『劇場版 鬼滅の刃』を読み解く3つのポイント|“完璧”ではない煉獄さんの魅力

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『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』が、フジテレビの土曜プレミアムで2021年9月25日午後9時に地上波放送される。

本作の興行収入は403億円を超え日本歴代1位の記録をぶっちぎりで更新し、コロナ禍での映画館および映画業界の経営にも大きく貢献した。作品評価も軒並み高く、全ての世代を巻き込んだ社会現象と化したことも含め、映画史に残る傑作と言っていい。

本作の魅力は、派手なアクションが映えるアニメとしてのクオリティの高さ、声優たちの熱演、列車という限定的な空間で生きるサスペンスなど、枚挙にいとまがない。その中でも、煉獄杏寿郎(以下、煉獄さん)というキャラを避けては語ることはできないだろう。

煉獄さんの言動や立ち振る舞いは、剣技だけに限らない人間としての強さがあり、この『無限列車編』は彼の生き様そのものを描いた作品とも言えるのだから。「カッコいい兄貴分」や「理想の上司」としても定着していることにも、異論は全くない。

だが、その煉獄さんは決して完璧な人間ではない。例えば、煉獄さんは列車内で合流した時には「うまい!うまい!」と大きな声を出しながら弁当を食べていて、はっきり言ってやべーやつにしか見えない時もあった。だが、煉獄さんが実は「完璧ではない」ことも彼の魅力であると思うのだ。そして、この戦いで煉獄さんだけでなく、炭治郎、善逸、伊之助それぞれの強さの理由も描かれていたことも重要だった。その理由をたっぷりと記していこう。

※以下からは『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』のラストを含むネタバレに触れている。まだ一度も観たことがないという方は、観賞後にお読みになってほしい。

1:「せっかち」な危うさは、裏を返せば「頭の切り替えが早い」ということ

発売中の「鬼滅の刃公式ファンブック鬼殺隊見聞録・弐」では、煉獄さんの性格について「どんな境遇でも歪(ゆが)まない、健全な精神の持ち主です」と賞賛の言葉が書かれながらも、以下のように欠点も記されている。

「頭の切り替えが早いです。早すぎてついて来れない人もまた多かったりします。少しせっかちですね。ご飯を食べるのも早いです」

そのせっかちさは、先日放送された「柱合会議・蝶屋敷編」の(原作マンガでは6巻に当たる)エピソードでもわかる。煉獄さんは、炭治郎が鬼になった妹の禰?豆子を連れていたことを知って、「裁判の必要などない! 鬼を庇うなど明らかな隊律違反! 我らのみで対処可能!鬼もろとも斬首する!」などと早々に決めつける。殺害という絶対に後戻りができない事項さえも、せっかちであるゆえに当然のこととして提案する……煉獄さんは、そんな危うさもある人物なのだ。

だが、そんな煉獄さんは、汽車の中で禰?豆子が乗客のために戦う様を観て、そして絶命する前に「命をかけて鬼と戦い、人を守る者は、誰が何と言おうと鬼殺隊の一員だ」「胸を張って生きろ」と、禰?豆子と、これまで禰?豆子を守ってきた炭治郎を肯定してくれる。

思えば(先ほどの「鬼滅の刃公式ファンブック鬼殺隊見聞録・弐」の言説にもあるように)、「せっかち」という欠点は、裏を返せば「頭の切り替えが早い」という長所にもなる。煉獄さんは夢から覚めてからすぐに、素早く的確な判断をしたからこそ列車での戦いに勝てたのだろうし、「自らの以前の判断が間違っていたことを潔く認める」煉獄さんもまた、カッコいいではないか。

また、「うまい!うまい!」と大きな声を出しながら弁当を食べている煉獄さんはやべーやつにしか見えないと前述はしたが、それも「俺は早くご飯を食べすぎて作ってくれた人への敬意が足りないのかもしれない」という、せっかちであることの自己批判の表れ、だからこそ「せめてはっきりと声に出して美味しいことをたっぷり言おう!」という尊い想いによるものなのかもしれない(※筆者の勝手な想像です)。

–{煉獄さんは、ただ1人だけ夢の中で「現実」を見ていた}–

2:煉獄さんは、ただ1人だけ夢の中で「現実」を見ていた

もう1つ注目してほしいのは、 敵である魘夢(えんむ)が見せる夢の内容だ。煉獄さんが見ている夢だけが、明らかに他の人物と異なる「過去の記憶」になっているのである。

善逸は禰?豆子とデートをする夢、伊之助は子分を従えて洞窟を体験する夢、炭治郎は鬼に殺されたはずの家族と幸せに暮らす夢という、それぞれの「理想」を夢見ていた。魘夢にいい夢を見させてもらうために、炭治郎たちの命を狙っていた者たちもいた。だが、煉獄さんが見た夢は、剣士をやめた父に「柱になったからなんだ。くだらん…どうでもいい」など言われてしまうという「現実」そのものだ。

