も空虚のまま、その苛立ちを露にするかのように頭を丸刈りにし、進路調査票には「犬になりたい」と記して先生(宮川一郎太)を困らせたりもしています。

そんな夏のある日、知代子が所属する映画研究部の先輩で変わり者の正宗(菅田将暉)の強引な誘いの果てに彼女主演の映画を撮ることになり、まもなくしてふたりはムービー・キャメラ片手に、バイクを駆って撮影の旅に出かけていきます……。

本作は亡くなった母への想いの深さゆえに心を閉ざし、唯一の拠り所でもあった愛犬も死んでしまって孤独を募らせていく少女の心の彷徨を、さまざまな趣向で描き込んでいきます。

中でも特筆すべきはフェデリコ・フェリーニ監督および彼の代表作『道』(54)『カサノバ』(76)などにオマージュを捧げた諸描写(そもそも『道』のヒロインを演じた女優の名前がジュリエッタ・マシーニなのです)を通して、いつしか知代子は『道』さながらの旅を始めていくことにもなるのです。

この伝で論考を進めると、映画研究部の存在にも自主映画からキャリアを始めた風間監督ならではのこだわりが感じられますが、中でも部室の中から発見される古いフィルムの中に収められた、知代子の母の高校時代の映像!(制服姿の市川実和子が可愛い!)

また部員を演じているのが岡山天音と三浦透子という、現在活躍中のふたりという点でも、お宝映画としての要素は倍増していきます。

そして、何といっても主演のふたり!

知代子を演じる森川葵は2010年にモデルとしてデビュー、2012年から俳優としての活動を開始し、その勢いに乗り始めていた時期の本作への主演でした。

いきなり丸刈り頭で登場するのには仰天しますが(でも不思議と似合ってもいる!)、その特異さが彼女の孤独感を自然に醸し出しています。

しゃべりも普段はか細い小声なのが、突然大声で激昂する瞬間もあったりして、台詞の発声のメリハリひとつとっても彼女のキャラクターが巧みに描出されているのです。

一方で正宗を演じる菅田将暉は、2009年の特撮ヒーローTVドラマ「仮面ライダーW」フィリップ役でダブル主演して人気を博し、2013年の青山真治監督の映画『共喰い』で第37回日本アカデミー賞新人賞、2014年の『そこのみにて光輝く』では高崎映画祭最優秀助演男優賞などを受賞し、若手俳優の筆頭として躍り出てきた時期でもありました。

本作の正宗は一見いいかげんな男のようでいて、どこかしら知代子と同じ想いを抱えて生きているようでもあります。

その意味では映画撮影の旅はふたりにとっての想いを共有するものでもあったのかもしれませんが、そうそう簡単に共有出来てなるものかとでもいった確執がしばしば生じていくのも、思春期ならではの焦りと空虚の情緒の顕れでしょう。

ひいてはこの焦りと空虚がそのまま2021年の今を予見しているかのように映えわたっていくとともに、風間監督作品特有の「せかいのおわり」感の中で生き続ける若者たちの想いが切なくも真摯に醸し出されていくのでした。

–{風間監督作品から紡がれる“せかいのおわり”の中で}–

風間監督作品から紡がれる“せかいのおわり”の中で

ここで風間志織監督のキャリアをざっと振り返りますと、高校1年より8ミリ映画を撮り始め、『0×0(ゼロカケルコトノゼロ)』が1984年度のぴあフィルムフェスティバルに入選&スカラシップを受賞し、一躍注目されます。

その後、彼女は16ミリ短編『イみてーしょん、インテりあ』(85)や、何と8ミリで120分の長篇『メロデ Melodies』(89)などを発表した後、1995年に『冬の河童』ではメジャー・シーンに躍り出るとともにロッテルダム国際映画祭TIGER AWARD(グランプリ)を受賞。

そんな風間監督が21世紀に入って手掛けた『火星のカノン』(01)『せかいのおわり』(04)も、今回の特集上映のラインナップに入っています。

2001年に完成、2002年に公開された『火星のカノン』は、年上の男性(小日向文世)と不倫の関係を続ける29歳の女性(久野真紀子)の切ない想いをリアルに描いたもの。

