【夏の終わりに観たい映画】『座頭市』と2003年夏、映画業界で過ごした思い出

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「夏の終わりに観たい映画」というとスティーブン・キング原作の『スタンド・バイ・ミー』(86)や岩井俊二監督の『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』(95)などが何となく頭に浮かびます。“ひと夏の冒険系”ですね。

 日本というお国柄を考えるとやはり戦争とは切り離すことができず『火垂るの墓』(88)や『硫黄島からの手紙』(06)などの太平洋戦争末期のものを思い浮かべる人もいるかもしれません。

しかし奇妙なことに、私の頭の中に浮かんできたのは2003年の北野武監督作品『座頭市』でした。

『座頭市』ってどんな映画だった?

『座頭市』と言えば昭和の銀幕の大スタア(あえてこの表記です)勝新太郎のライフワークともいえる作品で、映画だけでも26本も作られました。テレビドラマでも全部で100話位あります。

これを大胆にリメイクしたのが2003年版の北野武監督の『座頭市』でした。

ちなみに北野武監督作品では断トツのヒット作です。

『HANA-BI』(97)ほか国際的に高い評価を受けている世界のキタノですが、ことビジネス的な面でいうと全く振るわず、そんな中で若き日に芸人として過ごした浅草人脈から依頼されるような形で撮った映画が『座頭市』でした。

その後、『アウトレイジ』シリーズ(10~)などの成功もあって、エンタメに針を振り切ればキタノ映画もヒットすることが証明されましたが、それでもなお、『座頭市』の数字はずば抜けたものになっています。

独特の間合いの居合い切りアクションに、浅野忠信、夏川結衣、大楠道代、岸部一徳、柄本明といった実力派キャスト、下駄ップ(下駄+タップダンス)が大々的にフューチャーされた夏祭りで終わる本作は、エンタメ純度の非常に高い作品として、それまで北野武作品には触れてこなかった人たちも多く引き付けました。

ちなみに、キタノ映画=バイオレンスというイメージがあると思いますが『座頭市』もちゃんと(?)R15指定の映画です。

–{なんで“夏の終わり”が『座頭市』??}–

なんで“夏の終わり”が『座頭市』??

それで、なんでこの『座頭市』が“夏の終わりに観たい映画”になるのかというと、これは映画を職業として選んだ、最初の夏の終わりに公開された映画だったからです。

しかも、この2003年の夏の映画のラインナップと、そして働いていた場所がちょっと特殊だったことが重なって、2003年の夏興行と『座頭市』が夏を締めくくったというイメージがいまだに色濃く心に残っています。

2003年の夏興行

2003年の夏はとにかくラインナップが強力でした。

もともとサマーシーズンは世界的にも映画の興行の大きな山の一つで、国内外の映画会社がこれぞ!!という勝負作品を用意してくるものですが、この年はとにかくすごかった。

先陣を切ったのは6月上旬から公開された『マトリックス・リローデッド』

2021年冬にまさかのパート4『マトリックス・レザレクションズ』が公開される『マトリックス』シリーズの第2弾です。

『マトリックス・リローデッド』は日本だけでも興行収入100億円を突破したシリーズ最大のヒット作。これが夏休み前からとにかく激混み。お客様はもちろん、映画館側の人間もあきれるほど人が入りました。

その後、『チャーリーズ・エンジェル フルスロットル』『バトル・ロワイアルⅡ/鎮魂歌』、そして興行収入82億円をたたき出した『ターミネーター3』が公開されました。

さらにさらに誰もが予想していなかった『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』までサプライズヒット(最終興行収入68億円)を記録し、当時働いて映画館川崎のシネコン・チネチッタの14あるスクリーン、すべてがぎゅうぎゅう詰めだったのです。

–{当時のチネチッタはすごかった}–

当時のチネチッタはすごかった

これは本当にアルバイトスタッフとして入ってから知ったのですが、普通にお客としてなじみがあるという理由だけでアルバイトに応募して採用された川崎のシネコン・チネチッタは当時、興行収入と観客動員数の両方で断トツで日本一の映画館でした。

確かに「いつ行っても混んでいるなぁ」という思いはあったのですが、よもや日本一とは思いませんでした。

が、たしかに「あれ以上混んでる映画館があったら大変だ」とも思ったものです。

今のチネチッタはラチッタデッラという商業施設の主幹店舗となっていますが、城砦と言いますか、小さなラピュタのような現在の外観になったのが2002年の冬のこと、お正月映画を前にしての大規模リニューアルでした。

私はそのタイミングで新規募集のスタッフに応募&採用され映画業界の片隅に身を置くことになりました。

最初は普通にチケットを販売したり、お客様を誘導したり、ポップコーンを売ったりしてたのですが、なぜか途中から部署が変わり番組編成・劇場宣伝のアシスタントになることになりました。

映画業界志望だったので、こうやって映画会社とやり取りをしたりすることもある内側に身を置くことは大変嬉しかった記憶があります。

ここで、リアルな数字を目にするようになって、やっとチネチッタが日本で一番混んでいる映画館だということを知るのでした。

このころはチネチッタだけで日本の映画シェアの1%以上を稼ぎ出しているというような状態でした。

川崎に日本一の映画館があるというのはちょっと意外かもしれませんが、商業圏の分布などを見ると川崎エリアは実はすさまじいレッドオーシャン。

今も3軒のシネコン(109川崎、TOHOシネマズ川崎、チネチッタ)が駅から徒歩5分圏内共存できているので、映画市場としての川崎の大きさはあまり変わりないと思われます。
 