その夢の中で、煉獄さんは「そんなことで俺の情熱は無くならない!心の炎が消えることはない!俺は決して挫けない」と高らかに宣言し、しかも弟の千寿郎を励ましていた。煉獄さんが自身の理想を夢で見なかったのは、どんなに苦しく辛いことがあっても、乗り越えるべき現実を見つめ続けるという精神力を持っていたからだったのではないか。

また、夢から覚めた時、善逸は「禰?豆子ちゃんは俺が守る!」と夢と変わらず禰?豆子第一主義で、伊之助も夢と同じく「親分として」の自負を持ったまま戦っていた。彼らは煉獄さんと違って、理想を追い求めていることを強さに変えていたと言える。

さらに、炭治郎は夢から覚めた後、「人の心の中に土足で踏み入る」魘夢への怒りを燃やし、そして魘夢が見せた家族がひどいことを言う悪夢に対しては「そんなことを言うはずがないだろう!俺の家族が!」と怒りを爆発させていた。炭治郎も理想的な夢に耽溺しかけてしまった時もあったが、その愛する家族という絶対的な信頼を置いていたこそ、悪夢に惑わされることはなかったのではないか。

煉獄さんは煉獄さんらしく現実を見ているから、善逸と伊之助は理想を追い求めているから、炭治郎は絶対に信じているものがあったからこそ、それらを強さに変え、それぞれの戦い方で敵に打ち勝てたのだろう。

3:煉獄さんも悩んでいたのかもしれない

『無限列車編』の入場者特典であり、「鬼滅の刃公式ファンブック鬼殺隊見聞録・弐」にも収録されている「煉獄零話」では、「お前も千寿郎(弟)もたいした才能はない」などと父に言われてしまったことに対して、煉獄さんがこう思っていたことが綴られている。

「百人が百人口を揃えて、その才能を認め、褒め称える者でなければ、夢を見ることさえ許されないのだろうか」
「強烈な才能と力を持たない者の、夢を叶えるための努力や、誰かの力になりたいと思うその心映えには、何の価値もないのだろうか」

煉獄さんは、父が冷たい態度をとっていたのは「死なせたくないから」という理由も頭に浮かんではいたのだが、それでもそう父に言われたことはショックだっただろう。先ほど煉獄さんは夢(しかし現実)の中で「そんなことで俺の情熱は無くならない」などと高らかに宣言していたと記したが、実際の胸のうちでは、そのような自問自答もしていたこともあったのだ。

この「煉獄零話」の終わりの方では、煉獄さんは「誰かの命を守るために精一杯戦おうとする人」がいかに愛おしいか、自分もそのような立派な人になりたいとも思っていた。だが、それでも悩みは完全には拭されなかったのではないか。

そして、煉獄さんは母から「弱き人を助けるのは強く生まれたものの責務」であることを教わっていた。だからこそ、死の間際に母の姿を見た煉獄さんが「俺はちゃんとやれただろうか。やるべきこと、果たすべきことを全うできましたか?」と問い、母に「立派にできましたよ」と「認めて」もらえたことは、(それが夢または幻であっても)どれだけのことがあろうとも厳しい現実を見続けていた、しかし本当は悩みも抱えていた煉獄さんにとって、心からの救いになったことだろう

何より、「誰かの力になりたいと思うその心」は自分自身の行動だけでなく、鬼となった妹の禰?豆子と乗客たちを守った「強い」炭治郎、そして善逸と伊之助と禰?豆子の姿からも、確かな価値のあるものなのだと、煉獄さんは心から思えたのだろう。だからこそ、炭治郎に「胸を張って生きろ」と言えたのだろう。

そして「百人が百人口を揃えて、その才能を認め、褒め称える者でなければ、夢を見ることさえ許されないのだろうか」と考えたこともあった、現実を見続けていた煉獄さんだからこそ、自分1人だけでも炭治郎を褒め称えることは、「理想」でもあったはずだ。

現実を見つめ続け、責務を全うした煉獄さんは、本当に強い人間だった。煉獄さんに憧れる子どもたちもまた、彼から現実と戦う強さ、弱き人を助けようとする尊い価値観を学び、健やかに育っていくことを願ってやまない。

(文:ヒナタカ)

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–{『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』作品情報}–

『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』作品情報

ストーリー
鬼殺隊剣士の竈門炭治郎たちは、蝶屋敷での修業を終え、次の任務の地・無限列車に向かう。無限列車では短期間のうちに40名以上の行方不明者が出ており、先に送りこまれた仲間の剣士も全員消息を絶ったという。鬼となった妹の禰豆子を連れた炭治郎と善逸、伊之助の一行は、鬼殺隊最強の剣士・柱の一人である炎柱の煉獄杏寿郎と合流し、闇を往く無限列車の中で鬼と立ち向かう。

予告編

基本情報
声の出演:花江夏樹/鬼頭明里/下野紘/松岡禎丞/日野聡/平川大輔/石田彰/小山力也/豊口めぐみ/榎木淳弥 ほか

監督:外崎春雄

公開日:2020年10月16日(金)

製作国:日本