「火星」には「闘い」とか「セックス」といった意味があるようで、そういった隠喩も本作のタイトルには込められています。

2004年に完成、2005年に公開された『せかいのおわり』は、『火星のカノン』に助演していた中村麻美と渋川清彦を主演に、長年の友情が災いしてか、どこか煮え切らない恋愛感情が描かれていきます。

公開当時、世紀末が過ぎた2005年に『せかいのおわり』とは? などと思いつつ本作を拝見して、気づかされたことがありました。

それは21世紀に突入してまもなく9.11など世界が激動の様相を呈し始めていたこともありますが、そもそも風間作品の多くはこうした“せかいのおわり”を心の奥底に抱える人々の彷徨なのではないか? ということです。

しかし、それは安易な破滅願望などとは一線を画し、どのような絶望的な状況でもつつましく生き続ける人々への凱歌であるのは間違いなく、その伝では原発事故を意識しつつ、その忸怩たる想いを若きふたりの映画撮影の旅に託し得た「チョコリエッタ』も紛れもなく“せかいのおわり”の映画であったといえるでしょう。

こうした姿勢ゆえになかなか寡作な風間監督ではありますが、そろそろまた新作ニュースを聞きたいというのも本音ではあります。

彼女の映画は、やはり俳優の魅力、特に男優の色香がさりげなくも巧みに抽出されています。

小日向文世、渋川清彦、長塚圭史、田辺誠一、菅田将暉、そして高木ブーまで!

対して女優は久野真紀子にしても中村麻美にしてもどこかしらリアルな中の繊細さが醸し出されていますが、その伝では『チョコリエッタ』の森川葵は丸刈り姿も功を奏して、中性的な情緒までも見事に顕れていました。

風間作品は性を超越した愛憎の描出も隠れたモチーフになっているように思われますが、そういった視点で彼女の作品群を振り返るとまたいろいろな発見があることでしょう。

この機会にぜひ銀幕でキャストの魅力を大いに引き出す風間志織監督作品の魅力に触れつつ、新しい発見を見出してみてください!

(文:増當竜也)

–{『チョコリエッタ』作品情報}–

『チョコリエッタ』作品情報

【あらすじ】
知世子(森川葵)を“チョコリエッタ”と呼んだのは母親だった。兄弟のように育った愛犬ジュリエッタとチョコリエッタ。知世子が5歳のとき、母親が交通事故で亡くなった。それ以来、ジュリエッタを心の支えにしてきたが、そのジュリエッタも知世子が16歳の時に死んでしまう。ジュリエッタと同じくらい短く髪を切り、犬になろうとした知世子。それほど、ジュリエッタのいない世界は下らなくて退屈だったのだ。進路調査に“犬になりたい”と書いて担任から呼び出された日、知世子は映画研究部の部室を訪れた。母が好きだったフェデリコ・フェリーニ監督の映画「道」を見れば、ジュリエッタに会えるような気がしたのだ。しかし、そのビデオテープは既に部室にはなく、昨年卒業した先輩・正岡正宗(菅田将暉)の私物だったことを知る。街で偶然再会した浪人中の正宗は、自室で自分が撮った映像を編集しており、“目指すは永久浪人”とうそぶく。“死にたいって思ったことはある?”という知世子の問いに、“殺したいと思ったことならある”と答える正宗。そんな正宗の衝動を抑え、支えてくれたのは祖父だった。正宗をバイクの後ろに乗せ、旅に出て、知らない土地の知らない人々を見せて回った。映画を正宗に教えたのも祖父だった。その祖父も既に他界。正宗は知世子に“俺の映画に出ないか”と誘う。知世子は仏頂面の不機嫌な顔をカメラに向けながらも、何となく正宗に自分と似たところを感じ、次第に彼を受け入れてゆく。まるで、「道」のザンパーノとジェルソミーナのように、バイクに乗って2人の撮影旅行が始まる。街を走り、山を走り、海に出る。喧嘩、事故、初めてのホテル。旅は2人に何をもたらすのか……。 

【予告編】

【基本情報】
出演:森川葵/菅田将暉/市川実和子/村上淳/須藤温子/渋川清彦/宮川一朗太/中村敦夫 ほか

原作:大島真寿美

監督:風間志織

脚本:風間志織/及川章太郎

上映時間:159分