そして、大本命公開

定番のポケモンや仮面ライダーに加えてジェット・リーの武侠映画『HERO』もスマッシュヒット。これは同じワーナーブラザーズの『マトリックス・リローデッド』に予告編が付いていたことと、「とにかくワイヤーアクションがまだまだ見たい!!」という観客の心を見事にとらえたヒットと言えます。

そしてそして、これらと前後する形で「絶対に凄いことになる!!」と誰もが思っていた映画が7月22日の夏休み合わせで公開されました。

それが『踊る大捜査線THE MOVIE2/レインボーブリッジを封鎖せよ!』です。

最終的に173.5億円と言う破格の興行収入をたたき出したモンスター映画が、『マトリックス・リローデッド』『ターミネーター3』『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』などをかき分けて公開されました。

興行収入173.5億円という数字は邦画・洋画を問わず“最も日本で稼いだ実写映画”となる数字です。

当時のプロデューサーの亀山千広氏は『マトリックス・リローデッド』と『ターミネーター3』とぶつかると知って”死の組”に入ったと青くなったそうですが、結果として圧勝劇となりましたね。

もう、この頃になると、劇場では当日券はおろか、事前の販売分も混みあうようになり、「混みすぎだ」とお?りを受けることも一度や二度ではありませんでした。

当時はデスクワークになっていたはずですが、幾度となくヘルプで表の劇場であれやこれやと動き回った記憶があります。

具体的な数字は控えますが、とにかく記録ずくめの2003年の夏でした(特に8月の混み具合は忘れられません)。

–{夏が終わったと思ったら……。}–

夏が終わったと思ったら……。

そして“嬉しい悲鳴”であふれた2003年の夏は終わりました…と思っていたところで9月6日『座頭市』が公開されました。

平日はさすがに落ち着きましたが、土日となると混雑状況は変わらず、しかも『踊る大捜査線THE MOVIE2/レインボーブリッジを封鎖せよ!』、『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』は堅調、まだまだいっぱいいっぱいの中で『座頭市』です。

これがまた、大入りでした。 

川崎という土地柄、ファミリー層と中高年層の作品は特に強さを発揮するのですが、『座頭市』はこれが見事にはまりました。

ちょうど、かつて映画館で”勝新の座頭市”を見ていた層が「おお!ビートたけしで座頭市か!?」という思いになって久しぶりに映画館に足を運ぶという形が増え、それまでの『マトリックス・リローデッド』、『ターミネーター3』、『踊る大捜査線THE MOVIE2/レインボーブリッジを封鎖せよ!』、『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』とは全く違った客層がまさかの晩夏にどっと増えました。 

結果として2003年の夏は『座頭市』の登場で9月に入っても終わることはなく、“混みすぎて混みすぎて大変”という嬉しい悲鳴は続くことになりました。

気が付けば秋になっていましたが、気分は夏休み興行の感覚が続いたまま…。

結局この年は『座頭市』の後も『トゥームレイダー2』や『キル・ビルVol1』、『バッドボーイズ2バッド』、そして『マトリックス・レボリューションズ』に『ラスト・サムライ』、『ファインディング・ニモ』と続き最後まで混み続け、息つく間もないまま終わり、2004年に突入していきました。

これが、私が映画業界に入っての最初の夏の出来事でした。

そんなこともあって、私の”夏の終わりに観たい映画”=夏の終わりを感じる映画は北野武監督の『座頭市』となるわけです。 

(文:村松健太郎)

–{『座頭市』作品情報}–

『座頭市』作品情報

ストーリー
ある宿場町に現れた、金髪頭に朱塗りの杖を持った盲目の按摩・座頭の市(ビートたけし)。居合の達人でもある彼は、そこで知り合った博打好きの新吉(ガダルカナル・タカ)やその叔母で野菜売りのおうめ(大楠道代)から、町民を苦しめるヤクザ・銀蔵(岸部一徳)一家の悪行の数々を聞かされる。更に、流しの芸者に身をやつし、両親の命と財産を奪った“くちなわの親分”を探す旅を続ける姉弟・おきぬとおせいの仇が銀蔵たちであると知った市は、彼らの為に一肌脱ぐことを決意。銀蔵とともに暴利を貪る扇屋、そして病身の妻の薬代を稼ぐ為に用心棒として雇われた浪人・服部源之助(浅野忠信)と戦い、一家を壊滅させる。こうして、平和が戻ったかに見えた宿場町。だが、市はくちなわの親分が飲み屋の雇われ爺さんを装っていたことを、見抜いていたのである。町民が祭りで盛り上がる中、飲み屋に押し入った市は、実は市が盲目ではないことを見破っていたくちなわの親分(柄本明)の目を斬ると、「一生盲で暮らせ」と言い残し、町を後にするのだった。

基本情報
出演: ビートたけし/浅野忠信/夏川結衣/大楠道代/橘大五郎/大家由祐子/ガダルカナル・タカ/岸部一徳/石倉三郎/柄本明/樋浦勉/三浦浩一/つまみ枝豆/芦川誠/無法松/田中要次/津田寛治/六平直政/國本鍾建/吉田絢乃/早乙女太一/THE STRiPES

監督:北野武

公開日:2003年9月

製作国:日本